fate/SN GO   作:ひとりのリク

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緒戦-江戸焼却式Ⅱ-

荒廃し、腐り果てる世界に希望が線を描く。

人々の目に映るだけで上を見上げることができる、地球からのメッセージ。初代の願いが込められる一矢は瞬く間に大広間を色彩に染めた。

矢尻が到達すると、組み上げた術式によって矢は姿形を結界へと変えていく。

 

正鬼の心臓を動かすための血流魔力。

江戸城を世界から一時的に隔絶する結界。

 

江戸城への正鬼招集、江戸城への結界展開を立て続けに、光とともに隙間なく実行する。

 

「ぐっ……!これが、吸血鬼の寝室か!?」

 

江戸城を覆い尽くす光が霧散し、段々と視界が露わになる。

全員が目を開けられるようになったときには大広間の術式が消え去っていた。変わりに、術式は江戸城を世界から隔絶させるための結界に変わっていた。

 

「うわぁ……すごいきれい」

 

ひたすらに無音の空間が見守る大広間。

淡く漂う光の数々。柱を、屋根を突き抜けるように透き通る夕刻の景色。じきに満ちる夜を押し退けたいほどに、夕暮れの星々が辺りを燦爛と照らしていた。

 

「…ふ、懐かしい」

 

どういう意図で夕刻の結界となったかは分からない。

初代の思考とは思えない。こういうロマンチックな景色よりも、賑やかな祭りを好む人物だからだ。そうなれば術式を手伝った二人かと思われるが、反応を見るに違う。

霧と桃時が顔を合わせ、ふとした拍子に視線が大広間の真ん中に向けられる。

 

十界が気づく。

既に光々と向き合っている人物の存在を認知する。

 

「………………」

 

存在意義が定まった時点から完成された容姿。それが光々と向き合う人物を表現する言葉だった。

ゆったりとした中性的な顔立ち、あらゆる感情に振れる動じない表情。

目蓋にかからない程度の柔らかい髪は、毛先が薄らと輝いている。

 

服装は彼らが知るものに該当しない、異国のものを思わせる代物。

深い青色の上に土色の線が入り乱れる上半身、身体の線がある程度見える薄めの生地だ。下半身は膝下を覆う赤い布地、毛細血管のごとく細い黒い線が刻まれている。

 

言わずとも分かる。

性別、年齢、出身地、どれもが憶測もつかない人物。

それこそが堀田 正鬼、夜を統べる王。

江戸を血の海に染め上げた吸血鬼なのだと。

 

独特の雰囲気が大広間を覆う。

決して二人の間に割り込めないわけではない。

 

「あ〜…その、なんじゃ…。おはよう」

「………………」

「うむ、吾だ。光々だぞ。む、またお主は目に見えないモノを見て判別しとるな?相手の顔を見て話すことが大事だと教えたじゃろ、さあ吾の顔を見るんだ!」

「………………」

「そう面倒がるな、久しぶりじゃのにさすがに吾も泣くぞ。あぁそうじゃったな。お主はいつでも、寝起きが悪かった…」

「………………」

「なに、ふむなるほど。結界のおかげか」

「………………」

 

一方的に話す光々、それを聞いている正鬼という絵面に困惑していた。

桃時は耐えきれず、両者に近づく。

 

「光々公、言葉通じてんのか?俺らにはシカトされてるようにしか見えないぞ」

「ん、あれ、まこと?」

 

光々の反応を見て、桃時は嘘もないことに内心で驚いた。

青年だか少女だか判別不明の人物は、言葉を使わずに意思疎通が可能だということを言っているようなものだからだ。

 

「おう、まこと」

「おおう、それは気付かなかった。こりゃ正鬼、また頭に直接言葉を伝えてあるな!それなら皆にも共有せんと分からんぞ!」

「……………!」

 

光々の言葉で確信に変わり、次の展開で桃時らは思考がフリーズする。

 

皆んな(こどもたち)、お初!』

 

表情と態度を一切変えることなく正鬼が向き直ると、それぞれの脳内には意気揚々とした声が伝わる。

 

『堀田 正鬼、吸血鬼だよ。

ことの次第は聞いてるね?地球も大まかに知ってるよ。だって君たちを呼んだのは地球だからさ。

緊急招集の協力に感謝を。暖かい善行にありがとう』

 

無表情のまま、しかし脳内では明るい声が届く。

正鬼が一礼するあいだも、はてなマークは尽きない。

 

「なんだぁ!?見てるもんと聞いてるのが違え!?」

「義…!?」

「あ〜、脳が蕩けそう。変な効能あったりしないよね〜、大丈夫?」

 

『勿論。地球の声は天啓なんだ。発声しなくても、子供たちとの意思疎通は造作もないよ。始祖なんだもん』

 

三者三様の態度もじきに慣れると説明し、正鬼は床に寝転がって天井を眺める霧を見る。

 

『霧ちゃん、魔力がすっからかんだね。結界と江戸城の維持は地球が引き継ぐよ、ここは任せて休んでいてほしい』

「正鬼くん久しぶり。うん、もう無理。寝るよ、寝る」

 

正鬼が手を振る。

すると霧の周囲の床が区切られ、そのまま下降していく。

 

『霧は寝室に運んでおくよ。起きたら勝手に出てくる』

 

「おぉ、超現代的なカラクリだな」

「そんな機能もあったとは」

 

『いまの江戸城は特別製だからね。

さて、結界が馴染む頃だ。そうなれば今度は、江戸全域を結界で覆うよ。揺れたりするけど落ち着いて、害はないから』

 

次の瞬間、江戸城が微かに揺れ始める。

床に視線を送る彼らとは違い、正鬼は天井を仰ぐ。それに気づいた者たちが釣られる。

 

「ンだよ、これは…!?」

「う〜わ…なにあれ、穴?」

 

大広間にいる全員が空を見上げる。

江戸城の天井は透き通っていた。正確には、物を透かす権限を正鬼が全員に付与した。

 

雲一つない青空。真昼間の快晴である天に、呆れるほどに大きく、目を見開くほどの異常な穴が穿たれていた。

惑星に急接近された感覚。地球を抜け出したすぐそこに、月よりも近い星が気さくに話しかけてくるような距離。しかし、決して地球に好意的というほど美しいものではない。

 

「正鬼、あれが人理焼却というやつか…?」

『分からない。地球の眼は、アレの正体を掴みきれない。だから憶測の域だが言い切ろう…アレは正史の歪み。負の情熱だ』

 

混濁する負の連鎖。

人類に対する明確な殺意。

 

英霊たちが瞬時に嗅ぎ取った、人類並びに歴史の焼却という殺害動機。こと足りると納得するほどの憎悪が渦巻いており、見上げることに疲労を感じるほど人との相性が噛み合わない。

 

『来る』

 

正鬼の呟きの直後、穴の周りを漂うなにかが地上に迫る。

目視での正体確認が難しいものの、それの意味だけははっきりと理解できる。

 

「う〜わ、殺意たか…」

「おいおい、宝具でどうにかなんのか!?」

 

破滅を凝縮させた極光が降り注ぐ。

雲が分裂するように数が増え、大小異なる閃光はしかし威力が変わらない。江戸を滅ぼし、地球の核にも届かせんとする勢い。

 

「…そこまで、吾らのことを疎むのか」

『光々、アレはキミでも斬れない。

間違っても飛び出さないでくれよ』

 

決して前に立つな、と。

細められた瞳、尖る声音が伝えていた。

 

『でないと地球の愛は、悪への殺意と同義になる』

「あぁ、そうじゃな。お主にはうってつけじゃ」

「任せていいんだな…?」

「どのみち、私たちには無理っしょ〜」

 

天から注がれる終末の炎の前に正鬼が立つ。

開け放たれた江戸城へ一直線に駆ける勢いをものともしない。正鬼という存在が立っていれば足元が崩れないという、精神的な安心感を与えていた。

華奢な背格好には当てはまらない、唯一無二の頂。生命の頂点にありながら、全ての生命を支える存在、地球がそこにはある。

 

一国を滅ぼす極光の熱量は百を超えて地上に迫る。灼熱の余波で大気が歪み、神秘の仕業で生命は終わりを受け入れようとしていた。

だが、地球が揺るぎない意志を張り上げる。終末の針へ向けて、横薙ぎに拳が放たれる。拳圧は宇宙にまで届く余波を奮い、反動で江戸城を駆け抜け、地球の裏側へと流れゆく。

 

「─────やっば!?」

 

目視1キロ先、直径10メートルは下らない無数の閃光が拳圧で弾け散り、霧のごとく大気に溶けていく。

 

地球上で未来永劫、生命が目撃する機会などない出力。

地上の生命を焼却する極光を退けた一撃。その代償は本来、地上の生命に反動で滅ぼしかねない威力を有する。正鬼がいなければ、辺り一面が消し飛んでいた。

星の触覚と言われる存在の能力。

末端の超常さに感動すら覚える十右衛門たち。事前の情報を生で目撃したことを声に出そうとして、一同は呼吸を落ち着かせた。

 

単純な理由である、異質な存在が現れた。

 

空間に発生する亀裂から、悠々と歩いて何かが立ち寄る。全身が黒い霧に覆われ、大気に触れるだけで辺りが概念によって黒く朽ちる。

 

「きっかけはカルデアを視ようとしたときだった。”あらゆる視点”を想定し、世界の隅々を見渡したときに私と似た者を見つけた」

 

一歩進むとその存在感だけで江戸城が軋んでいく。

大広間の端から徐々に近づく男の声。

 

(かるであ…!その名を知る意味、人理焼却の重要人物!)

 

「放っておいてもよかった。座して焼き払うこともできた。だが、”立ったついで”の視察も悪くない。ゆえに、空想の世界を私自ら見定める」

 

立ち止まる。

大広間中央、黒い霧を纏う男と正鬼が向かい合う。その距離二メートル弱、不用意としか思えない間隔。

正鬼は全人類が真似できない、起こりの目視不可の右ストレートを鳩尾へと放つ。ガラスがヒビ割れるような音に次いで光々が確認したのは、正鬼の右拳を阻む円環の術式だった。

 

『キミが地球の眼で視た男だ。地球の子供たちを燃やそうとする人理焼却の首謀者。

名を聞けば、教えてくれるかな?』

 

「他人の精神に干渉する者の言い草ではないだろう。直接脳裏に言葉を送られるのは不愉快だ…。

だが、この世界を測るいい目安だ」

 

術式が壊れ、同時に黒い霧が消し飛び大広間に霧散する。

露わとなった人々を嘲笑う無表情、そしてひたすらに不気味な存在感を放つ全容であった。

 

「我が名はソロモン。七つの冠位の一角、七十二柱の魔神によって正史を滅ぼす魔術師(キャスター)の頂点、魔術王ソロモンだ」

 

魔術王ソロモン、七十二柱の魔神。

該当ワードを即座に検索し、地球の歴史上に該当するものを探す正鬼。一呼吸のうちに作業を終えて、無しという結論に至る。

半歩距離を置き、背後の十界が動いたのを察してソロモンに掌を向ける。

 

『……こちらの地球の歴史上に、ソロモンと呼ばれる生命(こども)は存在しない。キミは正しく外界のお客さまだよ』

 

前後左右、ソロモンの死角から各々の一撃を最速で放つ四人。

 

()ッッッッッッ!!!!」

「儀義アアアアアアアアア!!!」

「お〜い死んどけ」

「貴様、打ち首じゃ」

 

ピクリとも動かないソロモンの表情に、正鬼は魔術の起動を嗅ぎ取る。放たれる全ての攻撃をねじ伏せるように、ソロモンの周囲に術式が現れる。避ける隙がなく、確実に霊気を消滅させる手段。

それを防ぐため、正鬼の掌が閉じられる。

数億分の一の差、それだけの違いで死に果てる緻密さを実行し、ソロモンの術式を粉々に握り潰した。ならば、避ける暇が無くなるのはソロモンの方であり、四人が一撃必殺を放つことに成功したのだ。

 

「─────ぬっ、ぐ!?」

 

だが、届かない。

弾かれた云々の次元ではない。

 

ソロモンという存在には、一切の攻撃が通用しなかった。

 

「ヂッ、正鬼を加えてもダメなのか…!?」

 

これで解ったか、とでも言いたげにソロモンは視線を送る。失望、失意、繰り返す絶望を吐き出すような瞳。殺意すら込められたソレを、正鬼は己が一身に引き受けることで怨嗟の拡大を許さない。

存在するだけで撒き散らす呪い、目を合わせるだけで相手を殺せる眼圧、そのどれもを正鬼は引き受ける。正鬼には通じないと即座に解析、反撃の手立てを呪いから解明するためである。

 

『ねぇ光々、江戸全域にほかの十界の姿が見当たらない。どうしたのか聞かせておくれ』

 

地球上残り全ての演算を注ぎ込むが如く、史上最高濃度の呪いを分析しながら現状を確認する。解っていることには思考を割く余裕すら欠けてきていた。

 

「…チッ、まさか」

「……初代たちの魂が無い変わりに伝言が一つ。

私たちの攻撃手段は通じなかった、と。ものの一分あれば初代らを屠れる。やつはそういう存在だ」

 

(な〜るほど、正鬼の力なら攻撃通せると踏んだ…けどダメだったと。こっちの攻撃、アタシはともかく光々と正鬼で無理なら詰みだぞ)

 

初代らの結末に歯痒い表情を浮かべる。

だが、終末は止まらない。

地球は止まれない。

 

純粋な黒から、純白を抽出するような途方のない解析を押し進め手段を実行する。それだけが地球上の生命に許される、生きるための活路。

正鬼は十界の霊気に接続し、天啓を授ける。

初代の遺言から、ソロモンへと届く刃を突き詰めるために、霊気の変換を開始した。

 

『生命の権限を組み替える。外客に最高のおもてなしでおかえり願おう。人類のヤベーところを見せつけるよ』

 

「義、儀!!!!!!」

「悪党にはゲンコツだ」

「ん〜。江戸を陥すってんなら、意地でも立ちはだかる」

「ソロモン、貴様にはしっかりと教えてやろう。

人間の想い、未来を望む言葉を」

 

空想の世界は、超常を中心に生存を求めて抗う。

 

『さぁ、始め(終わらせ)ようか』

 

「応ッ!」

 

全員の返答を合図に、人理焼却を終わらせるべく動き出す。

 

 

 

 

巳厘野 道満は晴明を背負い、身体に法術を施して全力疾走していた。

雨女の操る濁流に流されて一分もなく、濁流は存在が初めから無かったかのように消滅してしまった。それが意味することを察して、いまは一心不乱に江戸城目掛けて駆けている。

 

江戸城はすでに目の前だ。

蒼い結界が球状になり江戸城を覆っている。あと数秒で結界は解除され、歴史上の伝説が降臨している手筈。初代たちを殺した化け物を連れて行くことに屈辱はある。だが、彼らを頼らなければ足掻きようがない。

己の敗走は二の次と心の奥に押し込める。

ここまで逃してくれた初代たちの心遣いを無駄にしないため、ありのままを全て光々に報告するのだ。

 

「よし、よし…!」

 

江戸城の塀に差し掛かる。

予定より一秒だけ早い。だが、それだけだ。あと一呼吸のうちに結界が解ける。江戸の龍脈、江戸の未来、晴明の努力が報われる刻がすぐそこにある。

 

結界の解除に合わせて江戸城大広間に跳ぶため、法術を身体強化にあてる。

 

そのときだった。

背後に亀裂の入る音が響く。夥しい量の硝子が割れるように、空間にあってはならない小宇宙が顕現していた。

瞬く隙間すらなく、声を張り上げることも許されない。凡そ二メートルの亀裂は音もなく、道満たちの身体を引力をもって引きずり込み始めた。

 

「────────ッ」

 

ほぼ同時に、江戸城を覆っていた蒼い結界が四散していくのを確認する。

このままなら共倒れ。考えたなかで最悪の結果だ。

 

「陰陽師を舐めるなッ!!」

 

ならばこそ、道満は己の犠牲を躊躇しない。

巳厘野衆のもてる最強の護符、法術を晴明に貼り付け、江戸城へ向けて放出する。亀裂にも同様に魂を削り、死に際のありったけを注ぎ込んで晴明を取り込む力を相殺する。

 

己の身体は亀裂へと沈み、晴明の身体は大広間へ向けて吹き飛んでいく。

晴明が生きていてくれるなら、江戸は如何様にもやり直せる。友が苦しむ姿を見ているだけの自分が、最期に役に立てたなら生きている価値があったと。そう誇りに思い、晴明の身体を見届ける。

 

間もなく、道満の目は見開かれた。

晴明の進路に現れる、新たな亀裂を目撃したことによって、掠れた声が漏れ出す。

 

「ば…ばか、な…………」

 

呆気なかった。

護符を動かす余裕がなかった。

晴明の身体は亀裂に飲み込まれ、己よりも先に江戸から消えてしまった。

 

「くそ、くそ…………!」

 

道満の叫びも虚しく。

さいごまで晴明は目覚めることなく。

道満は託されたものを守り通すことができず、亀裂の向こうに飲み込まれていった。

 

 

 

 







次回、緒戦完結。
魔術王ソロモンと十界の戦いの結末、その先の物語を見逃すな!

7/12更新予定!

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