fate/SN GO   作:ひとりのリク

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四節 侍たるは燕なりⅡ

 

 

真昼に響く音としてソレは、大黒柱が抜かれて崩れる家屋の如き荒々しさだった。事態を引き起こした張本人…エミヤの背中を見ている立香にとってのソレは、エミヤが周りに配慮して言い表せなかった歓喜の唄に聞こえていた。

 

「あ、あの城門が壊れた⁉︎」

 

城門が丸々と粉々に変わり果てて、来るもの拒まずの姿勢へ落ちたことに神楽は驚愕した。

 

アーサー王の宝具が一切通じなかったのだ。

それが────

 

「あんな…雪像で作ってたド下ネタ兵器で壊れた!?

おいお前!なんなのよこれ!どうして聖剣が弾かれてあんなエロ漫画みたいな砲撃で門が開くのよ!!!」

 

最悪最低の一撃で破壊されたことにこれまでの努力が否定された気がして怒り心頭の神楽。

無論エミヤも黙ってはいない。

 

「なっエロ漫画みたいだと!?アレを投影するのに私がどれだけ時間と魔力と思春期を費やしたと思ってるんだ!」

「いや思春期混じってる。下ネタ要素見えてるって。エミヤ擁護しにくいこと言わないで!?」

「ふざけてる場合か‼︎」

「…詳しくはあとで説明する。とにかく中へ入るぞ」

 

爆竹が鳴り止むような速さで落ち着きを取り戻し、エミヤは開け放たれた城門を凝視する。目の前にいる勢巌は眼中にないと言わんばかりだ。

 

「盲目となって十年を病いと向き合い続けてきた。ツバメに至るために一念し、“浮世離れ”を手に入れたが未熟が過ぎる。この勢巌の鍛錬に付き合うてくれよ」

 

城門を壊された失態に勢巌は大した興味を向けていない。齢70過ぎの老侍は武士道を進まんとしている。きっと、いや間違いない。勢巌は城門の門番を名目にして強者と仕合いたかったのだ。

頂きを目指して進んでいる。仁鉄に造られながらも、己の目標を見失ってはいない。立香たちにとって不幸なことは、その道中の研磨材に見出されたこと。

ここで逃げることは許されない。

 

「エミヤ、勢巌を倒さなきゃ」

「当然。だが私たちの役目ではない」

 

敗北必死の状況に臆するものかと向き合ったというのに、出鼻を挫くエミヤの発言に首を傾げた。

 

「あとはヤツに引き継ごう」

 

ヤツとは誰なのか。ここにいる誰でもないことだけは誰もが分かる。エミヤの人を釣り上げる言葉に勢巌までもが意識を囚われるなか、一陣の風が紫紺を纏いて城門に向かって通り過ぎる。

 

「伍丸殿は仕事を成し遂げたか」

 

草履が地面を踏み締める音に立香たちは追い抜かれて、全員がその存在を認めた。

 

「小次郎!?」

 

ボヤ騒ぎを聞きつけた江戸っ子のように現れて、横顔から後ろ姿を見送るまで彼……佐々木小次郎を止められない。

なにも根拠はないのに立香は、彼には勢巌を倒すだけの勝算があるのだと理解した。場の雰囲気が有無を言わさずに状況を有利に傾ける、そんな都合の良いことは早々起こらないと分かっているのに。

 

「お前、生きていたの!?」

「えっ、小次郎を知ってるの」

「正鬼から私たちを逃がすために殿を請け負ったのよ」

 

神楽の言葉を聞いて身震いする立香。

その場面は言わずとも伍丸たちが仕掛けた1度目の城門攻略の時だ。状況は伺えないが、正鬼と対峙して生き残っている時点で異常な強さだ。

小次郎の首元に注視すると、身体に巻き付けている包帯の隅っこが覗いている。どう見ても負傷している証拠だ。

 

「無駄な言葉は交わさぬぞ」

「…うん、ありがとう」

 

小次郎の一声で問いかけることは出来なくなったが、立香は感謝の言葉を伝えた。小次郎の働きで城門は破壊できて、勢巌との戦いも継続できるからだ。

 

「どこから現れた? いや、どこに隠れていた」

「察しが悪いな。抜け穴が広がれば這ってでも来よう?」

「………城門か」

 

合点がいった勢巌に置き去りにされて、立香は解説を求めてエミヤに視線を送る。

 

「城門は空想具現化(こちら)正史(そと)の抜け道を塞ぐ役目もあった。か細い糸のような穴だが、ピアノ線よりも強い道だ。外から手を加えれば、ヤツみたいな出来損ないが召喚される」

 

魔王が作った城門の仕掛けに一同ただ驚嘆する。

 

いよいよもって戦ってきた規模が違うと実感する。キャメロットのようだ。特異点に来る前から大勢のサーヴァントたちが未来を繋げんと戦ったように、ここでは3つの世界が入り混じる超規模聖杯戦争と化した。

 

そのせいだろうか、目の前の強敵を1人で相手してもらうことに不安が積もる。

 

「行け」

「でも…」

「銀時を早く連れ戻せ、と言っている。腕を鍛え直したというのに、果たし合いの相手が居なくては適わん」

 

誰かが身震いした。その震えに共感して自分も震えて、剣以外は鳥肌を立てていた。

小次郎は人の立ち往生を気にしている。銀時を連れ戻す一助になろうという気に嘘はない。ただ、居ない者との再戦よりも目の前の剣聖と顔が語っている。斬り尽くし、斬り語りながら斬り落とせる燕を前に堪えは効かない。

 

「そこの燕なら生前の燕と肩を並べそうだ。

あやつで腕鳴らしをしている間に銀時を呼んでおけ。さもなくば片っ端から斬りかかるぞ?」

「脅し方が洒落にならん!!」

「そうじゃなくて!勢巌は皆んなで戦ってやっと…」

 

勝率を上げるための提案に、小次郎はこれでどうだと飛び出していく。

 

一回転する間に物干し竿を抜き、唯一の間合いに入らんとする。瞬きの動きは例え剣聖であっても先手を取られるところだ。然し、相手の勢巌には通じない。

 

多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)が左右正面に散らばる。

盲目の剣聖が至った単独での挟撃、剣技散連撃が小次郎を抜け目なく斬り伏せて────

 

「やっと……の続きは?」

 

羽根が舞い落ちていた。

剣技が斬り伏せられた。

目視困難な佐々木小次郎の剣技によって。

 

霧散した並列世界の勢巌を見て、勢巌の頬が角度を落とす。心を乱された刹那、勢巌は責任の重さを理解して刀を鞘に納める。要は見逃す、と。

 

「…今度お礼します」

 

拓けた道を見て、ほんのちょっとだけ躊躇しながら踏み出す。勢巌の横を通ることが怖かったが、佐々木小次郎の揺るがない筈の心躍っている横顔に痺れた。

後ろのマシュたちに目配せして頷く。そして、全員で門の向こう…決戦の地に駆け出した。

 

「参ったな。叶えたい願いを1つ託したばかりでな」

 

最後に耳に届いたのは小次郎の照れ笑い。

大袈裟なお礼だって謙遜しつつ、しっかりと欲しいものを胸に灯している。

 

「農民から剣士になる手伝いを頼もうか」

 

昔に聞いた願いよりもちょっとだけ贅沢な告白に親指で応えて、闇に包まれた城門をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け足が遠退いていく。決意を固めた足音が迷いなく進んでいる。やがて暗い門の向こうに足音が消えて、尚も耳に残る駆け足に彼らの心配性を見つけて笑って安堵させた。

 

「ただの農民とは言い条だ、その異質な剣技を易々と使われては侍の立つ瀬がない」

 

剣聖は血相を傾倒させて剣気になる。

剣は剣聖に迫るが、生前の剣聖を手負いにできる手合いではなかった。

勢巌の剣筋は剣にとって徹底して反り合えないものだった。先制と手数、基本の足捌きで相手を打つ剣は、囲合いで先制を潰し手数を相殺、上回れる勢巌に防戦を強いられていた。

 

故に、多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を斬り伏せてみせた小次郎への興味は、勢巌が剣の道を極める想いそのままが注がれる。

 

「最高の霊気で現界を果たしたお陰でな、真祖からも辛うじて逃げ(おお)せることができた。

……が、深手を負い先ほどまで床に伏する始末よ」

 

簡単にタネを明かす。

 

佐々木小次郎の霊気はセイバーとして現界した。

その生き様を認められて、門番という縛りから解き放たれた最優の剣士。更に修行という機会を与えれば、無限にも届く可能性を秘めた剣術を手にする。

 

「吐かせ若造。まだやれろうが」

 

これは一本勝負。

剣士としての腕、度量の長さ深さ奥行き、そして時の運。

一切合切を手前に傾けた者が勝利する。

 

「……さあ三度(みたび)、義のために刀を振るおう」

 

同時に刀を振る。同時に解を与える。

喉元に向かう途中、2つの刀が交差し閃く。火花が凝視する先は首、絶命の手向けにのみ興味を抱いた。

 

右へ、左へ。通り過ぎ、瞬けば通り過ぎた筈の一刀が折り返し。鋭く空を斬る線の形状は視認不可能。行き踊る鋼色と鉛色の線は、繰り出す本人すら光の速さに見えていた。

遠く響く音はとても軽い。

しなやかさを断つ。乱戦の最中と知るに足る数の信念と歓喜がせめぎ合う。殺風景な廃墟を賑わせる無数の俊音。

 

「歪な構え、異質な剣筋、異様な心構え。

剣に対する熱意はあるのに情景が見えぬ」

 

勢巌が…勢巌たちが刀を振り、悉くの囲合いが空を斬る。

小次郎を斬るために算段をつけた囲合いを、小次郎は意に介することなく避けてみせた。

 

「おぉ、見破るか。こうして地を駆け物干し竿を振るうのは死後からでなぁ。

“秘剣”が使えるだけの男が、佐々木小次郎という存在したかも不確かな真名()に宿った。それだけのことよ」

 

四方から卓越した剣技を放つ勢巌を足捌きで躱し、隙のない場所に小次郎の一刀が放たれる。それで並列世界の勢巌は首を断たれた。

軽口に反した身のこなしは薄らと残像を作る。人智の無駄を削ぎ落とした剣捌きが魔法級の技をごっそりと切り落とす。地面に転がる勢巌の残滓は秋口の枯葉をはわいて棄てるようだ。

 

「その秘剣も一度は破られた。座では宝具に防がれた。所詮は人を斬るだけの侍だが、研鑽だけは止めなかった。

人外程度の腕っ節では最早足らぬぞ」

 

散らかり消えゆく己を見続けて、圧倒的な数的有利が覆されるのは相性の問題だと知った。

 

「この勢巌の域に達しているか」

「いま気づいたのか? 初手で見切ったと思っていたぞ」

 

年月こそわからないが、佐々木小次郎は座で長時間の研鑽を積んでいる。多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)に臆さないことから、相手は勢巌自身だ。戦い方を熟知している。

 

「………脚を足す」

 

次なる手段は疾走。

さきの戦いでは剣によって完封された、走りによる剣舞に切り替える。

 

「行くぞ?」

 

刹那の歩行だった。

門番の立場を捨てた男が取り出した地力だった。

小次郎の目の前にいた勢巌は、ひと息で小次郎の後方へと通り過ぎる。宙を舞うだけの刀を見た小次郎は、目標との距離が開いていることを識った。

 

「今宵の燕は疾いな────」

 

振り返った瞬間、右襟の繊維が切れて内側の皮膚の表面から血飛沫が舞う。

主犯は刀に着いた血痕を見せ、剣聖として初めて解放した本気に堪らず、硬い心音を鳴らしならが言い放つ。

 

「もう仕舞いか?」

 

問いかけてはいるが答えは1つ。勢巌は俊足を以って小次郎に十もの太刀を入れた。

 

「いま火蓋を切ったところだ」

「────!」

 

然し、小次郎未だ死なず。

左肩に登る切れ目が宙に放り出されて、内側の皮膚の表面をかっ裂いた傷口から血飛沫が舞った。

長刀の回し難い内側で斬り、踏み込みから離脱までは並列世界の自身による防御をも徹底した。攻防は完璧だった。斬られたのは内側で刀を抜いた瞬間だ。

小次郎にとっては長刀だろうと間合いもクソもない。どんな立ち位置だろうが、どれだけ懐に入られようが己の間合いにしている。

 

「雇用主が変わって心が躍っていてな。

門番同士、仲良く剣の道を語り合うぞ!」

 

大はしゃぎで風を追い抜く侍に感化されて、湧き出る笑みを連れて老侍もまた城門から駆け出していった。

 

年甲斐もなく2人の侍が走る。笑いながら走り、目を輝かせて走り、全力で刀を振るいながら走っていく。

恐るるは平行に近い重心移動、横線を引けば腰の位置が上下するのは僅かばかり。同時に横を向きながら剥き出しの殺意を真剣に乗せ、前後左右から剣技が繰り出される。

 

「はっ────はは!!」

「ふっ………セアッ!!」

 

一振りの剣圧で周りの廃墟を壊しながらも無関心。周りに留意する者は何一つとしてなく、物に気を遣うことを求められない。景観の美を存分に(そこな)おうとも、剣の道に生きる2人の仕合価値は落ちないからだ。

 

とくに勢巌はさきの剣との対峙で鬱憤が溜まっていた。

剣は剣聖前の勢巌と一度仕合っている。足を使われては防戦もままならないから、必死で前に出て足を止めていた。

防衛に徹した相手を切り崩せない己に喝の一振り。

 

「単調!!!」

「青いわ!!」

 

斬り結んで、走り開いて、刀を握るように手を取って、まだ知らない剣技に感激して上を向く。

千の線まじり合い、幼少期の擦り剥いた傷おもい出す。

着物の袖を通る刀身に気づいた時には、流石の勢巌も呼吸が粟立(あわだ)って喜んでいた。

 

「貴様が翻す一刀は、あまねし侍が目指すものだ」

「自分は違うと言いたげだな」

 

脚を使い風を追い抜いて、知名度補正を捨てて剣技を信じ、死徒の呪縛に抗いきって剣聖の芯を守る。

そうまでして剣の道に生きる老侍が裡から溢した感嘆に問い返す。

 

「無論」

 

勢巌の手先は現実に干渉出来ない。

並行世界の自分の振った刃を、この世界の刃に重ねているだけ。何処を斬るのかを見極めて、同じ軌道で刀を合わせる…それだけの所業と下卑した。

小次郎の剣技を見て、堪らなく心の内を吐きたくなってしまっていた。

 

「魔眼に慣れる頃には剣術の腕が国1番となっていた。

歴代の剣聖には笑われようさ。

彼らは魔眼無くして剣聖に至った、本物。

この身この魔眼は鉄から造れるような、偽物」

 

小次郎には本物の資格がある。入り口に立っている。

証左は勢巌に刻まれた傷。腕に胴に顔、皮膚一枚という薄くて絶大な一本とともに。

 

「鉄に宿る魂は何かが欠けている。故に」

 

理解していた。お互い、この皮一枚を越えるには更に一段と攻めなくてはならない。無限の剣技でも、我流の太刀筋でもだめだ。隙を見せて踏み込ませる勇気、そして己こそ最強と自負する代名詞をかざせ。

 

「偽物と偽物、真剣勝負で残った方にこそ」

「本物と語れる土台を手にできる………!」

 

並行線の仕合いを終わらせるには、互いの絶技を披露する他になかった。

 

 

 

 

 

 

 

人道無限

富田勢巌

 

 

一本勝負

 

我流

佐々木小次郎

 

 

 

 

 

 

 

其々が全く違う形で刀を振り、生涯を剣の道に生きた者同士。知りたいことはただ1つ。

子供の夢、男の誇り侍道。

侍として生き残るのはどちらか。

 

其れを、互いの生涯を以って証明する。

此れは、相応しい相手を見つけた侍のサガだ。

 

「一頭地を(ぬきん)ず、我が眼、我が剣、空に至る」

 

わずか三メートルの距離、勢巌の構えを合図に死に最も近い間合いが完成する。

勢巌は囲合いのために鞘に手を添えた。

小次郎は背を見せながら刀を地面と水平に構えて、両者の準備は整った。

 

()の鞘、禅定開門。座で()()られぬ剣技を語ろう」

 

平行世界との繋がりを鞘から抜き取る。

この動作を触媒として、多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)の全力…剣聖富田 勢巌が集約された。

 

「────絶技、返し燕巌(えんがん)

 

多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を使う10人の十種幾重もの斬撃は防御と回避を許さない。

まさしく完成された囲合い。思想が世界を繋ぎ、病いを克服して敵を斬る。

 

「我が秘剣で斬ってみせよう」

 

其れを小次郎は。幾重もの存在を。己を証明するため、かつて銀時に敗北した居合いへの再戦に臨んだ。

 

「秘剣────────」

 

その構えから繰り出される絶技は、全くの同時に左右、そして真上から振り下ろしの刀が出現する。この瞬間、一呼吸の猶予も逃げ場も奪う必殺の魔剣。ただし、それは1人だけを相手にした場合の話だ。

燕の数は10。囲合いは千手反撃の極地。佐々木小次郎に勝ち目などありはしない。

この魔剣は佐々木小次郎が剣の道を極めた果てに編み出したもの。佐々木小次郎には、勢巌の多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)に返す刃は無かった。

 

「───────燕返し」

 

然し、彼は燕を斬ることに執着した佐々木小次郎の器。

銀時に敗れても、その極地を押し進めること止めず。

土壇場が、雰囲気が、佐々木小次郎の剣を研ぎ澄ます。全方位に飛び回る燕を感覚で捉えて、その向こう側にいる銀時に追いつくために。佐々木小次郎の魔剣、その一振りは並列世界に対する最上の反撃を実行した。

多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)に対する多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を。

 

「負傷していながら…絶技(はね)を落としたか」

 

この場に残った勢巌は血とともに称賛を吐く。

 

全ての勢巌を斬り伏せた。それだけが全てだ。

敗者に残す言葉は小次郎においては無かった。

どちらが侍の名を押し通しても違和感はなく、己が膝を曲げても納得できた。勝敗の差は分かっている。

 

「空想世界の剣聖、その腕は燕を上回っていた。この物干し竿で斬れるはずがなかった」

「……?」

「その腕前は、生前のものを上回っているな」

「…………はは」

「大空を自由に飛び回る翼が、不自由な身体を引き摺っているのは辛いものよ。

剣聖を奪われた。それだけの差だった」

 

仁鉄によって不純物を混ぜられた勢巌とは違い、小次郎はようやく己が刀を自由気ままに振るうことができた。たったこれだけの差なのだ。

 

「1つ問う。()()()()()()()()()…果たし合う相手をなぜ選ばなかった」

 

未だに立っている小次郎に勢巌は問う。

視線の先は腕に刻まれた縦の傷口。勢巌の剣技(はね)を完璧には堕とせなかった武士の誉れ。

滴り落ちる血を気に留めず、空のどこかで見ている英霊に向かって応えた。

 

「助けてくれと頼まれた。1人は銀時を助けたいと願う淑女から。もう1人は貴殿の始まりの師さ」

「……………なんだと」

「彼女は亡霊の器を剣と姓で満たして消えたよ」

「左様か。くく、この勢巌も未熟…」

 

小次郎の指す人物。

青年の頃に見た剣聖を思い浮かべる。

歴代剣聖のなかでたった1人の女、佐々木の背中を。

 

月と踊る闇さえも差し込まない、(まこと)の黒。

瞑想に耽っても知ることのない、真の無。

涙を流しても濯ぐこと叶わない、真の闇。

 

空に燕の羽が舞う時、勢巌の目は光を見た。

 

「────────なんと綺麗な朝か」

 

全ての決着に満足した勢巌は、永い闇から解き放たれた。

更なる高見を知り修行に向かわんと足早に退去する姿は、首を断たれた者とは縁遠いものだ。

 

「剣の道、果てしなく。佐々木未だ止まらず」

 

去り際の年甲斐のなさにさしもの小次郎も呆れつつ、上には上がいることを実感する。

初めて人を斬り伏せたことを手のひらに感じ入り、勝者の後味とは言えない充足感を胸に抱きながら、ゆっくりと江戸城に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の向こうに踏み出してから、僕の心臓は前に走れと心拍数を上げて急かしてくる。城門を抜けるのに景色を見失って、跨げば終わるはずの距離を走っていた。不気味だ、僕の知る門じゃない。

だけど心構えは整った。前に皆んながいることは感じていたから冷静さを保てている。

 

独りの強がりを発動すること10秒、やっと城門を潜った先でマシュの背中に追いつく。

 

「マシュ!皆んな!」

 

声を掛けても振り向かない。

誰も彼も空を仰いでいる。背中だけで見惚れているのが分かって、釣られて僕も空を視界に入れる。

 

そこには未体験が広がっていた。

黒い。暗い。星々が輝いて太陽を遠ざける。

それなのに眩しいと感じて目蓋が閉じようと働く。

一言で例えるなら万華鏡。現実にはない陰と陽の共演。

 

「夜!?」

「昼にも感じます…!」

「そもそも江戸の空じゃねえ」

 

空と大地でちぐはぐな世界に身震いし終えたところに、静寂だった江戸城の前から現れた男が1人。

 

「その通り。これは寝室から漏れた未来図の一端だ」

 

そう簡潔に答えを述べたのは志村 新八。いや…

 

「仁鉄…!」

 

剣の叫びに対して目を細めた仁鉄は、忌々しい者へと送る感情を面に出す。一瞬静まり返った雰囲気を吐き捨てるように話題を変えた。

 

「城門には霧の宝具を組み込んでいる。物理、魔術を避雷針の如く銀の大地に流す性質を持たせていた。

開門の伝承や対城宝具の概念破壊には、地球の表に転送する初代結野晴明の術式で対処できた。否出来ていた」

 

始めたのは無敵の城門の種明かし。

三種三重、真祖規模の防御壁が使われていた。ただのゴリ押しで通りたいなら、こちらも真祖級の火力を出す必要がある。そんな威力があの下ネタ砲にあるはずがない。

 

「先に江戸城を落とし、後付けで城門を開けるとはな。どこで原理を見破やった」

「気付いたか。あれは江戸を開国させた噂が本当に起こっている世界の砲門だ。正史空想は関係なく、全ての江戸城の護りを打ち崩せる。対徳川宝具と云える代物さ」

「盲点にも程があるだろ!?」

 

物理魔力ではなく概念による開門。

原理を知らずとも内から門を開くのだ。破壊もクソもあったものじゃない。逆に、これ以外じゃびくともしない城門が可笑しいよ…!

 

「やったものは仕方ない。

後始末が大変なのは鍛治も同じさ」

 

仁鉄が両腕を広げる。今までは感じなかった微風が流れると、仁鉄の両隣から江戸城の隅に向かって満開の桜の木が現れた。……違う、幻覚だ。分かってる、アレの本命は花弁だ。

 

「剣聖が戻るまでに突破出来るかな?

戦場の理論を味わえよ、正史の侍たち」

 

仁鉄の言葉とともに一斉に舞い散る花弁。その一枚一枚が宙空で、地面に落ちて、或いは木の枝を折りながら、岡田 似蔵へと変身していった。

 

次々と現れる、視界を埋め尽くす似蔵。

それだけで終わればよかったのに────

 

「ははっ、刀が揃い踏みだな…」

「初めから分かっていただろ。怖気付いたら貴様を斬る」

「仲間割れする余裕があるなら問題ないでしょ」

 

士郎たちが反応した相手。

江戸城から出てきた無数の英霊たち。

クー・フーリン、ヘラクレス、メドューサ、それに沖田総司にアーサー王まで……っ。他にも正史の英霊多数。

見慣れない英霊もいる、彼らはこっちの英霊たちだ。

 

「この数を相手に出来るのか…?」

 

似蔵だけでも数は百を優に越えている。

それなのに、士郎たちの無限の剣製を封じられた状況で数の暴力にどう対応すればいい。

剣の敏捷で対応しきれるのか。もし封じられたら、いよいよ詰む。逃げ場がないここで僕たちが突き進むには…。

 

 

 

────続く‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【次回予告】

遂に江戸城への侵入を果たした立香たち。

待ち受けるのは死徒仁鉄が鍛った数多の刀。
ここから相対するのは数による暴力、原初より最強の戦法が立香たちに襲いかかる。

「正鬼の意に反しないなら棄てる。()()()は手向けだ、剣山に埋もれて歴史の礎になれ」

剣塚を掻き分けて、因縁の相手に突き進め。
銀時を救うために、取りこぼしたものを掴め。

「アンタがアーサー王だな?」

ケリを着けなければならない相手がいる。

「一対一の仕合いを受けろ、似蔵」

戦う理由が彼らにはある。

「なんだ貴様らは。どこから湧いた?」
「そりゃあ…俺たちの国を取り戻しに来たんだ。
侍が刀を握るのに場所なんざ関係ねぇよ」

地獄から這いずり出てきてでも、銀色を取り戻せ。


五節『英霊乱舞』


2024.4.22(月) 勃発‼︎







【オマケ】
富田 勢巌のプロフィール

クラス:セイバー

身長:170cm 体重:60kg

出典:二次創作オリジナルキャラクター

属性:中立・混沌

好きなもの:栗の甘露煮、門弟

嫌いなもの:ちょこれいと、辻斬り

ステータス(村田 仁鉄ver)
筋力:D 耐久:D 敏捷:A+ 魔力:E 幸運:A 宝具:A+

保有スキル(村田 仁鉄ver)
盲目の剣聖:B-
富田 勢巌の最後の二つ名。
見えている侍よりも見えている。
このスキル保有者は、致命傷を負っても霊気が残り続ける限り実力が落ちない。
なお仁鉄に抵抗したためランクは下がり、マイナス補正が入っている。

浮世離れ:D
勢巌が苦しんだ病いの名前。眼の病いとは別。
両手で物体に触れない。代わりに呪いに触れる。
生前に克服したため、多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)として並列世界の勢巌を自身に重ねる技に昇華されている。
これを応用することで、防御宝具による物理的遮断を貫通する。
また、修行したら瘴気や呪いが見えるようになったため、者や物に憑いたソレらを斬って祓える。立香の令呪が消滅したのはコレのせい。

十界 六道・人:C
徳川 光々が組織した十界には、対神(物の怪や超常現象、政)に対処する10人の傑物が選出される。指名または推薦により、然るべき実力を示した者が十界の席に座れる。
十界に選ばれることは秀でた才能の持ち主の証であり、幕府からの後ろ盾を得ることができる。そして、表舞台で名乗ることを許されない枷でもあった。
知名度補正によるステータス下方修正が入らない。
仁鉄に反感を覚えたため、無理やりランクを下げて諸々の効果を破棄している。
又、十界であることが看破された場合はこのスキルが消滅する。


宝具(村田 仁鉄ver)
返し燕巌:B
種別は対人魔剣。
佐々木という侍が披露した剣技を、勢巌が生涯を捧げて再現した。
勢巌曰く、サーヴァントとなってから限りなく佐々木の絶技に近づけたとのこと。
余談だが、佐々木という侍が使う返し燕巌(仮)は勢巌とは使い方が違う。

()の鞘:-
魔眼の鞘。盲目の鞘。
並列世界の自分を感覚で捉えるために生み出した。
現実(三次元)とは違う世界がある。それは1つズレているであろう。だから亖(四次元)があるという自己暗示。
正鬼の話を聞いた光々が三次元の意味を理解しきれず、 わりと適当に勢巌に伝えたため四次元の解釈が違っている。


その他①
本作三節で手を抜いていたのは、仁鉄に似蔵と肩を並べろと言われたため。辻斬り(大量)と協力は無理だと断ったら、令呪で無理やり従わされた。令呪に抵抗しまくったり、メイドに興味があったため決着を引き伸ばした。

その他②
『佐々木』について
佐々木という侍は白髪の女である。
勢巌が彼女と出会ったのは青年期。金が尽きて行き倒れになっているところを勢巌が介抱した。そこから1週間面倒を見て、毎日剣の稽古を付けてもらっていた。絶技を見たのは最後の日。
「邪法不意打ち上等。命は取らぬ、金吐いてけ。無いならお前さん名義で飲み食いするから後はヨロ」
町に降りた時、悪党を成敗した佐々木の姿を見てから価値観が色々と曲がった。面倒を見たことに後悔はない。

その他③
性癖は白髪と健全な太もも。
佐々木の衣装がそうだった。胸は意外と無い。
勢巌の嫁は活気ある町娘で白髪だ。太ももが見える格好は時代が時代なので諦めた。メイド服を知ったせいでメイド喫茶に入り浸る。
白髪ならなんでも良い訳ではない。白詛による白髪は『不愉快極まる白髪』なので絶対に白詛を許さない。




伍丸弐號が手帳に記した『裏切る者』は誰?(予想)

  • 鳳仙
  • 神楽
  • 日輪
  • 晴太
  • 坂田金時

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