特異点を修復するために坂田 銀時を討伐する。
伍丸の発言で場が静まり返る。
日輪たちは目を閉じて、立香とマシュの反応に耳を傾けていた。
立香は言葉を失う。坂田 銀時とは、カルデアに特異点修復を依頼してきたサーヴァント。この別世界と言える人間たちの情報を提供してくれた…謂わば。
(銀時さんは味方のはず────あっ)
考えを終える前に、過去から電流が走る。
銀時を討伐すると言えなくもない理由はあった。生身の彼は死に、外見では魔術王の手助けをして正鬼を堕とした。
銀時の身体は銀時のものじゃない。サーヴァントの彼からそう聞いていた。だけど、仮に銀時(仮)を倒して特異点が修復するのだろうか?
「理由を教えてください」
立香が考えを纏めているとき、マシュが口を開く。
マシュは銀時のことを深くは知らない。カルデアで立香の話から聞いたものと、送られてきた資料に目を通した程度だ。
それでも即座に頷くことはせず、反抗の意思と見える姿勢で伍丸に聞いた。既に亡くなったはずの男を、まだ蹴落とす理由を。
「特異点の原因は正鬼だ。しかし、原因を作ったのは魔術王にある。
この世界で魔術王と繋がりがある人物は、魔術王に殺された坂田 銀時。正鬼を……地球を終わらせた男だ」
伍丸の論文は淡々と冒頭を綴る。
こじ付けと言える。けど、この異世界が襲われる理由はそこにしか無い。だから完璧だ、完璧だから納得はできない。
「正鬼に銀時の安否を尋ねたことがある」
立香の抑えきった抗議の視線を見つめ返し、伍丸は容赦なく正義として立つ。
「なにか言葉を発しようとして、急に苦しみ始めた。血を撒き散らしながら、数十秒後にヤツは撤退した。その時、正鬼の身体から呪詛の類を検知している。
坂田 銀時の脳波と同じものだった」
「でも、銀時さん本人ではないはずです」
「無論、ニコラから話は────」
「ここにいたッ!」
伍丸の言葉を遮ったのは、鋭い勢いで大広間に飛び込んできた神楽だった。彼女は迷うことなく立香に襲いかかる。ヤンキーに絡まれる軟弱な男子校生、という情けない絵面が瞬く間に完成した。
「アンタが藤丸 立香ね?銀ちゃんのこと教えなさい‼︎」
「はいっ!?」
「人伝……サーヴァント
「そんな無茶な!?」
「か、神楽さん!?」
「落ち着けよ神楽。ツンが先行しすぎだ、もうちょい食い気とアル語で自我を保つんだ!」
「私のことをなんだと思ってるのよ‼︎
この5年間で銀ちゃんと言葉を交わしたのはコイツだけ。いつ死ぬかも分からないのに、待てる訳ないでしょう?」
興奮しているように見えた長身端麗な女性。胸元を掴む手、立香に食い入る瞳、そして吐き出した想いはなんてことのない…親を心配する娘の姿だ。
挨拶の段階を飛ばしてきたけれど、マシュの安否が本当に知りたい時の自分だってそうすると立香は頷いた。
「これ。覚えている限りをカルデアで書き起こしたものです。口調も合わせています」
役に立てばと思って準備していたメモ帳を手渡す。震える手でメモ帳を受け取る姿を見て、金時は静かに離れた。
「………………なによ、あのバカ。
本当に死んだんじゃ、意味ないじゃない。
信じたかった、まだ生きてるって」
「神楽さん…」
読んで、終わり、また最初から。
2度繰り返した神楽は行き場のない心で肩を震わせる。
簡単に口を開く事はできなかった。
彼女も…いや、ここにいる誰もが坂田 銀時の無実を知っている。そのうえで、坂田 銀時の身体を討つ必要性も飲み込んでいるんだ。
「銀さんは死んで諦めるタマじゃない」
日輪が折れ曲がる背中に手のひらを打つ。
「神楽、後ろを向くのは今だけにしな。でないと、すぐ銀さんに追い抜かれるよ」
「……………………分かってるわよ」
居ない名前で絵空事を描いた言葉。
坂田 銀時を知らなければ励ましで終わっているものも、不思議なことに日輪の言葉は実現する気がする。
神楽は立香やマシュ以上に未来が想像できたのだろう。手帳を返すや「ありがと、悪かったわ」と言って大人しく退がってくれた。
「いま、江戸城にいる坂田 銀時の話をしていた。神楽くん、君が最後に見た彼のことを話してくれないか」
促されて顔を伏せたが、直ぐに向き直った。
「霧って子が私と新八を連れて江戸城を出ようとしたらね、銀ちゃんが攻撃してきたの。新八と霧が足止めしてくれたおかげで、私は辛うじて外に出られた。
その後は知らない。新八は……新八のことは考えても仕方ない。弱っちいけど、簡単に死ぬやつじゃないから」
正鬼が”銀の大地”というものを発動した直後の話。
「江戸城から辛うじて出られたって……。いまは封鎖でもしているんですか?」
「そ。城壁は気色の悪いほど頑丈になってる。
銀ちゃんの身体も、正鬼も江戸城にいるわ」
「坂田 銀時の討伐。この問題は江戸城への侵入が現状不可能というところだ」
「不可能?」
「あぁ。どんな攻撃も通じない」
「伍丸さんが言い切ると…説得力があります。然し、可能や無敵といった類いのものは条件を崩せば破れるものでした。
どんな手段が通じなかったか教えてもらえますか?」
「例えば、Aランクの宝具が通じないみたいな。どんなものが通じないか分かれば、きっと僕たちにもアイデアが出せると思うんです!」
不可能なんてものは無いはずだ。
都合の良いことばかりは言えないが、ここまで6つの特異点を定礎してきた。人理焼却を止めることは出来る。なら、城壁だって何か抜け道があるはずだ。
「
い、いまなんと…!?
「彼女の宝具は対城という種類らしいな。城落規模の宝具が通じなかった。
それだけではない。因果の呪い、神代の魔術、果てには魔眼と、古今東西……正史やこちらのサーヴァントの宝具が悉く弾かれた。
吸血鬼お手製、世界最強の守りというわけだ」
呪いとか魔術をぶっちぎれる最強級の宝具が通じない…。つまり並外れたモノじゃ相手にならないじゃないか!マシュも意味を理解して頭を悩ませている。
先攻1ターンキル級のレアケースをぶつけられるとは…。
宝具の種類まで言われては信じるしか…。レイシフト直後に彼女を見ているから尚のこと。
けど…それならおかしいことがある。
「アーサー王は僕を殺しにきた。宝具で江戸城を攻めたなら……第三勢力があったりして?」
「簡単な話だ。彼女は元々こちら側だった。
最後には正男に敗れ、退去するのを確認した。数日前から現れているが……あれは本人ではないだろう」
「本人じゃない…?」
「人理を救う人間を斬り伏せる騎士ではなかった。魔力もやけに流動性の悪いものだった。
…その反応、なにか君と私とでアーサー王のイメージが合っていないようだね」
「あ〜、そうですね。この旅の最初にアーサー王は敵で出てきましたし、最近は別側面の彼女とも戦いました」
「それは災難だったな。私の知るアーサー王は聖剣を携え、人理焼却に立ち向かう人物だ。
彼女には伝承の数だけ召喚例があるのだろう」
「英霊を再召喚か?随分と手荒な口説きだ。その調子で他のヤツに手を出してなきゃいいがな」
金時が不吉なことを言うけど、確かに最悪のケースだ。十界の人たちを呼ばれていたら攻めることも難しくなる。
「……いえ、やはり不可能でもありません」
暫く考え事をしていたマシュが口を開く。
「エクスカリバーなら私も立ち向かったことがあります」
「あっ、エクスカリバーをマシュの宝具で防いだことがある!その経験を活かして城壁を破るヒントを…」
「それも考えたのですが良い案は出なくて」
「じゃなかったかぁ…」
「あの時の私は今よりも未熟でした。それこそ、宝具も出せないほどに。先輩が後ろで支えてくれなかったら…きっと宝具は使えず、仮に使えたとしても破られていたでしょう。
正鬼さんにとって、その支えは光々公なんだと思います。アーサー王のように退去した英霊を呼び戻せるなら、光々公を再召喚すれば────」
「江戸城は開く……かも?」
「光々公を再召喚…!お上なら江戸城に帰る義務がある。
あの城壁は物理だけでなく、概念干渉する宝具をも弾いてみせた。ならば、将軍の帰還に応える道理もあるはず!
マシュくん、素晴らしい着眼点だ」
熱い弁を吐き出した伍丸。
1の話を聞いて10に達する人、初めて見たかも。
「ですが……お気づきのように、誰がアーサー王を再召喚したのか。という疑問が残ってしまいます」
「正鬼以外に居るのかな?
はぐれサーヴァントの線はないだろうし」
………。
…………。
「正鬼が再召喚出来るなら、とっくの昔に光々を召喚してると思う」
「私もそう思います。逆に、なぜアーサー王を再召喚したのかが分かりません。わざわざ別世界の英霊である必要があったりするのでしょうか」
「アーサー王は吉原に攻め入る素振りはない。戦力としてなら……いや、知名度補正があったな。尚のこと別世界の英霊を呼ぶ理由が無くなった」
それはその通りだ。
より補強が簡単でコストが良いほうを選ぶ。彼女のような規格のサーヴァントよりも、色々と制限は無くなるはずだ。きっと、答えはあっても情報が足りない。伍丸たちが過ごした激戦の日々の奥に、ひっそりと隠れているものがあるんだ。
「………ここまでみてぇだな」
少しの沈黙を見た金時が言った。
不足したものを理解して、伍丸たちも頷くしかない。
「糸口は掴めたんだ。長い停滞からやっと進めた。
もう夕餉の時間だし、ひと息入れなさいよ」
「あっ、では私もお手伝いを…」
「僕も!」
「アンタらはこっち。部屋を片付けてもらったから休みなさい。家事は私たちに任せておくれ」
なんて感じで、日輪の車椅子を神楽が押して、僕たちは別の部屋に案内されることになった。