宝具の効果がいつ途切れるのか。
土方 歳三は神秘が薄い時代の出身のせいか、宝具や魔術をいまいち理解していない節があった。
座から与えられた知識で意味は理解しているし、サーヴァントとなった時点で超常めいた事象があることも認識できる。ただ、自分が使いこなす立場となれば、その効果の持続力や適応範囲は大雑把にしか捉えきれない。
だが、それでいい。
戦いは一瞬の判断で生死が別れる。日々の鍛錬から練り出される行動から結果はついてくる。
戦場で常時発動出来る宝具ならば理解を深めることも必要だろうが、生憎と自分の宝具はそうではない。
持続力は短く、魔力消費がバカみたいに激しい宝具と、生還を捨てた一度きりの突撃を実現できる宝具、計2つ。
マスター権限を強引に剥奪した身には前者は使い物にならない。残された1つは、それこそ日々の鍛錬がなければ使う暇もなく絶命する。
地形や兵法、数字から敵を崩す戦略を考える土方は、自分の宝具に関しては心の持ちようだと定義した。
逃げれば宝具は瞬く間に効果を失う。我が生涯に背く姿なぞ、英霊の座に居る土方 歳三が許さない。
誠の旗を思う限り。この魂が腐り肉体が朽ちることはない、と。土方 歳三は本気で信じている。
▼
猛然と突き進む漢の勢いは、あらゆる障害を引き連れて江戸の隅から隅を疾るだろう。
「貧相がアアアアアア‼︎」
痛みを怒号で撒き散らし、病に全身を蝕まれた人間のように走って、土方の魔力を込めた銃は三度解き放たれた。
「こ、の………!」
縮地を使い土方の意識から外れた沖田に、ものの見事に命中する。
────都度五度目の命中。
沖田 総司に学習能力がないのかと疑われるほど、土方 歳三の射撃精度は冴え渡っていた。
沖田に落ち度が無いと言えば嘘だ。彼女は初手を間違えて、土方に流れを掴まれてしまっている。源外庵から突き離されて、アーサー王を引き連れてきた土方を、最初は相手にする気がなかった。アーサー王の迎撃と同時に気配を消して、再びカルデアと神楽の暗殺を遂行するために機を見て抜け出した一歩目。
『新撰組が退くわけねぇだろうが』
憎悪と殺意に満ちた声で、銃による魔力放出を当ててきた。
モーションは見えていた。躱せるとも思った。それでも沖田が吹き飛ばされたのは、技術以外のものが土方の手にあるからだが、沖田はそれを知らない。読み解く心がない。
「侮るな」
その怒号はアーサー王のもの。
2人を相手取りながらも自身を背を向けて、存在ごと忘れたかのような無防備を晒す土方に、魔力放出による勢いを付けた一撃を見舞う。
「────」
綺麗に、手本のような一振りが土方の身体に刻まれた。魔力をふんだんに乗せた、沖田を巻き込みかねない一振りだ。
ある程度の致命傷を我慢しようとも、魔力耐性の低い近代英霊には耐えられない。
「っ………!」
…筈の、その一振りで死ぬどころか斬り返した。
刀を受け止めつつも驚きを隠せないアーサー王へと、知ったことではないと土方は足払いを決めた。
転んだアーサー王へと振り下ろす刀が一振り、二振り、そして三振り。刀にあるまじき円柱状の衝撃が宙に舞い、鎧の損傷が目立つアーサー王が身を翻しながら飛び退いた。
地面に空いた穴は鎚か岩を落としでもしないと作れない跡が出来ている。サーヴァントだからと刀を振って作れるものじゃない。魔力放出のような魔力の流れこそ感じないが、魔力放出に似た技で一振りの威力を高めているのは確実だ。
その正体が警戒すべきかを見定めるべく、次の接近に向けて腰を落としたとき。
「止まれ。止まりなさい。もうその身体では」
沖田が立ち尽くしたまま投降を求めた。
殺し合い…それも当の本人が土方の腹部を穿っておいて、その言葉を投げたことで場の空気が凍る。
アーサー王は鍛錬を積むために。土方は一刻の猶予も残されていない。真剣勝負の最中、唐突の沖田の目覚めに驚いたのはアーサー王。致命傷でも戦いを止めない同胞を見て、沖田の鉄の心境に変化が生まれている。
「新撰組隊士が止まれなんざ言うか?
俺たちの止まれは、息の根止まれ…だけだ」
新撰組副長は、鬼の副長と畏れられる漢は、不出来な沖田 総司を根本から否定した。
止まらない。誠の旗を穢す者は、本人であろうと違かろうとも、ただ粛清するのみである。
───
──
─
実力差は歴然としていた。
「心臓は潰した」
土方の奮戦が続いたのも最初のうちだけだ。
「腱は切った」
異常な不死身での特攻も、不死身ありきと戦術に組み込んだアーサー王を相手にしては封殺されるのも時間の問題だった。
「腕は切り落とした」
それでも沖田は傍観に徹していた。
侮っての行動ではない。
自分では土方を仕留める手段を持ち合わせておらず、然し戦線を離脱しようとすれば必ず土方は阻止してくる。
だから傍観するしかなかった。
人間の急所、その殆どをアーサー王は穿った。
「なのに、なぜ進む。どうして無傷なんだ」
だから、アーサー王の疑問は沖田に向けられる。
肉体の損傷では問いたださない。心だ、精神の摩耗が全くと言っていいほどにないのだ。
「間違いなく宝具です。この人、死因は戦死ですから、不死身なはずがありません」
「……死ぬ程度では譲れない道がある。故の不死身」
土方 歳三の思考では身体は繋がっているのだ。
五体満足であれば、当然のように戦う。
「そちらが力業で押し通るのなら、こちらも全力をぶつける必要があった。非礼を詫びよう」
土方の戦いを、生前では出来なかった心からの叫びを理解したアーサー王。うつ伏せに気絶しかけていた土方が、最後の力を振り絞って起き上がる姿に対して、騎士王として謝辞を述べる。
「───────」
既に30回は絶命した身体で起き上がり、二十メートル離れたアーサー王を迷いなく視線で捉えた。
意識はない筈だ。アーサー王は結論付ける。
騎士王の歴史上何度見れるかもわからない謝辞も、今から繰り出す宝具の真名すらも、あの狂戦士は聞き逃す。
「きんを、やぶろうと、不滅…………」
聖剣が眼中に入らないほどに没頭するものを背負い、狂戦士らしくただ一点を見つめている。
これを宝具解放による影響と見るか、生前からの個性と受け取るか。或いは、この時代に残した悔いから溢れる想いなのかを、これから問いかける。
「
先に真名を解放したのはアーサー王。
見失ったのなら目に入る目印を。世界広かろうと、かの聖剣を前に無関心は貫けない。世界最古の英雄王でさえ、その使い手に目を奪われるほどの光なのだから。
「
大切な魂を失いながら、極光の一振りは完成へと目指して吹き荒れる。
土方 歳三の信念を挫き、王へと至るために。
▼
不滅の誠
ふめつのまこと、と書いて、しんせんぐみ、と読む。
新撰組。
しんせんぐみ、と書いて、そのまま読む。
真選組。
しんせんぐみ。同じだ、文字が違うだけで、隊士が集う理由も、志しも、なにもかも同じだ。
だから役目を預かることにした。
宝具の名前と同じ読みを、心に刻み込んで。
ひと足先に江戸の街を守っておくと誓っておいた。
「
アーサー王に魔力が立ち上るのを肌で感じ取る。
魔力に対して疎い土方でさえ分かる濃度ともなれば、宝具による真名解放だと直ぐに理解した。聖剣エクスカリバーによる斬撃で、正鬼の攻撃を相殺できる数少ない戦力として江戸の味方をしていた姿を思い出す。
アレが放たれれば、闇雲に走ったところで途中で霊気は霧散する。
触れるだけで蒸発するこの身、然し立ち止まることは土方 歳三が許さない。
土方 歳三の膝が落ちれば新撰組/真選組の名折れだ。
「
朽ちかけた身体を、前のめりに倒れるような姿勢で、無理やり前に押し進めた。
ここで止まれば、退けば、勝手に立てた誓いを棒に振る。消えるのなら、前線でなければならない。
アーサー王の十メートル手前で、土方の全身は光の束に連れ去られていった。
────この身は鉄屑。
鍛冶屋が執念を込めて鍛ちこんだ一振りの刀。空想世界の急造システムが故に起こせる、運命の鍛人論。
“似蔵…いや、夜右衛門やその他の敵は皆んな、剣で出来ていたんだ”
衛宮 士郎の結論は、真実ど真ん中を射抜いていた。
ただ、仁鉄の思惑は外れる。
彼を再現したら自我が強すぎるあまりに、英霊の座の土方 歳三に乗っ取り返された。理由は簡単だ。仁鉄の執念には、新撰組への理解が足りず、土方から見れば執念が浅すぎたこと。
「たとえ、ちりになろうとも」
それが土方 歳三。
今まさに極光の世界へと飛び込み、既に霊気が半分消し飛んで、細胞が塵に消えながら、一歩ずつ前へと進む。同郷の不始末を許さず。同胞の目覚めを待つ漢。
死地を既に見定めている狂戦士は、死に場へと辿り着くために、己が定めし法に手を染めた。
一、士道ニ背キ間敷事
是ヲ破リ捨テ──────
一、局ヲ脱スルコトヲ不許
是ヲ直チニ破リ──────
一、勝手ニ金策致不可
一、勝手ニ訴訟取扱不可
是モ破リ捨テ────────
一、私ノ闘争ノ不許
是ヲ破リ己ヲ殺メ───────
「しんせんぐみを………」
局中法度。
新撰組を新撰組たらしめる鉄の掟。是を破ることで、土方 歳三の狂化ランクは上がり、肉体に損傷を負う。普段なら本人の性能を鑑みれば相性の悪いスキルも、今だけは最高の噛み合いをみせる。
────────不滅の誠。
土方のその宝具は、致命傷を無視して戦闘継続を可能とするもの。
沖田の絶技、無明三段突きから生還した理由も、五体が斬られても繋がっているのも宝具による影響だ。
即ち、エクスカリバーへの対抗手段となる。
生前の掟を破ろうとも守るべきものがある。そのためならば、理性を引き替えにして、汚名を掻き分けて、新撰組への絶対的執念、狂うほどの信頼を重ねて、
狂化に魂を呑み込ませて、光を乗り越えてみせよう。
「俺が、終わらせねえ!!」
「────────────ッ」
その身その想いを契り捨て、五体摩耗した漢が世界最高峰の光の束を突き破る。
意識は既に気絶していた。
狂化を増し、誠の旗に想いを馳せて、土方の宝具は異色な耐久力を当人に与えた。
アーサー王に突き出した雷管銃が吼える。
不滅の誠によって耐えたダメージを蓄えると、血肉を吸うように威力を増す特製の雷管銃。三段突きの分を引いた、青天井の執念が撃鉄の火花とともに吐き出された。
「────────────────────────────────────────────────────────────────────────」
限界まで吐き出した執念に負けて、先に雷管銃が砕け散る。土方も受け身も取れずに地面を転がる。
未完成の器の限界がきてしまった。
だが、漢の魂が極光を弾いたのも事実として残った。
「アーサー王……!?」
大きく地面を抉りながら地面に減り込んだアーサー王。
胸元の鎧は砕け散り、はだけた場所からはルビーのように輝く血が地面に流れ出る。傷口から立ち上がる硝煙に触れた血が蒸発し、もう塞がりようがない致命傷であることを周知していた。
起き上がることが出来ない彼女の瞳からは、聖剣を振ったとは思えないほどに戦意が消失している。
「霊気が砕けている。なぜ…どうしてその霊気でアーサー王を倒せる!?」
沖田の言葉に土方は答えない。聖剣によって焦げた身体を現界させているのは、まだアーサー王が退去していないから。自分の役目が果たせたことを見届けるまで、この場に留まり続けているだけなのだ。
「そもそも、わがこころでは、無かったな」
土方の頑な姿を足掻き見て、アーサー王は結果に納得した。
アーサー王の敗因は、その魂の未完成さにある。
彼女には数多くの足りないものがある。
数えればキリがないほどに、その身体は未熟な仕上がりだった。最期に納得が出来たことを誇りに思いながら、勝者が知るべき宣言を口にする。
「、、、、、参っ────」
「ダメに決まってるだろ」
騎士たちの心と心のやり取りに不粋な横槍を入れる、不埒者によってアーサー王の誇りは否定されてしまった。
絶え絶えの視線を向けた土方は、アーサー王の傍で立つ男…村田 仁鉄に忌々しい怒気を送る。
涼しげに受け流した彼は、アーサー王に右手を伸ばすと、あっという間に鉄の塊へと変貌させた。
「こいつらは
複数人を差す言葉を聞いて周囲を見渡す。沖田がいない。もう既に回収されたと理解しても、土方には戦えるだけの身体が壊れてしまった。
「邪魔をしたのは分かってる。アーサー王の魂が勝者を讃えたがっていた。不要だよ、未完成品を誉めても鉄屑には変わりない。
私は過程を語れるところにはもう居ないんだ」
仁鉄が近づいてくる。独善を吐いて、鍛人の世界に入り込んだ狂人が来る。触れられれば、土方も回収される。それは最悪だ、使い回されては戦力が…十界が増えてしまう。そうはさせまいと、最後の手段に手を伸ばす。
「正史の土方。改善点の洗い出しに感謝する。君を取り除いて、聖剣はより完成に近づける。
ゆっくりと休め。今後、君は鍛たないと約束するよ」
土方は仁鉄に生み出された刀だ。
故に、仁鉄が手にした鈍1つで状況が簡単に悪化することを知っている。土方のように鍛人魂を刺激する物を与えてしまったら、洗練どころか刃こぼれの酷い、誰にも手のつけられない狂戦士に作り変えると理解している。
自死のため、誠の旗を取り出して────
「待ちやがれチキショウが‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
「───────────────は」
最悪の最善手は、乱入者によって中断された。
熱くなっていた覚悟が透ける。意識を食いつぶしかけていた魂が起き上がり、瀕死の男を守る物好きの背中を目にした。
灰色で整えられた、身丈を偉大に思わせる小袴。手には容易に転びそうもない打刀、腰には黒い鞘の脇差し。
「仁鉄ッ‼︎‼︎‼︎ 倅を返しやがれ‼︎‼︎」
「お断りだ。青年期の君に用はない。出直すか死ね」
沖田すら一瞬で捕まえた仁鉄へと、青年は一瞬で三度駆け寄り斬撃を見舞う。仁鉄の芯に届く剣技は、仁鉄の取り出した錆びた刀によって斬り払われた。
「あぁ、勢巌に一太刀浴びせたのは褒めておく。
次に会う時は剣聖を見せよう。お楽しみに?」
砂漠のような刀に斬られた大気は水気を無くして、間もなく仁鉄の存在を蜃気楼のように連れ去っていった。
嵐の夜が明けた路面の如きに荒れ果てる街路。
然して時刻は正午前、お天道の下に現れる人だかりは無し。
「…………人外に甘んじやがって」
災いの元凶に文句を吐いた青年は、惨状の真っ只中に視線を戻した。青年…志村 剣は、死に体よりも酷い有り様の土方へとかける言葉は見つからないが歩き出した。
彼の元には晴太が近寄っており、恐る恐ると声をかけている。
「い、生きてる…のか? おい大丈夫かアンタ!」
「……おこしてくれ」
「はあ!? なに言ってる。もう死にかけてんだぞ?」
「おれは、しんせんぐみだ…」
「追えってか!? 背負ってけってこと!?」
死して死に果てて尚も漢は立ちあがろうとする。
力を入れるところが何処にあるのか。いやあろう筈もない身体に晴太は手を伸ばし、そして逞しい漢を起き上がらせるように、力強く抱えた。
「………………ほんとに、やるか」
「止めても無駄だってのは分かるさ。
やるなら最期まで。それが漢。守る側の心だ」
人間として立てる道理のない身体。
胴には穴が空き、四肢には斬撃の跡がはっきりと見える。出血の量は素人目にも体内の全てが出来っていると分かるくらいに、土方の傷口から漏れ出る生命の源は無かった。
それでも、起こした途端に踏ん張った。大岩を押すように、今生の別れを嘆くように、土方は器に誠の旗を立てて晴太の背中から離れた。
「────────」
その時、服に染み付いた血液が知らない少年の羽織りに移ってしまったことに気づく。少しでも払おうと手を伸ばして、帰ってきたのは包み込む両手だった。
「汚いなんざ思わない。こいつはアンタが皆んなを守れたことの証だ。寧ろ謝るのは…」
「────………!」
両手で感じ取ったものはなにか。もう助からないと言う理解を、視界もハッキリしない土方にも分かった。
そんな顔は許さない。新撰組が許さない。だから反対側の手を開き、背中を叩いた。
「あんた、名前は?」
「────────」
「確かに聞いたぜ。オイラは晴太。日輪の息子なんだ」
自分の発音が分からない。帰ってきた返事に、微かに頬を緩ませたのは地下の暖かみを思い出したからか。
満足して、次の戦場に歩き始める。
「その身体でどうするってんだい」
「、、、さいごに、、ひと仕事ある……」
その胸に宿るものは土方 歳三の執念か。
それとも、かつての戦友の姿に対する、燻る正義か。
晴太の背中に喝を入れた漢は、おぼつかない足取りで去っていく。
「こっちの方は任せとけ」
名前を知らない青年の声を背中で受け止めて、前戦で戦う仲間たちへの不安は拭われた。
土方 歳三は間もなく退去した。
最期に、遺言をのこして。
【次回予告】
立香たちは正鬼の報復を阻止するため、江戸最上級の難関、“城門”の突破に乗り出した。
彼らの前に立ちはだかる壁は1枚だけではない。
城門突破の切り札と合流する直前に、盲目の剣聖が姿を現す。
「やはり仕上げてきたか…!」
完成した剣聖からの剣戟を掻い潜り、アーサー王の宝具ですら跳ね除けた城門を攻略する手立てはあるのか。
「今宵の燕は疾いな────」
四節『江戸城を開門したいなら』
2024.1.31(水) 攻略開始!!