fate/SN GO   作:ひとりのリク

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「衛宮………士郎ッ‼︎」


煌めく聖剣

真夜中に生まれる緊張感にしては、その言葉はあまりにも似つかわしくなかった。冷たい風は殺気を運び、衛宮 士郎の全身に圧迫するように吹いている。

……違う。衛宮 士郎にだけ感じ取れる風が吹いている。目的は一つ。彼の殺意を運ぶためだろう。その為に、自分を脅そうと、自然が警鐘を鳴らしているよう。

アーチャーだけではなく、自然にすら彼女、イリヤスフィールは嫌われている。それを見放せと。きっとこれは、善意からの囁きだ。

 

「やめろ、アーチャー!」

 

だけど、自分が死んででも彼女を守りたい。

どうしてそう思ったのかは、よく分からない。よく分からないけど、分かっている。正直言えば、死を覚悟している。今、一人の少女を殺める為に、黒い剣を振り下ろすアーチャーの手を制止したのだから。

掴んだ瞬間、風は止んだ。代わりに、制止した手から伝わる殺意に、僅かに息が締まる。自然の警鐘がいかに優しいものかを知った。

そして安堵した。アーチャーは、脅しでもなんでもなく、確実にイリヤスフィールという少女を殺そうとしたのだから。自分の身を犠牲にしていい理由はないかもしれないが、目の前で助けられる命があるのなら、黙っている理由もない。そんなモノ、あってたまるか。

こちらを射殺さんと睨むアーチャーを、睨み返す。

 

「何をしている…?貴様は、今のこの状況が分かっていないのか!」

「何をしているだと?それはこっちのセリフだ!どうして殺さないといけないんだ、まだ話し合いすらしていないのに!」

 

手に熱がこもる。声に張りが出ている。目が、必死に訴える。

後ろで呆然と立っているイリヤスフィール。彼女は、きっと俺以上に死を感じたに違いない。マスターだとか、彼女自身が俺を殺しにくるとかどうでもいいんだ。

目から溢れた涙は、誰よりも人間らしい。

紛れもない、一人の女の子だ。

 

「お前は聞いていなかっただろうが、彼女と今、話して理解したよ。

危険だ、とね。私がこれ程までに危険視した、理由はこれで十分だ。

先程まで有利に立ち回っていたセイバーだが、そこのマスターが令呪を使ったせいで徐々に、押され始めている。

セイバーがバーサーカーにダメージを与えるのと、バーサーカーからダメージを受けるのとでは桁が違う!

バーサーカーは英霊の中でも怪物で、セイバーは英霊の中でもやはり人の範疇。耐えられる限度は火を見るよりも明らかではないかね?」

 

確かにそうだ。

それは誰が見ても覆らない事実。俺には想像できない世界だ。

……だけど。どうして、セイバーが負ける姿なんて想像しなければいけないんだ。

 

「俺がセイバーやアンタの戦いに、口を出せるはずはない。まともに殺意を浴びれば、身体が震えて仕方がない。けど、そうじゃないんだ」

 

アーチャーの殺意にガタガタと震える感情。

それを押し殺す。上っ面だけでもいい、兎に角、普段通りを見せなければいけない。

 

「殺すのも選択肢かもしれない。アンタは、セイバーの事を死なせないようにしたいんだろう?だから、イリヤを殺そうとした」

 

普段通り。

誰かを救うなら、それは日頃から変わらない意志に違いない。

正義の味方として、弱きを助け悪事を挫くと決めているなら、尚更。

俺は、アーチャーの行動に一つの結論を求めた。

 

「アーチャー。ならアンタは何故、セイバーを黙って見ていた?」

 

遠坂と、どう話し合いをして、結果こうなったのかは知らない。

イリヤを殺そうという行為は、セイバーの事を考えてだろう。アーチャーはセイバーを助けようと、死なせまいとイリヤの命を狙った。ここが、アーチャーを止められた決心の一つ。疑問が背中を押したんだ。

″それだけが解決方法なはずがない″。

アーチャーが出来るのは、″コレ″だけのはずがないのだ。

 

「初めは私も狙撃を試みたさ。だがね、彼はとても変わっている。貴様も見ただろう?彼の動きを」

「…一瞬で距離を詰めるのは、すごい。アーチャーが狙撃をしないのも、セイバーの邪魔をしたくないってのは分かる。だが、それとこれは別だ!」

 

ソレを指摘しようと、舌に言葉が飛び乗った時。

 

「二人とも、私を放っておいて勝手に話を…」

 

イリヤスフィールが、俺の後ろで声を上げた。

この状況、士郎の後ろで黙っている事に耐えきれない。どうして殺したい相手(セイバーのマスター)に守られないといけないのか。

言いたい事は色々とあるだろう。けど、士郎にとっては、その行動はアーチャーを刺激するだけにしか思えない。事実、アーチャーは目を細めた。

 

「動くな。話すな。次に動けば、問答無用で首をはねる」

 

本当に殺るだろう。やらせるものかと、意識をこちらに戻そうとして。アーチャーは更に続ける。

 

「お前の恩人、衛宮 士郎共々な。いや、それは酷というものか。イリヤスフィールは、衛宮 士郎を殺す事も聖杯戦争へと参加した理由の一つ。まあ、ヤケを起こすのは勝手だ」

 

イリヤに喋れば殺す、と言っておいて、この言い様。誰でもない、殺意を殺意で脅す(矛盾を作り誘う)やり方は、イリヤの感情を刺激している。現にイリヤは、怒りの声を喉元で押しとどめていた。

俺も、もうプツリときた。

 

「テメェ…よっぽどのサディストだ。アンタ、絶対に友達いないだろ」

「…」

 

一人の少女に、ここまでの殺気を振る舞える行動に頭にきた。

何か言えよ、と視線を向けてもアーチャーは語らない。

友達がいない、ってのは決めつけにも程がある。だけど、友達がいたら、俺なら絶対に″こっち″には来ない。

 

「あの、時間を飛ばすかのような跳躍は、下手な宝具では敵わない。私といえど、あれにはついていけなくてね。狙撃は非常にシビアかつハードなんだよ。

君は別問題と言うが、違う。だからこそ、私はより確実な方法を選ぶ。彼がバーサーカーとの戦闘で、徐々に押され始めた今だからこそ、事は早く終わらせる。バーサーカーのマスターを殺して、聖杯戦争は始まるのだ」

 

言葉一つ一つを、アーチャーは深く知ったかのように選んでいる。そう感じ取れる。マスターを殺せばサーヴァントも消える。分かる、言いたい事は分かる。けど、解りたくはない。

 

「じゃあ…」

 

俺には、だからこそ解らない。

アーチャーの出来る、″ソレ″の意味。彼が出来る事についてを指している。つまりは。

 

「お前は、剣を使える。ランサーと互角に渡り合えたのに、どうしてセイバーの横に立ってやれないんだ!?どうして、その剣で彼女を殺す選択を真っ先に取ったんだ、アーチャー!」

「……隣に、立つ……」

 

 

 

ピシッ

 

 

 

 

「私に、セイバーの横に立てと………」

 

それが、俺の意見。考えだ。

俺は、犠牲者を出さない為に聖杯戦争に参加した。例え、敵のマスターとは言っても、死んでほしくない。

何より、セイバーの為に動くなら、セイバーに分かる形でバーサーカーを相手にした方が良い。こんな、影でコソコソと、夜の裏路地を彷徨う殺人鬼のような真似は、絶対にセイバーは喜ばない。きっと彼は、これも方法の一つだと言って、心の中では落胆するのではないだろうか?

 

「あぁ。セイバーの為に動くなら、セイバーの横に立つ方がきっと喜ぶぞ」

 

だから、絶対にここは譲らない。

斬られても、意地で立ってやる。

 

「……」

 

アーチャーは士郎とイリヤスフィールを交互に二度、見た後。手に握る剣を四散させた。

同時に、鳴り止む警鐘。

目の前で夜空を見上げる男を、俺は黙って見ていた。

何か満足そうに息を吐くと、彼は鼻を鳴らした。

 

「フン、貴様は過去選りすぐりのバカ魔術師だと言っておこう。非常に癪ではあるが、これ以上バカに付き合う時間はない」

「それはこっちも同じだ」

 

とても濃い殺気漂う話し合いは、アーチャーの「生意気な」という呟きと共に終わりを告げた。

アーチャーは立ち去る時、言葉に表す事はなかったが、横顔はとても晴れ晴れとしているように見えたのは、どういう意味だろう。

 

「勝手な真似かもしれないけど、文句は受け付けないからな」

 

何はともあれ、俺も行かなければ。

 

俯いた紫色の少女を置いて、セイバーのいるであろう場所へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誓いの聖剣

 

 

拮抗という名の、火花が散る。

林を駆け、墓場でぶつかり、何処かも知らない場所で武器を振るう。狂化の戦士は唸り、懐に果敢に飛び込むセイバーを迎え討つ。一振り一振りが地を粉砕し、目の前に突然現れているセイバーを、冴えるセンスで狙い叩く。片やセイバーは、原理不明の″ワザ″でバーサーカーとの間合いを細かに調整し攻め続けていた。

ほんのすこし前、正確には令呪による後押しがあるまではセイバーが圧倒していた。バーサーカーはその姿を捉えるよりも先に、セイバーの木刀による攻撃がはやかった。攻撃を受けてから、というよりもほぼ同時に反撃を繰り出していたのだが、それでも届かない。当たる、と思ったら背後に回られていて重い一撃を浴びる。それの繰り返し。

戦士の身体に蓄積されていくダメージ。彼の身体は、その規格外の″ソレ″は頼りにならない。片膝をついても頷ける程度に、悲鳴が部位から聞こえてくる。

しかし、倒れない。止まらない。

何故か。今の彼には、令呪があった。過酷な痛みは和らぐことはないが、衝動に駆られた身体は止まらない。その働きは、セイバーとの差を一気に縮め、遂に。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!!!

 

曲がる線。明らかにセイバーの姿を捉えた動き。

その剣は、鈍い音を発生させ苦悶を響かせる。

 

「しまっ……!がぁぁっ!!」

 

ドン、と。

セイバーの脇腹に、バーサーカーの斧剣が到達した。苦痛に目を見開き、宙に放り出されていた。

 

「ちぃ、がはっ」

 

狂化の中で引き出した、戦士としてのセンスが令呪によるブーストで加速する。上限を知らない巧みな技は、令呪のブーストを経て遂にセイバーに届いたのだ。

風向きが変わった。

優位の立ち位置が、確実に反転した瞬間。最初で最後の攻守交代の合図。

 

「一撃でこれか……吉原の鳳仙を思い出しちまったぜ……」

 

脇腹を苦しそうにおさえるセイバーは、更に口から血を吐き出す。身体へのダメージを確認するように、右手を脇腹にあてる。苦しむ表情のまま、損傷がない事を痛みで判断。骨にヒビもない。肉もまだ腫れていない。

なのに。片膝を地面につけた。

 

「ヴッ…」

 

驚くような事ではない。

五臓六腑に染み渡る、身体の外に突き出るような重い痛み。何十キロもある鉛玉を全身につるされている感覚。

自分が今、なにをしているのか分からなくなるような痛みに蝕まれる。口から血を吐いて、酸素を吸って、また血を冷たい地面にぶちまける。喉を通る血でまた傷つく。体力のほぼ全てを一瞬、一撃で削られた。残りの体力も、ジワリジワリと無くなっていく。

要するに、彼は今、令呪で強化されたバーサーカーに勝ち筋が見えなくなってきている。どうすればいい?と、この一瞬の悩みは彼の足を止めるのに十分すぎた。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!!!!

 

大地を割るが如き轟音。銀色の侍が遂に、無防備な姿を晒す。それに狂戦士が慈愛を持つ故もない。秒針が動くよりも早く、バーサーカーは砲丸となる。

 

「まだ……」

 

 

木刀を足代わりに、身体を支えながら立ち上がる。

じゃないと、

 

 

あと一秒後、この場に俺の姿はいなくなる。

あと一秒後、空に舞い上げられる俺の姿が視える。

あと一秒後、俺は死んでいる。

 

 

「俺は………!」

 

血で汚れた右手で、木刀を握りしめる。目の前の死に立ち向かう為に、まともに上がりそうになかった腕は、生きる執念を神経に通して動かす。ギシリと、軋むような音が何処からか聞こえたが、無視する。支障があるなら、とっくの前に壊れている。

後は、猛突進で大地を踏むバーサーカーをどうにかしなければならないのだが。彼が思いつく、打つ手は二つ。そのうちの一つはこの場にはいない。詰まる所、セイバーがこの窮地を脱するには残り一つ。

 

 

″宝具″の使用。

 

 

だから、もう一つの手は無いに等しいと考えていた。

彼の手助け。アーチャーに頼る道はもう…諦めていた。

 

 

「セイバァァァァァァァァ!!」

「っ!!」

 

 

可能性が生まれた。

目の前の脅威から、思わず目を逸らされる。此方を向けと、その呼びかけは巻き上がる雑音を掻い潜り、セイバーへと届く。

 

諦めるのは、まだ早かった…!

 

息を呑む。宝具の名前が、喉元で堰き止められる。

全ての意識が、セイバーの本能が次にどう動くのかを理解した瞬間。そして、バーサーカーがセイバーの頭へと斧剣を振り下ろす瞬間。

 

「うおおああああああああああ!!!」

 

木刀を握る腕が、冴え渡る。両手で、木刀に己の力を伝える。ゴウと重い一撃を放つバーサーカーの攻撃に、歯を食いしばり木刀を合わせて拮抗する。

それはほんの一瞬。セイバーの全てを消し飛ばさんと放たれた剛撃を、全身全霊で耐えた。崩れそうな身体、削れている精神、そして砕けてもおかしくない木刀。現にミシミシと音を立て、バーサーカーの一撃に苦痛の呻きを上げている。だからか、逆に今の彼ならどんな攻撃でも崩せないと朧げな意識で確信した。

狂化を、更に令呪でブーストされていてマトモな思考の無いバーサーカーさえも、感心という感情を惜しみなく表に出す。彼が見たのは、血に塗れた顔で、自身を鋭い視線で見上げているセイバー。

イリヤが嫌う瞳は、どこにもなかった。

 

「そこを離れろ、バーサーカー!」

 

渾身の一撃を耐えられたバーサーカーに待っていたのは、反撃。

 

「干将莫耶!」

 

アーチャーの手に持つ、一メートルはあろう白と黒の双剣がバーサーカーの全身に繰り出される。

その攻撃は斬るというよりも、突き飛ばすかのような身体が浮き上がる重さ。双剣を左右に切り開いただけで、バーサーカーはその巨体のバランスを崩された。

その隙を突き、アーチャーはよろめくセイバーを抱えて距離を取る。

 

「調子はどうだね、セイバー」

 

ヨロりとふらつきながら、立ち上がるセイバー。

 

「アーチャー……えらく遅い登場じゃねえか。危うく俺一人で片付けちまうとこだったぜ?」

「ふむ、一応言っておくが今のバーサーカーは令呪によるブーストを受けている。君の太刀筋に文句をつけるつもりはないが、あまり強がっているのはどうかね?」

 

アーチャーは、セイバーの強がりを指摘した。誰が見ても分かるが、セイバーは彼の言葉には参ったと言わんばかりに声のトーンを下げて答える。

 

「……あぁ。正直余裕がねぇんだわ、だから」

 

ニヒルにアーチャーは笑う。セイバーの言葉を途中で止めた。

 

「まあ待て。何を言いたいかは分かっている。だが、それでは君の現界が危ういだろう?ここは一つ、私に華を持たせてはくれないか?セイバー」

「…華を持たせる?一体、何考えてやがる。二人掛かりでやんねえと、まじで死ぬぞ。アイツは」

 

まだ身体は動く。

ここから立ち直るのは難しくても、アーチャーとの連携次第では、バーサーカーを攻略できる。

二人でようやく、勝ち筋が見えたのに。アーチャーは何をするつもりなのか。それを聞こうとした時、代わりに血を吐き出した。

 

「慌てるな。君はそこで休んでいろ、と言ったんだよ。つまりは、アイツを私一人で何とかやってやろう、とな。

先程まで堂々とサボっていたんだ、少しは働いておかないと凛が何をするか分かったものではなくてね。

それに、″アイツ″に言われっぱなしは、ゴメンなんだ」

 

その目を見て、セイバーは口を閉じた。アーチャーが、アイツという言葉を言った時の含みある目に、何かの決意を感じたから。

その目を見れたのは一瞬で、アーチャーの顔はもう見えない。

 

「さてバーサーカーよ。折角の戦い中に割り込んですまないな。しかしこちらも、セイバーに死なれては困る。

今日は、私が幕を降ろさせてもらう!!」

 

鷹の如き瞳はバーサーカーを捉える。

立ち上がる狂い轟く戦士に挑むには、あまりにも勇敢すぎる。

令呪によるブーストの動きに慣れていない筈。アーチャーの自信の正体を、間も無く目撃する。

初見での敵崩しは、どう決着を迎えるのか。セイバーは、″何も準備をせず″、地に足を立てて見守る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イメージする/常に想い描いている。

光の粒子が舞う奔流。

戦いの果てに立った場所。

全神経を通して作り上げる最高傑作。

 

絶対に反転しない、『俺』の魂を。

この手に、浮き彫りにする。

 

「私も本領でないのだが。フッ…何、問題はないっ!!」

 

手を伸ばす。

前にではなく、後ろにでもない。空、地面も違う。

手が伸びるのは、何かを求めているから。

それは空想か、はたまた幻想か。いや、この世には存在しないという皮肉を込めて、楽園(ユートピア)なのかもしれない。俺は、生涯で手に入らなかった何かに向けて、力強く手を伸ばす。幾度と考えた。何度も探し歩いた。別れの丘から始まった旅は、いつ終わったのかさえもう覚えていない。いくら歩いても、いくら探しても、世界に目を向けてみても無かった。

 

遠い過去。

まだ魔術師として大した事もない年齢。偶然の運命が俺の生き方を後押ししてくれた記憶。悔いても改められない現実を受け止めて。

俺は……

 

やがて腰を下ろして、星が輝く夜空を見上げて。

 

「真名模倣────」

 

俺は、この世の何処にも存在しない理想郷(アヴァロン)に踏み入れようとしていた大馬鹿者なんだ、そう自嘲気味に笑った。

大人になったつもりでいた。……もしかしたら、この世界には存在しない空想の人物なのかもしれない。ならば、確かにこの世にはないものだ。

そんな結論に行き着いて、立ち止まった。その時、呟いた。

 

 

 

 

偽りの英雄か。

では、私に出来ることは一つ。

待っていてくれ。必ず証明してみせる。

偽物は、本物に勝るのだと。

 

 

 

 

俺は追いつけなかった。だから…

あの銀色に輝く背中に向けて、″手を伸ばしていたんだ″

 

投影・開始(トレース・オン)

 

アーチャーを取り巻く、奇跡の光。

辺りを煌々と照らす。真夜中に降臨する太陽の如く。または、夜を照らす月の照り。しかし、違う。この輝きは絶対に覆らない希望に満ちていた。

その原因の全ては、アーチャーが右手にしっかりと握る、黄金の剣にあると理解するのに時間は必要無い。そして、響く音色にアーチャーやその周辺の音は掻き消されていく。

彼も、セイバーも。ほんの数メートルしか距離が離れているだけなのに、呟き程度なら聞こえない。会話も、ままならない。

 

 

 

 

 

「その剣……お前は一体……」

 

一人は、その剣に疑問を持ち。

英雄の片割れを知った。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!!」

 

一人は、その剣を使わせまいと本能で動き出す。

もう既に、間に合わないとしても。

 

そして、草木を掻き分けて、息を切らしながら現れるマスター。

 

「ここか、セイバー!」

 

一人は、その光で自分の何かが動き始める。

ガシリと何かを掴む。同時に、何かに掴まれた。

 

「アーチャー…!?」

「フッ」

 

一人は、何かを見つけたとばかりに口元をあげる。

運命を取りこぼした、一人の英雄だ。

 

「……衛宮 士郎。

せいぜい目に焼き付けるがいい。

貴様が知らない光を!絶対に忘れるな!」

 

煌めく剣を空に、高らかに構える。光の流れはどんどん激しくなり、アーチャーの周囲を、円を描き空に舞い上がる。

バーサーカーは眼前に迫っているのに、まるで焦りがない。アーチャーにでさえその理由は分からないが、2mもないこの距離程度なら、何の支障もないと。剣の声を聞いた。信頼している。全て、この剣に身を委ねている。

まるで慣れた手つきで、光を集める剣を右肩まで持ち手を降ろし、勢いをつける。辿ったイメージの中で、誰かがこうしていた。ならせめて、この動きだけでも彼女に敬意を払うのだ。感謝を込めて、この剣を振るう!

そして、一気に振り下ろす。

 

「うおおああああああああああ!!!」

 

放たれる極光。魔術回路を通る熱い光。

この熱に耐えるのは、屈強な精神のみ。

巨体のバーサーカーを覆う光の束。狂戦士の全身を攫い夜空に伸びて行く光の柱。セイバーと何百という剣撃を繰り広げ、令呪によるブーストで優位に立っていた彼がなんとも呆気なく。この場から消えた。

一瞬の出来事。

 

 

────これは光だ。触れればこの世界から消えてしまいそうな、デタラメな光。この光を扱うのに、何度も死にかけた。持ち主を選ぶ、選定の煌めき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かだった。

止まっていた呼吸器官が動き出す。

 

「今の、光……うっ、あれ、どうして………」

 

ドサリと、地面にうつ伏せに倒れる士郎。

それが合図となって、セイバーが駆け出した。

倒れる士郎を揺さぶり、呼吸があるのを確認して、一先ず安堵の息を吐いた瞬間。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!!!!

 

黒く焦げた大地を踏みしめて、バーサーカーは戦場へ舞い戻ってきた。

 

「おいおいおいおい…!?あいつ、デタラメにも程があるだろ。まともに受けてピンピンしてんのかよ。どんだけタフなんだよ、バカか」

 

波紋が広がる。バーサーカーから発生する轟きは、現状で最悪の攻撃にも等しい。アーチャーの宝具らしきモノ、あの威力を耐えきるバーサーカーに、骨が折れそうな気分にさせられた。

 

「………いや、待てセイバー。彼は理性を失っている。アレは多分、足し算も出来るかどうか危ういぞ」

「まじかよ、バカだったのか!」

「君、言ってる場合ではないな!!」

 

一つ、気になるのは。バーサーカーが武器を構えないどころか、一歩も動かずにこちらを見ていること。理性がなければ頭はいいんだ、と訴えている……違うか。

誰もが動かないこの場所へ、

 

「戻りなさいバーサーカー。今日はこれでおしまい、また日を改めてセイバーとアーチャーには退場してもらいましょう」

 

イリヤスフィールは登場した。

バーサーカーは低く唸ると、最後にアーチャーを見て背中を見せた。

どうして、決着を付けないで帰るのか。疑問を投げる者はいなかった。

 

「貴方、何者かしら。それの担い手なんて、そうはいないけど。そのどれにも、きっと当てはまらない」

 

きっと、イリヤスフィールに原因があると悟っているのは、アーチャーくらいだ。

 

────

───

──

 

「安心しろ、セイバー。

きっと、極度の緊張が吹っ切れた反動だろう。

ま、今頃は私のマスターもそこら辺に突っ伏しているだろうよ」

 

目を開けない士郎に、アーチャーはそう言って踵を返した。

凛が倒れている、その言葉にも突っ込みたいが。

 

「アーチャー、てめえ何者だ。あの剣は、なんだ?」

 

セイバーの目に、瞼に、記憶に焼き付いて離れない剣。

ここに召喚される前に見た、一人の少女が持つ聖剣。

どちらも、そのワザも。重なっている。同じ筈なのに、何故。

何故、″違っている″んだ。

 

「…私のとっておきだ。だが、真名に繋がるからこれ以上は言わん」

 

その言葉は嘘だと、指摘する前にアーチャーは姿を消した。

意識のないマスターを肩に担ぎ、セイバーは衛宮邸へ向けて歩き出す。

 

「っはぁ。士郎、こりゃあ、前途多難だ。だから、笑っていこうぜ。

こっからが本番だ。最後まで俺の馬鹿騒ぎに付き合ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fate/stay night GINNIROはこうして幕を上げる。

 

 







始まりの夜、【IF 運命の夜】編が終わりました。

ルートは、この話を考えた時点で決めました。
不安そうな皆様の視線を受け取った気がします。しかしどうか、この先の辿り着く場所を、見守ってください。どうぞこれからも、よろしくお願いします!

【お知らせ】
次回投稿は3/11(土)です。
(バレンタインデーパート2は、この日の後書きにて!)


【修正】
2024.2.14にアーチャーのセリフを一部変更しました。
終盤の詠唱部分です。

変更前
似て非なり(ファクティス)────」

変更後
「真名模倣────」

後々の展開にて変更を行ったため、詠唱内容を変更しました。



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