源外庵の壁に開けられた穴にひと蹴りを入れて、土方が先陣を切った。外の状況を見た瞬間、壁に入れた脚を再び押し込んで、真正面の似蔵に飛び掛かる。
「消えろ」
強い念を込めた言葉とともに、土方の刀が似蔵の紅桜を粉砕した。起き上がり際、紅桜を失った似蔵を掴み、集団のなかに放り込む。避けようとした似蔵たちは、数の暴力を選んだ弊害に見舞われる。
互いが障害物となって分散が出来ず、隙間のない場所で飛び込んできた似蔵に押し倒され、
「数で押すなら
個性の死んだ集団として、土方の餌食と成り果てていく。
「人斬り似蔵。早業で名を馳せた侍が、こぞって徒党を組めば足も止まる。
ヤツは実力を発揮出来ない!正面から数を減らすぞ!」
「了解しました‼︎」
伍丸の戦況解説を聞きながら、血風と火花散る戦場に飛び出た。
早業…敏捷の活かせない今のうちに、似蔵との戦闘経験がない僕とマシュは慣れておかなければならない。伍丸が解説してくれたのは、数が減ってから手強くなるという意味なのだ。
神楽から似蔵の話は聞いておいた。
居合いの達人、盲目を補う嗅覚、そして紅桜の正体。
対戦艦用
人間の身体に寄生し、宿主の戦闘データを蓄積、解析して宿主の肉体を向上させる生きた刀。
だが、未だに本来の性能は発揮されず、宿主である似蔵のスペックにやや上乗せしている程度だという。
「やあ────‼︎」
ならば、真名を取り戻し、女神ロンゴミニアドを打倒したマシュの敵じゃない。
数は多いが、幸いにも似蔵の居合いは初動が読める。マシュは初動を注視しながら、僕の周囲にいる似蔵を次々と大盾で薙ぎ払っていく。
屋根の上や似蔵自身を隠れ蓑にしての不意打ち、あちらも数を使った戦術を仕掛けてくるが、慣れた動きで伍丸と神楽、これまでの戦闘経験からマシュが似蔵を捌いていく。
「よし!このまま押し切れる!!」
無双する皆んなを見て興奮気味に叫んだ。
その直後、光が瞬いた。
あれは見覚えがある。
仁鉄が使った流星、ビームサーベル────
「先輩!」
似蔵の群れを切り裂いた流星は、似蔵を目眩しにしてこちらを一掃するために放たれた。消えていく似蔵すら笑う様子は異常としか言えない。その悪質な闇討ちの矛先が立香へと向いたことを、マシュがいち早く察知していた。
マシュが反応出来たのは、第六特異点までを定礎してきた経験で培われた、殺気を読み取る戦闘勘あってのもの。
立香の前に立って、物質と呼べるかも怪しい流星を受け止める。昨晩、この流星を体験しているマシュは、新八の顔を思い出して、すぐさま彼の精度ではないと否定した。
この流星は昨日よりも威力が高く、触れただけでじわりと圧されるのが分かる。本来の使い手が手にしているから出せるハマり具合だと理解して、心の中の憤怒が沸き立っていく。
新八を騙る偽物ではなく、本当の持ち主が扱っているのなら、なぜ敵であるのかと。
「どうして………仲間を踏み台にするんですか」
光の束のようなソレを大盾で叩き潰して、マシュは沸々とした心情のままに問いただす。
マシュの怒りを見た流星の持ち主は、マシュの目も見ずに答える。
「ここで仕留めておけば、ワシが隠れ蓑に使った6人だけで犠牲は済むからじゃ」
赤マフラーの侍は右手で頭を掻きながら、呆れた事を聞くなと言わんばかりの態度で、マシュの予想を上回る返事をした。
てっきり、仲間という言葉を否定すると思っていた。だが彼の言葉には、少しでも多くの仲間を生かそうという想いがある。
キャメロットの女神ロンゴミニアドと似たものだ。彼の揺るぎない信念を見て困惑に言葉を詰まらせたマシュの肩を叩き、土方が前に出る。
「マシュ、無駄だ。こいつらの倫理観はお前らとは絶対に合わない」
「おぉ、誰かと思えば裏切りもんの土方じゃなかが!
貴様は用済みじゃ。正史の人類諸共、宇宙のゴミになれ」
「うるせェ鉄屑、死ね」
治安維持組織の副長とは思えない返事を吐く。
赤マフラーの侍のセリフが裏切り者を裏付けしたのに、マシュ、そして立香は土方の背中を味方として認識していた。
「尾美、なぜ生きている」
ビームサーベルと斬り合う土方を見ながら、伍丸が苦い声音を漏らす。
「知り合いですか?」
「尾美 一。正鬼の攻撃から私を庇って退去した、こちらの世界のサーヴァントだ」
「えっ、でも目の前に…」
伍丸の言葉は本当だ。嬉々としてビームサーベルを振るう尾美を見る瞳からは、庇われた時の苦悶が滲み出ている。
立香の確信とは別の方法で真偽を見抜いたのは、苛立ちに声を荒げる神楽だ。
「冗談はよして。人斬りだとしても、尾美 一は味方をああいう扱いする人間じゃない」
伍丸に対する異議は、心の底から尾美を擁護するもの。2人の言葉を聞いて立香は確信を得た。
尾美は何らかの方法で召喚された、シャドウサーヴァントに似た存在であると。必然的に、向こうには召喚者がいることになる。
「断言する。アレは尾美 一の皮を被った別人よ」
「いかんいかん、これじゃからワシらは失敗作扱いされるんじゃ。製作者の魂が移ってしもうとるからの?」
尾美は今、なんと言った?
製作者の魂…? なんだ、それは。
「これ以上は仕留め損ねそうだ。さっさと殺す」
敵に飛び掛かる土方に追随しようとするマシュだが、周りを這うほど群れる似蔵に邪魔をされて近づけないでいる。マシュ単独で近づくのは難しいから、伍丸に援護を頼もうとした、その時だ。
「分かったぞ、アーサー王が再召喚された方法が」
伍丸の中で、歯車が噛み合った。
横で聞いていた自分でも、伍丸が掴んだ手応えを実感できるほどの力強い声だ。
「コイツの正体は────!?」
「え、っ…!?」
真実に辿り着いた伍丸の声が途切れる。
どうして止めるのかと横に立つ伍丸を見た立香は、首が両断された伍丸を目撃する。
「ごまる……!?」
音無き犯行に声を詰まらせる。気配も無く伍丸の首を落とした犯人は、伍丸の四肢の向こうに悠然と佇んでいた。
一瞬で相手のクラスをアサシンだと理解した。
だが、アサシンのクラスが戦闘の素人である自分に見えている時点で、暗殺は終わったも同然なのだ。
糸目のアサシンを目撃した時、死を実感した。陰のある風貌でこちらを覗く様は、醜い闇を全身に纏っていた。堪らずに硬直したこちらの首を見据えたアサシンは、腰に差した刀を抜く直前に目下の首無しに意識を戻す。
「首が見当たらないとは思いましたが、成る程。カラクリ人形ならば動力源でなければ首とは言えませんね」
「離れろーーーッ‼︎‼︎」
叫んだ瞬間、伍丸の上半身が細切れとなる。
伍丸の断頭から一拍置いて、怖気に反応した神楽が立香の身体を掴んだ。その挙動の最中、糸目の侍は薄笑いのまま立香と神楽を目視し、伍丸を切り刻んだ刀を斬り返した。
「な、ん………」
意味のない言葉が漏れ出る。
細く開かれた瞳がよりにもよって視線を交差してきた。
あれは故意だ。ワザと目を合わせて恐怖心を植え付けてきている。仕留め損ねた場合を考えた、処刑に対する死神の執着心のようだ。
刀を携えた死神は、立香の視線を捉えた時には既に、その神速の剣を振り抜いていた。
「おや?」
火花を撒き散らして、死神の刀を蹴り上げた伍丸の下半身。動きが早すぎて結果しか理解出来なかったが、あのデタラメな速さにもう対応できるようにアップデートを終えていた。
「いま、確かに“首を斬った”と思いましたが」
「カラクリを舐めすぎだ‼︎‼︎」
アサシンの神速の刀を弾いた時、伍丸の鼓膜部に搭載する通信機に、金時からの通信が届いていた。
『聞け。開けるぞ!』
音声認識が終わった瞬間、伍丸は次の攻撃を繰り出す。
脚の関節を無視した、カラクリだからこそ可能な踵落とし。ひと足の円運動の蹴り技を簡単に避けて、再び刀を抜こうとして。地面に着地した伍丸の足から、虹色の閃光が溢れ出たことに敵は目を奪われた。
(虹色の光!)
(撤退の合図!)
立香たちだけはこの意味を即座に理解する。
“後ろに飛べ。無理なら待て”
吉原を出発する直前、大広間に訪れた鳳仙がそう告げた。合図した次の瞬間に合わせて、鳳仙の宝具の一部である門を後ろに出すと言う。
考えている暇はない。I.Cチップの中身はしっかりと持ってきてくれる手筈だ。鳳仙を信じて後ろに飛ぶぞ。
「───あれが!」
後ろに飛びながら周りを見渡した。
神楽とマシュをすぐに見つけて鳳仙の言葉を理解する。本当に人1人が入れそうな門がいつの間にか召喚されていた。
視界の隅では伍丸と土方が、それぞれ後ろに飛んでいる。全員、身体の後ろ半分が門の中だ。
何も起こるなと祈りながら、もう一度マシュを見て、やっと気づく。
マシュを迎える小門の後ろに佇む、
「マシュ後ろ‼︎‼︎‼︎」
「─⁉︎─────‼︎」
気配を察知したマシュが、盾を引き寄せる。
出来ることは、あと一瞬だけ耐え凌ぐこと。
「お上は新たな建造は許可していない。
よって、違法建造物を両断する」
マシュの盾は自分の身を守るのに間に合った。だが、刀は接触の1つも見せずに振り抜かれた。
「なっ!?」
「マシュ────ぁヅっ⁉︎」
叫んだ意味を途中で見失って、両膝に固いものが衝突した。
呼吸が心音と連動せず、どこの器官で酸素を取り込んでいるのかも分からない程に痛みが押し寄せる。
肩を固いものにぶつけ、次第に全身にも固いものが打ち付けてくる。肉体がパニックとなり、精神を切り離そうと抵抗する。やっとの思いで舵を取れた視界は右手の甲に向けていた。
(れい、じゅ……………令呪……!?)
三画、全て消えている。
剥ぎ損ねたペンキのような跡だけが右手の甲に残り、令呪そのものは全て消滅してしまった。
起き上がる。身体が痛い、というか地面に寝転がって何をしているんだ僕は。
(なにが起きた? 勢巌はなにをした?)
痛みから立ち直れたのは、令呪三画の消失という最悪の衝撃のおかげだ。一気に冷める思考の次に、周囲の状況を視覚と聴覚から確認する。
「おいテメェのメイドもっと寄越せ!」
「ここにいるのは鳳仙に転送させた娘たちだ。他に待機させている娘たちも戦闘中だ、無茶言うな」
伍丸と土方は鬼気迫る表情で似蔵、夜右衛門、勢巌を相手に奮闘していた。これまでは見なかった伍丸のメイドが数機いる。会話から察するに、さっきの小門からここに送り込むのに成功したメイドたちだろう。
「あのビームは私が対処します!神楽さんは似蔵の足止めと先輩をお願いします!」
「アンタが立香を守らなくてどうするの!
メイドがいるから私でも問題ないっつーのよ!」
全員で僕を取り囲むようにして死地に臨んでいた。
1分弱の記憶が飛んでなきゃこうはなってない…。
「みんな…」
休む暇なんてない。思うように動かない身体に気合いを注入して、無理やり痛みを無視して起き上がる。
「マスター!?」
「立香君!」
「だい、じょーぶ……っ、それよりも…!」
後ろを見る。
吉原の門はない。全員、離脱に失敗したんだ。
手を握りしめる。感覚が消えたのは一瞬だった。
魔術礼装は使える。とすると、勢巌は最初から令呪を狙っていたのか。
「頭数が同じになってしまいましたね」
起き上がった僕を見て夜右衛門が笑った。冗談じゃないぞ、それは固有名詞の話だろう。
似蔵の数はパッと見でも50人は超えてる。こっちは伍丸のメイド20人ばかしが勢巌と似蔵に割り振って、ギリギリ耐え凌んでいるだけだ。勢巌のデタラメな強さを鑑みれば、あと1分もせずにこの陣形は崩れて終わりだ。
なにか、マシュ達が耐えてくれている間に次の手を…離脱する方法を考えないと……!
「逃げられるとお思いですか。
「え────────」
夜右衛門は刀を鞘に納めながら、土方の振り下ろす刀を跳んで躱す。残像に残る彼の笑みは、人類の最期を予感させてきた。
「────絶倒」
きっとそれは、マシュですら知覚できないほど遠くから繰り出された絶技。暗殺者としても適正のある彼女を肌で感じることが出来たのは、きっと死線を潜り抜けてこれたから。
いや、違うか。
「────無明三段突き───────────────
────────────────────────────────────────────────────────────────────────」
音を拾ったときには、僕は死んでいたせいだ。
「あ、ぁ………」
視界が回る。
身体が割れたような錯覚に精神が麻痺する。
「そ、んな……」
この防衛戦を突破するのは簡単なのだろう。
いや、彼女なら頷ける。
尾美と夜右衛門、そして勢巌の熾烈な攻勢を凌いできた伍丸たちの余裕はない。現状で限界いっぱいの攻防戦なんだから、奇襲を得手とする彼女には美味しい場面だ。
「やってくれたな────」
それなのに、彼女は忌々しい声音を吐いている。
僕は、地面を転がったあとに呼吸が出来ている。
何事かと周りを見渡して1秒。視界が回って、大袈裟に宙を舞った理由を目撃した。
「ひ、土方さん!!!」
「………………………」
少し離れた地面で立ち尽くす土方。
穿たれた腹部。剣で突かれたとは思えないほどに美しい楕円の傷口から、綻びた血管と臓物が溢れている。
霊気が消滅していないのが奇跡だった。土方の意識は、この奇襲を実行した同胞、沖田 総司にのみ訴えていた。
「流石は新撰組副長だ。よもや彼女の剣に追いつくとは思いませんでした。
沖田くんも、外すとは思いませんでしたが」
沖田は無言だ。意識はあるが意思を見せない。
動かないけど殺気はそのままだ。今は夜右衛門が攻めていないから、確実に僕を殺す確信がないだけで、この静寂は夜右衛門の行動1つで簡単に破られる。
土方は敵に囲まれて、僕が皆んなに守られている。
令呪を剥がされて、何もしなかったツケだ。
もう、戦力不足なんて話で終わる問題じゃない。
周囲を取り囲む無数の岡田 似蔵。
撤退するなら絶対に無視出来ない存在だ。見渡せば砂粒のように散見している似蔵の妨害のせいで、直近の吉原の門まで無事に辿り着くことは困難を極めるだろう。
吉原の門を両断した富田 勢巌。
仕組みは分からない。だけど、鳳仙が動きを見せない以上、奴の剣は物や者を通して本体を斬れるに違いない。
夜右衛門。
あの刀、あれに捕まったら伍丸以外は即死だ。だが、伍丸の無敵性をアテにしたらいつか終わる。
尾美。
隙を生み出すなら彼だと思っていた。現状、ギリギリ落とせそうな敵戦力だ。然し、似蔵を躊躇なく盾にする彼を捕まえるのが難しいのも事実…。
沖田 総司。
最悪の介入だ。こっちの考えを全て白紙にした。
現状を考えれば考えるほど、頭が重くなっていく。
今すべきことと問うととうとう震え始めるくらいに、絶体絶命の四文字が頭を埋め尽くす。
今、残された希望があるとすれば────。
「で、す、お掃、除………ジジ……」
似蔵の集団に降りかかった落下物。それから聞こえる悲痛な音は、似蔵の音でよく聞こえない。
だが、次いで似蔵の集団を吹き飛ばすあの落下音を、僕は知っている。
「────────は?」
知っていながら、とぼけずにはいられなかった。
それはダメだ。もう頭の中のキャパを超えている。
ここに彼女を相手取れる余裕はない。
「ア、アーサー王………」
足元に転がる落下物…似-参丸伍號の残骸を押し潰して、騎士の誉れもない足取りで似蔵を掻き分けた金色の騎士。
ここに来て、立ち眩みを引き起こすくらいに最悪のサーヴァントが敵として増えてしまった。
「今度も逃げるか。それとも剣を取るか。
さあ、決断しろ。カルデアのマスター」
堂々たる立ち姿で殺意を向ける。
渇いた笑い声を出そうとして、呑み込む。
なにをどうしろと言うんだ、と。
そんな嘲笑が頭の中に浮かんでいたおかげだった。