緒戦-荒廃した世界-
程よく気持ちの良い風が、男の″包帯″で覆われた身体を通り抜ける昼下がり。
この日も彼は、荒れ果てた″ターミナル″の最上階に横たわるコンクリートに腰を下ろし、透き通る青空を眺めている。水色の空を見上げる時の表情には、僅かながら笑顔が見てとれた。
いつまで経っても変わらない、晴れ渡る空だけが時間の流れを教えてくれる。青い空を見上げれば、遠い過去のことを思い出させてくれる。
男が男であると証明できるモノがそれくらいしかないのだ。全てが擦り削れていくなか、空だけは変わらずにいてほしいと願っていた。
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この時間以外、彼は死人のようだ。
飯を口に運んでも、剣の鍛錬を積んでも、一日中寝ていても。例え、大好物の甘味系を頬張っていようと、街の平穏を崩そうとする者を倒しても。どこにでもあるようなコンビニに入り、ジャンプを手にレジへ向かおうと。そこから生まれる感情は″無″。
当たり前のことだった。当然すぎる。
男が暮らしている世にはジャンプなど、とっくの昔に消えている。
平穏など、″白詛″が蔓延する四年も前に消えた。街だけでなく、地球のどこにも安全地帯などない。
人間が生きるには最悪の環境と言える。
原因の中心、愛する街を壊した根本に自分がいれば、尚のこと。
どれだけ歳月が流れようと許さない。何度も、何度も自分を罰し、死を積み重ねてきた。積んで、死んだと思えば死ねずを繰り返す。呪われた身体に思うことはあれど、声に出すことはやめた。発狂し続けて得られた成果は、それでも精神すら死ななかったことくらいだ。
″銀時様、あなたは生き続けるのです。
世界から欠けていくものがあろうと、自棄だけはいけません″
″それで終われるんならやってるだろうさ″
″止めはしません。不器用に生きるのが人間ですから。
…もし、それでも世界に残っているのなら、なければならないものです。それをお忘れなきよう″
最後の会話を思い出す。
地獄のなかで消えないものが、てめェが生きる意味だと。
バカどもを守れ、なんて俺に言いやがる。
「はっ…」
ゆえに。
望んだ世界、あるべき場所を取り戻すために。
″無″という抵抗は酒や女に勝る快楽となり果てた。
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死人のように感情は冷め切っている。男の口からはここ最近になってとうとう、溜息も死に絶えた。
残された一年間、地球とともに心が朽ちていく。
己が宿業に孤独という枷をはめ、空という檻に心を閉じこめる。苦しみを贖罪に変えて日々の栄養とする。あと一年、このまま呼吸を続ければ全てに終止符が打てる。ぼんやりと頭の片隅で希望を噛んだとき。
その刻は、唐突に訪れる。
「……誰だ」
ターミナル最上。
くらりと現れた訪問者に久方ぶりの器官を働かせる。潤いのない声は、訪問者に届くと直ちにそよ風に掻き消される。
「ここまで似ているとは、全く度し難い。心の在り場所、存在意義、声音に至るまで私と似ている」
ターミナルに現れたのは男。開口一番告げる言葉をのみ込むのに時間はいらなかった。
腰あたりまで伸びる白髪、褐色の肌に練り込まれる呪い、悪魔を凌ぐ惨虐的な瞳。その容姿、全てが哀しさすら与えない存在と知る。
ただ、ヒトでないことは一目見てわかる。
そいつは、自分と同じ存在だから。
「″人類の悪″として背負う宿業は認めよう。だが…。人類の剪定方法として、恐ろしく無駄な時間を懸けたことが惜しい」
「俺の、質問に、答えろよ、白髪野郎」
立ち上がり向ける木刀。
刃は通じない。自分の刃は触れられても、敵わないと本能が悟る。吐き気のする現実を見て思う。
「は、はははは!ソレを私に向けるのか。いまさら、自分に刃を向けるのか。戻るにしても遅い、遅すぎる」
おこがましい、と。
自分の手で滅びる世界を、他者に踏みにじられたくないと感じたからだ。なんと浅ましい、なんと卑しい、なんてバカなヤツだ。
「笑おうと、恨もうと、睨もうとも、この世界の結末は変わらん。貴様には、それを見通す″眼″が足りないがゆえに、一貫した脅威として地球に認識されたのだ。
お前は、人類の悪を履き違えた
お前は、人類を愛しすぎた」
憐れむ視線を向ける悪。
同時に踏み込む包帯の男。
そして、ことは終わった。
「
「が、あッ、あぁ」
ぼとり、びしゃり。
全身から血が溢れ出す。
焔々と走る光線が、全身を駆けた直後の現象。
男の木刀が届くことはない。
飛びかかった直後、四方から現れた魔法陣が蹂躙の光を放ったからだ。
ボロだらけの身体に力はない。
伏した男は機能しない瞳を僅かに揺らし、声を漏らす。
「新、ぱち……」
異形に染まる意識が選んだ名前を救うことは叶わない。
「か、ぐ……ら」
そして、訪問者は無惨に変身するモノを背に街へと降りていった。
前述した“その刻”、とは。
坂田 銀時の最期である。
▼
地球に残された人々が共通して呟いた。″終わるのか″と。
それ以外の枠組みは、一言。″来たか″と歯をくいしばる。
焦げた臭いが鼻に突き刺さる。
正常ならば、不愉快で顔を歪めるほどの死臭が大気を駆け巡る。最悪の環境に拍車をかけることがあるのか、と疑ってしまうほどの終末。
見渡す限りに広がる空は、ペンキをぶち撒けたかの如く赤く、悪感情で穢された。
江戸の民が見たものは、約束を守れなかった世界の終わり。
理不尽な焼却の始まり。
それらを見届けることもできずに。
こうして、坂田 銀時は死んだ。
世界が焼却され、未来が潰え、過去が塵芥となる。偶然の一致が世界の垣根を越えた。
同時に坂田 銀時は正史と混ざる縁を手に入れる。
解決できないまま、理不尽に殺された。
人類の悪に適合するという理由で生を終えた。
人類の悪という皮肉なきっかけが物語を生む。
「……。………」
死して座に刻まれた男の魂。
地球を滅ぼす最低の宿業。
誰にも望まれず、ただ残滓が散るのを待つだけの概念。世界最悪の理不尽に心を折られた。地球を元に戻す手段が無くなった。自分が残る意味を見失い。
『死んで、たまるか!』
虚に響いた声が坂田 銀時を目覚めさせる。
自棄になった己に響く言葉。
立場が全く同じ、最期まで足掻いている誰か。
『ふざけるな!』
その叫びが坂田 銀時の執念に共鳴する。
身体を無くした男に訴えかける言葉。
身体を無くし、絶望に呑まれた。
ただそれだけで諦めかけた男は、己のボロボロの魂に再び向き合う。どれほどの歳月、見て見ぬフリをしてきただろうか。銀色だった魂は褪せ、黒く染まってしまっている。
もう手遅れかもしれない。
間に合わないかもしれない。
俺は地球を、江戸を元に戻せないかも───。
「俺は」
全ての可能性から掬い取ったものは一つ。
「俺は…聖杯を手に入れる」
冬木という舞台に手を伸ばした。
fate/SN GO全ての始まりは坂田 銀時の死。
あってはならない介入による終幕。
すなわち人理焼却。
終末に重なる終着が迫り来る。
▷1話へ戻り読み直す。
坂田 銀時の聖杯戦争へ。
▷次話、江戸の結末を目撃する。
5/26を待て
皆さま、お久しぶりです!
本編再始動!今年も張り切っていきましょー!
【事前告知】
4/4章にはオリジナルキャラクターが複数人登場します。銀魂の世界感から着想しています。苦手な方にも読んでいただけるように頑張るので、よろしくお願いします。
fgoを知っていますか?
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二部まで知っている
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一部まで知っている
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どういうストーリーかは知っている
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全く知りません
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知らないけど気にせず読む