夜、快晴。
曇りなき世界で、時代を殺す闇夜を掻き分けていく。
肺が潰れそうになりながら、暗い路地を駆ける。
「ちきしょう、ちきしょう…」
背後から一定距離で付いてくる″怪刀″から逃げる。
「どうしちまったんだよ…」
気色の悪い笑い声が耳にこびりつく。
後ろを振り向く余裕などない。追いかけてくるモノの姿は、さきほどしっかりと目にしたのだ。
淡い紅色に包まれるソレは、異形ながらも人の成りで歩行をしていた。人々を襲い笑う怪刀が心から喜んでいると解ったから、現状がのみ込めないにも関わらず注意を引いた。
「嫌だ、いやだ…!」
それでも、駆ける足音は青年のもの。彼には戦うだけの力はない。がむしゃらに逃げまわり、ソレをどうにか人の住む場所から遠ざけようと山の方へ。
「かーちゃん、銀さん、月詠姉ェ……」
青年……
───
──
─
1時間が過ぎた。
ずっと走り続けた。
「は、ぁ……ぁ、あっ」
肺の中の酸素が無くなるまで駆けた。
恐怖にのまれないように唇を噛みながら耐えた。
だが、怪刀を振り払うことは叶わず。
体力、精神の限界を迎えた晴太は転げた。
「─────────」
見上げる。
閉じられたまぶた、オールバックの白髪、長方形のメガネ。なにより異質な存在は、膨れ上がる右腕の紅色の刀身。
そこだけが、人ではなかった。
「さぁ、殺やろよボウヤ」
敵わない。それは明白な答え。
人でないモノを相手にできるほど鍛錬を積んでいない。銀時が消えてから四年が過ぎる。危機感から剣の鍛錬を積んできたものの、その一振りは目の前の怪刀を寄せつけるだけで終わった。
手元にないものは仕方がないから走るしかない。手のひらにできたマメを握り込み、ひたすら走った。四年間の努力で、少しでも多くの人を助けられたなら、それは良かった。
くだらない自己満足に不満を覚えながら、その正体を探ろうとしたとき。風が揺らいだ。
「─────────あ」
自分の腹部から溢れ出る血を見て、次に嗚咽とともに迫り上がるモノを吐き出した。
「オ……ェ……あ、あぁぁ……!」
「イ、ヒヒ。あーれま、呆気ないねぇ…?
″ヤツの色″が見えるもんで、逃げるさまも、泣き声も、なにか企みあってのことと思っていたが。どうやら、ただ″ヤツ″に救われて魅入られただけの雑魚みたいだ……。残念だよ」
違う、痛い、違う、痛い違う……!
こいつは初めから分かっていた。きっと、1時間も走った距離なんてこいつは軽々と、それこそ数分で駆け抜けられる、人間を超越した存在だ。
「これからお前の家族を殺す。お前が弱いせいで、いまから誰の助けも間に合わず殺されるんだ。それだけ言っておこうと思ってね」
頭に血がのぼる。
あと1秒で細切れにされるなら、せめて、なにか奪ってやらないと気が済まない。
「なにせ、あの世行きにママの手がないと迷っちまうだろう。その歳で腕っぷしに自信のないガキなんて、ただの肉の塊さ。
恨むなら、お前と関わった銀髪の男にしな」
「ぶ……っ、殺……」
次の瞬間。
「ガ、ハッ……」
赤く染まる視界とともに、晴太の意識は沈んでいった。