ストライクウィッチーズ ~ドゥーリットルの爆撃隊~ 作:ユナイテッド・ステーツ・オブ・リベリオン
「――そういや週末どうする? せっかくブリタニアまで来たんだし、ロンドンでショッピングとかしたいよね~」
「――だったらさ、バーバリーとかどう? ちょうどリベリオンの彼氏に写真送ろうと思ってたし」
「――てか、彼氏いたんだ? ちょっと初耳なんですけど。それ規則的にアウトじゃない?」
まるで下校中の女子学生のような、緊張感の無いリべリオンのウィッチ達の会話。とても作戦会議を前にした士官とは思えない。思わず耳を疑うミーナに、マルセイユはウンザリしたように口を開く。
「栄えある“リベリオン陸軍将校”の御一行だ。ピクニックに来たハイスクールの生徒じゃないぞ」
ミーナもようやく、マルセイユが先ほどの会話で“実戦経験”の部分を強調した意味が分かった。新大陸のウィッチ達を見る限り、知識はともかく、軍人としての覚悟と気概が全く感じられない。
「あれじゃ助っ人ところか、全軍の足を引っ張りかねない。上も何を考えているんだか」
ネウロイによって祖国を追われた経験からか、大陸出身のウィッチ達は年齢の割に大人びている者が多い。対して、未だ国土を侵略されていない英語圏のウィッチ達は、仕草も雰囲気もどこか未熟なものを感じさせた。
(ネウロイの危険が及んでいないとはいえ、これは酷いわね……)
既にこの時点で少なくないカルチャーショックを受けていたミーナだが、リベリアンたちの能天気っぷりは更に想像の斜め上を行く。
「――ねぇ、お腹すかない? ここ元々はホテルらしいし、ルームサービス頼んじゃう?」
「――それナイスアイデア! で、みんな何食べる?」
「――何でもいいよ~。どーせ経費は上から落ちるし」
「――だったらアタシが勝手に決めるぅ♪」
唐突に食事の話を始めたと思ったら、さっそく一人のウィッチが壁にかけてあった電話をとってルームサービスを注文し始めた。10分ほどで、大量の大皿とビール瓶をワゴンに乗せたウェイター達が入室してくる。
(嘘でしょう……?)
唖然とするミーナら大陸のウィッチ達を余所に、リベリオンのウィッチたちは運ばれてきた食事を見て歓声を上げる。自分たちがどれ程のカルチャーショックを周囲に与えているのか、全く気付いてないようだった。
(しかもさっき、経費で落ちるって……)
ちょっと羨ま……否、腹立たしい。
こみ上げてくる嫉妬の炎を抑え込もうと、ミーナは軽く咳払いする。欧州では皆が命懸けで戦っているのに、リベリオンはそれを盾にするような形で贅沢を満喫している――彼女らに悪気は無いとはいえ、心に張り付いたようなモヤモヤした気持ちは消えそうになかった。
「―――あれ?」
知らず知らずの内に彼女らを凝視し過ぎていたせいか、一人のウィッチと目が合った。外ハネの赤毛を後ろでまとめ、洒落た下縁フレームの眼鏡をかけている。ビール瓶を口の位置に持ったまま、くすりと微笑んだ。
「ねぇ、あなた達も一緒に食べない?」
眼鏡のウィッチはそう言うと、サンドイッチが山盛りになった大皿をドンと置く。あっけにとられるミーナを気にした様子もなく、「これもいる?」とビール瓶を渡してくる。
「あの、これは……」
「ビールだよ」
そんなもん見りゃ分わかるわ。
思わず口に出そうになった言葉を飲み込む。
周囲を見渡すと、同じようにリベリオンのウィッチたちがフライドポテトやらタコスやらの乗った大皿を各国のウィッチたちに振る舞っていた。控えめなスオムスのウィッチなどは戸惑っているようだったが、ロマーニャあたりのウィッチは美味しそうにバーガーを頬張っている。
「――あ、そこの茶髪の人!コーラおかわり!」
それどころか図々しく?も追加注文までしていた。……ロマーニャ恐るべし。
「《……ハンナ。確かに貴女の言う通り、ここの風紀は少し緩んでるわね》」
周りにバレないよう、カールスラント語で囁く。これでは、マルセイユが呆れるのも無理はない。ため息を吐きながら、彼女の方へ振り向くと――。
………なんか、サンドイッチ食べてる。
「ハンナ……?」
数瞬後、固まっていたミーナの視線に気付いたマルセイユが口を開く。
「食うか? アボカドとエビが入ってる」
「………」
ジト目で聞きなれない緑色の物体――南リベリオン原産の果物など、欧州育ちが知る由もない――を見つめるミーナ。ちなみにハンナも昨日、夕食に出ていたので知ったばかりである。
「ウマいぞ。最近のリベリオン料理は凄いんだ」
「………頂くわ」
なんか裏切られたような気がするが、それはそれとして食べ物は素直に受け取っておく。
(あ、美味しい……)
アボカドとマヨネーズのクリーミーな風味が溶け合い、それにプリプリの海老が絡んで絶妙な味が口一杯に広がっていく……リべリオン料理は不味いと聞いていたが、美味しいものもあるのだと認識を改めなければならない。
「悪くはないわね」
「だろ?」
隣ではマルセイユが追加のサンドイッチを受け取り、さらに置いてあったビールを盛大にがぶ飲みする。追加のサンドイッチを渡したリベリオンのウィッチは口に手を当てながら、くすりと笑っていた。
「その様子だと、今日の昼食は気に入っていただけたみたいですね――ハンナ・ユスティーナ・ヴァーリア・ロザリンド・ジークリンデ・マルセイユ大尉」
不意に、そのウィッチはマルセイユのフルネームを読み上げた。『アフリカの星』として有名なマルセイユだが、この長いフルネームをそらで言える人間は多くない。よほど熱烈なファンか、あるいは。
「……そちらは」
マルセイユの声が、心なしか固いものに変化していた。彼女の本能的が警告を発している。目の前のウィッチには、注意しなければならない。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。自己紹介が遅れました、ジェニファー・ドゥーリットルと申します」
「……は?」
ドゥーリットル――今回の作戦指揮官と同じ名だ。改めてハンナは相手の顔をまじまじと見る。
ややタレ目気味のおっとりとした顔だちではあるが、意志の強そうなツリ眉と理知的なアンダーリムの眼鏡。赤みがかったミディアムの金髪を外ハネのハーフアップにまとめ、勝気な少女が成長してから落ち着いた優等生になったような、そんな印象の女性だ。
「どうかしました?」
あっけにとられるマルセイユを見て、ちょこんと首をかしげる。意外に仕草は可愛らしい。
「いやぁ……その」
まさか最高司令官がルームサービスで頼んだビール配ってるなんてアホな事はないだろうと、マルセイユは信じかける思いで尋ねてみる。
「ドゥーリットルって、あのドゥーリットルか?」
それを聞いた相手は合点がいったような表情で、「はい」と肯定の意を示す。
「名門カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、初のアメリカ横断飛行を達成、それから航空工学の分野でマサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を得て、シュナイダー・トロフィー・レースで優勝、魔力枯渇に伴うウィッチ退役時には中佐でしたが、2年で中将まで昇進してリベリオン第8航空軍司令官を務めさせていただいているジェニファー・ドゥーリットルとは私の事です」
聞いてもいない輝かしい功績を当然のようにずらずらと説明してくるドゥーリットル。話ぶりからして自慢しているわけでは無く、単に事実を述べているつもりらしいのが余計に対応に困る。
「ちなみに現在は23歳、4人目の彼氏とは去年に別れました。好きな食べ物はチーズとバーボン、趣味はピアノです」
ミーナの隣にいたハンナがボソッと「聞いてないし……」と零していたのを聞き流しつつ、ミーナは困ったような愛想笑いを浮かべた。
(この人、マトモそうに見えるけど絶対に変な人だ――!!)
ウィッチに限らず、優秀な人間というのは半分ぐらいが変人だったりする。得意分野に全てをつぎ込むからこそ、優秀な反面その代償として常識だったり対人関係スキルが失われているのかも知れないが。
そんな事を考えていると、案の定ドゥーリットル中将の視線がこちらに向く。心の奥底まで見透かすような、深い海の底のような瞳だ。
「そして貴女がミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐、で間違いないでしょうか?」
確認の質問に、ミーナはさっと敬礼して直立不動の態勢をとった。
「はっ! カールスラント空軍所属、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐であります!」
「いえいえ、こちらこそ。噂に名高い、501JFWの指揮官と直々に話せて光栄です」
ドゥーリットル中将が微笑む。垂れ下がってしまった前髪を左に梳くと、ふわりと香水の香りが届いた。整ったプロポーションも相まってか、動きの一つ一つが様になっている。
だが、それだけに内面が読み取れない。同じく敢えて演技っぽく振る舞うのは、そうすることで本心を悟らせないようにする為なのだろう。
(だいたい、そういう上官は要注意なんだけど……)
ガランド中将とか、ガランド中将とか。何だかんだで言いくるめられて、何度お偉いさん方の前で歌を歌う羽目になったことか……。
そんなミーナの不安を知ってか知らずか、ドゥーリットルは相変わらず読めない笑顔のまま、両手を広げて歓迎の意を示す。
「それでは改めて――ようこそ、我が第8航空軍へ」
リベリオン第8航空軍――それは欧州北部を担当する、リベリオンの戦略爆撃部隊。ネウロイが襲来する前は2000以上の爆撃機と1000を超える戦闘機を保有し、主戦力がウィッチに移った現在でも欧州方面軍の要となっている。
そういえば、とミーナは思い出す。
第8航空軍には、一つのあだ名がある。ネウロイの迎撃にもめげず、果敢に戦って大打撃を与えたリベリオンのウィッチ達を、人はこう呼んでいた。
――ドゥーリットルの爆撃隊、と。
ちょっと順番間違えた・・・。