fate/SN GO   作:ひとりのリク

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「俺は此処で待ってるから、後は士郎次第だ」



待つ時間は語れ

士郎と凛の背中が教会の中へ消えるのを見送り、側の花壇を囲むレンガに腰を下ろすセイバー。アーチャーは、教会の入り口から真っ直ぐと伸びる、不気味で広い石造りの道に立っていた。

いつ彼らが出てくるのかは分からない。凛はすぐに終わるからと言っていた。凛の会話から何も起こらないと確信しているので、敢えて後は追わない。

剣呑な静寂が訪れた。

豪快にあくびをするセイバー。

彼は、教会の中に入っていった士郎の事が全く気にならないのだろう。退屈そうに右手人差し指が右鼻の穴へと潜り始めた。

 

「……」

 

アーチャーはセイバーの様子を横目で伺い、時たま溜息を小さく漏らす。腕を組み、すぐ後ろにある門の柱に背を預ける。

セイバー程、教会の中に無関心というわけではなく。持ち前の目で様子を見ながら、異常と判断し次第飛び込む準備は出来ていた。

二つの事を見ながら、しかし大人しく待つ。学者かと言いたくなるくらいに活弁なアーチャーだが、他のサーヴァントと語る事はない。と思っていた。

そのつもりなのだが。

ふと、口元が動いた。

 

「君は…」

「……ん?」

「セイバー、無礼を承知で問うが。君も英雄として召喚されたんだ。

聖杯には、一体何を望む?」

 

アーチャーは静かに、セイバーへと姿勢を向けて問いかける。

セイバーは話しかけられると思っていなかったらしく、意外そうに目を見開いてアーチャーを見た。

無駄口を叩くような性格とは思えない。士郎達が教会から出てくるまで、終始口を閉じ、非常事態に備えている。それがアーチャーへの印象。

アーチャーは、セイバーから向けられた視線に弁解するように苦笑いをする。驚くことに、その笑いには一欠片も警戒の意思が見られなかったのは…いや、気のせいだろうか…

 

「いやなに、しばらくはあの小僧の説得にでも時間を費やすだろうと思ってね。聖杯戦争に参加した者同士で、言葉を交えたかったんだ」

 

眠気が飛んだ様子のセイバー。目は興味深そうにアーチャーを眺め、顎を置いていた手を降ろす。

 

「あんたはどっちかと言うと、敵とは何も話さねえって口だと思ってたよ」

「そうか?それでは味気ないだろう、私は口数は多い方だぞ」

 

ニッと控えめに笑うアーチャー。目は閉じているが、やや崩れた表情は楽しそうで、セイバーとの会話をまるで待ち望んでいたかのようにさえ見えた。

セイバーは、アーチャーのその表情に首を傾げる。

 

「へぇ、それで。あんたは聖杯戦争にどうして参加したんだ。聖杯に叶えたい事があるのか?」

 

この質問に、アーチャーの眉がピクリと動いた。次に薄く開くまぶた。視線は夜空に向けられて、セイバーの質問には違う形で返事を口にした。

 

「セイバー、君は聖杯からどれくらいの知識を与えられている。いや、質問を質問で返そう。君には、聖杯にかける願いはないのか?」

「俺は…」

 

セイバーの視線が、アーチャーから外れて夜空を見上げる。

聖杯からの知識について答えられないのか、自分の願いについて答えられないかは、読み取れないだろう。アーチャーは、別に無理強いするつもりはない、とだけ呟いて続ける。

 

「聖杯戦争に参加する者は少なからず、願望を持って参戦している。何も見返りを求めないサーヴァントというのは、そういるものではない。例えば、全人類を幸福にしたいと謳うような、根っからの聖人君子は普通の聖杯戦争には召喚されない」

 

抑揚のないトーンで、しかし表情は悲しそうに語る。

悲しさを表に出している訳ではないが、声音がそういう風に聞こえてしまう。そのイメージにつられてか、それとも向こうが無意識にかは分からないが。

結果的に、アーチャーの表情を曇らせている。

 

「私も然り、果たさなければならない事はある。

間違いなく聖杯にしか出来ない、奇跡という形でなければ成し遂げられない願いだ。

ここで語れる程のモノではないが。

もし、君が私を倒せたなら、その時にウッカリ吐露ってしまってもいいぞ」

 

″倒せたなら″の部分を控えめに強調し、同じく控えめに口元を上げている。それは、自分は負けないという自信があるからだろう。

アーチャーの、多くはない聖杯への願い、その一端を聞いて。

 

「へっ、言ってろ。そりゃ俺だって、聖杯欲しさに召喚されてるのが多いってのは知ってるさ」

 

セイバーはその言葉に、挑発されていると感じていながら、引っ掛かりを感じる。アーチャーの望む事を、自分が倒されたら教えてやってもいいなんて、普通は言うだろうか?と。

それでも向こうは、全容は濁して言った。聖杯が欲しいと。他のサーヴァントの熱意を武器を持たずに聞ける事自体、贅沢なのかもしれない。アーチャーには伝えられない感謝を抱きつつ、セイバーも口元を綻ばせる。

 

「……俺はよ、″生前″に遣り残した事が幾つかあってな。

その自分の汚れたケツ拭く為に、聖杯を求めて此処に召喚された」

「ほう……?」

 

アーチャーは、興味深そうに呟く。

セイバーの願い、いや、″過去″に興味を抱いたかのような詮索の視線を向ける。セイバーはそれ以上は言えない、と半目でアーチャーの視線を受け止めて、場の雰囲気を濁す。

 

「″狙っている″のはお互いに同じ。ついでに、互いに語るのも好きときた。それに、アンタとは気が合いそうだしな。こういう形でなけりゃ、酒の一杯でも酌み交わしてぇもんだ」

「フッ、同感だ。名前も互いに語れない身というのは、もどかしい」

 

確かに、と呟いてセイバーは立ち上がる。

腕を組んで、門に背中を預けていたアーチャーは向かい合うように立ち位置を変える。

二人の距離は二メートル程度しか離れていない。両者、武器を取る事はない。交差するのは、戦で敵を見るソレと同じ目。好敵手へと見せる敬意に似た、殺意。

 

「けど、お互いに譲れない路だってのは、ハッキリした」

「あぁ。これでもし、聖杯にかける望みが無いと言おうものなら問答無用で君を殺していた」

 

この場で最も恐ろしいのは、

 

「此処で立ち止まるつもりはねえ」

「言わずとも、こちらもそのつもりだ」

 

惜しみなく己の闘志を肩代わりする、白い歯。ギラリと口元が笑う両者。鋭く互いを突き刺す、鬼の如き目。

 

「「聖杯を手にするのは、俺/私達だ」」

 

二人は、一度の攻防を経て理解していた。

衛宮邸の庭で武器をぶつけ凌いだ時、解った。

野生の勘、とでも言うものだろう。

 

 

セイバーは、放たれた矢の本当の扱いを悟って。

 

アーチャーは、自らが放つ矢を砕く木刀を見て。

 

 

「テメェとは最悪の相性だ」と。

 

清々しい程の敵意を受けてアーチャーは只、薄く笑った。

何処か掴めないキャラにセイバーは、はぁと浅く溜息を吐いた。

直後、重い教会の扉が開く音が響く。

二人は向き合うのを止めて、それぞれのマスターの前に歩いて行く。

 

「よ。それで、士郎。気持ちは纏まったか?」

 

やや怠そうに、マスターとなるか否かの確認を行う。

 

「あぁ、セイバー。俺は聖杯戦争に参加する。改めて、俺はセイバーのマスターになるよ」

 

セイバーはニィッと笑う。その決定を聞いて、アーチャーも微かに笑った。

 

「決まりだな。よろしく頼むぜ、マスター」

「あぁ。こちらこそ、よろしくセイバー」

 

二人は握手を交わす。

士郎は知らない。それが鼻をほじった手だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衛宮 士郎が聖杯戦争への参加を口にした時、アーチャーは表情にこそ出さないようにしていたが。内に湧き上がる達成感と意欲は、フツフツと膨れていた。肌を焼いてしまいそうな程の執念が、全身の熱を高めていくようだ。

 

「セイバー。私の願いの一つは、既に実現されている」

 

どうして、ここまで暖かい抑揚なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とても複雑だ。

いや、割り切らないといけないのか。

彼女は、遠坂はマスターになってしまった俺に、塩を送る事を承知でここまで付き合ってくれたのだと。こんな贅沢を、何も見返りなくやってくれる彼女を、俺は果たして敵として見れるのだろうか。

 

「さてと衛宮くん。私たちはここまでよ」

 

どう返事をすればいいのか、一瞬迷う。

遠坂と戦う、殺し合うなんて考えたくない。向こうが本気で殺しに来たとしてもだ。自分はそうでありたい。今この感情を忘れる時が来るかもしれない。追い込まれたり、危険な状況に陥ってしまったら多分、なり振り構っていられなくなるかもしれない。とても複雑で、筋を通すには限りなく困難な世界に踏み入ってしまったのだ。

 

「…そう、だな。ありがとう、遠坂。聖杯戦争に参加した以上、俺は俺に出来る事を見つけていくよ」

「おいおい、俺も忘れんなって。いつまでも不安そうな表情だから、テメェの調子が狂うってんだ」

 

だから通してみせる。

教会で、言峰 綺礼というカソック姿の神父から親父の話を聞いた。正直驚いたけど、なるほど、頷く節もあった。

そこで俺の決意は、決まった。聖杯戦争に参加して、十年前の惨劇を起こさないと。

もう一つ、後押しをしたのはセイバーだ。死の淵から救い上げてくれた。彼は性格にやや問題はあるけど、あの信念は間違いなく、正義の心だ。セイバーを裏切るなんて、俺にはどう考えても出来る筈がない。助けられてばっかりなんだ。ならせめて、セイバーに迷惑は掛けない。

 

「凛、君はやはり甘いな」

「…何よ。ヘッポコマスターと天パセイバー見てたら戦意が無くなっただけなんだから。あー、よかった。召喚されたのがあんたで。あんなのがセイバーだなんて、聖杯はどうかしてるわ。不良品なんじゃないの?」

「おい聞こえてるんだけど、お前絶対、ワザとやってるだろ!」

「あら〜まさか聞こえていたなんて、オホホ」

 

あはは、と苦笑いが出る。この二人は余程相性が悪いらしい。遠坂が合ってまだ間もない相手に、ここまで捻くれた態度を見せるくらいなのだから。

このままではキリがない。それに、長引いても良くない…

一先ず決心したのだ、今は整理する時間が欲しい。だから、セイバーに声を掛けて別れようとした時、幼い声が夜の街路に響いた。

 

 

 

「ねぇ、話は終わった?」

 

 

 

生暖かい、天使のような声。

紛れもなく少女だと分かるそれに惹かれるように、坂の上を見る。

月を覆っていた雲が去り、坂の上の存在をより強調させている。

 

「バーサーカー……!」

 

遠坂が、ポツリと呟く。聞き慣れない言葉はしかし、サーヴァントの名前なのだと理解するのに時間はいらない。

体躯2mを優に超える戦士。坂の上からこちらを静かに見つめ、側に立つ少女の命令を待っていた。逸る素振りも無く。悠然と聳え立つ脅威。

 

「衛宮くん!」

「あぁ…!」

 

それ以上は言わなくても分かっている。

率直に、アレはやばい。見ただけで分かる。あの鋼と見間違うような肉体は、災害を再現できる力を持っているように感じ取れる。

一度エンジンがかかれば、サーヴァントはともかく。冬木の街なんて一夜にして瓦礫の山になる。そう確信できる。

あんなに恐ろしい化け物を、今から相手にしなければならないのか、セイバーは。

 

「こんばんは、お兄ちゃん。会うのはこれで、二度目だね」

 

嗤った。ただそれだけで、足元が凍るようだ。

 

「はじめまして、りん。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

「アインツベルン…」

 

アインツベルンという言葉を知っているのか、反応する遠坂。表情が強張っている。

それは、俺も同じだ。

不安で仕方ない。今日だけで何度目になるのか、全身が痺れるほどの恐怖が駆け巡る。どうしても慣れない感覚に息が詰まりそうになる。

自分でも情けないと思う。

 

「士郎、そう暗い顔すんなって」

「セイバー、あれはまずい!」

 

……自分でも情けないと思う。こんな俺の前に立って、聳え立つ脅威を笑って吹き飛ばしてくれたセイバー。俺は今、何も出来ない。セイバーを信じる事以外、何も出来ないんだ。じゃあ、せめて逃げ腰になってたまるか。

 

「すまないセイバー。俺、お前の手助けを何も出来ない…」

「あん?なんだ、俯いたままじゃ本当に何もできやしないだろ。顔上げろ、男は地面見てたら腐ってく生き物だからな」

 

木刀を腰から抜く。

セイバーの顔に焦りはない。その横顔は、とても安心できる。

直後。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、やっちゃえ、バーサーカー」

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

少女の合図と共に、辺りに響いた絶叫の音。

何か、大きな物体を吹き飛ばしたかのような。重い音が遠ざかる衝撃。一瞬で何かが消えていた。

士郎は音もなく消えていたソレに気付いた時、「……へ」と言葉を捻り出すしかできない。何故なら、

 

「おいおい、呑気に仁王立ちしてRPGのボス気分とは、随分とこっちを下に見てくれるじゃないの〜?

いや〜、一回やってみたかったんだわ。ダラダラ話聞くの面倒くせぇから、気持ちよく会話スキップをなぁ!」

「うそ……」

 

バーサーカーが立っていた場所には、木刀を肩に乗せニタリと笑うセイバーがいた。次に視線は、坂の後ろの林へと向いた。痛々しく薙ぎ倒されている木々。その意味を理解した瞬間。

士郎の全身から、完全に痺れがなくなった。

不思議だった。

セイバーは笑う。士郎だけではない。凛の僅かな不安すら、セイバーは取り除こうとしていたのかもしれない。こちらに向けたにやけ顏は、殺伐とした雰囲気の中和剤として働いた。

そして士郎の目には、先程のランサーとの戦いで見た、セイバーの謎の移動が焼き付いていた。

豪速、俊足、瞬間移動?あの点と点を移動するような現象を、目の前で見ていたのに気づく事すら出来ない。

凛は、口を開けて言葉を失っている。

 

「なあ、バーサーカーのマスター。今夜は引いてくんねえか?凛はともかく、士郎にはまだ早いんだよ。連戦とか鬼かよオタク!」

「うるさい…!」

 

バーサーカーの吹き飛んだ方向へ振り返るイリヤ。

荒げた声には、凄まじい憎しみの感情が込められているように聞こえた。あれは一体、どういう意味なのだろう。

 

「バーサーカー!!!」

 

イリヤの呼ぶ声に反響し、夜の冬木に咆哮が轟いた。

 

 


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