ストライクウィッチーズ ~ドゥーリットルの爆撃隊~ 作:ユナイテッド・ステーツ・オブ・リベリオン
Vol.26:バラバラの軍隊
非常事態にもかかわらず、シャーリーの所属するリべリオン第8航空軍・第363戦闘飛行隊には待機命令を出されていた。
否、非常事態であればこそ、ここぞという時に備えて信用のおける彼女を温存しているというべきか。
「っ……」
まだ出動命令は出ていない。だから何もしてはいけない……それがリべリオンの、ドゥーリットルのルールだ。何も出来ない無力さに耐えかねるように大きく息を吐くと、シャーリーは不意に頭上を見上げる。
雪と風と寒さに支配された灰色の空。今この瞬間にも、ネウロイに殺されている人がいるのかもしれない――。
「すみません! あの、シャーロット・E・イェーガー大尉ですよね!?」
突然、まだ若い兵士が駆けつけてきた。ブリタニア連邦軍の服装をしている。
「お願いです! 仲間がイェーガー大尉と話がしたいって……酷い怪我をしていて、それで……」
シャーリーは息を飲む。
「……何処に行けばいい?」
「こっちです! 付いてきてください!」
兵士の後を追うと、その先には大破した2台のMk.VIII クロムウェル巡航戦車が見える。シャーリーが案内されたのは、焼け焦げた砲塔の後部だった。そこに一人の戦車兵が寝かされている。
「っ――!」
その戦車兵は半身が焼け焦げており、シャーリーの顔から血の気が引いていく。シャーリーに気付いた戦車兵は血の泡を吹き出しながら、必死に笑顔を浮かべようとした。
「……シャーロット・E・イェーガー大尉、でしょうか……?」
シャーリーは心に痛みを感じながら、「はい」と頷いた。
「俺は、一度あなた達501JFWに救われたことがあるんです……。今回も、最後まで殿を務めて、退却を援護してくれたとか……。俺の、部下たちが此処まで来れたのも、あんた達のおかげだ……」
無意識のうちに手が伸びた。冷たくなりつつある戦車兵の右手を、しっかりと握る。
「ありがとうございます……必ずネウロイを、貴女たちならきっと……」
「……ああ。必ず、ネウロイを倒してみる」
シャーリーの言葉に安堵したように微笑むと、戦車兵は意識を失った。すぐに軍医が駆けつけるも、助かる見込みは薄いだろう。
「ッ……!」
自分の無力さに、どうしようもなく腹が立つ。シャーリーがやりきれなさに俯いていると、若い兵士が口を開いた。
「この場にいる全員が……あなた達が全滅の危険を冒してまで戦ってくれたことに、勇気と希望をもらったんです――自分たちの空は、501JFWが守ってくれると」
ですから、と若い兵士は言う。
「私たちは貴女たちの事を信じます。それは貴女たちがウィッチだからではなく、ずっとブリタニアを守ってくれた501JFWだからです。その事実と、信頼を信じたい」
「あたしは……!」
その先が続けられない。何と返せばよいか決めかねていると、不意に無線通信が入ってくる。シャーリーのよく知る人物からのものだ。
(これは……!)
その内容を見て、シャーリーは思わず目を見開いた。
**
断続的に無線から聞こえる悲鳴は、どれもネウロイが刻一刻と戦線を押し上げていることを継げていた。先ほどまで連続して放たれていた砲撃も、今では完全に沈黙している。
「これがリべリオンのドクトリンの結果か……」
バルクホルンは抑えきれない無力感を覚えながら、苦々しげに呟く。
「あれほど大量の物量と最新装備を投入して、それでも勝てないなんて……」
「まぁ、逆に言えば物量と装備に頼り過ぎたからじゃない?」
難しい顔をしながらエーリカが指摘する。普段の様子からすると意外なほど冷静に、リべリオン軍の問題点を挙げていく。
「そりゃ正面からバカ正直に突っ込めば命令も戦い方も単純だから新兵でも出来るし、寄せ集めの連合軍でも戦えるんだけど」
“完璧な必勝法”なんて無いんだよ、とエーリカは言う。
何事にも向き不向き、利点と欠点がある。リべリオンのやり方は、確かに優れている。しかし、何事にも万能はありえないのだ。
「――慢心、という事か」
ぽつり、とバルクホルンが呟いた。成功体験は、時として「過去の成功に縛られる」弊害をも生み出す。結果、状況が変わっても気付かずに昔の方法をそのまま続けて大失敗……なんてパターンは老将によくあるミスだ。
「それだけじゃないわ。今回はこれまと違って、妙にきな臭いのよね」
ミーナがかぶりを振る。『インディペンデント』使用後から、ドゥーリットルはどこかおかしい。
どうにも最近の彼女は、何かに急き立てられているように感じるのだ。『アイアン・スカイ』作戦で見せたような慎重さは鳴りを潜め、欧州奪還に血気逸る将兵を諫めるどころか、逆に煽り立てて一気に決着をつけようと急いている節すら見受けられる。
――まるで、何かを隠そうとしているかのように。急いで作戦を進めることで、注意を逸らそうとしているようにも思えるのだ。
(前にあった『ウォーロック事件』、あの時と同じ匂いがするわ……)
ウォーロック事件……元ブリタニア空軍大将トレヴァー・マロニーによって引き起こされた、試験運用中の無人人型航空兵器による暴走事件である。
マロニー大将はウィッチの存在意義を失墜させるため、鹵獲したネウロイのコアを用いた無人兵器を試験運用中にも関わらず実戦投入……あわや大惨事寸前まで追い込まれた。
――今回の『インディペンデンス』にも、それと同じ“政治”の匂いがする。将校として上層部に触れることも少なくないミーナは、そのことを図らずも敏感にかぎ取っていた。
「ミーナ、まさか……!」
ハッと顔を青ざめさせるバルクホルン。彼女もまた、ミーナの考えるところを察したらしい。もしその推測が正しければ、リべリオン軍とドゥーリットル中将は……。
「トゥルーデ、フラウ――」
近くに来るように手招きするミーナ。
「――万が一に備えて、皆に連絡を取りましょう。くれぐれも、気付かれないように」
ミーナの指示に、頷いて了解の意を示すエーリカとバルクホルン。別れ際、バルクホルンが聞いてくる。
「その……シャーリーにも伝えるのか?」
ドゥーリットルがシャーリーの恩人であることは、本人から直接聞いていた。だとすれば……。
「だからこそ、よ。シャーリーさんなら、きっと今の状況を見て見ぬフリは出来ないでしょうから」
彼女には彼女の役目がある。そして自分たちもまた、自分たちの役目を果たすまでだ。
ミーナ「私にいい考えがある」