fate/SN GO   作:ひとりのリク

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三節 ハロー・トュルー&フォールス・ワールド

 

 

○●月7日、旅を始めた。

 

■■を助けるための、世界から世界を渡る旅だ。

 

……なんて大層なことを書いたけど、一歩目で躓いた。

 

出発場所の土蔵から、魔法陣を潜った先は一面の白世界でした。

 

周りは何もありません。見事に白いです、はい。重力がなかったら、地面を認識することも出来なかった。

 

自分のことも忘れてしまいそうになるのは、この白世界の特徴かもしれない。だから、飛ばされてからすっと走っている。

 

別に、無闇矢鱈という訳じゃない。右手に握りしめた十手が指し示す方へ、ひたすらに駆け抜ける。何分走ったかは覚えていない。多分、この十手が無かったら、今頃は目的を見失って自我を無くしていたと思う。

 

目的地に送ってくれないんだと思うこともあったが、その疑問は白世界の意味に気づいてからは溶けてなくなった。

 

ここに■■が閉じ込められている。

世界を滅ぼした悪でありながら、世界を救った英雄の彼に与えられた世界の温情。自らを殺そうとした無実の英雄への、世界の意思表示だ。

■■が地球に降り立てば、再び地球を崩してしまう。だから意識を溶かして、少しの意思も取り戻せないようにしているんだ。

 

■■もそれを解っているから、意識を取り戻さないように、意思を持たないように努めている。

 

目醒めてしまったらどうなるのか。

ここまで読み解けば想像に難くない。

地球で抗っている全ての人たちを、今度こそ殺し尽くしてしまう。

 

「ちょっとばかし、考えるのが長すぎた。

けど、■■。アンタの意思はしっかりと分かったよ」

 

この名前を呟くことも、思うことも許してはくれない。徹底して自分を排除するところがアンタらしい。

 

もうすぐ白世界の末端に辿り着く。

十手がそう教えてくれた。

状況の整理は終わった。ここに導いてくれた十手から得られる情報はこれが最後だ。

 

ずっと走り続けた道の延長戦上に終わりが見える。

相変わらずの白世界に、ただ一点だけ、銀色の光が浮かんでいる。

霧散した光の粒子が奥に見える。あれはきっと戦いの痕跡だ。宙空に残った魔力の膨大さからそう察したものの、他に見当たるものはない。

この白世界で残るくらいだから、相当な魔力を消費した戦いのはずだ。なにがあったのかは分からないけど、巻き込まれないのならそれがいい。このまま向こうに辿り着くことを祈って、最後の一歩を踏み出した。

 

 

────────景色が開ける。

 

 

────白世界が、終わった。

 

 

「…………?」

 

 

白世界から今度は黒世界へ。

白と黒の境界線が分からない此処では、正反対の色に飛び込んだせいで視力がまるで役に立たない。だから触覚や聴覚が否応にも感度を上げていく。

 

最初はここを魘魅の支配する世界かと思った。

黒世界と思ったここは、よく感じ取れば深海のように暗い世界だということが分かる。大気を流れる風が肌を撫でるたび、体温が下がる感覚。これが、魘魅が世界に解き放たれた時の雰囲気と似ていたせいで勘違いした。

だが、同じ類のものだ。人類の敵という意味ではなく、サーヴァントの集合体という話で。ここに人影が存在するのなら、皆んながサーヴァントということになる。

 

目が慣れて、漸く世界の景色が見え始めたとき。

 

「やっとこさ来たか」

 

色つきゴーグルを着けた、齢60超えの老人が1人。

手に持ったスパナを床に置いて、無骨な機械群から這い出ながら声をかけてきていた。

 

見覚えはないが、少なくとも銀時と関係がある人物の筈だ。でなければ此処にいる理由が分からなくなる。

心の中で状況を整理して、銀時に一歩近づいた高揚感が先走り、挨拶を忘れて質問を投げてしまった。

 

「ここは」

「“地球を見下ろす死者の国”だ。生きてる人間は来られない。お前さんみたく、例外以外はな。

そっちの世界だと“座”って名前なんだって?」

 

ざ、ザ、、THE、、、いや…座!?

 

座……いや、英霊の座は生前の英雄を記録する場所だ。

ここから召喚儀式を経て、聖杯戦争に英雄を召喚する。英雄図書館のような夢のある場所だけど、ここに記録されるってことは本人は死んだことを意味するぞ。

えっ嘘、俺、もしかして死んだ?

 

「あぁ、死んだな。“衛宮 士郎”は死んでいる」

 

老人の言葉に再び首を傾げる。

衛宮 士郎は死んでいる?俺は生きて此処に来た。第五次聖杯戦争に勝利して、銀時を送り出したんだから生きてなきゃダメだ。

………聖杯戦争に、勝利したのは、俺だ。

アーチャーの衛宮 士郎じゃない。

 

「ま、まさか!」

「………ははは!その顔が見れたら招いた甲斐があるってもんよ。こっちじゃこの手の抜け穴は幾らでもある。世界の裏側に手が届くヤツが江戸にゃあ何人もいるからな!今のうちに慣れとけ!」

 

ガハガハと笑う無骨な老人。

大方、名前とか諸々をアーチャーの俺に偽造してるんだろう。結果だけ分かっても生身の人間が来られる場所じゃない。現時点でヤバい。

現実世界で言えば違法入国も同然だぞ!?

完全に巻き込まれた。ていうか、なんで英霊の座なんかに呼ばれたんだ。犯罪の片棒担がせるためじゃないだろうな。

呆れと嫌疑の視線を向けると、老人は平静を取り戻して本題に切り込んだ。

 

「見てきたんだろ。銀の字の変わり果てた姿を」

「……やっぱり。あれが、たまの言っていた拒絶か?」

「そうだ。正鬼の“銀の大地”から弾かれたモノたちの浄化槽が、お前さんが走ってきたところになる」

「走ってきた時に感じたよ。何かを目覚めさせないように、必死に銀時は自分を忘れている」

 

白世界では名前を思い浮かべることも出来なかった。こうして銀時の名前を出せることを懐かしく感じると、より事を急ぐ気持ちが溢れてくる。

 

「じゃあ、銀の大地っていうのは…」

「防衛機能だ。地球の表と裏をひっくり返す“銀の大地”」

「地球の表と裏をひっくり返すって、地球に裏なんてあるのか?ブラジルの人とか、そういう話じゃないよな」

「ガハハハ!可愛い発想だが、そいつは地球の裏側だ。俺の言う裏ってのは、地球の内側…正鬼の寝室のことさ。

不思議なことにな?俺たちが観測できない地球の内側があるんだよ。

あとは、裏にひっくり返すときに、人間を死滅させる存在を表に残しておく。その剪定に駆り出したのが十界だ」

 

外敵を隔離、浄化する“白世界”。

人間の生存権となる“銀の大地”。

地上()内海()を入れ替える、地球規模の引越し。

白詛が消滅したっていうから、散々蝕まれたわりに呆気ない決着だとは思っていたけど……人理焼却に殺菌を丸投げしたのか。考えたもんだ。

…なら尚更、あの白世界が銀の大地の一端だとすれば、銀時の存在事態が消滅しかねない。一刻の猶予も残されちゃいない。

 

「教えてくれ。俺を江戸じゃなく、此処に呼んだ理由を。

今の話をするなら、あっちに送る時に頭に叩き込めばいい筈だ。聖杯が知識を与えるように」

「それならもうやっとる。江戸の状況や堀田 正鬼のことを当たり前のように受け入れていただろ?」

「────ほんとだ!?」

「この技術は俺じゃなくて伍丸の方なんだが…まあ良い」

 

気づかなかった…違和感がなかった。

徳川 光々のことも、十界のことも、魔術王ソロモンも既に知ってる。人理焼却なんて知らなかった単語なのに、知識として身についてるなんて違和感しか感じない。

これ、サーヴァントが召喚時に聖杯から与えられる、その時代に合った知識みたいなものか。

 

「お前さんは正史の人間。正鬼が1番嫌ってる。

いま銀の大地に渡航してみろ、江戸城に強制転移させられてデッド・エンド(タイガー道場行き)だ。

だから、正鬼が床に着くのを待つ」

「?そんなのどうやって分かるんだよ」

 

寝室が何かとかは分からないけど、そこは後で聞けばいい。俺が殺されないように英霊の座に招く人物だ、これが必要な遠回りということは想像できる。問題は正鬼が寝るタイミングを知る通信手段だ。

ここにはブラウン管テレビや機械弄りに必要な機材はあるけど、通信装置のようなものは見当たらない。

 

「正鬼が寝たら警報でも鳴るとか?」

「焦るのはご尤もだが、それじゃあ勝機を流しちまうぞ。ほれ、後ろ」

 

老人はこっちに、通信手段なんて気にする身分じゃないだろと言うように俺の後ろを指差した。

いま来たばっかりの背後に物なんて何もない。

何のことかと思い後ろを振り返ると。

 

「お前も今日から新撰組!!!」

「こえー」

 

両目をかっ開いて、スーツを連想させる洋服を着こなす男がいた。視線が合うなり怒号のような勧誘…いや、最早決定事項を言い渡すや、一着の服を両手で手渡してきた。

………これ、浅葱の羽織だ。

 

「新入り。なんて名だ」

「え、衛宮 士郎…です」

「士郎、まずは飯を食え」

 

勝手に新撰組に入隊させられた。

そして何故か準備されている懸盤には白飯と沢庵。

ここ2つの組み合わせは素晴らしいと思う。沢庵は疲労回復にもってこいだし、食卓を鮮やかにしてくれる。自家製の沢庵は藤ねえや桜、果てには一成にも好評だ。

けど、流石にこの2つだけを食卓に並べたことはない。栄養の話を抜きにしても、肉系と汁物がほしい。食卓とは、その人の性格が出る。並べる側も、着く側もだ。

 

「えっと……お味噌汁とかは」

「ない」

「その樽は…?」

「沢庵」

「────」

「日本人にとって沢庵は完全食。

これ一本で1日の栄養が摂取できる」

「出来ない!!アンタさてはバーサーカーだな!」

「ふっ。流石は聖杯戦争を勝ち抜いたマスターだ」

「いや俺じゃなくても分かるから!」

 

ていうか、バーサーカーがどうして喋ってるんだ。

理性を力に変えて戦うクラスがバーサーカーだろ。

色んな疑問を胸のうちに仕舞いつつ、せっかく準備してくれた食卓を無碍にすることも出来ないので、両手を合わせてから食べ進める。

 

………………美味しい。

時と場所がこんな場合じゃなかったら、お土産にしたいくらいだ。この甘さならイリヤも喜んで食べるに違いない。

ちらりと前を見る。バーサーカーは黙々と沢庵を齧り、そしてご飯を上品に口へと運んでいた。この食卓に会話はない。黙食の経験がないわけじゃないけど、会話がない時は大抵が気まずさを感じるものだった。藤ねえを怒らせた時の食卓は食べ物の味がしなかった。喧嘩しても律儀に家に食べにくるのだが、それは「私悪くないもん」という無言の抗議を込めた、俺の味覚への攻撃だ。

だから黙食は苦手意識があったけど、この食事は悪くない。初対面の相手なのに、向こうがこっちの仕草を見ていても窮屈感がないのだ。

 

この食卓は…彼なりのおもてなしだろうか。

 

「飯を食ったなら、次は鍛錬だ。さあ、竹刀を持て」

 

俺が箸を置いたのを見計らって、バーサーカーがいつの間にか持っていた竹刀を放り投げてきた。

そんな気はしていたから、おもてなしのお礼だと思って立ち上がる。すると、いつ現れたのか、着物に赤マフラーという不思議な組み合わせを着こなす男が、土方と呼んだバーサーカーの肩を掴んでいた。

 

「なに言うとる。代わり番こじゃ土方さん。

鍛錬はワシに任せちょれ!」

「あの〜、どちら様…」

「仕方ねえ。選べ坊主!」

 

男の提案をすんなり受け入れたバーサーカーは、勢いよく右人差し指でこちらに選択権を渡してきた。何度もこっちにモノを投げないで。

 

「えっと、名前が分からないのですが」

 

急な選択肢に困惑してしまい、返答を考えるために尺稼ぎの言葉で返す。2人は肩を並べて、バーサーカーから返答を始めた。

 

「土方 歳三!」

「尾美 一じゃ!」

「伊東 鴨太郎だ」

「石川 十右衛門さ!」

「佐々木 異三郎です」

「林 蘭丸と申します」

「寺田 辰五郎ってんだ!」

「なんか増えたんですけど!?」

 

6…7人。いや、七騎のサーヴァントがいる。

彼らもいつの間にか現れて、2人の横に並んで名乗り出したぞ。ていうかほとんど聞いたことあるようでない真名だ!

銀時の世界の住人で間違いないな!?

 

「事態が悪化したもんだから、ちょいと鍛えておこうって寸法よ。なあに、見返りは心配するな。銀時が世話になった礼とでも思ってくれ」

「悪化したってどういうことだ!?」

「今のお前さんが行っても死ぬってこった。

コイツらは銀時の恩人を死なせたくないからって集まった暇…勇士たちだ」

「暇人って言いかけたよね!?

退屈凌ぎに身体動かす的なノリで来てるよね!」

 

彼らが暇人であることを暴露した老人は「細けえこと気にしてたら女と付き合えねえぞ」と言って背中を叩いてきた。

 

「そうそう。俺は平賀 源外。ここで諸々ののサポートをさせてもらう。さて……覚悟ならもう出来てるだろ?

準備が出来たら名を名乗って前に出な!」

 

色々と納得がいかない…!

 

だけど、彼らの俺を見る目は熱意が込められている。

 

「────衛宮 士郎。

第五次聖杯戦争、坂田 銀時のマスターだ!」

 

うじうじ悩む時間も余裕もない。

俺は銀時を取り戻すためにここに来たんだ。

 

「全員掛かってきやがれ!」

 

投影魔術を両手に灯して、英霊たちの期待を受け止めるために飛び出した。

 

 

 

 

 


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