fate/SN GO   作:ひとりのリク

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三節 源外庵へⅠ

 

 

村田 仁鉄を名乗る男、志村 新八の強襲から1時間が経った。

 

状況の分析を行うため、戦闘を終えた伍丸はそのまま研究室へと向かった。1時間で戻る、と言い残したため、残った立香たちは充てがわれた自室へと戻り暫しの休息を取ることにしたが…。

 

「強すぎない…?」

「はい。死徒との実力差があるのは文献から分かってはいましたが、目の当たりするとショックです。

私の最後の攻撃すら、手応えがありませんでした」

 

緊張が解けた安堵から放った一言に、マシュが恐ろしい返事をする。

遠慮や未熟からの発言ではない。仁鉄が撤退した直後、これまで何度も体験してきた勝利の実感が湧かなかったのだ。魔術王ソロモンが僕たちを見逃した時と同じ、助かったという先延ばしだけが心に残ったからこそのマシュの発言だ。

 

「あれで手応えがない…?」

「…はい」

 

マシュの発言に疑問を投げかけた神楽。あの戦闘でのマシュの一撃を見て、効いていないと思うほうが難しいかもしれない。だってあれほど芯に通る一撃は、これまでの特異点修復でもそう多くはなかった。

 

「新八は私のパンチでも鼻血を出す奴だった。

あんなに頑丈じゃない」

 

しまった、と立香が思ったときにはもう遅い。

神楽は、新八のことをよく知る人物だ。新八が普通の人間で、鳳仙の一撃を耐えられないことは彼女が知っている。

あの戦いで見た新八の身体は下手なサーヴァントよりも頑丈だ。死徒という存在に変貌したことの証明になってしまう。

 

「死徒……だっけ。ねぇ、死徒ってなに」

「あっ…」

 

遅れて気づいたマシュが口元を抑える。

神楽は口籠るマシュに無言で視線を向け続ける。

 

「う、、ぅ………黙っていても始まりませんよね」

 

言い訳の道が残されていないことを悟り、ほんの数十秒で降参したマシュは死徒のことを説明した。

 

「矛盾してるわね」

 

死徒の話、そして死徒を語るうえで必要になる真祖の話を聞き終えた神楽は簡潔に感想を述べる。

 

「真祖の餌なら、どうしてヤツを食べないの。魔王になって吸血衝動を抑える必要がなくなったから?」

「……分かりません。そこまでの記載は文献には載っていませんでした。少なくとも、仁鉄と正鬼は協力関係にあると思われます」

「どうして言い切れるの?

人理焼却の回避やら、地球存続のためやら言ってはいたけど、尚のこと死徒を食べた方が良くなるんじゃない?」

「この世界は半月も保たないと言っていました。

食糧さえ摂る暇もないくらいには、正鬼は事を急いでいるんだと私は思います」

「………………そう。

変わってるわね、貴女。屁理屈を堂々と言い放つなんて」

「新八さんも救えると信じていますから!」

 

絶対に助けます!と意気込むマシュを見てしまえば、冷徹に意見を揃える神楽の肩からも力みが抜けていた。

 

神楽の頬が緩んでから、新八の話をお願いして聞き入って十数分経ったとき。襖を開けて伍丸が入ってきた。

 

「休憩中のところ失礼する」

「伍丸さん、どうでしたか?」

「芳しくない報せになる。心して聞いてくれ」

 

立香たちの前に正座する伍丸の表情は硬い。

前置き通りの結果ということは容易に想像できてしまった。

 

「まず、新八君は生きている」

「それはよかった!ね、神楽さん」

「……何かあるんでしょ?」

「あぁ。新八君から2人分の脳波が読み取れた」

「2人ということは…」

「志村 新八の容姿を模った別人という線は消えた。彼の中には正真正銘、村田 仁鉄の魂が宿っている。

身体は既に人のものでは無いというオマケつきだ」

「やっぱり…死徒ということですか」

「死徒のデータがないから比較は出来ない。そうだな、言ってしまうのなら刀だ。刀剣○舞の刀剣男士をスキャンしたら出てきそうな成分で身体が構成されている。

健康診断をすれば1発で紹介状が届くだろうな」

 

鉄や鋼から取れる成分が多く検出された、と。

伍丸はそう言う。つまるところ、新八の身体は無機物になりつつあるということだろう。…どういうことだ。

 

「あれでしょ。寄生○のミギ○とか、遊戯○の闇遊○タイプでしょ。タクト○ーパスのムジカート(人格の上書き)パターンじゃないだけ有情ね」

「引き剥がすことは困難だ。私の開発した種子の応用が効かない」

 

神楽の例えで言いたいことは掴めた。

記憶は生存しているし統合されていない。仁鉄だけを倒す、若しくは新八の身体から引き剥がせば問題は解決するが、それが難題として立ちはだかったということだ。

 

「仁鉄め、厄介な技法を編み出したな」

「あの、伍丸さんは村田 仁鉄をご存知なのですか?」

「生前に1度だけ会っていた。私の研究資料と日記を遡って思い出した。話を進める前に、仁鉄について私の知る限りを話しておこう。まあ、そう大した話じゃない」

 

そう言って袖から取り出したのは、一枚の写真。

錆びた刀がテクノロジーな箱の中に保管されている。

 

機械(からくり)に魂を移植する研究を始めた頃に訪ねてきて、こう言った」

 

“剣聖を見たい。そのために鍛冶屋になった”

 

「その時、一本の刀を差し出してきた。写真のものだ」

 

“剣聖、富田 勢巌が振ったとされる真剣だ。

こいつから勢巌の魂を抜き取れないだろうか”

 

「まだ魂の移植が出来ない頃だ、当然断った。だが材料を多く欲していた私は、研究内容の一部を仁鉄に提供した。

研究が進めば娘を……失礼。研究過程の報告を見返りにしたあとは、時たま報告書が届くようになった。成果は芳しくなかったがね」

 

遠い昔を懐かしむ言葉を使いながら、機械(カラクリ)の瞳には苦い色が浮かんでいた。

 

魂の移植。種子。

伍丸との雑談中に聞いた話だ。伍丸が機械(カラクリ)メイドを造るきっかけ…病弱な娘の芙蓉ために尽くした、父の努力の成果だった。

このことを思い出すともなれば、やるせない思いになってしまうのだろう。どう声を掛けようかと迷ったけど、伍丸はこちらを見て「大丈夫」と言った。

 

「剣聖に対する仁鉄の羨望は凄まじかった。その夢が紅桜を…死徒仁鉄を生んだとしたら、とんだ着想を与えてしまったものだ」

「剣聖を見たかったのと、仁鉄が死徒になった経緯は関係あるんですか?

向こうには真祖の正鬼がいま…す、し……!?」

 

仁鉄は正鬼と協力関係と言っていた。

それならば、既に死んだとされる仁鉄が正鬼によって死徒化していてもおかしくはない。そう思って言葉にする途中で、仁鉄のセリフを思い出した。

 

“死んでも死にきれん人種がいる。私がそうだ。

鉄に魅入られ、魂を込めて、鍛人は死後に完成する”

 

「まさか────」

「立香君。執念という単語が脳裏に過ぎったね」

 

執念。そう、あれは執念が吐き出した言葉だ。

あの言葉とともに紅桜は蠢き、妖刀のはずなのに肥大化した。生き物が成長するように鼓動を打っていた。

 

「機械に人間の魂を込めた人間がここにいる。

ならば、執念だけで死徒になれる人間がいてもいい」

「剣聖にそこまで思い入れがあるんなら頷けるな。

俺も沢庵のためなら戦場を駆け抜けて買いに行く」

「土方さん、規模が小さくなる例え止めて!?」

 

土方の共感の仕方はともかく、紅桜は確かに生きていると受け入れられた。アレは呼吸をして、生き血を求める生命だ。

 

真祖の餌という役割を無視する。

そうまでして剣聖に拘る男なら、容易に新八から引き剥がせはしない。

 

「仁鉄はサーヴァントじゃない。恐らくは紅桜に魂を宿して、銀時に倒されたあとも海の底に沈んで生きていた」

「紅桜の破片が新八さんの身体に埋め込まれている…と考えれば、乗っ取りも説明がいきそうです」

「私もそう考えて、先ほどの戦闘データを解析した。

然し、仁鉄の脳波は新八君の脳からしか出ていない。後付けした場所はどこにもなかった」

 

魂が宿った紅桜があるとして、紅桜が身体に埋め込まれていないのなら…。仁鉄は魂ごと乗り移れるということだ。

 

「以上のことから、私たちに新八君と仁鉄を引き剥がす術はない」

「っ…なにかないのか…」

 

仁鉄の正体を紐解いて、はい終わり!で次には行きたくない。伍丸が話をしてくれたのは、解決の糸口を探るためなんだ。

仁鉄は意外と口が軽い。まだ拾える情報はあるはずだ、さっきのやり取りのなかから何かないか…?

気になったこと、おかしいと思ったことと言えば、

 

“紅桜の生みの親として…幼体を放置するのは問題だ!”

 

「成体があるのか?」

 

我ながら脈絡のない呟きに、伍丸は糸口を掴んでいたとばかりに目を光らせる。

 

「その話も分からないことがある。なぜ紅桜を幼体と呼んだ。アレは刀だ、幼刀と呼ぶのが適している。

仮にだ。幼体を魂だけの仁鉄と呼ぶのなら、成体は仁鉄の器にあたるはずだ」

「自分に相応しい刀を造っているってことか」

「成体があることを前提にすれば成り立つのかもしれません。でも仁鉄は新八さんと“ 利害関係が一致”しているとも言っていました。

あの言葉は本当だと思うんです」

「新八を使い捨てじゃなく、生還させるように動いて見えるって言うのか」

 

土方の確認にマシュは頷く。

 

「新八の身体で私たちを殺しに来たのよ。

新八のことを思っての行動なら、こっちに危害を加えるのは矛盾してるじゃない」

「手応えのない私の攻撃でも仁鉄は撤退しました。意図的に姿を見せる理由…約束があったように感じます」

「私もマシュ君と同じことを感じた。殺意はあったが殺戮は目的ではない。引き際が呆気ないからだ」

 

薄々と感じてはいた。

仁鉄の撤退はキリがいいからそうしたように思える。マシュの言うように、仁鉄との協力関係を結ぶとき、こちら側に姿や戦闘能力を見せることを条件にしたなら頷ける。

真祖だけでも頭がパンクしそうなのに、更には死徒が相手ともなれば、とてもではないが初見では対応しきれない。江戸城に乗り込んだ時の心構えや、前情報から立てた作戦があるだけで勝率は跳ね上がる。

 

………ただ、今回は絶望的な壁に立ち尽くすばかりだが。

 

「……そうそう。

君たちは“鉄患い”という言葉を知っているか?」

 

行き詰まってきたところで、伍丸が突拍子な言葉を口にした。

 

「てつわずらい……鉄患い…。いいえ」

「ん〜、僕も。病気かなにかですか」

「仁鉄が別れ際に問いかけてきたんだ。鉄患いという病を知っているか、と。当然そんな病名はない。医療にまつわる文献やデータを調べても見つからなかったが、仁鉄曰く『鉄患いを発症すれば剣聖に至れる』らしい」

「ばっかじゃないの。鉄子の親父さん、鍛治バカだって話だけど想像以上ね。陰謀論者とかに騙されたんでしょ」

「当初の私もそう結論付けた。だが、死徒にまでなっているともなれば、或いは……とも思ってね。

この話題で切り口は見えない。本題に移ろう」

 

村田 仁鉄の存在を紐解く手段を保留して、伍丸は手元に取り出した携帯機器から地図を3Dビジョンとして表示した。

 

「土方が拾ってきたI.Cチップを確認すると、1つの位置情報が提示された」

「源外庵?」

 

地図の上に赤い点で示された場所には、補足として“源外庵”と記載されている。

 

「この場所は…お前が調べたところだろ。カラクリ仲間の」

「仲間ではない。やつの腕だけは確かなものだった、ここに召喚された当初に隈無く調査した。幾つか成果はあったが、それらとは別だ。

こいつの中身を見るには特別な回路が必要だ。源外庵にある機械のどれかにはめ込むものだろう」

 

明日、最初に目指す場所は決まった。

 

「私か、機械(からくり)を理解できる者でなければ解読不可能だ。ここまでするということは、新八君を助ける方法や江戸城に入る手段がある」

「えぇ!? さっきは新八さんを助ける手段がないって言ったのに! やっぱり根拠があるんだ?」

「ない。だが、タイミングが良すぎる。そして源外の仕組んだことだ、なんら不思議なことじゃない」

 

前置きで無理難題を積んどいてこれだぞ。

すっごい信頼してるじゃないか!

半目で訴えても伍丸は素知らぬ顔を貫いている。

 

「明日、源外庵へ行きI.Cチップの中身を確認する。

場合によっては江戸城に行くことになる。決戦前夜だ、しっかりと休養に励んでくれ」

「よし。腹拵えだ、とっておきの沢庵を出してくる」

 

意外にも本題は手早く終わった。

土方の言葉で緊張感は緩んで……あれ、神楽の顔がより深刻になったぞ。

 

嫌な予感に駆られて土方に確認しようとすると、伍丸に肩を叩かれる。

 

「立香君、その服を拝借するよ」

「魔術礼装をですか?良いですけど……」

 

何に使うのか。目で問いかけると。

 

「君の世界の魔術に興味がある。戦闘の戦略を広げるために解析しておこうと思ってね。

バージョンアップに期待していてくれ」

 

カルデア戦闘服に手をかけながら、今までで1番の笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伍丸の現状確認を終えて、土方の沢庵漬け(真選組)や日輪さんが作ってくれた家庭の味を楽しんだ。

 

食器の片付けを手伝い終える頃、マシュと神楽が会話に花を咲かせていた。自分は邪魔をするまいとその場を離れて、吉原を探索すること10分。

吉原を一望できる縁側を見つけて、ひと時の憩いに浸っていた。

 

吉原だというから、街の景色はネオンの光に照らされているのかと思いきや、意外と街全体は暗めだ。

深く考えずとも理由はハッキリしている。吉原を訪れる客がいない。そして客を待つ遊女もいない。

どちらも、誰一人として。

 

遊びに耽る余裕がないなんて話じゃなくなっている。

この地球の人口は多くが白詛によって亡くなり、残った大半の人間は別の惑星に避難したそうだ。天人と呼ばれる宇宙人がいることにも驚きだけど、地球で目覚めている人間が神楽と日輪、新八と金時だけというのは別世界の地球人として寂しさを感じてしまう。

 

吉原の清掃や整備については、伍丸のカラクリメイドが稼働して担当している。日輪の手伝いや明日の生活のため、今も廊下を行ったりきたり。

まさかカラクリの足音が吉原の街に鳴り響くとは、来る時は夢にも思わなかった。

 

「お疲れさま、立香くん。和服似合ってるよ」

「日輪さん」

 

声に反応して後ろへと振り向く。

カラクリメイドに車椅子を押してもらう日輪が、縁側に寄せてもらい落ち着いた。

変わり果てた地球に胸が痛くなっていたのに、背筋を伸ばして佇んだ彼女の横顔を見て息を呑んだ自分がいる。

惚れ惚れするほどに綺麗だ、冷静な自分が信じられない。

 

「眠らなくていいのかい」

「色々とありすぎて興奮が冷めなくて」

「あれま。期待に添えられなくてごめんね」

「いっ、いや?別に?そんなんじゃないです」

 

だが、冷静さは保てなかった。すぐに正気に戻ってしまい、不様な姿であたふたしてしまう。

 

「いいんだよ。聞いてあげるから」

 

そんな様子を眺める日輪は、静かに頷く。

その所作だけで心が落ち着いた。

 

我ながら落ち着きがない。考えることが多いこともさることながら、その時間の無さが大きな要因だ。

 

「いつもは特異点に来てから問題を解決するんです。今回は決着手前くらいのところから介入したので、あまり役に立ててないなと」

 

優しく耳を立てる日輪に、思っていたことをそのまま吐き出した。

 

「もう3ヶ月。気づいたら世界が変わって、皆んなが必死に足掻いて、沢山の英霊が去っていった。

そこには沖田ちゃんやスカサハさん、ニコラさん。正史の人たちもい手伝ってくれた。それくらい、ずっとずっと助けてもらえたんだよ」

 

伍丸から少し話を聞いただけでも、6つの特異点のどれよりも過酷な環境だと思った。

先に召喚されたサーヴァントたちにとって、正鬼と戦うことは理不尽の極みに違いない。それでも召喚に応じたのは、きっと日輪の想いを…この世界の住人が、日輪のように清く美しいと感じたから。

 

「報われるかも分からない日々に、立香くんとマシュが来てくれた。こんなに若い子供が、世界の行く末を背負ってるって知れた。私も、神楽も励まされたさね」

 

だから、僕たちが何もしなかったのは間違いだと。

過ちを正すように。感謝するために日輪は微笑んだ。

 

「とくに神楽の心労は私じゃ計り知れない。

銀さんは死んで、新八くんは敵になっちまった。鳳仙は同族だけど、気を許すような相手じゃないからね」

 

銀時。彼の肉体は江戸城の何処かに潜んでいて、今も坂田 銀時の名誉と江戸全土を傷つけている。神楽は毎日、その現実と向き合わなければならない。毅然とした態度でいられるのは、本当に凄いと思う。

 

「僕に出来ることなら頑張ります」

「新八君はせめて取り戻してあげて。

そろそろ戻るから、車椅子を押してくれないかい」

 

短い、然し切実な頼みを聞いてから、日輪の指差す方へと車椅子を押し進んでいく。

 

「久しぶりだよ。こうして男の子に押してもらうのは」

「そう、なんですか…?」

「息子がね、いっつも押してくれたんだ。かーちゃん、かーちゃんって言って色んなところに連れて行ってくれた」

 

日輪の話す後ろ姿は、笑っているのに小さくなっている。息子の姿を吉原では見かけない。ということは…。

 

「その、息子さんは…」

「あぁ、ごめんね。白詛にやられたんじゃないの。私たちを襲ってきた似蔵を引き寄せて、走って逃げたっきり。

晴太のやつ、地上のどこにいるんだろうね…」

 

想像していた最悪のシチュエーションじゃなかったけど、やはり行方不明となっていた。それも、似蔵に追いかけられるという、想像したくないことを容易くやってしまう相手からの逃走。

 

「どうしてそんな状況に…」

「世界が変わったあとにね、私たちは地上にいたの。百華の娘たちと右往左往してたら似蔵が現れた。応戦した私たちは歯が立たなかったんだ。

もうダメだって時に、晴太が囮になって似蔵を挑発したんだ。そのあとは……」

 

行方不明になったと…。

 

「あんなところ、普通の子供なら生きちゃいられない。もうダメだってのは分かってる。けど……諦めがつかない。何処かで生きていてほしい」

 

背後の僕に吐露した弱音は、母親としての願い。

上も下もない、純粋で最高の想いだ。

 

「湿っぽくしちゃった。これじゃ意味ないね。…ここまでで大丈夫。部屋まで押してくれてありがとう」

 

日輪はそう言うけど、後ろ姿は落ち込んでいるように見えたけど、背筋を曲げはしなかった。そこが強いなぁと思って。だけど、本当にこの人の背筋が曲がってしまったら、もう取り返しがつかない気がして。

日輪を励まさなきゃと思った。

 

思い出したのは、オルガマリー…所長の最期。

 

「僕は…明日が来なかった人を知ってます」

 

人間の死について語るなら彼女を思い出す。

 

「人間が死ぬのは当たり前なのに、目の前で見てしまったら……今でも否定したくなる」

 

僕がここに立っているのは、彼女の死が本当の始まりだったのかもしれない。断定出来ないのは、所長が死ぬまでは万事上手くいく筈だと心のどこかで思っていたからだ。アーサー王を倒せたという安堵から現実に向き合うことを、ひと時だけ忘れてしまった。このまま元通りになると本気で思っていた。

カルデアが爆破された時点で、そんな筈はないのに。

 

「受け入れないと進めなかった。だけど、晴太くんは違います。生きてることを諦めちゃダメだ」

 

目の前で所長を亡くして、僕の背筋には2つ目の決意が芯として宿った。そうするしか、所長の嘆きを弔うことが出来なかったから。

 

そんなもの、日輪には持ってほしくない。

悲しいものなんて無いに越したことはない。

 

「格好良いこと言ってくれるじゃん」

「ごはっ!?」

 

励ました直後、背中へと強烈な張り手を貰う。

 

「取り繕った言葉より、相手に激を飛ばされる方が背筋伸びるね。大丈夫、ちゃんと胸に響いた」

「はは。晴太くんのこと、見つけてきます」

「頼んだよ。大丈夫、あんた達は死にゃしない。伍丸や鳳仙が絶対に守ってくれる!」

 

日輪の活気が戻り、満開の笑顔で励まされた。

 

この世界を終わらせたくない理由を更に1つ見つけられた。心強いものを背中に感じながら、明日に備えて自室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 


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