ストライクウィッチーズ ~ドゥーリットルの爆撃隊~   作:ユナイテッド・ステーツ・オブ・リベリオン

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Vol.33:記憶の欠片

「ある日、大規模な軍の再編成があったんだ」

 

 何かを堪えているような表情で、シャーリーは一言一言、言葉を絞り出してゆく。

 

 

「それが、崩壊のきっかけになった」

 

 

 当時のリべリオンは軍拡の真っただ中にあった。ウィッチ隊の有効性が認められた結果、軍は大幅なウィッチの拡充に踏み切る事になる。

 

 しかし発足したばかりのウィッチ隊は指揮官不足に悩まされており、ドゥーリットルの下で育った優秀な隊員は次々に引き抜かれていく。

 

 そして転属が決まれば、それまで担当していた業務は別の隊員に引き継がれる事になる。新人も何人か入ってきた。

 

 

「でも、それが駄目だったんだ。これまでエリートだけで回していた職場から、ベテランから順に引っこ抜いて、素人で穴埋めして頭数だけ揃えたところで今までと同じように動くわけがない」

 

 

 当然、といえば当然のことだった。

 

 ドゥーリットルのいた第8航空軍は、効率の名のもとに彼女ら一部のエリートに依存する歪な構造になっていた。組織の核となるエリートに欠員が出た瞬間、機能不全に陥るのは容易に想像がつくだろう。

 もちろんドゥーリットルは教育に力を入れたが、人材というのは数日やそこらで育つものではない。

 

 だが、刻々と厳しさを増していく戦況は猶予を許さなかった。崩壊していく欧州戦線を支えるため、リベリオンもまた急激な軍拡とウィッチの大増員を必要としていた。

 

 

「ベテランの空いた穴を埋めるため、そして素人を一日でも早く一人前のウィッチに育てるため、仕事は更にジェニーに集中する事になった」

 

 初期には、とにかく頭数の確保が求められていた。ドゥーリットルが育てた新人ウィッチはギリギリ実戦に耐えうるレベルまで育った端から、容赦なく引き抜かれて戦場に投入されていく。命を落とした者も少なくはない。

 

 

 それでも、リベリオン軍上層部の方針は疑う余地のないほど“正しかった”。

 

 広大な欧州全域で戦線を維持するためには、少数の精鋭ウィッチで「ネウロイを倒す」ことよりも、多数の素人ウィッチで「時間を稼ぐ」ことが求められていたからだ。実際、そうして稼いだ時間のお陰で大規模な疎開に成功し、大勢の避難民が命を救われている。

 

 

 だからこそ、ドゥーリットルは文句の1つも言わなかった。否、言う事が出来なかったのだ。

 

 

 血や泥の舞う戦場よりも、学校で友人や家族と楽しく過ごしていた方が似合う幼い少女たち……自分を姉のように慕ってくれた彼女たちが、いずれ血と泥と煙にまみれた戦場に送り込れ、少なくない数が死ぬと分かっていて。

 

 それでも国のため、正義のため、人類のためと信じて。いずれ死にゆく彼女たちを自分はひたすら鍛えて戦場に送り続けた。その罪は決して、「命令に従っただけ」などという詭弁で誤魔化してはならないものだ。

 

 

 ゆえに一切の甘えは許されない。時間は1分たりとも無駄にはできなかった。そうでもしなければ、戦場で散っていった教え子たちの無念が浮かばれない。

 

 

「だからアイツは残業と休日出勤を重ねて休まず働くことで、なんとか綱渡りでネウロイ迎撃にあたっていたんだ。徹夜とか職場に寝泊まりなんてのも日常茶飯事だった」

 

 

 シャーリーは拳をぎゅっと握りしめ、荒い息を漏らす。

 

 

「崩壊は一瞬だったらしい。ジェニーが過労で倒れると、もう穴を埋められる奴はいなかった。ウィッチに頼りきりだった歩兵や戦車部隊は、どう戦えばいいのか分からなかった」

 

 

 数万の部隊を、たった1人の人間が支えている……そんな歪な組織が長くもつはずが無い。

 

 しばらくしてネウロイの奇襲を受けた部隊は壊滅、後方の病院に搬送されていたドゥーリットルだけが生き延びた。

 

「あたしが後になってそれを知ってジェニーに会いに行った時、あいつはまるで別人だったよ。何かを決めたような目で、あいつはこう言ったんだ」

 

  

 ――1人の人間がいくら優れていてもしょうがない、と。

 

 

 個人や少数の資質に頼った組織はそれと共に終わりを告げる。だから歩兵や戦車隊にもネウロイへの対抗策を持たせ、未熟なウィッチでも即戦力として戦えるようマニュアルを整備する。

 

 そうすれば誰か一人がいなくなっても任務は継続できる。組織として同じクオリティの運用を継続的に続行できる。

 

 

 

 どんな手段を使ってでも勝利する――勝たなければ、全てが無に帰してしまう。だとしたら、教え子たちの犠牲は何だったのか。

 

 

 その日から、ジェニファー・ドゥーリットルは決定的に変わってしまった。

 

 

 **

 

 

「私は、そんなジェニーを見ているのが辛くて……逃げたかったのかもしれない。それで501JFWに入った」

 

 

 ドゥーリットルの過去に、ミーナは絶句するしかない。

 

 

 今なら分かる。なぜ彼女があれほどまでにドクトリンにこだわっていたか。ウィッチの使用を最低限に留め、「人」ではなく「技術」でネウロイに勝利しようとしていたのか。

 

 

 人に依存する事が、悪い事ばかりとは限らない。互いを信頼し合うことで、得られるものも確かにある。

 

 

 ――だが、人間は皆いつか死ぬ。そうでなくとも、一人の人間が出来る事には限界がある。

 

 

「だからジェニーはその全てを、システムの中に組み込もうとしたんだ。替えのきかない人間を、機械の部品みたいな人材として動かせるシステムを作ることで、何時でも何処でも誰でもネウロイに勝てる軍隊を作ろうとした」

 

 

 素人集団であるリべリオン軍が、短期間でここまで強くなれた理由………それは欧州で戦うウィッチたちが自らの血を引き換えに蓄積した戦闘テクニックのデータを、ドゥーリットルらがマニュアル化したからに他ならない。

 

 

(ガランド少将も、美緒も、私も……いつかは魔力を失う。その時、私たちは若手に何が残せるのかしら……?)

 

 

 それは最近、ミーナも強く意識するようになっていた課題だ。親友でもある坂本美緒の魔力減退を傍で見ていたから、なおさら人間は永遠でないと強く感じる。

 

 

 もともとカールスラント軍には、将兵が有するコツやカン、ノウハウなどの「暗黙知」が組織内で代々受け継がれていく組織風土・文化を有していた。

 そうした暗黙知の共有・継承はカールスラント軍の強みでもある。

 

 しかし再編成・徴兵・統合作戦・人員削減など、作戦環境が激しく変化しているのもまた事実だ。

 加えてマンパワーも徴兵の常態化、死亡率の増加、早期戦力化の必要性などの変化により、「同一の組織文化の中で育ったほぼ均等な能力を持つ将兵が継承していく」といった前提は崩れつつある。

 

 

(だからガランド少将や美緒は、これまで以上に「教育」を重視した。ルッキーニさんや芳香さんのような、若手エースの成長は教育の賜物……それは間違いないけれど――)

 

 

 だが、ある意味でそれは偶然が重なった結果でもある。敢えていうなら美緒には教育者としての素質があり、宮藤芳香はそれを受け止められるだけの才能を持っていた。

 

 現行のシステムでは、たとえばエーリカのような「本人は優秀でも教えるのは苦手」なタイプの技術は継承されにくいだろう。

 受け取る側がリネットのような引っ込み思案であれば、なおさら人から人へ伝えるやり方はよろしくない。

 

 

 ドゥーリットルのマニュアル主義は、個人の有する情報を明文化・理論化し、文章・図・表の形に置き換えることで知識の共有化と普遍化を勧めていこうというものだ。

 

 テクノロジー信仰もまた、普遍的な技術の共有と継承という意味では同じベクトルを向いている。人はいつか死ぬが、テクノロジーは死後も受け継がれて、その積み重ねによってどこまでも発展していく。

 

 勿論、それとて完璧ではない。改良すべき点も多いだろう。

 

 

 だが、少なくとも一つの解答ではあった。

         




 

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