ストライクウィッチーズ ~ドゥーリットルの爆撃隊~   作:ユナイテッド・ステーツ・オブ・リベリオン

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Vol.23:爆撃機の空

                    

 その日のブリタニアは低い雲に覆われ、冷たい小雨が降りしきっていた。ブリーフィング開始は8時と告げられている。陰気な朝を迎え、歩いて兵舎から離れた食堂に向かう爆撃クルーたち。

 

「せめて作戦の前ぐらい、お決まりじゃないメニューが食いたいぜ」

 

 この道数年のベテランであっても、思わずそう愚痴らずにはいられない。オレンジにオートミール、スクランブルエッグ、これに紅茶かコーヒーが付く。どれも粉末で出来た、不味いと悪評高い一品だ。

 

 

 

 しばらくするとブリーフィングが始まり、部屋の奥のカーテンが開かれる。ブリタニアを起点にした赤い紙テープが、カールスラントまで長く伸びている。

 

 

 壇上に現れたのは、かつて不祥事で失脚したはずのトレヴァー・マロニー大将だ。

 

 

 失脚後は予備役に編入されたものの、リべリオンの要請を受けた「高度に政治的な事情」(ドゥーリットル談)によって軍に復帰している。

 

 

「さて、『アイアン・ウォール』作戦の成功を受け、我々は最終段階へと移行する」

 

 

 一呼吸置き、マロニー予備役大将がよく通る声で、一言ずつハッキリと発音した。かたずをのんで見つめるクルーたちの顔は真剣そのもの。

 

「最後の攻勢である『アイアン・ストーム』作戦ではまず、徹底した陽動作戦を行う。これによって“巣”から可能な限り多くのネウロイを誘引し、その後に空軍による絨毯爆撃で“巣”を殲滅する」

 

 主役は、諸君らパイロットだ……そう告げられた爆撃機クルーと護衛のウィッチたちに、静かな衝撃が広がった。

 

 

 空軍主体の爆撃作戦は確か、航空ウィッチの登場によって数年は行われていなかったはず――。

 

 

 ウィッチに登場によって脇役に追いやられて爆撃機。長らく忘れていた感情が、心の片隅からこみ上げてくるのをパイロットたちは感じていた。

 

 

「計画の第一フェイズでは、敵をおびき出すべく地上部隊の大規模侵攻が行われる。北から南まで300キロにわたる広範囲で渡河作戦を開始、ネウロイは広範囲に展開する地上部隊への対応を迫られるだろう」

 

 思わず唾を飲み込む兵士たち。20万もの地上部隊が侵攻するのだ。作戦が失敗に終われば、文字通りその時点で戦線ごと崩壊するだろう。ネウロイはガリアまで無人の野を行くことになる。

 

「第2フェイズは遅滞行動による、ネウロイの行動制限が要点だ。ただし今回はこれまでの作戦と違い、陣地構築をする余裕は無い」

 

 これは海路での物資輸送が行えず、必要な資材の調達に支障をきたすと予想されるためだ。

 

「そこで誘引された敵の侵攻ルートを迅速に特定した後、その射線上にある地上部隊は増援の到着まで遅滞行動を行う」 

 

 マロニーの発言に、ブリーフィングの空気が濁る。

 

 遅滞行動といっても、その内実はほとんど囮に近いものだったからだ。部隊の一部を捨て駒にするという案に、あからさまに嫌悪感を示す者もいた。

 

 

 そうした反応は予想済みだったのか、マロニーはそれをさらりと受け流すと、何事もなかったかのように第3フェイズについて説明を続ける。

 

「遅滞行動をとっている部隊が戦線を維持している内に、他の戦線にいた部隊は敵の侵攻ルートへ向けて一斉に移動を開始。ウィッチ隊が先行し、機動力のある部隊から順次戦場に到着次第、敵の側面攻撃に当たる」

 

 自軍の側面がガラ空きになることを覚悟で、敵の主侵攻ルート以外の前線部隊から機甲部隊やウィッチ隊などの高い機動力を持つユニットを引き抜き、敵の主攻正面に迅速に移動させて反撃に出る、という作戦だ。

 

 機動力のある航空ネウロイと違って、地上ネウロイの戦術は基本的に単調なものが多い。

 

 したがって主攻正面さえ特定できれば、他の兵力が手薄になっても突破されるリスクは小さい。それならいっそ、思い切って強力な兵力を引き抜いて、敵の両側面に叩きつける――兵力の迅速な転用と集中により、ネウロイの6倍の火力を叩きつけて勝利を得るのだ。

 

「それを成功させるための秘密兵器が、今の我々にはある。詳細は……言わなくても分かっているな?」

 

 

 例の“新型爆弾”のことだ。人類を救う、対ネウロイの究極兵器。人類が持てる科学と技術の粋を集めた決勝で、この戦いに終止符を打つ――。

 

 

「なお、本作戦には第8および第7航空軍も全面的に協力する予定だ。航空部隊は“空飛ぶ砲兵”として、陣地の欠如により不足しがちな火力の穴を埋める――以上だ」

   

 

  **

 

 

 ――昼過ぎ、高度2万2000フィートにて。

 

 

 ネウロイ占領下のカールスラント上空を、B-17爆撃機の大編隊が東へ向かっていた。

 

 二時間ほど前に発進したアルンヘム基地は一面が雲に覆われ、小雨が降り続いていたがカールスラント上空は信じられないような好天。まさに絶好の飛行日和だ――戦争中でさなければ。

 

 母港であるアルンヘム空軍基地に、上級司令部たる第8航空軍からの命令が伝達されたのは前日の18時。通信室のテレタイプが動き出し、カタカタと音を立てながら長い作戦命令を書き出してゆく。

 

 

『――ドレスデン方面によて陽動部隊が状況を開始。反撃してくるネウロイ部隊に対し、よって第8航空軍は友軍を援護すべく支援爆撃を実行すべし』

 

 

 ドレスデン方面に急行するネウロイの侵攻ルートは判明している。その射線上で待ち構え、高高度からネウロイの頭上に爆弾を落とすのだ。3次元的に爆弾を使って「点」でも「線」でも無く、「空間」で制圧する。

 

 

 東へ向かうB-17の編隊は、各機が1000ポンド爆弾を6発ずつ搭載していた。ひとつの梯団は3つに分かれ、やや間隔を置いて別の梯団が飛行している。それぞれの梯団は120機あまり、四発重爆撃機の堂々たる大編隊だ。 

  

 

「――偵察機より、通信! 敵ネウロイ、迎撃ポイントに到達したとの事です!」

 

 若い通信手が告げると、ベテランの機長は嬉しそうに舌なめずりした。

 

「よぅし! 爆撃機乗りの底力、徹底的に見せつけてやれ!」

 

 長らくウィッチに陰に甘んじていた鬱屈を、今こそ晴らす時だ。機長は再び空を我が物顔で飛べる快感に酔いしれながら、ありったけの力を込めて爆弾投下レバーを引いた。

         

              

 




 俺たちのマロニー大将が帰ってきた!

  

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