ストライクウィッチーズ ~ドゥーリットルの爆撃隊~ 作:ユナイテッド・ステーツ・オブ・リベリオン
(大きな所だなぁ……)
もの珍しげに周囲を見渡していた、リネット・ビショップの正直な感想だった。
連合軍ポーツマス司令部。エントランス前広場は背の高いアーチに覆われ、ガラス張りの屋根から明るい日差しが差し込んでいた。
ロビーの壁は大理石で、観葉植物に洒落た外観のコーヒースタンドまで存在する。
外観だけなら501JFWの基地もいい勝負だが、内装を加えるとポーツマス司令部の優位は明らかだった。
「リーネさん、何をしていますの? 早く行きますわよ」
肩越しに呼びかけるペリーヌ。足早に彼女を追いかけると、すぐに集合会場の扉が見えてきた。係員のリベリオン軍人はリネットたちに気付くと、バインダーとペンを差し出してくる。
「軍人手帳の提示と、所属及び階級を記入いただけますか」
軍人手帳とは各国軍で使われている、軍人用の身分証兼履歴書のようなものだ。リネットとペリーヌが言われたとおりにすると、係員は内容を確認して小さく頷いた。
「こちらが説明資料です。開始時刻は13時からですので、それまでに入室してください」
いかにもマニュアル通りといった簡単な説明を受け、会議室へ入るとひんやりした空気が吹き付けてきた。
「うわぁ……」
数百人は収容できるであろう、大型のホールだった。椅子と共に並べられたテーブルには軽食が並べられ、壁一面には詳細な欧州の地図、奥にはオーバーヘッドプロジェクターまである。
「あ、ペリーヌとリーネだ」
「ハルトマンさん?」
聞き慣れた声に振り向くと、案の定そこにはエーリカとバルクホルンの姿があった。2人ともレタスやトマトがこれでもかと詰め込まれた巨大ハンバーガーを頬張りながら手を振っている。
「――――」
リネットがそちらに向かおうとした瞬間、部屋中にマイクのノイズ音が鳴り響いた。
「――お待たせいたしました。時間になりましたので、説明の方をはじめさせていただきます。まずはお手元の資料表紙をご覧ください」
ホールの照明が暗くなり、仕方なくリネットは近くにあった席に座る。しばらく注意事項などについて事務的な説明がなされた後、不意に背後の空気がざわついた。
「――以上で注意事項についての説明はすべて終了となります。続きまして、作戦の詳細についてドゥーリットル中将から説明があります」
アナウンスを受けて、演壇にストロベリーブロンドの女性が立つ。リベリオン陸軍士官夏季略装に、黒のサイハイソックスとハーフブーツというカジュアルな恰好だ。
「本作戦の司令官を務めさせていただく、リベリオン第8航空軍のドゥーリットルです」
思ってたよりずっと若い――――それがリネットの印象だった。
すっと通った鼻梁に、それなりの長身と整ったプロポーション。自分たちよりは明らかに年上だが、それでも都会の洒落た女子大生ぐらいにしか見えない。
「今回の作戦は、集まってもらった各国による共同作戦となります。作戦名は『無限の正義(インフィニット・ジャスティス)』、欧州本土への大規模な攻勢作戦です」
再び会場がざわついた。いかにもリベリオンな厨二感が否めない作戦のネーミングセンスに、ではない。
(欧州本土に上陸して、ネウロイに反撃をかけるの……!?)
リネット達が驚くのも無理はない。ここ数年、人類はネウロイの襲撃から、残された土地を守るだけで精いっぱいだったからだ。
「作戦の目的は、大陸に橋頭堡を確保する事による安全圏を拡大。具体的にはベルリンおよびニュルンベルクまでを解放することで三つに分かれた戦線を連結、戦線および方面軍の再編成と再配置を行う」
現在、欧州戦線は大きく3つの戦線に分かれている。西部、東部、そして地中海だ。
もっとも重要とされているのが、西部方面統合軍総司令部(オストマルクから西、カールスラント、ガリア、ブリタニア及び西欧諸国担当)であり、501JFW(ストライクウィッチ―ズ)や506JFW(ノーブルウィッチ―ズ)が所属している。
そして欧州位置の激戦区を担当するのが東部方面統合軍総司令部(オラーシャ、オストマルクの国境線からウラル山脈までと東欧諸国担当)であり、502JFW(ブレイブウィッチ―ズ)と503JFW(タイフーンウィッチ―ズ)などが属している。
地中海方面統合軍総司令部(ロマーニャ、ヴェネツィアなどの地中海周辺諸国担当)には504JFW(アルダーウィッチ―ズ)が配属され、501JFWからロマーニャ方面防衛の任務を引き継いでいた。
この3つの戦線の他にも、北欧(スオムスなど)を防衛する北部方面統合軍総司令部の507JFW(サイレントウィッチ―ズ)や、統合戦闘航空団(JFW)より小規模な統合戦闘飛行隊(JFS)が各地に存在しているのが現行の体制だ。
「お気づきの方もいるでしょうが、現行体制では3つの戦線がバラバラに運用されているため、兵站や戦力配置において大きな制限が加えられています。我々は物資と戦力を3つの地域に分離しなけれならないため、とても非効率で硬直的な計画を立てざるを得ないのが現状です」
戦線が繋がっていない場合、いったん物資や兵力をどこかの戦線に配置してしまうと、後から変更するのは難しくなる。
例えばペテルブルクで荷揚げした弾薬をアルンヘムに送るには、わざわざ北海をぐるりと回ってブリタニアまで一度送り返さねばならない。
これでは後方連絡線に大きな負担を強いるばかりか、敵の攻撃に対して臨機応変な対応をとる事も出来ない。
もしネウロイが時間差をつけてオラーシャとガリアで攻撃に出た場合、迂闊に最初の攻撃に対応してオラーシャ方面に物資を送ってしまえば、後からネウロイがガリアで攻撃に出た時に西部方面軍が物資不足に陥る――といったリスクが考えられる。
「そこで我々はカールスラント方面に大攻勢をかけることで、3つの戦線を連続させて統合します。攻略するネウロイの巣は3つです」
ドゥーリットルは指示棒を持ち、ハンブルク、ベルリン、そしてニュルンベルクの3つを指す。それぞれ北部・中部・南部に位置する、帝政カールスラントの大都市だ。
「これらを奪還した後、我々はオーデル・ナイセ川からエルツ山地を通ってアルプス山脈まで、欧州を縦に分断する単一の防衛ラインを構築します。成功すれば、欧州戦線の安定化と西欧の解放が実現するでしょう」
再び、どよめきが起こる。特にカールスラント出身のウィッチたちは、事実上の祖国解放作戦を聞いて喜びの声を上げていた。
『無限の正義(インフィニット・ジャスティス)』作戦!
史実だとボツ案になったイラク戦争の作戦名。いかにもアメリカンなダサいネーミングセンスで結構好き。