夢、あるいは情報。未来か、過去と繋がる世界。
坂田 銀時というサーヴァントに招かれた道中。
藤丸 立香は脳裏に送り込まれる映像を全て確認し終え、一時的な精神への負荷に堪らずふらつく。銀時は右腕で立香を支えると、落ち着くまで黙っていた。
「これは……!」
ものの数秒経ち、疲れを置いて興奮気味に立ち直る。
寒気がするほどの衝撃。
身震いすら忘れる状況。
魔術王ソロモンの登場。
彼に拮抗した堀田 正鬼という吸血鬼。
そして、正鬼を貫いた男と瓜二つの坂田 銀時。
あまりにも手に余る情報量に、いっそ吹っ切れた立香は銀時に全てを知りたいと視線を向けた。
「吸血鬼によって編み出される特異点…になっちまう世界の前日ってところか」
「やっぱり……。あの、特異点っていうことは、魔術王の部下がいるってことで間違いないですか?」
「いいや、分かるのはここまでだ。あとのことは、中に入ってみなきゃ検討もつかねえ状況になってやがる」
「アナタのそっくりさんを含めて、ですか?」
敵だったら、という疑問を直ぐに投げる。
心を覗くような眼差しを向けられ、銀時は間髪入れず返した。
「正鬼を貫いたのは俺の身体だが、中身は知らねえ野郎が入ってんのは確かだ。あの世界にもう俺は居ない。遭ったら、そいつは鬼にでもなったナニかってことさ」
「…………中身を、乗っ取った?」
銀時の言葉で、ふと思い出した人物。
レフ・ライノール・フラウロス。
2015年を担当する、魔術王の部下。
魔神柱として立ちはだかった男。
「なぜ、あいつの名前を。
いや、魔神柱がいる可能性は大きいか」
「魔神柱ねぇ。こっちの事情を調べたときに出てきたな。
やけに鼻につくってーか、声が似てるっつーか?」
確かに声は似ていた。
「関わりはともかく。正鬼が殺したように見えるが、俺もどきは死んでない。ひょっこりとあいつらの前に現れたら……話が早くて助かるんだが」
「え、どういうことですか?銀時さんの名を語って背後から襲うとか、取り入って殺されたりなんて心配はしないんです?」
「そりゃ無理だ。俺の知る馬鹿野郎共なら、見た目で騙されるほど甘ちゃんじゃねぇ。見ただけで見抜いて、逆に背後から斬るくらいするぜ」
銀時の堂々たる信頼っぷりに感心する。
家族のように慕う人物を、皮が同じとはいえ中身を見抜けると確信していることに驚きもした。坂田 銀時という空想の英雄は、仲間と築いた信頼が立香の知るどの英雄よりも深いのだろう。
(大丈夫、この人は信じていい。魔術王の手先じゃない)
立香が銀時のことを受け入れたことで、相手を知る時間に終わりが来る。
納得した立香の表情を見て、銀時は締めに入った。
「あっちに着いたら新八か神楽を探せ。あいつらなら、きっと解決の糸口は見つけてっと思うからな。
それと、ほかに協力してくれそうな奴らをリストアップしとく。カルデアで確認しといてくれ」
何処とも知らぬ世界が縮小を開始する。
じきに消えるここを、名残惜しそうに見ている銀時へ、立香は多くを聞けないと分かり逡巡した。
「分かりました。……その、銀時さんはこれから、どうするんですか?」
一番守りに行きたいはず。
黙って見ているだけのはずがない。
その意図を汲み取った銀時は、簡潔に伝える。
「江戸を守るのさ。だから、江戸を頼んだ」
立香、とは呼ばない。
誰かを指定しない。
果たして、自身に言われたものなのか。
立香は言葉の真意を聞き出せないまま、無意識は終わりを告げた。
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目覚めのコールは精神を跳ね上がらせる、警告と非日常への歓迎の挨拶。
「ん、う……?」
二度寝を決めたい微睡みを経て、カルデア館内に響き渡るブザーがようやく意識にたどり着いた。
「警報!?い、急がなきゃ」
飛び起きてカルデア戦闘服を手に掴み、ズボンだけを着る。上着は移動しながら整える、いつもの忙しなさで眠気を払いながら管制室へと急いだ。
廊下を駆けながら、はっきりと覚えている夢の記憶に思考を回す。
このブザーは間違いなく、坂田 銀時という英霊が警告した特異点。魔術王の攻撃をモノともしない怪物、吸血鬼がいる異世界。
(この分だと直ぐにレイシフトする。どうする、マシュ以外に連れていくなら、誰が適任なんだ…?)
吸血鬼に対抗できるサーヴァント。
……あの怪物と対峙できる者はそう居ない。
逃げながら対策を練るしかないと判断していると、横に並ぶ人影。
「先輩、おはようございます。今日もしっかりと休息をとれたようで安心しました。……って、いまは警報が鳴っているんでした!急ぎましょう!」
「おはようマシュ!ぐっすりだけど、警報のせいで疲れがまた出来ちゃうね」
マシュ・キリエライト。
第6特異点までを共に修復してきた、藤丸 立香が最も信頼するパートナー。
ハキハキと話しながら、表情をコロコロさせて今日も忙しなく、楽しそうに横に並ぶ。
彼女の姿を見て頑張ろうと気持ちを改めて、たどり着いた管制室の扉を開いた。
「「おはようございます!」」
すでに慌ただしい職員たちが右往左往に動き回り、常人では理解の及ばないデータと睨めっこしていた。
そのなかの1人、カルデアの現在の最高責任者、ロマニ・アーキマンが立香に挨拶代わりにコーヒーを手渡した。
「おはよう、藤丸くん。目覚めのコーヒーを飲みながらでいいから、特異点の概略を聞いてほしい」
珍しく気合いの篭った声で瞳を向ける。
あと数秒で冷や汗を流しそうな真剣さに思わず息を飲むと、ロマニは告げた。
「……すごく危険なこと以外、なにも分からない」
「え?」
神妙な面構えで言われた内容に、想像と違いすぎて素っ頓狂な返事をしてしまった。周囲の慌ただしさや会話に耳を傾けると、似たような内容であたふたしているため間違いではないらしい。
「無視できないレベルの特異点、ということ以外は観測が出来ないんだ。これ以上は現地に行くしかなくなったところまできてる」
お手上げとばかりに説明するロマニ。
だが、少なくとも坂田 銀時なる人物から幾つかの情報を聞いている。だから、何もかもが不明というのはおかしいのだ。
「いや、そうじゃないんです。なにか送られてきたものがありませんか?from.坂田 銀時みたいなやつです」
「え、坂田 銀時?金時じゃなくて?
うん、ちょっとカルデアベースで検索をかけてみるよ」
言動は確かにおかしいが、信じてもらうほかにない。
立香の言葉に戸惑いがちに信じ、ロマニは即座にタブレットを操作し始める。
「あ、あった」
驚き声で言ったのは数分も経たたない頃。
マシュの抗議の視線に冷や汗を流し、弁明を始めた。
「い、いやいやいやいや!僕が見落としてたわけじゃないよ!?ホラ受信時間見て、たった今送られてきたから!」
「図ったようなタイミングだね。ふむ、まるでこちらが検索するのがトリガーみたいだ。……というか、状況的にそう考えるのが普通かな」
ロマニの背後からひょっこり姿を現したのは、カルデアのサーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
「ダ・ヴィンチちゃん、どういうことですか?」
「ん〜、そのことは藤丸君に聞いたほうが早そうだよ」
チラリと、真実を知る発言をした人物に笑いながら視線を流す。先ほどの発言を聞けば当然の流れで、すごく早くて助かる。
「うん、そのことで話を聞いてほしい」
そう言い、事のあらましを話し始めた。
▼
「藤丸くんの夢に出てきた坂田 銀時というサーヴァントから、この特異点が発生することを伝えられていたと」
立香の説明を一通り聞いたロマニが纏める。
眉間を右手人差し指と親指で摘んでいるあたり、信じられないといった感情を気づかないうちに出しているのだろう。
「そこまでハッキリと覚えていると、夢というよりは記録を見たと言ったほうが近しいね。銀時というサーヴァントの能力なのかは定かではないけど、それにしても……」
突飛な話の内容を聞いて、ロマニと同じ行動をとりつつ手元の資料に目を落とすダ・ヴィンチ。
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『現地協力者有力候補』
万事屋
・志村 新八
・神楽
真選組
・近藤 勲
・土方 十四郎
・沖田 総悟
その他
・桂 小太郎
・平賀 源外
・柳生 九兵衛
以下略
『召喚英霊最有力候補』
・寺田 辰五郎
・尾美 一
・村田 鉄矢
・徳川 茂々
以下略
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百人はあろう名簿を読みながら、当人の知識との差異と比べる。
「どれも知っているようで違う名前だ」
「名前が一部違うね。成る程、これが僕たちの生きる世界とは別の江戸か。う〜ん、ややこしいなぁ……」
その他、カルデアのデータを覆すような別世界の常識がずらりと並ぶデータ。スタッフ総出で確認しているが、そもそも信じるか否の話にもなる訳で。
こればかりは立香の発言を信じるほかになく。現実問題、特異点が観測された以外、場所や時代が不明すぎる。ほかの要素を加味していくほどに手元の信じ難いデータが真実味を帯びていく。
「詳細なデータを確認してからレイシフト、と言いたいところなんだけど。データ量が膨大すぎる。
各個人のプロファイリングから、宝具になり得るエピソードまで……77巻分かあ」
「いや、この侍典や小説……いわゆる番外編を含めたらもっといくぞ!?」
「仕方ない、ここは読者の皆んなに各自買って読んでもらうことで落とし所としようか」
「ダ・ヴィンチちゃん、1ページの情報量の多さに仕事を投げ出さないでください……」
「1コマですら読むのに時間がかかるんだけど!?」
スタッフ一同、銀魂という情報量過多の書物もとい漫画を読み進めていた。ムニエル辺りは笑い転げている。
そんな彼を冷ややかに見て、2人は深刻な表情で改まる。
「問題はそれだけじゃない。
藤丸くんの言う”吸血鬼”をどう思う、レオナルド」
「うん、難しいね。なにせ、あちらの世界には天人なる地球外生命体がいる。一概に、私たちの知る吸血鬼とは断定できないな。
似て非なる、という退屈な言葉で片付けたい部分だよ」
なぜ吸血鬼のところで悩ましく思っているのか、立香はピンときていない。魔術王にあれほど拮抗出来ることは頼もしく、そして相手に回れば過去最強に等しくなる。
この理由は思いつくも、どうも2人の悩みどころとは違うと分かっていたから何故なのか聞いた。
「血を吸う生き物を括って吸血種と呼ぶんだ。そのなかに吸血鬼がカテゴライズされてるんだけど、吸血鬼自体は分かるよね。いわゆるドラキュラがそれだ」
吸血種のなかには蚊も分類されている。
そして、ヴラド三世がそれに該当することも知っていた。
「伝承では血を吸ったり、日光に弱かったり。特に重要なことは、吸血鬼に血を吸われて眷属になることだ。
というのもね、血を吸われて吸血鬼になるのと、血を吸う吸血鬼は同じ括りにはならないんだよ」
「血を吸われて
「眷属なんて言い方はあるけど、要は非常食。
ほら、吸血鬼って血を吸わないと死ぬ生き物ってイメージだろ?真祖は必ず血を吸わないと生きられないわけじゃない。だが、吸血衝動というものがあって、血を吸わなければ暴走する刻が来る。
そのために直ぐに招集できる血液タンクとして、真祖は人間から死徒を作るんだ」
ほえ〜、と吸血鬼の説明に感心する立香。
なお、頭のほうはついてこれていない。
なので、単純な質問を投げることにした。
「じゃあ、真祖って強いんですか?」
「真祖を表すなら、自然災害の擬人化だ。僕も見たことはないんだけど、対吸血鬼の専門家でも倒すことは困難と聞く。
しかし…魔術王ソロモンに拮抗する力を持っているなんて非常識にも程がある。
聞いていた話の数百倍はうえを行くぞ!?」
「あぁ、私たちの知らない世界だからこそ、と思いたいのはそこだ。魔術王クラスなんて馬鹿げている。
仮説は幾多か立てられるけど、所詮は机上の空論。さて、誰を同行させるべきなんだろうねぇ……」
人選には慎重にならざるを得ず。
だが、特異点修復は一刻を争う問題ときた。
各々が頭をフル回転させていると。
「え〜と……そのことなんですけど……」
そろりと手を挙げて、マシュが後ろを見る。
釣られて後ろを見ると、そこには待っていたとばかりにパチパチと電気を走らせる男性が1人。
「コッホン!諸君、おはよう!賑やかな朝からレイシフトするメンバーに悩んでいるとお見受けする。それなら先ほどから背後で待機している彼女らなんてどうだろう?」
交流の人、ニコラ・テスラがハキハキと、挨拶から流れるように腕を伸ばし、左右から特異点の資料を眺める人物を推挙した。
「テスラ、おはよう!それに、沖田さんもおはよう!」
「マスター、おはようございます!緊急事態と聞き、不肖この沖田 総司が駆けつけました!
いや〜、実はさっきから居たんですけど、私が口を挟む隙間がなくって。……この『沖田 総悟』なる別世界の人、すごく興味がありますよ、えぇ」
桜色の装いが特徴の女性。
活気な笑顔で語るのは新選組一番隊隊長、沖田 総司。
「スカサハさん、おはようございます。
管制室に来るのは珍しいですね?」
「挨拶が出来て偉いな、マスター。おはよう。
私は挨拶もろくに出来ん弟子どもと戯れ終えたのでな、次なる勇士を探していたら此処に来ていた。
聞くに真祖を相手取ると言うではないか。人選に困っているのなら私を連れて行け。なに、マスターを鍛える次いでに特異点も修復してみせよう」
全体的に暗めな紫色…ぶどう色と言えば分かり易い色彩のタイツに身を包む女性。
艶やかに獲物を見定める影の国の女王、スカサハ。
「テスラはいつから居たの?」
「うむ。今朝方、私のなかの交流電流が外に逃げるものでね。こういうときはインスピレーション、もとい小規模特異点などが発生する。そこで、凡骨なりし直流を突き放す新たな着想を求めて、優雅にここで待機していたというわけだ!」
「コチラとしては嫌な兆候だから空気が引き締まっていて、正直疲れたよ。こういうことは金輪際止めておくれ?
ニコラ・テスラが居たから特異点が発生する、なんて名刺は不本意だろう?」
「ハハハハハハ!ご最も、麗しき画家よ。
しかし、あながち私の勘も見当違いではないはずだ。過去の特異点の記録を見るに、同行したサーヴァントはなにかしら意味があってのこと。
なら、今回私たちがここにいることは特異点攻略に必要なファクターとも考えられるだろう!」
テスラの指摘は間違いではない。
過去の微笑特異点、連れて行くサーヴァントには何かしらの役割があった。振り分けるわけでもなく、自然と必要なサーヴァントが揃っていたのだ。
過去の実績に唸るダ・ヴィンチ。
納得せざるを得ない状況ということだろう。
「分かった、このメンバーで特異点修復を決行する。
じつは警報音を切っているけど、異常数値が振り切れっぱなしでね。いつ人理に影響を及ぼすのか気が気でないよ」
意を決した判断に頷き、ロマニが続く。
「藤丸くん、マシュ。これから向かう先は私たちの常識が通じない空想世界だ。現地に着いたら即座に通信を繋げてくれ。
まず最初の目的は送られてきた資料にある『現地協力者』、または『召喚英霊』との接触だ。敵性反応かはこちらでも確認するが、通信が繋がらなければその目で判断すること」
2人の引き締まった返事を聞いて、次は3騎に念を押す。
「沖田くん、スカサハ、ニコラは吸血鬼の存在に十分気をつけてくれ。初見での接触で抗戦は出来るだけ回避、戦力が整うまでは戦わないこと」
沖田、テスラは快く承諾する。
和やかに返事をするスカサハについては戦う気しかない。言っても仕方がないことと、戦闘ではカルデアでもトップクラスに秀でているため、深くは釘を刺さなかった。
「それじゃ皆んな、無事に帰ってきてくれ」
「任せてください、ドクター!」
ロマニ、ダ・ヴィンチらに見送られて、立香たちはレイシフトを敢行した。
───
──
─
レイシフト直後。
管制室が緊張に満たされるなか。
「が、は……」
ドサリ、と音を立てて3つの影が管制室に転がる。
「なな、なんだ!?」
驚きに声を上げるムニエル。
何事かと職員たちが恐る恐る、現れた影を確認する。
「え、どうして3人がここに」
そこには、沖田、スカサハ、テスラが床に突っ伏し、レイシフトを否定されたことを暗に語っていた。
「気絶してる!?」
「これは……退去させられている⁉︎まさかッ‼︎」
ダ・ヴィンチが容態を見て、次に最悪の事態を想像してロマニに視線を送る。
「いや、藤丸くんとマシュは正常に観測できている。けど、沖田くんたちはレオナルドの言う通り退去済みだ……」
青ざめながら、モニターに映し出される観測機器をチェックする。レイシフトは問題なく実行されたという、現状では異常を示す結果が映し出されていた。
「霊気に異常は見られない。念のために私の工房には運ぶけど、目が覚めてから事情を聞くしかない。それよりも藤丸くんたちだ」
「くそっ、まずは藤丸くんとマシュのバイタルスキャンをやり直す!強制退去ができるなら、僕の判断を仰がずに実行してくれ!」
レイシフト前よりよ慌ただしくなるカルデア管制室。
「サーヴァントが勝手にレイシフトされることはあったけど、レイシフト後にいきなり退去なんて初めてだ。
……ロマニ、送られてきた資料に急いで目を通すぞ。これは一刻を争うかもしれない」
未だ映像が映し出されないモニターを見て、2人の無事を祈りながらロマニは資料に目を通し続けた。
あけましておめでとうございます!
お久しぶりです、ひとりのリクです。
坂田 銀時の死、銀魂の世界がどうなっているのかを語ってから半年が過ぎました。漸く準備が整い、時間が取れるようになったので執筆をぼちぼち再開します!
相変わらずのノロノロ更新ですが、お楽しみいただけるように頑張りますよ!
さて、まずは一節です。
銀魂からもサーヴァントが登場します。現時点で発表したのは、夜王、結野 晴明、坂田 金時[銀魂]ですね。晴明は緒戦で登場しました。あとの2人は少々お待ちを!
一節はそこそこのハイペースで更新出来ますので、2月中旬になんとか終わらせたいです。