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絶望で塗り潰された夜、舞い降りた幼き天使
それを討つべく振りかざした剣を、力強く受け止めた正義
〜彼女は人だ、死を黙って見送る事は出来ない〜
天使の心に産まれた芽
君を待つ運命は・・・
冬の姫
聖杯戦争初日、誰も脱落する事なく終わりを迎えた。
幾つもの衝突が過去となり、次の戦いを迎える準備が始まる。日が昇るまでに、それまでに起きた怪奇現象の跡は、綿密に処理されていく。
膨大な破壊の原因を残してきたマスターの一人は、重い足取りで夜の森の中を歩いていた。苦汁を味わった彼女の顔は、とても暗い。悔しさを紛らわそうと夜空の星を見上げながら、早歩きで夜道を歩く。すると、いつの間にか窓から不気味に灯りが漏れているアインツベルン城が見えてきた。
バーサーカーは外に置いて、誰にも気づかれたくないのでゆっくりと家のドアを開ける。
「お帰りなさ…………お嬢様?」
どうやら、私が帰ってくるのをずっと待っていたらしい。
アインツベルンのメイドの一人、リズが話しかけてきた。適当に相槌をうち、部屋に戻るからと呟く。今は誰の言葉も聞きたくない。最も信用しているバーサーカーでさえ、今は心の隅へと寄せられていた。
なのに、しつこく彼女は私に問いかけてくる。どうしたのですか、お嬢様?と。何でもない、と返しても引く事もなく聞いてくる。最初は優しく聞いていたのに、みっつ、よっつと同じ事を繰り返していると口調が強くなっていっている。
頭の中がグチャグチャになりそうで、私は荒げた口を開けると。「うるさい、今は黙ってて!」現実の全てを拒んで彼女、セラを言葉の圧で突き離した。
どんどん彼女から遠ざかる。心配で仕方がないという表情を浮かべるリズを、去り際にチラリと見てしまう。後悔した、私はどうしてこんな感情を、セラの前で剥き出しにしてしまったのだろう。後で良い事なんて、一つもないのに。
どうせ、長くて退屈な話をするに決まってる。
こんな時間まで待ってくれていた、セラにお礼の一つでも言うべきなのに。
私は徐々に、吐き出せない心の毒に侵食されているのかもしれない。それでも、私の心の内は誰にも話そうという気が起きなかった。
廊下を、階段を走る音が響けばそれを注意するように聞こえてくる、セラの声はなく。寂しく思いながら、誰とも話す気分じゃないという矛盾に気付いて苛立つ。訳が分からない。走る勢いに力がこもる。
ひたすらに走った先でようやく着いた自室に、荒々しくドアを開けて中に入ると、ドンと叩きつけるようにドアで廊下との通路を遮断して鍵を閉める。今日はもう、誰も部屋には入れたくない。そういうメッセージをこめて鍵を閉めはしたけど、セラはマスターキーを。リズは怪力で。部屋に入ってこれる。
その時は、その時の気分次第だ。今はとにかく、落ち着きたい。落ち着いてから考える。
少女は目を閉じ、
「どうして」と。
か細い声は、疑問を投げかけた少女が、自分自身へと聞いていた。別人格がある訳でもない。そう理解しているのに、何故か、ほんの少し前からもう一つの
…いや、人格というよりも。印象が蝕まれているのか。
女神が落とした、純白の羽のような布団を頭からかぶる。
心臓の鼓動が聞こえる。
あの顔が、頭から離れない。
昨夜は、絶対に殺してやると思っていたのに。
無様に地面へと落ちる自分の頭。痙攣する身体。じきに消えるヘラクレス。これから起きる現実が、私が死んでからは見れないモノも含めて身の回りの映像が流れ込んできた。私が今、生きているのだからそれら全ては、嘘となったが、余りにもリアルすぎだ。どうしても拭えない。忘れられない。
アーチャーに王手をされた瞬間。視界が、自分の命の終わりを告げるように、周りから黒くなっていた。まぶたは閉じていないのに、ゆっくりと目を閉じるように、黒い何かで包まれていく。何も果たせない事の辛さ。虚無感を噛みしめて毒だと知ったのに、自分の意思で吐き出せない焦燥。
受け入れざるを得ない、絶望を肌で感じて。
割り込んできた。あの手、あの顔。
私を殺すより、セイバーを助けてやってくれと。そんなの、遠回りすぎる。私を殺す事が、セイバーが死なない事にも繋がるのに。それを理解していない訳でもないのに、どうして。
怖い。
私が、私でない。この感情が怖い。どうして殺意が無くなっているの!?
嫌だ、嫌だ、嫌だ…
聞いていたのと違う。あんな奴の筈がない…
アーチャー。あのサーヴァントの所為で、私はおかしくなってしまった。………絶対に殺す。
セイバー。あの目の所為で、私の記憶から、最悪のモノを思い返させられた。………タダでは殺さない。
他のサーヴァントもマスターも、全て潰す。絶対に殺す。
そう、だから。
衛宮 士郎。貴方の所為で私は、こうなってしまった。………殺すの?ねぇ、殺したいの?分からない、解らない!
どうして…どうして!私は殺そうと思っていないの!?
殺意に鍵がかかる。
鎖で巻かれて、一時の殺意を押さえ込んでいた。
きっかけさえあれば、容易く壊れる。その為の衝動を、精神が求めていた。
まぶたを閉じる。ベットの中で眠る事は出来ない。
そんな中で時間が経過して。
この感情は、切り離さないといけない。絶対に、今の私には不必要なモノの筈だから。
どうしたいのか。それを、″確認″しないといけない。
捻り出した答えと共に、朝を迎えた。