fate/SN GO   作:ひとりのリク

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▷江戸の結末を目撃する。
刻は数日前に遡る。




緒戦-江戸幕府対神十界-

A.D????、地球は終末の一途を辿り始めた。

 

感染すれば全身から徐々に色素が抜けおち、やがて弱り果て死に至る。謎の病は日本の山のふもとの村から発症が確認、そこから数日も経たずに日本の各地に広がっていった。

病を隔離する判断を下すころには世界中に蔓延していた。生きていると言われても疑う余地がない。それほど足早に時代を食い破り続けていく。

研究に取り掛かる頃には感染者が世界八割を超えた。研究は進展を見せるどころか、研究員の身体を蝕み、優先的に死においやっていた。一ヶ月とない出来事だ。

 

病の発症から半年と過ぎたころ、地球の総人口は半分をきった。消えた半数のうち半数は地球を捨て他の星に移った。

そこから半年後、地球の総人口は1割に到達。交通機関は機能せず、町には死臭が漂い、どこにいても人が住める環境ではなくなった。残された人々のうち、町を愛する者たちが死者の埋葬に明け暮れ、深呼吸が出来るようになるのは更に一年を費やした。

 

あらゆる抵抗も虚しく、全ての努力が散っていく。

やがて、病のことを″白詛″と呼ぶようになる。

地球がもたらした、人々の自然蹂躙の代償と考えるがために。

 

日々、蔓延する白詛に怒りを積もらせながら。どれほど探求しても分からない原因に、人々は心が折れそうになりながら。

僅か残された文明の利器に頼り、四年と半年を生き抜くも…。

 

終末の針は、2本目を地球に組み込んだ。

 

 

 

 

枯れている町中に、目立たない程度に古びている建物が一つ。

日中だというのに青白い光を放ち、より人が近づかないように出来ていた。建物の内側から漏れるそれに魅かれる者は、いまやいなくなってしまった。

普通の人間は見ただけで俗物でないことを悟る。近づけば死ぬ、と感じる者もいる。

 

だから、知る者は少ない。

 

江戸が滅びず、人が辛うじて住める環境を保っているのが、この光にあるのだと。

これこそが、江戸の最後の砦となりつつあることを。

 

「術者は、ここに?」

 

からりと枯れた足音が止まり、門の前に1人の訪問者が現れる。誰もいないが聞こえていることだけは知っていると、訪問者は門に語りかけた。事実、門の周辺はおろか、門の奥に門番すらいない。

 

当然というより、知っているから語るまでもないという様子で訪問者は悠然と待つ。胸中に秘める想いがあるのだろう、屋敷の塀を眺めて頬を緩めたとき。

 

「来たか」

 

ゆっくりと、内側から門は開かれた。

家主とおぼしき人物が出迎えるや、人ならざる気配を漂わせる訪問者を見て呟く。

 

「まずはついて来い。一目見れば分かる」

「…」

 

全てを承知のうえで男はぶっきらぼうに言い、それを気にすることなく訪問者はついていく。

 

屋敷のなかには、一切の余裕がなかった。

 

そこかしこに漂う濃密な魔力すら、余せるものなどない。これら全てが、一人の男…陰陽師に注がれ、または守られていたのだ。

 

「これは…江戸の龍脈なのだな」

 

屋敷の中心部、庭が見渡せる座敷に眠る陰陽師が一人。額に汗を浮かべ、時折喉の奥から漏れる声は痛みに耐えるもの。苦しげに眉をひそめながらも、決して目覚める様子はない。

 

「晴明め、ひとり格好つけて江戸全域の龍脈を保護し続けている。ふん、悔しいが褒めるほかない。江戸がまだ終わっていないのは、こやつの身を削る努力あってこそだ」

 

眠る陰陽師の名は、結野 晴明。

江戸の町において、天候を変化させる祈祷師として江戸幕府から重宝される一族、結野衆の頭目にあたる。また、江戸に襲いくる悪鬼羅刹の類いから、法術をもって祓うことも担う。

現状において、江戸の町が存続している理由の大部分は、晴明による結界のおかげと言える。

 

「最善を尽くした、と言っても信じれるまい。人類が築いた文明は、ものの四年で悉くを否定された」

「ことの深刻さは重々承知している。そして、(われ)が召喚された意味も、ようやく分かった。

ぬしにも、守りたい笑顔があるのだな」

 

晴明は龍脈を守り、龍脈を伝い江戸の人々が白詛に侵される確率を少しでも下げ、白詛への耐性も付与していた。そして、耐性が喰われていくこともよく解っている。白詛はあらゆる耐性を喰い、耐性と同じ性質を己の(うち)に宿して侵食していく。

宇宙の神秘などと聞こえのいい皮肉を交えながら、日々、白詛耐性の結界を作り直していた。無論、身体が許す限りの抵抗。摩耗し続ける心身を見て晴明は、自分だけで解決できる規模ではないと承知。この事件を解決できる、或いはその可能性をもつ人物への協力にも力を注いだ。

 

「吾が召喚される日は分かっていたのか?」

「未来が断たれる1週間前、貴殿が召喚されることも伝えてくれた。死霊や悪霊とは違う、人類の味方″英霊″が召喚されると」

 

未来を見通す眼を持つ晴明は、光久が召喚される日を知ることができた。

 

思い返すのは一週間前。

 

『晴明、無闇に動くな!いまのお前は歩くだけでも全身に激痛が走っているはずだ。少しでも目を瞑って休まなければ、体温が上昇して焼死するぞ!』

『道満、聞け』

『せ………晴明………』

『1週間後だ。人類の味方がここを訪れる。名も、姿も見えないが、この眼は確かにその者が味方であると報せてくれた。英霊、断片的にその言葉が浮かんだ。

この地獄を覆すためか、或いはほかの対処かは視れない。さらに未来を視れば………いまこの瞬間、地球上から生命が消える』

『一週間後……いや、その英霊とやらが召喚されてから先は、触れるだけで事象が塗り替わると!?』

『理解が早くて、助かる………。

たし、かに……伝えた、ぞ……』

『晴明っ!?晴明っっっっ!!』

 

それきりだ。

晴明は力なく倒れ、あとには江戸を守ることを最優先にする維持活動だけが彼の呼吸と連動していた。

 

地球の終末が確定したとき、晴明の眼は英霊の存在を確認したのだ。

 

「この屋敷に踏み入った時点で、貴様がその英霊だということは分かっている。晴明によって聖域と化すここには、晴明が認める者しか存在できない。

ならば、私は問おう。貴様はこれからなにをする。

…なぜ、いま現れたのだ」

 

憤慨を隠すことなく言葉にした。

当然だ。ここまで地球が滅び、手遅れとなってから新しい助けが来たところでなにができる。

端的に。男は不満を言葉に乗せ、訪問者に問う。訪問者があと一年早ければ。あと半年早ければ。あと、少し早ければ江戸の生存者は増えたかもしれないのに。

 

「未来を守る、そのために呼ばれたのだ」

 

変わり果てた江戸を見ての発言。世界はこんなものではない。人が生きられる環境はここしかない。その江戸がこのありさまなのだ。

人類の味方、英霊がどうして黙って見ていたか。未来を守るために呼ばれた、という言葉に込められた意味を噛み砕く。

 

「………………晴明に聞かせてやりたいな」

 

白詛だけなら、人類は最終的に復興できる。

晴明の抵抗は意味がある、と。

訪問者の情景を汲み取れるだけの余裕が男にはあり、また訪問者の瞳が歯痒さを押し殺していたことを見抜いた。

 

だから男は、友のためこれ以上の敵意を向けることをやめた。

 

「私は巳厘野(しりの) 道満。巳厘野衆頭目の陰陽師。先ほどまでのご無礼は、これから未来を繋ぎ謝罪させていただく」

 

敬意の行為をもって、道満は訪問者を受け入れる。

 

(われ)は徳川 光々(てるでる)。徳川幕府三代目将軍の銘により、裁定者(ルーラー)草鞋(わらじ)を頂き参上仕った」

 

道満の返事に、訪問者は光々と名を明かす。

 

徳川幕府三代目将軍、徳川 光々。

将軍最初で最後の剣豪。数々の伝記が残り、なかには信じられない功績を打ち立てている。政の傍ら、寛永の大飢鬼-街の半数以上の民が消えた事件-を解決し、剣聖-富田 勢巌-の免許皆伝を成し、当時は実際にいたと言われる鬼を一人で退治してまわったという。

光々の死後はこの話を否定的に捉える声ばかりだったが、天人の存在によってホラ話と言えなくなった。

 

「英霊…それは、死者の蘇生ですか?」

「いんや、違う。死者の蘇生は出来ない。それは世界が決めた仕組みだ。吾ら英霊を端的に言うなら記録よ。

地球は生命を記録、保存しているようでな。よく分からんが、記録をもとに肉体、人格を現世に模写するという。今回は特別な事例ゆえに吾は遣わされた、というところで一先ずは納得してくれ」

 

道満の疑問にそう答える。

過去、死者蘇生紛いの出来事はあった。その類ならば陰陽師の敵に反転する可能性があるが、光々の言葉に嘘はない。聖域がそれを許さないからだ。

これ以上話を深入りするよりも、やるべきことを優先しなければならないため話題を切り替える。

 

「…確認させてください。未来が断たれるとは?

白詛のような地獄がまだ引き起こるというのですか?」

「うむ、その通り。吾らは、この最悪の状況下で更なる終末を迎え撃たなければならない。

召喚のおり授かった映像には、地球の余すところなく焼却される場面を見せてもらった。

あれは、物理でありながら、歴史という時間すら可燃物とする恐ろしい炎だ。これから起こる厄災は、人が遺してきたモノを炭と化すものだろう」

「…………そんな、馬鹿な話が……」

 

目の前に立たれて思い知る。

数々の伝記が嘘でないことを。

道満がこれを疑うことは微塵もなく。

むしろ、発する言葉に避けようのない現実を見る。

 

「あの炎は、地球上全ての存在が対抗できるものではない。吾のどの宝具とて一瞬も防ぐことは叶わん。

だが!なぜ吾が召喚されたのか、考えずとも分かる。なんせ、地球外の友を知っておるからな!」

「それは、天人ということですか?」

「後世ではそう呼んでいるらしいな。吾があいつと友になったとき、種族の名を″吸血鬼″と聞いた。まあ、そんなものは些事よ」

「吸血鬼……」

 

光々の伝記に残るもののなかに、吸血鬼に関する短篇があったことを思い出す。城下町の住人が失踪し、それを光々が解決する内容。吸血鬼という言葉が民衆に馴染んだ基点が、この失踪事件…寛永の大飢鬼。

夜の城下町に血の池を作り、外を出歩いた者は皆死にしたとされる怪奇現象。江戸全域に限定された現象は、解決までに六日を要した。諸説あるこの伝記の結末は大まかに二つ。光々が吸血鬼を退治したもの。あるいは、犯した罪を償わせるために調伏した吸血鬼を、臣下として傍に置いたこと。

 

いずれにせよ、吸血鬼を倒したことに変わりはない。計り知れない実力を知ろうとするなら、帝兄弟の話を思い浮かべたが早い。邪なる者が人と分かち合えることは無い。吸血鬼はその類いと聞くからには、厄災級の力を持つことは想像に難くない。

だが、本人は吸血鬼を友と呼んでいる。この現象はどう捉えたものか。

 

「民を守り、江戸の未来を良きものにする。将軍家は代々、民の笑顔に支えられてきたのだ。紡がねばなるまい、示さねば息子たちに顔向けできん。持て余すことなく、総てを賭して江戸を守ってみせよう。

安心せよ。吾を召喚した者は、人類史焼却を逃れる(すべ)があると結論している。

実行のためにはでき得る限り、江戸を取り戻す必要がある。吾はそのために仲介を務め、きたる合戦、江戸の守護のため抜擢された」

 

笑う。

ひょいと中庭へと跳んだ光々は、こちらが思考に割く杞憂を振り払う宣言を続ける。

 

「徳川幕府の人脈を辿り、最高の英傑を招集する!

江戸幕府対神″十界″、吾の自慢の家臣()じゃ!」

 

対神十界(たいしんじっかい)

聞き覚えのない言葉に連鎖し、光々を中心に地面が青白い炎を上げる。地面に刻まれる炎は形を成していき、道満の目と経験を持ってしても読み解けない術式が描かれる。淡く揺らぐ灯火は八つ、円を形成した直後、数メートル空へと燃え上がり、そして霧散。

周囲に焦げた臭いは無い。そもそも可燃物無き着火、大気中の魔力を利用したことは指摘しない。晴明がこのために龍脈を確保したと考えるのが妥当だ。

 

けたたましい炎のなかで結論した道満が次に見たものは、炎の霧散した場所に現れた八人の影。

侍、大男、桃髪の男、白服の陰者、薙刀を携える女性、歌舞伎容姿の女丈夫、着物の姫、果ては子供。

彼ら彼女らの態度も揃うことはない。礼に尽くす侍がいれば、ただ佇むだけの大男。女丈夫は欠伸をかき、姫と印象付ける女性は遠くを見つめていた。これは光々に対する忠誠心の表れ以前、光々を知らないといった素振りに見える。

まるで、別の時代から召喚されたような足踏み。

 

富田 勢巌(せいがん)、並びに十界全席、光々公の銘により参上仕る。ここに存在し、或いは散った者たちの痛みを大地が嘆いております。江戸の民草の声、我らがしかと聞き届けました」

 

富田 勢巌、その名乗りを聞いて驚愕する。

盲目の身でありながら、時代の頂に立った剣豪。

振るう刀は風を掴み、人ではあり得ざる軌道を繰り広げる。小太刀を持たせれば他の追随無し、居合いは瞬きを置き去りにする。

武勇のなかには、死角から放たれた刃を振り返ることなく斬り返したともされる。あまりの無敵さに心の眼が見えている、と疑われ魔眼持ちなどと記されていた伝記があるくらいだ。

生涯誰にも止めることのできなかった太刀筋を讃え、燕と呼ばれたともされる。

 

(まさか、自分の剣の師を召喚したと……!?)

 

「お〜っ、頑張ってるね!偉いぜ後輩!」

 

道満が呆気に囚われているときに飛び出してきたのは、道満と同身長程度の柔和な顔立ちの成人男性。弓道を連想する紺色の出で立ちは、機能性に重点を置いている。好奇心の塊なのだろうか、顔立ちと容姿に似合わず言動が軽く見え、晴明に駆け寄る姿に危機感を抱く。

 

「待て、晴明に近づくな。いくら将軍の臣下とはいえ、この男は江戸を支える大黒柱。術が乱れてはかなわん!」

 

道満は飛び出した男性の肩を掴んでいた。

 

「あぁ、私は大丈夫なんだよ。その道には精通しているからね。むしろ近づくだけで彼の負担は楽になること間違いなしだ」

 

そう思わされていた。

掴んだはずの肩が揺らぎ霧散する。

後ろで纏めた黒髪を揺らし、男性はすでに晴明の元で顔を覗き込んでいた。すぐに動かねば、という思いを抱けない。道満は、見守ることこそが正しいと心のどこかで感じ取った。

 

男性の手のひらが晴明の胸元に優しく添えられる。

すると、たちまちに晴明の苦痛の寝顔が安楽な表情へと変わっていく。

 

「あぁ、法衣が旧いから気づかなくて仕方がない。私のときは弓を射るためにあちこち凝らしていたからさ。役職の手前、見た目だけ取り繕ってるけど薄着なんだよねこれ」

「おま……貴方は、まさかっ!」

 

男性は扇子を広げる。白を基調に、中央には五芒星が刻まれる扇子を見て察しができないほど、道満の目は腐っていない。いいや、晴明に触れたときから察しはついていた。

 

「そう、私は陰陽師のお手本。初代結野 晴明だ!

ややこしいから、私のことは兄上と呼ぶがいい!」

 

結野 晴明。

大昔、都に雨を降らし呪詛をばら撒く闇天丸を討伐した陰陽師。

結野衆開祖。そして巳厘野家との長きに渡る因縁の始まりその人。

 

「……い、いえ。私めにその資格は……」

「ん〜、つれないねぇ!表情筋死んでない?」

 

道満はいきなりの対面に言葉が繋がらない。

結野家との因縁は和解したが、目の前の男はその初代。過去の諍いをどう思っているのか分からないため、下手に藪を突くことはできない。

 

「つ、疲れていますので…」

「あんだと!?」

 

どうしたものかと悩んでいたときに割って入ったのは、荒々しい男の声だった。

 

「ンン!お前が晴明だと!?俺さまの知る晴明(ハレ)とは別人もいいとこじゃねーかよ!髪が赤じゃねーし、法衣は蒼かった!それに身体細すぎるじゃん!」

 

桃髪のなかに黒い葉模様のあるセミロング。

手の甲には五指それぞれを潜るメリケンサック。

 

「君は、坂田 桃時だったね。

疑問はもっともさ。なんせ私の生きてるあいだに十界なんて無かったからね!もっといえば、光々公のときは三代目(まご)。桃時が知ってる晴明は四代目(ひまご)だっけね?」

 

坂田 桃時(ももとき)

童話″桃の木″の主人公。

生後間もない捨て子が桃の木の下に捨てられていたのを、近くに住む老夫婦が見つけて育てるところから物語は始まる。幼少期から力持ちの桃時は、村の困りごとをその腕で解決して頼りにされ、餌を求めて山から降りてきた熊を相撲で投げて追い払った。

また、童話のなかには陰陽師らしき人物と鬼を退治する場面もある。

子供の頃、確かに桃時の話を父親から聞いてはいた。陰陽師の歴史には、鬼退治のスペシャリスト、桃の木の桃時と一緒に鬼退治をしたことがある、と。

我ながら無垢な頃の話とはいえ、それを鵜呑みにすることはなく。童話の登場人物と自分の子孫が仲が良かったと信じられるほうが難しい。

 

「大丈夫、話はバッチリ聞いてるよ。幼少期は農村部を襲う大赤熊(おおしゃぐま)をその身ひとつで屈服させ、またとある島の大鬼、酒呑楼子(しゅてんろうし)らを退治した鬼殺しだ」

「ッハ!そんなことよく解ってら!俺さまが聞きてぇのは、どうして初代が来たかってこった!まさか先に産まれたからとか、下手くそが言いそうな理由じゃねーだろうな?」

「おぉう、そこまで言われずとも君を納得させられるさ。肉体言語を主体とした晴明(四代目)じゃ、今回の件には向いていなくてね。歴代晴明全員と話した結果、やっぱり私が選ばれたのさ」

「あァん!?じゃあなにか。まさか、まじに………ハレより強いやついんのか?」

「はーっはっはははははは!」

 

昔話で語られる容姿とは違うが、坂田 桃時は間違いなく晴明(頭目の名)のことを知っている。

 

「光々公、あの痛々しいやり取りを聞きなされるな…。場の雰囲気を悟らぬ、鈍感な者たちは死後も治らんかったということだ」

「う〜む、あれでも時代の支柱となってきた凄い奴らだが…。メリハリをつけない子はゲンコツじゃな」

 

盛り上がる二人に光々が声を掛けようとしたとき。背後から歪な影が剛速で騒ぎのもとに迫り。

 

「ガッ!?」

「デエ!?」

 

瞬く間に初代晴明と桃時をひっくり返していた。

 

「光々、これで静かになった。

わたし、合ってる?うん、多分、自信ある」

 

失速の音を背に宙で一回転して着地する小柄な子供。

大きな黒い瞳で見つめる対象は光々。初めは顔をしかめ、そして不安げに、次第に朗らかに笑う。額に小さな角を生やす子供は次々に表情を変えて主人のもとへ駆け寄っていく。

 

「はは。大丈夫だ、羅生門の霧。二人とも頭を地面につけてゴメンなさいしている。良い音がしたから、それで許してやってくれ」

 

羅生門の霧。

徳川 光々の伝記に登場する霧の鬼。

伝記の題も″霧の鬼″とあり、容姿は大人、或いは子供。性別もまた男性、または女性という表現で濁され、凡ゆる容姿が曖昧の鬼。

人々を困らせていたところを光々によって退治されたとされる。

 

(妖怪と聞いたことがある。霧の鬼は、この事態に呼ばれるほどの実力があるというのか…?)

 

疑念に首を捻っていると、霧がくるりと向き直り道満を見つめ。

 

「うん、わかった。…ねぇ、おじさん。

わたし、ヤワじゃないよ。おじさんも守ってあげるね」

 

にこりと笑い、すぐに光々のもとへ戻っていく。

 

「あ、ありがとう……?」

 

ずきり、脳裏が痛む。

あどけない仕草のどこに訝しむところがあったのか。自分にすら分からない違和感を陰陽師として感じ取る。

 

(なんだ、なにか変だ)

 

明朝でもないのに視界が霞む。

きっと錯覚と知っていながら、視点が定まらず。足元の平衡感覚にまで被害が伸びていき。

 

「道満よ、各自自己紹介といきたいところだったが、すでに行動を始めてくれた者もいる。見ての通り時間がない。疑問があるなら聞こう。なければこれからについて話を始める」

 

光々の声で意識が戻される。

先ほどまでの違和感は消えて、なにに違和感を覚えたかもハッキリとしない。

それを追求する意思もたちまち薄れていき、そして完全に興味を無くしていた。

 

「それでしたら一つお聞きしたい。十界という名に覚えがありません。この組織はいったい……」

「そりゃ当然よ。吾が作って、息子にも伝えずに死んだからな」

 

あっけらかんと光々は言う。

 

「な…!?」

「十界は抑止力。(まつりごと)が傾き、国の繁栄が危ぶまれたとき、その原因を排除する者たちだ。

将軍家は代々、民を守り、国を愛し、未来を尊ぶもの。そこに澱みの一点もあるわけがない!

事実、十界が斬ったものは幕府の中枢でありながら、悪を成し民を泣かす不届き者のみよ」

 

道満は口を開いたまま固まる。

 

幕府を見定める民だけでなく、さらに裏の組織を作っていたと。それも身内に全幅の信頼を置いたうえで…!

これまでよく表に名前が露呈しなかったと感心する。それほど徳川幕府に忠義を尽くせる者がいたという証明。

 

「では、十界は光々公の代から絶えることなく暗躍していたということですか?もしや晴明も…」

「いんや、結野衆は数代前から十界への参加を拒否している。当時の晴明は理由を言わず、今後の結野衆にも話を持ちかけぬよう話していた」

 

晴明が十界だったらどうした、とは無駄な感情。目が覚めたら文句を言って負担を分けてもらうつもりが、あてが外れた。

 

(…なら、いまの十界はなにをしている)

 

この場にいる十界は見る限りでも全員が自分を凌ぐ実力者。ならば、江戸の危機に対して現在の十界はなにをしているのか。それが気がかりで、腹立たしい。

いまの十界の居場所、せめて名前でも聞いて心のうちに留めておこうと口を開いて。

 

「そして、十界はいまは無い」

 

言葉を飲み込むことしかできなかった。

 

「…天人、だったか。我が息子(十三代目)が彼らに屈したのち、十界はひとり残らず闇に葬られた。

天導衆なる暗殺集団によってな」

「あぁ、痛々しい歴史だ………。恐らくは晴明が参加を拒んだときから、十界の末路が解っていたのだろう。当時の晴明もまた、今代晴明のように未来視ができたと聞く。

彼の苦悩、この勢巌に計れないことが悔しゅうて…」

 

シワを寄せて嘆く勢巌。

 

「よそう。この話は別の機会があれば語ろう」

 

光々は終わったことだ、と雰囲気を仕切り直す。

 

「やるべきことのため、まずは場所を移さなければな。さぁ行こう、吾らが城…江戸城に!」

 

そして、腕を突き上げて宣言した。あまりの仕切り直しの早さに驚く。自分の組織が滅ぼされたなど、直ぐに飲み込める事実ではないだろう。彼の懐の深さなのだと解釈した。

 

「あ、私は残るから頑張って〜」

「…………」

 

晴明のもとで初代が手を振る。

このまま残るつもりだろう、それが晴明のためなら賛成だ。気になるのは、彼の横で佇む着物姿の女性。無言で、

 

「うむ。ここは任せたぞ、結野夫妻!」

「………え、夫妻?」

 

夫妻、初代晴明の奥さん?

晴明の先祖の?

いま呼ばれるほどの扱い、つまりやばい?

 

叫びたくなる驚愕を精神力で噛み殺す。

結果、表情のみに留まり顔芸紛いになる。

 

「おじさん変なかお」

「はははっ!道満くん良いねその顔!眠っている彼に送っておいたよそれ!」

 

霧と初代が笑うが、反応を返す気が起きない。

何故かは掘り下げないが畏ってしまうのだ。

 

「ん?あぁ、そうだ。晴明の横に佇む壮麗なお姫様は晴明の嫁さ。まぁそう急ぐことじゃない、紹介はひと段落してからにしよう」

 

衝撃に殴られ続く現実に置いてけぼりになるのを、光々が歩いて離れる距離に例えたくなる。これでまだ始まったばかりと言うのだから、道満の疲労の底の深さは誰も知り得ない。

 

考えたかもない疲労を押し込めるように道満は深呼吸をして、揚々と歩く光々のあとを追った。

 

 

 

 

 




今回登場した十界の紹介

徳川 光々
席:六道・天
クラス:ルーラー

本作品オリジナルキャラクター。
銀魂、徳川 茂々の先祖にあたる征夷大将軍。
さまざまな神秘と対峙し、人々の先頭に立って危険を討ち続けた。剣の腕は門外不出の流派に身分を隠して教えを乞い、武術は山育ちの武闘家に習ったという。
口調はよく定まっていない。
その場のノリで話すタイプ。


富田 勢巌
席:六道・人
クラス:セイバー

盲目の侍。小太刀・居合無双。
公式、非公式試合敗北無し。毎日を剣とともに生きた剣豪として有名。
光々の師の一人であり、免許皆伝以後も光々が勝てなかった男。


結野 晴明(初代)
席:四聖・菩薩
クラス:アーチャー

最悪の魔を祓った逸話が後世に強く伝わりアーチャーのクラスとなっている。なお、本人は複数のクラススキルを獲得している。
該当クラスはアーチャー、ランサー、キャスター、ライダー、ルーラー。


坂田 桃時
席:四聖・仏
クラス:ライダー

聞いたことのある名前とは一文字違う。
愛用の熊手(メリケンサック)には独自の対魔術式を施し、魔性のモノに触れるだけで浄化する。
クラスの所以は大赤熊と呼ばれる宝具のため。


羅生門の霧
席:六道・地獄
クラス:アサシン

江戸南方の門に住む鬼。
もとの名は伝記に記されていない。
食物を食らう。人々の感情も喰らう。
血肉として消化する。それが霧の鬼である。


【次回投稿】
5/31をまて!
※5/30間に合わないため延期

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  • 全く知りません
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