ストライクウィッチーズ ~ドゥーリットルの爆撃隊~ 作:ユナイテッド・ステーツ・オブ・リベリオン
(“また”……私は失敗したんですね……)
オペレーターが慌ただしく前線に退却指示を伝える様子を、ドゥーリットルはどこか達観したような目で眺めていた。
力なく項垂れ、乱れた長い髪が顔を隠すようにはらりと垂れる。
これで終わりではない。やっとのことで出した退却命令だが、現場からすれば遅すぎた。ネウロイの脅威はすぐそこまで迫っている。
「ジェニー」
シャーリーが声をかけてきた。意気消沈しているドゥーリットルの肩を掴み、気を引こうと強く前後に揺らす。
「まだ仕事が残ってる」
退却中の軍隊は無防備だ。誰かが時間稼ぎをしなければならない。
「何を……」
「指揮をとってくれ。得意だろ、そういうの」
さも当然かのように言い放ち、そそくさと出撃の準備を始めるシャーリー。彼女のマイペースぶりは知っていたが、さすがに面食らって狼狽するドゥーリットル
「わ、私が……?」
「ここで負けて死ねば結果は変わらない。ジェニーは負け犬として、数万の犠牲を出したバカ司令官として歴史の教科書に残るぞ」
そんなのは嫌だろ、と突き放すシャーリー。
敗者として名を残したくなければ、生き恥を晒してリベンジだ。生き残って最後に勝った奴だけが、責任をとったと言えるのだ。
「何度でも繰り返せばいい。10回でもダメなら100回、100回でもダメなら1000回繰り返せばいい。勝つことを、諦めるな」
それは音速を超えるために、何千何万という失敗を繰り返してきた、シャーリーだからこそ言える言葉。
「ジェニー、アンタにしか出来ない仕事だ」
「っ……!」
「とりあえず、501JFWはミーナが戦区司令官の権限を使って復活させてるから好きに使ってくれ」
さらっとミーナの独断専行を伝えるシャーリー。どう考えても職権乱用と越権行為である。
「………」
ちらりと隣を見ると、命令違反にもかかわらずガランド少将が「よくやった! さすが私の部下だ!」と小さくガッツポーズを決めていた。
「……ガランド少将?」
ジト目で見つめてくるドゥーリットルに、ガランドはうっと一歩後ずさりながらも部下を擁護する。
「あー、なんだ、その。カールスラント軍だと、たまによくあるんだな、独断専行は」
「はぁ……分かりました。私の負けです」
ドゥーリットルは大きく嘆息すると、両手を上げて降参のポーズをとる。
「ではこうなった以上、ガランド少将にも最後まで付き合ってもらいますよ」
「元からそのつもりだ。で、何をすればいいんだ?」
予備隊の指揮か、それとも撤退する部隊への指示か。大方面倒な指揮を任されるだろうと考えていたガランドは、続いてドゥーリットルの口を突いて出た言葉を一瞬、理解することが出来なかった。
「では、予備指定のジェットストライカー部隊・第44戦闘団を率いて出撃してください。今は少しでも戦えるウィッチが欲しいので」
とてつもない無茶ぶりだった。ガランドに限らず、他の幕僚たちまで目を丸くしている。
いくら元エースとはいえ、今のガランドはシールド能力を失っている。いや、そもそも司令官クラスのウィッチを、「まだ戦えるから」という理由で現場に放り込むなど正気の沙汰ではない。
「おいおい、いくらなんでもそれじゃ……」
ガランド自身としては、現場で戦う事に異議はない。むしろ司令部勤めより好きなぐらいだ。だがしかし、それで司令部が回るのか――そう彼女が反論しようとしたときだった。
「問題ありません。これはわたしの“独断専行”ですので、その通りに一人で全ての指揮をとります」
低い、機械のように冷めた声がガランドの耳を打つ。ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。
(な、何だ……?)
改めてドゥーリットルの方を見ると、纏う雰囲気がまるで変っていた。ゆるふわの茶髪も、優しげな表情も、すべてが元の彼女のまま。だが、別人のように何かが“違う”。
「ったく、やれるんだから最初からやれよな。頭が固いんだから」
傍らでシャーリーが鼻を鳴らす。彼女だけが唯一驚いた様子もなく、やれやれといった表情だ。
「イェーガー大尉、念のために言っておきますが、これは非常事態につき総司令部権限を発動した例外事項です。次があるとは思わないでください」
「はいはい、分かってるって。これっきりだ」
その言葉にドゥーリットルはふぅ、と大きく深呼吸をとり。
「それでは――直接、指揮をとらせていただきます」
**
『――バルクホルン少佐、そのまま弾幕を張って戦闘機型ネウロイを右方向に追いつめてください』
「了解した!」
インカムから聞こえる、ドゥーリットルの指示。それに従いながら、バルクホルンはネウロイをリーネの待つ、狙撃ポイントまで誘導していく。一体たりとも通すわけにはいかないのだ。
『――ビショップ曹長。訓練通りにやれば大丈夫ですから、落ち着いて狙ってくださいね』
「は、はいっ!」
「――クロステルマン中尉、坂本少佐に見惚れてないで撃ってください!」
「んなッ―――!」
ミーナはぽかんと口をあけ、無線から聞こえるドゥーリットルの声を聴いていた。
「嘘……でしょ」
はるか後方にいるはずなのに、まるで前線にいるかのように臨機応変かつ迅速な指揮統制。
それだけではない。言葉ひとつをとっても隊員の性格を考慮して士気が上がるように気を配っているし、自然とそれぞれの固有魔法を最大限に活かせるような配置が出来上がっている。
今までずっとマニュアルやドクトリン、作戦計画にこだわっていたのは何だったのか――そう思えるほど柔軟で理想的な現場目線の指揮だった。
「しゃ、シャーリーさん、彼女は一体……」
「ジェニーはな、隊員全員のプロフィールが頭に入っているんだ。それこそ情報部に調べさせた全ての情報……食べ物の好みから愛銃、彼氏と何日前に別れたかまでな。だからそれぞれの個性を最大限生かした統合作戦がとれるし、赤の他人でも縦横無尽に運用できる」
それは、まるで……。
「そうさ。ジェニーほど現場を知ってる奴なんて見たことが無い。ドクトリン? 作戦計画? いざとなればそんなもの見ないでも、即興で立てた指示で勝利を掴めるのがアイツだ」
――ジェニファー・ドゥーリットルは頭でっかちの官僚なんかじゃない。理想の前線指揮官、生え抜きの現場監督だよ。
まるで自分のことのように誇らしげに、シャーリーはそんなことを言う。
ミーナがぽかんとしている間にも、ドゥーリットルは猛烈な勢いで指示を出していく。魔力はとうの昔に枯渇しているはずなのに、まるで魔眼で全てを見通しているかのように矢継ぎ早に命令が飛ぶ。
「頼むぜ、ジェニー」
にやりと笑って前線に向かうシャーリーは、どこか嬉しげだった。
「ちょ、ちょっと待って!?」
対して、ミーナのほうは未だに動揺を抑えられずにいた。頭の整理が追い付かない
――そんな実力があるというのなら、どうしてあれほどマニュアルにこだわったのか?
――それほどの力があれば、コンバット・ボックスも新型爆弾も必要ないのではないか?
面喰うミーナの様子を見て、シャーリーはああ、と納得したようにうなずいた。
「単純な話さ」
いつもの明るいスマイルに、少しだけ影が差した。
「あいつさ、一度、それで部隊を潰しちゃってるんだ」
やればできる子
次回、ドゥーリットルさんの謎が明かされる?