暗闇に浮かぶ赤い雫が、力なく地に落ちる。
それで、無限の剣製に戦ぐ声なき声はピタリと止まった。
先頭きって未来に進む光は、そこから一気に加速する。まだ誰も見たことのない世界へ向かって走る侍の背中が、この両目で確かに視えるのだ。
怨念はじきに消滅する。
遠退いていく幾多もの声が、そう教えてくれた。
「これからは、朝も夜も変わらず、穏やかな晴れの日が続くみたいだぞ」
「そうか、もう傘を持ち歩く必要もねーか」
「あぁ、だから頭に大きな菅笠を被るのはもうやめてくれ。あれ実物で見ると意外と大きくて驚くからな」
「へぃへぃ。そっちこそ、外は明るくなるんだから、身体にハナクソつけたまま出歩くなよ」
「余計なお世話だ!大体、外からは見えない場所に付けられたから俺のは問題ないの。……ちょっと動きにくいな〜、とか気にしたこともなくはない」
これから外に出かける相手にかける言葉のような、日常に聞く会話。
ふと、胸の内が軽くなるのを感じる。
「良く言う。そりゃハナクソのせいじゃねーだろ。蠱毒をしこたま受けたんだ、もう刀を投影すんのもキツイんじゃねーのか?」
「そっちこそ、魘魅のヤロウに魔力持ってかれてるじゃないか。″銀色の魂″じゃ回復追いつかないはずだ」
長く待ち望んだ、しがらみのない時間。
廃れていく星など初めからなかったかのように、当たり前の日常が今日も、明日も、これからも訪れてくれる。
こんな世界が続いてくれるなら、きっと俺の小さな欲で誰かにバチなど当たらないだろう。
「まぁ、けど」
……それも、長引いてしまったら毒だ。
「だからって、手加減してもらえるとか、聖杯を譲ってもらえるサインじゃね?なんて勘違いは無しだ、銀時」
長く続いた雨のせいだろうか、魔術回路は所々錆びついている。本当に困った、手入れを怠った日なんて一日もないはずなのにこれだ。
直ぐにでも終わらせるべきだった。
銀時と視線を交わす時間を一秒でも短くするべきなのだ。
言葉を交えるたび、この時間をもうちょっとだけ過ごしたいと、ワガママに負けてしまいそうになる。
「そうだな。いつも通り手加減無し。そんで、この夢は終わり。これで文句ないだろ」
俺の思考は読みやすいのか、それとも顔に出ていたのか。
銀時の提案はあっさりとしている。こんな気を遣えるなら、他に言うことの一つや二つあるはずだろう。
…いや、それこそ矛盾している。
「……………………………………………………………………………………あるよ、バカヤロウ」
だから、一太刀に全力を込めて、別れの挨拶をする。
そして、全てにケリを着けたら、なにか言わないと。
頬を叩く。
しみったれた空間に、張りが伝わる。
「あー、やめだやめだ!こんなことやってられない!」
「そーだな!突っ立ってるのは性に合わねーわ」
俺も、銀時も。
魘魅に手酷くやられたことに変わりはない。蠱毒はサーヴァントからマスターにも伝染しうるから、固有結界の修正とともに遠坂とのパスは一方的に切り離した。
「同感。こっちのお嬢様もそろそろ痺れを切らす頃だ。ちょっとした借り物の返済に、聖杯を持ってくる約束をしたんだった」
「そりゃまた随分とぼったくられたもんだ」
ここは大空洞。固有結界が修正されるとき、遠坂はちょっとだけ遠くにドロップさせてもらった。これくらいは許してほしい。
「自分でもバカやったなと思う」
心の中で、一本の刀をイメージする。
誰よりも強く、凛々しく、最後まで戦場を駆けることを願う。そんな、逞しい侍の刀を。
手に握る感触が、突き進めと伝える。
「まぁ最も」
「
銀時は手にする。
俺が初日から
村田 鉄子という鍛冶職人が作り上げた、世界一優しい刀。
「ケリを着けるのは」
ボロボロの身体で駆け、距離を詰める。
踏みしめるこの一歩を待ち望んだ。
雄叫びを上げる今を思い描いて進んだ。
聞こえもしない幻聴に謝っても止まらなかった。
きっと続く未来を想像しながら聖杯戦争に参加した。
銀時の過去を肯定するために。
俺の姿を見てほしくて、こうして来ちまった。
「俺たちの刀だァァァァ!!」
想いと想いが交差する。
土埃が刀の軌道を残し、背中合わせに立ち止まる両者は口元に笑みを浮かべた。
透き通る…。俺の好きな音だ。
ただ真っ直ぐに、お互いの信念をぶつけ合う。言ってもダメなら気迫で、それが無意味なら力で、それも違ったらまた言葉をぶつけて。どっちも強情だから、先に折れた方が負けの根比べ。
魔術回路の隅々に染み渡る力は、憧れと尊敬していた人に一歩前へと踏み込む勇気をくれた。
「いつも不思議だった。銀時の刀を投影しても、いつもどこか想定ができていないんだ」
土埃がおさまり、どちらかが息を吐いた。
同時に、お互いの刀が粉々に砕け散る。
「納得した。アンタのその顔、こうして見るのは初めてだ」
気づけば、天井を眺めている自分がいた。
後から聞こえてくる重い音で、自分の全身から力が抜けていることを知る。
「昔のことを思い出してな。自然と、綻んじまった。
この五年間、こんなことは無かったんだ」
それを聞いて安心した。
「はぁ…。やっと終わったか」
大の字のまま、できる限り大きな声で気持ちを外に出した。
錆びと泥だらけの魂で出す声は、案外悪いものじゃない。むしろ、最高の達成感すらある。
俺が、俺でいられるうちでよかった。
「俺は、士郎になにかしてやれたか?」
だというのに、どうして勝者がシケた面をしているのか。
ったく、今さらそんなこと聞くもんじゃないだろうに。
「もう充分ほぐれているさ。令呪が無かろうと、これからもアンタの背中を追い続けるんだ。テメーの面に似合わない、慣れない笑顔でな」
「そうか…」
「そんなことを確信する、未来の俺からの
もう動かないはずの指をピンと伸ばし、銀時を見る。
「小聖杯、イリヤスフィール。聖杯戦争初日、彼女を俺は殺そうとした」
これは卑怯なやり方だ。
「だけどアイツは、銀時が殺されそうだってときにイリヤを庇ったんだ。あまつさえ、俺にアンタのことを任せるって言いやがった」
俺が、俺への感謝を伝えられないから、せめてもの償いをしたい。そう、銀時が万事屋だからという、そんな理由。
「幼い頃から小聖杯として育てられた彼女の身体は、もう成長も出来ない。魔術に塗り固められ、全身を魔術回路にされたホムンクルス。
もし、長く生を謳歌したいってなら、孔から情報を抜き取ってやってほしい」
アイツがなにを考えているかは知らない。
ただ、イリヤを守ったなら、それなりに責任を果たす義務がある。そう言いたかっただけなのに。
「士郎………お前、やっぱり童貞だな」
脈絡もなく言い放つ銀時。
「どッ……、童貞関係ないだろ!」
「いやいや、言わなくても分かるぜ。あんなに美人なマスター相手だと、色々と大変だろうしなぁ」
「こ、こんのやろう!人が真面目に話をしているっていうのに」
「まどろっこしいんだよ。そういうのはな、助けての一言で全部察するもんだよ」
「……はは」
悔しいな。
また、感情をほぐされた。
こういうくだらなさは相変わらずだ。それは当時から変わらない。俺も、銀時も、心が生きていることがどれだけ必要なのかを思い知った聖杯戦争だ。
「その言葉はあいつから聞いてくれ」
こうして、銀時は背を向けた。
その姿は、いつも追いかけていたものよりちょっとだけ輝いていた。
「あとは任せた」
走り去る銀時を見送って、そう呟いた。
あと少しで、まぶたを閉じてしまえる。
最後に残した言葉を、彼女に伝えよう。
───
──
─
銀時が走り去ってからどのくらい経っただろう、物陰から遠坂がひょこりと出てきた。
ソロソロという音が似合いそうな足取りで、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
どうして申し訳なさそうに両手を後ろで組んでいるのか分からないけど、俺が言うことは変わらなかった。あと一歩という距離まで来た遠坂は視線を泳がせているので、最初に言ってしまおう。
「ごめん、遠坂。約束、また破っちまった」
すると、目をパチパチとさせたあと、あちゃーなんて表情をする。その反応が申し訳なくて、どう言葉を繋げようかとハラハラしていると。
「私で、よかった…?」
「え、なんて?」
「…こんな終わり方、士郎はいいの?」
俯きながら悔しそうに言葉を放つ、遠坂の珍しい姿を見てしまった。なんて言えばいいだろう、彼女を困らせたいわけじゃない。最後くらい笑っていてほしいし、なんなら罵声の一つくらい言ってくれてもいい。
……まぁ、ここは素直な気持ちを教えよう。
「いいわけないだろ」
「…」
「初めてアイツとあんなに打ち合えたんだ。どうせなら勝って、ついでに今まで溜まってた怒りもぶつけたかったさ」
「うん…」
「けど今は、遠坂にしょんぼりされる方がキツい。俺、昔から遠坂の笑ってる姿が好きなんだ」
上半身を起こす。
中で嫌な音が聞こえたけど、このさいだから無視無視。
だって、頭の上にハテナマークを浮かべて首をかしげる遠坂の面白い顔が目の前にあるんだ。しっかり見ておかないと勿体ない。
「遠坂じゃないと俺、途中で潰れていたよ。肉体的にじゃなくて、精神的に蠱毒に負けてた」
こういうとき、身体はなんとも都合がいいものだ。すんなり立ち上がると、遠坂の頭が目の前にある。ポケーッと俺の顔を見続ける遠坂が面白くて、ついつい頭を撫でていた。
「だから、ありがとう。遠坂がマスターで本当によかった」
「あッ──────なんで!その姿でそういうこと言うのよ、このアホ!!!!!!!!!」
すると、プツンという音の次に、ガァーッと勢いに任せた遠坂がガンドを連射し始めた!
「どゅあぁぁ!?ままままま、待った待った!対魔力とか皆無なんだ、ガンドなんて食らったら一発で消えちまうぞ!?」
「はん、おたんこなす。こっちが深く考え過ぎたのが間違いだったわよ。サーヴァントを屠ったって物凄い箔を付けるのも悪くないわね!」
「なんでさ!?」
「うっさーい!気がすむまで撃たせろ、この唐変木!」
自分のサーヴァントを倒して箔を付けるとか、そんなの信じてもらえるわけないだろ!お前、周囲から人が遠ざかっていくぞ。元から高嶺の花ってやつなのに、これ以上友達できなくてどうする。
数分だろうか、ワーワーギャーギャーと言い合いながらの追いかけっこは続いた。
流石に立つのがキツくなって転ぶと、ガンドは止んだ。
後ろを振り返ると、遠坂は涙を浮かべていて。俺は声が出なかった。
「セイバーを助けたいっていうのを知って、それでもセイバーは倒すって聞いて…」
それは、決戦前夜。
セイバーのことを知っていることを打ち明けた夜の話。
「本気なんだと分かったもの、アーチャーを勝たせたかったわよ」
それなら、大丈夫だと教えなきゃ。
「銀時、笑ってた」
「…え?」
「人ってのは、やっぱり最期は笑わないといけない。当たり前なんだけどさ、それができなかったヤツが沢山いる。
だから、こうして誰かのために笑って、泣いてくれる人がいるのを見れただけでも、俺がここに来た意味があったんだ」
それは俺の周囲のことだけだとしても。
「俺はようやく、悪に打ち勝ったんだよ。だから間違いなく、正義はここにある」
「なに、それ…。その姿じゃ格好付けても似合わないわよ、もう。…けど、アンタがそう言うなら、仕方ないか」
こうして理解してくれる人を、ようやく見つけることができた。
「元気でな。お前、基本的にはいいやつなんだ。笑わないと損するぞ?」
最期に、遠坂 凛の未来が明るいことを願い、別れの言葉を告げた。
▼
朝。陽はまだ顔を見せず、凍える冷気が外に漂う六時過ぎ。
銀時を送り出したあと、イリヤを連れて家に帰ってきた。幼い身体だというのに無理をしたのだろう、帰り路の途中でフラついたので背負っていたら寝てしまった。
今は布団に運んで休んでもらっている。
俺の代わりにセイバーを見守っていてくれたこと、本当に感謝しないとな。
今は台所で朝の下準備中だ。
セイバーが帰ってきたらすぐに食べられるよう、昨日の残り物の鶏肉などに一手間加えようと思慮しているのだが。
チラッと横を見る。
「セラ、寝てていいぞ。朝食を作るのには早いんだ、下準備を済ませたら俺も休むから」
「この家の主人を差し置いて、メイドである私が休むのは非常識かと?」
「いや、アンタは俺のメイドさんじゃないだろ」
虎模様の服で台所に立つ、セラの姿。
しかも、メイドと自分で言いながらメイド姿ではないのだ。顔が動くたびに揺れる白くて長い髪に、俺の目は一々見惚れてしまいそうになるから困った。本当に、ここに来て俺はなにをしているのか。
「……分かっているのですか?」
「イリヤのこと、だよな」
当たり前だ、という視線に狼狽えちまう。
イリヤのためにここにいるんだ。聖杯戦争の終わりを理解しているのか、それを俺に聞いているんだろう。
「聖杯戦争に詳しくなくても、帰ってくるときのイリヤが普通じゃないのくらい分かってた。おんぶしたら、魔術師なら何となく察するさ」
背中で眠るイリヤは、俺と似ていた。
心臓にバーサーカーの霊気を埋め込まれたことがあるからこそ、イリヤの心臓に余計な″機能″があることが分かる。背中越しに近づいた心臓は、聖杯戦争の終わりが近づくにつれて微かに動きが速くなっていた。
もし、イリヤが俺と一緒に帰ってきたのが、彼女なりの抵抗だとしたら…?
「それでも、イリヤはイリヤだ。聖杯戦争が終わったら、ただの女の子として生きていけばいい」
セラが睨んでくる。
俺の言っていることがワガママだというのは理解している。けれど、俺にはイリヤを″モノ″として見ることはできない。
それに…。
「じゃあ、シロウの家に居たいな」
「お嬢様…」
居間の障子から顔を覗かせるイリヤも、これから先を望んでいる。それは、自分の役目がここまでだと分かった上で。人でありたいという願いに違いなかった。
「あぁ、もちろんだ。部屋は貸すほど余ってるから遠慮せず、気の済むまでいいぞ。セラとリズも同じだ、いてくれると家事が楽になって助かる」
ここで俺が下を向けば、イリヤを救えない。
いや、元より贋作物を造るだけに特化した俺だけじゃ足りない。
「帰ったぞ〜、セイバーさんのご到着ゥ〜」
能天気な声が玄関を開けた。
「さ、あとは温めるだけだ。席に座ってくれ」
なら、こんなときこそ頼るべき相手がいるだろう。
───
──
─
七時。
リーゼリットは起きてこなかった。
元々、長時間活動できないという。俺たちは四人で朝食を取ることにした。
鶏肉の春雨スープなんてものにチャレンジしてみた。長ネギと胡椒で味を整えた、朝の胃には優しい肉料理だ。
あとはサラダに煮物の残り、そして炊きたてのご飯。単純だけど、皆んなの顔は明るかった。
会話の内容のほとんどはセイバーの世界のこと。
鍛冶屋の話の中で奇抜な刀の話を聞いたときは、俺にも投影できるだろうかと考えてしまった。
そんな賑やかな時間は過ぎていき、一通り片付いたとき。
それはやってきた。
「ッ、──────」
「イリヤ…?」
眠気に負けたように、隣に座るイリヤの身体が寄りかかってきた。顔を覗くと、眉をひそめて、小さく呼吸を繰り返している。
これは、明らかに異常だ。
「イリヤは聖杯の器として、俺たちサーヴァントの霊気を貯蔵している。
聖杯戦争が終わるってのは、イリヤが人としての機能を削ぎ落とし、願いを叶える願望機になることだ」
イリヤの様子を見たセイバーは立ち上がり、容態を確認し始める。セラも分かっているのか、慌てることなく俺にイリヤを運ぶように指示した。
「本来なら、五綺が離脱した時点で、お嬢様には人として活動することが難しい状況でした」
そのまま場所を土蔵へと移す。
ここにはセイバーが召喚された陣が、土蔵の奥に隠されている。
土蔵に行くと、すでに召喚陣の周囲は片付けられていて、その中心に置くようにとのこと。
「今回は特別だった。魘魅のヤツが聖杯を壊しかけていたせいで、その修復のためにサーヴァントを二、三綺ちょろまかしてやがったんだ。
…もしかしたら異変には気づいていて、イリヤがわざとそうしてたのかもな。だとすりゃ、そうまでして失いたくないモンがあったんだろう」
セイバーの視線の的になりながら、イリヤの言葉を思い出す。
『誰かを助けるならそれこそ、最期まで添い遂げるくらいの覚悟は必要じゃない?』
アーチャーからイリヤを庇った次の日。ウチを訪ねたイリヤが言い放った言葉だ。
「それも、アーチャーが今しがた消えたから、イリヤの機能は強制的に稼働し始めた」
俺の勘違いでもいい。
「セイバー、最後にお願いを聞いてもらっても、いいかな…?」
「あぁ、いいぜ。言ってみろ」
その真意が聞けるときまで、一人でバカを見るだけでも構わない。俺は、イリヤが二度と笑顔を見せてくれないことの方が嫌なんだ。
「この思い出を忘れたくない。だからどうしたらいいかなって考えてた。
セイバーの歴史、投影魔術のこと。アーチャーは色々と教えてくれた。イリヤの本質も言ってくれた…アイツはイリヤを殺そうとしてたけど、本当はそうじゃない」
なんでアイツのことが浮かんできたのかは分からない。不思議と、ここにアイツのことを入れておかないと失礼な気がしただけだろう…。
「イリヤがこのまま目を覚まさないのは、ここまで頑張ったことをダメにしちまうみたいで嫌だ」
ただ、イリヤのことを庇ったきっかけを生んだアイツには感謝しているのかもしれない。こうして、聖杯に囚われた一人の少女を救いたいと願っている俺は、アイツの可能性の一つなのだから。
セイバーが呪縛から解かれたように、イリヤもまた、自由に生きてほしい。
「聖杯なんてものに捉われるのはここまででいい。イリヤは、普通の女の子としてこれから笑ってほしい。
これまで辛い思いをしてきた分、これから楽しく生きていくべきだ」
要はそこだった。
誰かの努力が報われたこの戦いで、イリヤもその一人にならないと、アイツのことも否定しちまう。
全てを聞いて、きっと俺よりもアイツのことを知るセイバーは、ニッと笑う。
「任された。その依頼、確かに聞き届けたぜ」
続いて淡い銀色の光とともに、セイバーの身体が光を放つ。
「名乗り遅れて悪かった、士郎。
俺の真名は坂田 銀時。江戸で万事屋っつーなんでも屋を営んでる」
「坂田 銀時…」
空想の世界、江戸に住む侍。その名を、坂田 銀時。
よく似た人物は歴史に名があるが、彼は全くの別。銀時という響きに、心の中で埋まるものを感じとる。
それは、別れがそこにあることも意味していた。だからギュッと気を引き締めて、銀時から目を離すまいと意識した。
「マスターの頼みなら、聖杯の中を弄りたおしてでも救ってみせる。どこぞのジジィ共がどれだけ熱意込めたかは知らねーが、女のことは女に聞くのが一番だからよ!」
目に見える光は、宝具を使っているのだろう。そのまま銀色の光を纏い、イリヤに触れた。
途端に、眩い光を放ちながらゆっくりとイリヤの身体は腰の辺りまで浮き上がり、小さな吐息を漏らしながら停止した。
「銀時、様!こちらから孔を開けようとしているのですか?それは無茶だ、本来ならサーヴァントの霊気は最低五つ必要なのです!」
今、イリヤは聖杯と繋がった。
聖杯戦争のサーヴァントがセイバーのみとなったことで、遂に小聖杯の機能が起動したのだ。
そして同時に、不完全な状態の小聖杯は役割を果たせず、これから破棄されるだろう。それをさせないために銀時はこちらから大聖杯に繋げ、主導権を一時的に握ろうというのだ。
だが、触れた手が閃光によって激しく拒絶される。
焦げた臭いが、銀時の侵入を固く拒んだ証拠だ。だが、どうしたと再び銀時はイリヤへと触れ、大聖杯へと接続を開始する。
「外道丸ッ!」
今度は、二人。
柳洞寺の件以降、姿を見せなかった外道丸は、右手に輝くカケラを手に現れる。そのカケラが放つ光は、今、銀時を拒絶した大聖杯の光と似ている。
「ご安心を。晴明様が桜お嬢から引っぺがした″カケラ″、これで一時的に騙してあっちと繋げられやす」
「あぁ、そのための宝具だからなァ!!きっちりと大口開けといてくれよ、ついでにこの情報も関連付けしといてくれお兄たまァァァァッ!!!」
それは聖杯のカケラだ。
出どころの情報に頭が痛くなりそうだが、今度はイリヤを包む光が一点に収束されていく。
銀時だけで足りない分を外道丸が補強し、イリヤに纏わりつく
踏ん張る銀時の背を、自然と支えていた。
だけど、分かったことといえば、このままじゃイリヤのことを助ける前に銀時が大聖杯に焼かれてしまう。
銀時の服が焼けている、あと数秒で火だるまになるのは明らかだ。
左手には令呪が二つ。こんなに余っていてもしょうがない。なら、今使わずに────。
「ッ────」
銀時がこっちを見ていた。右腕は震えているのに、なんで。
「そんじゃあ、イリヤと世界を救ってくる」
「無茶、しすぎだバカ」
呆れた、格好つけたくて無理やり…。なら、そのまま!
「頼んだ銀時、そのまま突き進んでくれ!!」
おう、と勢いよく返事を返した銀時。
そして、何回目かの音が響い渡り、一瞬だけ孔が安定した。その瞬間、
「惚れた女を泣かせるなよ」
「……ッ!」
そんな言葉を残して、銀時と外道丸は続けざまに飛び込んでいった。
孔が閉じると、イリヤを支えていたものがなくなり落下する。慌てて下に入り込んでキャッチしながら、銀時の言葉に親指を立てて応えた。
「世界を救ってから行くあてが無かったら、ここを思い出してくれ。うちの家は無駄に部屋があるから、客人はいつでも泊まれる」
あぁ、またな士郎。
「ありがとう、銀時」
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
これから銀時は未来を救うため、今みたいな無茶を繰り返すだろう。だけど、もう一人じゃない。周りには誰かがいて、ずっとあんたを支えているんだ。
大丈夫、銀時。あんたは必ず世界を救って、未来を救って、そして自分を救うことができる。
幸せそうに眠るイリヤが、それを俺に教えてくれた。
(長めなので読む必要はありません)
水臭くて、泥臭くて。
悔しさを叫んで、ときには笑う。
素直じゃなくて、まるで子供のようで。
歩いた時間は歪んでいたけど、心は銀色に輝いている。
魘魅銀時だからとギャグをどこかに落っことして、そんな彼の背中を士郎がひたすら追い続ける。
そんな「fate/SN GINNIRO」はこれで完結へ。およそ二年かけてここまで来ることができたのは、読者の方々の感想や評価、お気に入りがあったからです。長らくのご愛読、心より感謝しています。
おこがましいですが、宜しければこれまでの感想などありましたら是非ともお聞かせください。次話への励みになります!
一度、銀時を助けることができなかった士郎が参加した聖杯戦争のトュルーエンドが本作。その経緯等を書ける日がくるかは分かりません。
本当なら別作品として、一度目で銀時と第五次聖杯戦争を戦い抜く作品を書く予定でした。それは構想段階で今作の何倍の量になるのだろう…とボツにしています。
読者へと伝わりにくい伏線ばかりの作品でした。
例えば銀時のテンション。この作品では、原作でご存知のハイテンションの面影の描写は殆どありません。
終始、魘魅銀時をイメージしました。二十九話で魘魅の描写を出すまで、こんなの銀時じゃない!とご指摘があるかもとハラハラしていました、
蓋を開けると、九人もサーヴァントいるし?アーチャーはハナクソ(ホクロ)付けた士郎…?
読者の皆さまが混乱してしまわないか、私はとても心配で…。
実は…尺の都合で書けなかったシーンも沢山あります。
1/4章でいうと、士郎とセイバーがアインツベルン城に来るまでの話だとか。
2/4章なら。言峰 綺礼、キャスターの襲撃後は実は生きていて、その後どうなったのか。
3/4章だと、セラが士郎を見送る話と、アーチャーと遠坂の決戦前日譚。
読んでほしくても私の執筆が間に合わず、渋々とカットしました。
そして!設定集です。
銀時の宝具、十以上あるんです。沢山あるんです。
木刀の設定、説明しなさすぎています。本当に申し訳ありません…。
こうして話を急いだのは、私が四月からリアル事情で忙しくなるためです。もっとじっくりと、なんなら今年いっぱい使って書きたかった…。
だから、いつか設定集みたいなものは出そうと思います。
ついでに、ボツにしたギャグ変とかも添えて。
長々とすみませんでした!
読んでくださりありがとうございました。ここまで読んでくださったこと、本当に感謝しかありません。
しばらくは忙しくて作品の投稿は出来ませんが、これまで投稿した作品の誤字脱字などを修正していくつもりです。
失踪はしません。いつかまた、私の作品を見かけたら読んでください!
ありがとうございました!