「姉上、また来ますね」
眠る女性にそう残して、黒装束の男は椅子から立ち上がる。
ベッドのうえで眠る女性の髪は白く、頬は痩せ、健康体とは程遠い容姿をしていた。
病室で眠り、死の病″白詛″と闘う最中の志村 妙である。
病室を出るのは志村 新八。
姉の病状が悪化していくのを嘆く暇はない。原因究明に駆け回り、しかし成果無く病室に着いたのが先ほどのこと。
これから再び、どん詰まりの状況打破のために荒れ果てた江戸の町に繰り出さなければならない。
病室の扉を閉める。
廊下には数人の看護師が往来しているだけで、新八の隣に座る人物以外に訪問者の姿は見えない。
凛と佇む長髪の女性。
清純な印象を受ける顔立ちはどこぞの姫と言われても信じるほど美しい。普通なら見惚れてもおかしくないが、彼女の服装がそうはさせなかった。
服、というよりは羽衣と表現するべき曖昧さ。胸や骨盤に漂う薄紫色の羽衣により、女性として完成された容姿を艶やかに主張させている。簡潔に言うのなら半裸だ。
「………用事はなんだ」
「まぁそう急かずとも。あなた、行き当たりばったりでは?ここらで道草を食べるなんて奇天烈な解決口を提案します」
女性は開口一番、両手を合わせながら笑顔で言う。だが、言葉を理解することはできない。
新八の脳内では妖艶さが占めつつあり、どこか開放された場所でなければうっかり舌を噛んで己のなかの獣を殺さなければならない。
「だからまず、自己紹介から始めましょう」
「…こ、ここは病院だ。その服は目のやり場に困る者も多いだろう、ついて来い」
「うーん?」
新八は開きそうになる目と鼻、耳や口を理性で串刺しにして焼きながら病院をあとにした。
───
──
─
病院から歩いて程なく。
荒れた土手、新八は女性の前を歩きながら話の続きを始める。
前を歩く理由は諸々あるが、己の威厳を保つためである。
「見ない顔だな。いまの江戸の住人、ほぼ全員の顔を見たはずなんだが。とくにお前のようなヤツ、記憶から薄れるとは思えん。
どこから来た?僻地からか?」
「いいえ。わたくしは、林 蘭丸。秘書として武将やお上に仕える者にございます。ここに来たのは新しく窓口が出来たからでして」
「待て、林 蘭丸……だと?」
名前を聞いた新八の足が止まる。
力を込めた足先には僅かな怒り、そして早まってはいけないという抑制が含まれていた。
「安土桃山時代の小姓の名前だ。偶然の一致か?」
「いいえ!わたくしは安土桃山を生きた林 蘭丸にございます。こうして、わたくしの過去を知っていると言われるとむず痒いですね」
笑いながら頬を染める姿に冷ややかな視線を向ける。
死者の名、それも本人を語る人物に苛立ちを隠さない。
林 蘭丸。
織田 信長(ブリーフ)の家臣として有名。
ブリーフの名が知れ渡るまでの苦節、誰もが恐れた人生を識る者。ブリーフの幼少期から教育係に任命され、政治と剣を叩き込んだ。そのあまりの鬼教育が積み重なり、魔王信長が誕生したとまで言われる。
本能寺の変にて死亡したと伝わるが、遺体は確認されていない。この事件の真犯人という説もある。
幼い頃、新八は寺子屋で習ったことを思い出す。
あの平和な日常も消えた。死に関する侮辱は江戸に、世界にとって触れてはいけない禁止事項。
易々とそれを破る女性に厳しく叱咤する。
「お前はバカなことを言っているのが分からないか?それは死者の名前だろう、軽々しく口にするな。名前の重さを知らないのか?」
「やはり信じてはもらえませぬか。
では、神秘を見ればこの身に重みも増すことでしょう」
悠々とした態度を変えない女性に視線を突き刺した直後。女性が上げた手のひらに火が発生し、じわりじわりと腕を昇っていく。
人体が焼ける不快音だというのに、女性の表情は涼しかった。
「火が……」
「この炎は、わたくしが不浄を焼き払った証にございます。伝聞、記録によって補完された、魔王を伐った英霊としての林 蘭丸にて」
人ではないことが証明された。
幾度も聞いた埋葬の音を聞き間違えるはずがない。しかし、女性の意図も存在も不明すぎた。
「英霊?………いいや、これまで聞いたことも見たこともない。それに、天人なら炎を出すヤツもいるだろう」
「う〜、ならば、これでどうでしょう」
一つ人ならざる証拠を見せられたら、それ以上の勢いで疑問が湧いてくる。処理しきれないものを押し退けて可能性を提示したとき、目の前から女性の姿が消えてしまった。
「き、消えた…!?」
「う・し・ろ」
目を見開く新八が次に聞いたとき、一瞬にして背後に回った女性が耳元でそう囁く。
「ふぅ〜」
「ほ、はほ、ぁぁぁぁぁっ」
女性の吐息が新八の耳穴を襲い、背中を柔らかいものが2つ押しつけられる。これには秒で陥落する童貞。
「わわわ分かった!話を聞く!だから離れろォォ!」
「ふふ、初心ですね。では、少しばかり長くはなりますが、まずはわたくしの存在からお話しします」
───
──
─
江戸に迫るもう一つの終末、それを回避するために召喚される十界、回避の手段を蘭丸は丁寧に説明した。
新八は静かに聞き終えてこめかみを抑える。
「…つまり、お前は生き霊ということか?」
「肉体は
わたくしは林 蘭丸の模倣なのです。それは十界の皆様も同様にて」
思いもしない事態をひとまず飲み込む。
それが新八の結論。考えるよりも行動するほうが早いと考えた。
「分かった、こちらでも確認する。理解が追いつかないから少しばかり時間をくれ」
結野 晴明のもとへ行き、道満か結野衆に聞けば間違いがない。最終確認をすれば心置きなく協力できると思い踵を返した矢先。
「結野 晴明はいま、初代結野 晴明によるバックアップを受けています」
「…初代だと」
「はい。事態は止まる隙間もなく動いています。ですので、これだけは聞いてほしい。わたくしもやるべき事がありますから」
初代晴明の名前まで出てきて驚くほかなく。
蘭丸の言葉を無担保で信用するきっかけとなる。
「これから起こりうる最悪の事態をお伝えします。人理焼却が果たされた空想、そのさきで抗うために。
何を隠そう…。わたくしは終わりの痕を尊び、後世の夜を照らす精霊ですから」
蘭丸はお淑やかに笑う。
精霊としての役割を果たすため、新八に独断の想いを告げ始めた。
▼
二つの陰陽師は長いあいだ争い、蟲も寄らない異臭のなかで生きていた。誰かが止めようとしても消せない怨念が刻まれ、陰陽師であることを疑う呪いに目を向ける者はいない。そうであるから相手を潰す、相手が立ち上がるから歴史を貶す。
無意味で残虐、しかし強固な楔はしかし、数百年の刻を経て一人の侍によって断ち切られた。
「それが坂田 銀時。ふらりと現れて、無遠慮に人の家に土足で上がり、忘れていた願いを引きずり出して両家の壁に穴を開けて帰っていった……。バカな侍の話です」
道満は話を締める。
気づけば夜。勢巌に現在の結野家との関係を問われた道満。和解の発端、坂田 銀時という男のことを語り尽くしていた。
(悲痛な顔が和らいでいる。なるほど、これが光々公が仰っていた銀色の侍…)
満足げに頷くと、勢巌は心のなかで感じとった感情を理解する。
光々から聞いた話がある。いまの江戸の中心に立つ銀色の侍がいる、と。彼は四年以上前に失踪し、入れ替わるように白詛が世界を侵食していったという。
光々の召喚直後、晴明の式神に道案内されるときに伝えられていた。なにか役に立てないか、或いは彼を見つけることはできないかと。
勢巌は意識の共有で確認していた。真っ先に返答をしたのは初代晴明の妻、
彼女は十界として召喚されると、晴明の意識に潜り所見をこう述べた。
『ねっ……愛しき子。晴明は見破ってしまうわ。
死の病、痕跡を辿れば江戸のどこかにいると。それが銀色の侍だって』
『………』
『無言は肯定……ねっ、愛しき子は視たの?銀色の侍を生かした未来、殺した未来のことを』
『………勘、ですか』
『あら、掠ってる?ふふ、だってねっ……私と似ていると思ったの。アナタの俯く表情、私が囚われていた頃と似ているもの』
『深くお聞きはしません…。雨女殿、私はどうすれば良いか分かりません。この江戸に住む者、誰も銀時を救えず、死なせることもできず…生き続けようとも江戸が滅びるのみ。
最早、この眼では誰も救えない…!』
『大丈夫。ねっ、その眼は私たち英霊の可能性を視てはいないの。つい最近、地球が作り上げた急造の機能だからよ。
それでも信じて、過去に任せて。私たち星は未来のためにあるのですから』
結野家の子孫の訴えを十界は共有した。
道満の意思も同じだった。
そして、江戸に住む者たちにも言える。
十界がバラけて会っている者たちは志を同じく、江戸を守ることを考えている。全員が一丸となるのなら、どんな苦境とて乗り越えられる。強き者たちは今も、昔も変わりがないことを確かめて安堵した。
「皆、江戸の平和を願う者たちだ。痛々しい刻など望まぬよ」
「その通り!」
池のほとりで話す両者に光々が顔を見せる。
「行方不明の銀髪侍とやらも、人理焼却を回避すれば探しに行くぞ。どうせなら皆を笑顔にして帰りたいからの。
将軍家は代々、ポケダンの救助依頼を断らん!」
「ポケダン……さ、流石です光々公」
「男の決意を聞いたなら背中を押す。
江戸の未来はすぐそこじゃ。明日を迎えようぞ」
笑顔で宣言する光々の指揮は続き、予定の三日後はすぐに訪れた。
今回登場した十界メンバー
林 蘭丸
席:四聖・縁覚
クラス:ランサー
初代結野 晴明と面識があり、大きな借りがある。
宝具は矢であり、法術であり、槍でもある。あらゆる厄を祓う、魔王を殺す一撃。
雨女
席:六道・修羅
クラス:アヴェンジャー
投稿かなりズレ込みました、申し訳ありません。
少しばかり立て込んでいまして、次の話は完成次第投稿します。
fgoを知っていますか?
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二部まで知っている
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一部まで知っている
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どういうストーリーかは知っている
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全く知りません
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知らないけど気にせず読む