門が閉じる。
日中、何者も通ることを許さない江戸最高峰の護りは真夜中に例外を作っていた。
夜の日照りに怯える吉原の隠匿者たちを嘲笑うかのように、1人の俗物……否。協力者たちを異国の王の来訪のごとく受け入れる。
「”ーーーーーーーーーー!!!」
協力者の耳に届いたのは歓迎とは真逆に等しい悲鳴だ。聞くだけで鼓膜が焼けるかと思うほど、悲鳴の主の痛みが脳髄を駆け回る。
悲鳴が止む事はない。それは呼吸を要せず、一晩をひと息だけで過ごせる規格の生命。故に、決して痛みを肩代わりしたいなどと協力者は考えもしない。
「まだ保つのか、あれは」
協力者が危惧することは1つ。
魂が、訳の分からない炎に灰にされてしまうこと。
「人理焼却だけなら鎮火も出来たよ」
協力者を出迎える2つ目の歓迎は曇天の声。
堀田 正鬼がおんぼりと言いながら、協力者である村田 仁鉄に仄暗い瞳を向ける。
「キミでも夜王を倒せないか」
「アナタが倒せない時点で分かっていました。
ただ、1人も殺せないのは想定外ですね」
見慣れきった荒廃ぶりを見ながら、仁鉄は敗れた恥ずかしさを隠すように正鬼へと責任を投げつけた。
「全く。この鉄患いをどうしろというのか…」
頷いて責任を受け止める正鬼と、江戸城の上空でなおも異彩を放ち続ける存在。2つを見比べれば直ぐに理解できるこの状況も、地球の懐の大きさを認識させられる。
「それ、鉄患い。好んで使うよね」
「ご存じではないですか。鉄患いとは稀有な病気です。と言いましても、この世で1人だけの業にて。
私が鍛人を志し、生涯目指した世界です」
「……すごいこと、なんだね」
ゆっくりと頷いて、双眼を補助する天蓋を静かに撫で下ろす。燦々と映える夜空を眺めながら、夢の実現に近づく高揚感を再び虚空へと焚べた。
「叶うといいね。………けど、もう時間なくなっちゃう。明後日、星崩しがこの身体を喰らい尽くすから」
全ての我儘は二の次以下に並び直しだ。
海の藻屑に消えたその身だからこそ、先に残すものがあることを重々理解している。人理焼却の危機にある前では……。
「よくぞ耐えられた。心配は御無用、私の仕事は間に合わせてみせる。御身のため、そして鍛人の名に賭けて」
鉄の奥に打ち込んだ魂を押さえ付けて、正鬼の依頼が完成間近だと伝えた。
そう、焼却されては堪らない。数年の時を待っただけとはいえ、自らの作品も灰に帰す略奪は断固拒否だ。
「江戸最高峰の鉄があれば、新しい世界が切り拓ける。
鍛人、村田 仁鉄が正鬼に尽くす理由。
合意した志村 新八の魂を利用して、ついに実現へと手が届く……剣の世界に。
その為に新八との約束には応じた。
「頼んだよ。地球と君だけが生きても負けだ。
アレに子供たちは殺されてしまう。塵芥の星を見て笑わせてはいけない」
最後の会話を終えて江戸城に踏み込んだ。
▼
意識に波が発生する。
顔面に吹きつけられた水分を皮切りに現実に足を踏み込んだ。
「我が子、どうか地球の頼みを聞いておくれ」
聞こえた声は優しく、そして哀しい音色。
鼻が拾う臭いは血生臭い。自分の近くに2人、少し離れた場所に4人以上の呼吸音。少なくとも子守唄の最中で目を開いたわけじゃないと、志村 新八は状況を1つずつ整理する。
いつ意識が落ちたのか。それは神楽を外に逃がした直後、正鬼の暴走に巻き込まれたときだ。
「こ、こは……っ!神楽!!銀さん!?」
意識が気絶する前のものと混濁し、咄嗟に家族の名前を呼んでいた。
だが、視界が映す景色は懐かしい過去ではなく、暗く深い木造りの世界。
「おや、目が覚めましたか。随分と成長なされて驚きましたよ。大人な風貌も、変わり果てた江戸の姿にもね」
「お前は…夜右衛門?」
ひと目、死人の顔を見て首を傾げた。
18代目、池田夜右衛門は死んでいる。居るはずもない男を見て平静でいられるのは、彼の表情と
「ねぇ、起きたんだ。君にも話があるんだ、地球の子」
「なんだ、誰だ!?」
「落ち着いて。地球はね、人間の設計者、正鬼さ。
早速だけど頼み事が────」
顔を拭って、自分の意識を波立たせたものの正体が血液だと知る。それも、夜右衛門の身体から流れ出た致命傷だ。
「仲間割れしているのか」
状況が飲み込めずに正鬼の言葉を遮る。
無意識のうちに設計者の言葉を聞いてはいけない気がしたからか。自然と言葉を口にしていた。
「まさか。夜右衛門が刃を向ける者は罪人のみ。例え地球に呼ばれようとも、善に刃は向けられない。
真祖のマスターよ。そのやり方は池田家が消える」
サーヴァント。その言葉で現実に合点がいく。
数日前、自分のもとに現れた林 蘭丸という天女。彼女から事の顛末を聞かされた。周りを見渡しても彼女の姿はない。理由は大雑把に理解出来る…まだ事態は悪化しているんだ。
「故に、おさらばです」
「なっ────」
漸く起きた思考を夜右衛門に向けようとして、
彼の宝具が解放し、自害していた。
池田 夜右衛門は正鬼が新八に気を取られた隙を突いて、自害した。
そして同時に、6つの影の首が斬れている。
説明不足だが千載一遇の機会を見逃さなかったことだけは分かる。
そのくせ、夜右衛門の目は「あとは任せました」と言っている。
「被害は六騎。それも席を封じる宝具ときたか。
神速の居合いだった。現状の十界では出力不足…これも仕方あるまい」
「なぜなの……我が子…」
消えゆく魂に嘆く正鬼をよそに、残った鉄屑が錆びる外面を引きずって前に出る。
「私は村田 仁鉄。死徒と呼ばれる存在だ」
「…………!」
村田 仁鉄。
江戸一の刀匠だった男であり、紅桜を鍛った張本人。刀に心血を注ぎ続けた結果、妖刀紅桜に魂を吸われたと言われている。
「この世界は江戸を残すばかりとなってしまった。いやはや、なんとも世知辛いものよ。空を覆う異郷の侵略者が消えるだけならまだしも……暁の水平線すら拝めなくなっている。
それも全ては魔術王ソロモンが原罪。空想すら焼き払うとは、徹底した人嫌いと見たり」
顎に手を当てる挙動とともに腕が錆びていく。
「我々の世界は人理焼却にいまも侵されている。守る正鬼の理性がどこまで保つか分かりもしない…とは本人談だ。
そこで此奴はこう考えた。正史のサーヴァントを呼び、原罪…災星との共存を果たす。
そのために
共存?なんのことか分からない。
だが、見過ごせない現実がある。
「嘘だ……!村田兄妹が父は死んだと言っている。
現に貴様もサーヴァントとしてここに居るじゃないか!」
「うぅむ。死徒であるがサーヴァントではないぞ。そも、これらは真逆の存在だ。正鬼殿により人類寄りにされているがね。
ともあれ私は紅桜に打ち込むあまり、”紅桜となった”」
それが答えだった。
反論の余地はあるだろう。
現実的に見ても薬をキめているとしか思えない。
だが、説得力がある。それだけの理由で黙った。
「言葉も話せず、鉄矢には量産され、海の藻屑となり意識は散り散りになっていたが…。
正鬼殿に拾われ、仮染の身体を得たわけだ。なにかと不自由の身。ゆえに新八君、君の身体を使わせてくれ。
新しい人を造るために協力してほしいのだ」
「正鬼に作ってもらえれば済む話だ。俺たち人類の設計者以上に頼めるヤツはいない」
「相性の問題だ。私は既に人の身を離れた死徒。人類の設計者であり、真祖である正鬼殿の造る器は私を殺そうとする」
「俺とて同じだろ」
「いいや、新八君でなければダメなんだ。神楽君でも、その他の一般人でも適合しない。志村 新八、君の在り方が私と適合する。ゆえに理解が欲しい、同意を求めるんだ」
仁鉄は朽ちる身体を引きずって、両肩に手のひらを乗せてきた。
本気の目をしている。言葉に嘘もないと分かる。男と相性が良いと考えると癪ではあるが、緊急事態だからやむを得ない。
だから、正しい気がして────。
”故に、おさらばです”
……なぜ夜右衛門が自害したのか。
ここで大人しく頷くのは間違っている。
仁鉄の想いを知らなければ首を動かせない。
「俺の身体を使ってなにをする」
「人を焚べる。有り体に言えば生まれ変える」
それは………殺すと言っているだけだろ!
「事情の説明など不要。人類もサーヴァントも直感では分かっているのだ。空想具現化を発動したとき、正鬼の計画に反対する者だけが外に放り出されているからな」
「白詛を放置していたヤツにこの命を委ねろと?今更出てきたかと思えばそれか。
夜右衛門の行動も頷けるな」
「あれは例外だ。そこいらの凶悪な地球外生物なら兎も角…星を殺すものに後手を取った時点で誰も勝てはせぬ。
星崩しに対抗するため、これでも感染者を減らす加護を巻いてはいるようだぞ」
脳が焼けた。いや、苛立ちが頂点に達した。
分かってる、そっちも一生懸命だと。でも…。
「───姉上は選ばれなかったから感染したと?
────そんなことで姉上は苦しんでいるのか!!」
志村 妙は白詛に感染し、近いうちに死に絶える。
今からでも間に合わないのか。
どうして自分が肩代わりできないのか。
星崩しが誰なのか、理解してしまったせいか。
心が、張り裂けそうで。耐え難い…。
「全ての人類を生まれ変えるため、魂を回収せねばならん。新八君の姉も、魂から生まれ変われば白詛を克服できる。これはその為の計画でもあるんだ」
────姉上が助かる。
余命一月もない姉上と人類の未来。
「…………」
銀さんと神楽ちゃん、姉上の命。
「………………………」
息をすることも苦しくなってきた。
答えなんて言うまでもないのに。
目の前にあるだけで、選ぶ言葉が出てこない。
「真祖も、死徒もいる。
あとはお前たちが至ればいい」
言葉の意味は知らないが……。
この苦しみに答えを出せるのなら。
「条件が、ある……」
「うむ、聞こう」
「一般人に手は出すな…。
それと、一度だけ神楽の前に姿を現せ」
「ほぅ。神楽は殺してよいと?その度胸、気に入った。いや、そうだったな。君は銀時と共に似蔵の腕を切り落としたんだ。
仲間をそこまで信じれる才、ヤツの息子らしいな!
……正鬼殿、よろしいでしょうか?」
いま、大切な部分を聞き損ねた気がする。
こいつ、僕の父上を知って────。
「子どもの愛、確かに受け取った。子どもたちを造るのは最後にしよう。先ずは……正史のサーヴァントたちだね」
「────あぁ」
だが、もう時間は終わっていた。
崩れる鉄屑は、志村 新八の魂に狙いを定める。
誰もが足掻き、血反吐を拭いて進む世界で。
「────君の身体は例外だ」
「あ、あぁ、が────!!」
志村 新八は苦渋を喜んで飲み続ける。
村田 仁鉄が家族に刃を向けるとき、自らの手で止めるために。
▼
志村 新八の身体に移った当初から、江戸城を少しずつ改造してきた。
星を回すため、次に繋げるため。
ごく僅かな時間で自らの鍛冶場を整えた。
内装はごく普通の……。人理焼却に耐えられる仕様を施した、外観に比例しない面積に改造された大地。
僅かな部屋は座敷牢と水回り、そして鍛冶場で殆ど埋まる。あとの大地と通路は護衛が木々のように並び、上への階段はたった4つ。
「子どもたち、待たせたね」
江戸城、謁見の襖を開け放つ正鬼。
並ぶ十席、埋まるのは4つのみ。
夜右衛門の呪いは簡単に解けるものではなかった。
「さぁ、人類災星計画の最終段階に移行しよう」
正鬼と仁鉄が座り、6人だけの会議は最後を迎える。
「英霊を断ち、人理焼却を克服するときだ」
お久しぶりです、ひとりのリクです。
一年以上も更新を止めて申し訳ございませんでした。
プロットを組み替えながら添削を行い、完結までの目処を立てていました。その結論としまして、4/4章は二節6話を終えて折り返し地点に来たことを宣言致します!
いま三節を執筆中です。風呂敷を広げるのは終わり、どんどん物語を畳んで行きますよ!
オリジナル特異点でもここまで読んでくださる読者さまには感謝しかありません。ありがとうございます。
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完結までもう暫くかかりますが、どうか最後までお付き合いください!