fate/SN GO   作:ひとりのリク

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一節 夜王の洗礼

 

 

 

 

伍丸と立香がアルトリアと対峙している頃。

マシュ・キリエライトは一直線に後方へと吹き飛ばされていた。ろくに受け身に転じることも出来ず、数秒の空中疾走は壁に激突することで終わりを迎える。

 

「ぐ、う……っ!」

 

口から血を吐き、背中から広がる衝撃で漸く起こったことの理解を終える。

言えば単純。夜王と名乗る大男の一振りを受け止めた。正確には、盾で受け止めようとした。ただそれだけで盾ごと身体は地面から離され、威力を殺す努力も虚しく終わる。

 

(なんて威力……。こんな威力で肌に触れられたら、身体全てが肉塊になってしまいます)

 

壁を割った身体を起こし、咳き込みながら対象の場所を確認する。

目を開けた瞬間、影が自身を覆っていることを理解し、次に命が危険信号を発したことを察知した。

 

(え──────あっ!!!)

 

夜王の巨躯がマシュの眼前に到達し、大傘を振り上げる映像を見る。次の次を考える余地はなく、咄嗟に地上へ向けて身体を蹴り出した。

続けざま、夜王が壁面スレスレを急降下。

大傘を振り上げた瞬間、マシュの脚がタッチの差で地面を踏み締めた。

 

飛び退くとほぼ同時に抉られる地面。

夜王の大傘は避けたはずのマシュを風圧だけで吹き飛ばす。

 

全ての攻撃をただ避けるだけでは足りない。

それこそ、宝具で防ぐくらいしなければ真正面からの突破は不可能。

 

(宝具を使う隙がないっ…!なら、残すは!)

 

しかし、夜王の理不尽な疾さに追いすがる時間もない。このまま守りに回れば数秒のうちに死が待ち構えている。

マシュが選んだ路は前、夜王の正面から叩き伏せる難業だった。

 

「はあっ─────!」

 

振り下ろされる致命的な一撃を身体1つ分の余裕をもって躱す。だが、それでも風圧がマシュの身体を荒く削り、くるりと回転する背中の鎧ごと浅くないダメージを与える。

それを委細承知の上で、歯を食いしばってグラつく意識を引き留める。命懸けで躱した瞬間、右脚を大傘に蹴り下ろし、足場兼反撃防止とした。

 

「ほう、小娘風情が」

 

夜王が感嘆の呟きを漏らす。

身軽さに対してではない。

実力差を見せつけられた上で、逃げることなく大傘を足蹴りにした肝に夜王の頬は吊り上がっていた。

 

次の瞬間、マシュ渾身の裏蹴りが夜王の顎に直撃する。

 

「……温いな」

「くっ……!」

 

マシュ自身、倒せるとは思っていない。

それでも、笑顔で返されては目を見開くほかになく。

 

次の行動に移れず、夜王の怪腕がマシュを噛み砕く。

 

「が、はッ!?」

 

両腕のガードが間に合うも、それでさえ夜王の一撃は地に伏せるには十分な威力だった。

転がり、地面に投げ出される。

起き上がるには絶望的な差を見せつけられた。先程とは違い、手立てが思いつかずに悔しくて歯を食いしばる。

 

血を吐いて、覚束ない意識を頭に残して盾を握る。

盾の英霊の力を借りているというのに、今のその身は飴玉よりも柔らかい。摘んで投げるだけで、身体が呆気なく四散すると言っても過言ではない。

 

「まだ立つか」

 

立つことに意味があるとしても。

大傘が届く距離で見下ろす夜王を前にしては、その意思が否定されることで完結することは夜の理り。

振りかざされる大傘を見ながら、盾を握る指先から力が消えていき。

 

盾を構えなさい!

「はっ、はいッ!?!」

 

背中で響き渡る活に神経が奮い立つ。

理解よりも神経が先立ち、湧き上がる力が身体に巡り、間一髪のところで盾を上方に構えた。

 

それでも1人だけでは押し潰されることは確定。

マシュの身体は万全から遠く。

後ろに力を流さない現状、身体が夜王の一撃に耐えられるはずがない。だが、肉塊間近の少女を起き上がらせた女性は、ただ声を掛けただけにあらず。

 

盾に大傘の一撃が振り下ろされる瞬間。

女性の両腕から振り上がる傘により、怒号の如き地響きとともに一撃が相殺された。

死を回避したことよりも、女性の人ならざる怪力に驚く。それも直ぐに、夜王のことを思い出して盾を持ち直そうとしたとき。

 

そこまで!!!

 

女性の活よりも大きく、意識が飛ぶように恐れる声が鼓膜に届く。

同時に盾から抜ける怪力を感じて、夜王が身を翻したのだと知った。

 

「……出てくるなと言ったのに聞かん女だ」

「あんたねぇ、こっちは1人だって人手が足りないんだよ。だってのに、全力で客人と戦うヤツがあるか!」

 

さっきまでコチラを全力で潰しに来た大男が、1人の女性と会話をしている。というより、叱られているようで、マシュの脳は理解が追い付かずにポケーとしていた。

 

「まったく、神楽と土方の旦那が出払ってるから見送ってみたらこれだよ。敵じゃないならスカウトくらいしなさい!」

「……好きに扱き使え。生かすと決めたなら、そこの小娘に此処を地獄とさせるかはお前次第だ、日輪」

 

ハキハキと繋げる言葉を鬱陶しがったのか、夜王は大傘を担いで会話を切り上げた。

日輪と呼ばれた女性はやれやれと呟くと、マシュたちの元へ行く。

 

「ありがとね、神楽。

タイミング良く戻ってきてくれて助かったよ!」

 

明るい声で掛けた相手は、夜王と似た日傘を持った華麗な女性。チャイナドレスに白い腰巻きという変わった服装だが、芯のある良き人だということは直ぐに理解できた。

 

「別に、どーってことないわ。鳳仙も本気一歩手前くらいだったし、なによりあの怪物の一撃を受け止められたんだから満足よ」

 

鉛丹色の長髪を流し、あっけらかんと言い放つ。

サバサバとした性格に好感度がメキメキ上がるなか、色々と感謝の言葉がぐるりと回る。加えて彼女の様子から、同じ場所に長く留まる人ではないと思い、尚のこと言葉を探すことに焦りが出る、

 

「それじゃ、私はこれで失礼するわ」

「あ…」

 

立ち去ろうとする神楽に、マシュは初めに言うと決めていた感謝を述べた。

 

「あ、あの!神楽さん、先程は助けていただきありがとうございました!」

「……次はしっかりと受け止めなさい。

でなきゃ、この世界で直ぐに死ぬことになるから」

 

首だけを僅かに回し、後ろ目でマシュへ警告する。

マシュの知らないこの世界で生きてきた先人による、ある種の激励の言葉。この特異点で彼女は、夜王にも匹敵する敵を知っているのだと雰囲気から察して、感謝を込めて大きく返事を返した。

 

「ふふ、神楽も素直じゃないんだから。

けど……元気は取り戻し始めたみたいね」

 

声を聞いて、神楽から視線を移す。

 

「わ、あ…」

 

改めて、間近で女性を見つめる。

ひと目見た印象として、これまでの特異点で出会ったジャンヌ・ダルクやマリー・アントワネットのような、強い意志を秘めた人物だな、と。

その容姿は日本人独特の雰囲気を漂わせる。顔の出で立ちは忘れるほうが難しいほどに美しく、女性から見ても心拍数が跳ね上がるのを隠すことは出来ない。

 

「ごめんね、別世界のお嬢ちゃん。あいつも悪いやつじゃないんだけど、戦闘に生きるのだけは変わりゃしないみたいでさ。

許してやってくれとは言わない。だからまずは、ゆっくりとお話を聞かせてくれないかい?」

「と、とんでもありません!いきなりお邪魔したのは私の方ですし、警戒されるのは仕方ないかと……」

 

「ふふ、謙遜しちゃって可愛い。こほん、挨拶が遅れました。私は日輪(ひのわ)。ここ、吉原の管理をしている元花魁さ。

盾のお嬢ちゃん、貴女のお名前を聞かせて?」

「わ、私はマシュ・キリエライト。フィニス・カルデアに所属するデミ・サーヴァントです!

………あっ、忘れていました。あの、私、人を探していて!藤丸 立香という名前の、とても人懐っこい顔立ちの、素敵な笑顔をする男性なのですが……」

 

マシュは自己紹介の途中で、マスターである立香のことを思い出す。慌てて身振り手振りで立のことを説明する姿に、日輪は思わず吹き出していた。

 

「あはは、ごめんね。コロコロ表情が変わるから面白くて。うん、立香くんの話も聞いてるよ。伍丸さんっていうサーヴァントが見つけたってさ。だから安心おし?」

「ほ、本当ですか!?よ、よかった……」

 

笑う表情を見て緊張の糸がやっと解けたマシュ。

へなへなと、その場に座り込んで安堵の吐息を漏らす。

 

「改めて、ようこそマシュ。

ここは江戸最後の砦、夜王鳳仙が治めていた地下帝国・吉原だ。さ、聞きたいことは沢山ある。詳しい話は私の部屋でしましょう?」

 

マシュに手を差し伸べて吉原へと歓迎した。

 

 

 


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