fate/SN GO   作:ひとりのリク

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ただの一度の敗走もなく、ただの一度の勝利もなし

セイバー、真名を坂田 銀時。

 

開国を迫る天人とその脅威に屈する幕府を相手に、江戸の国を守るために侍たちを率いた人物の一人。敵を圧倒し続けた風貌から、白夜叉という異名で天人たちからは恐れられ、仲間たちからは信頼を集めていた。

しかし、虚しくも攘夷戦争は侍たちの敗北で終わり、国を守るために駆けた者たちは、国を貶める国賊として追われ身を潜めていく。銀時も例外ではなく、だがその性格は人を寄せ集めるのだろう。万事屋を営む彼の元には、奇天烈な人物が集まっていた。

笑顔が絶えない、とは正に銀時のこと。そうして五年の歳月を、様々なトラブルのもと過ごしていた世界は、徐々に異変が現れる。

 

弱り果て、白に侵されていく人々。解決策は見つからず、やがて世界中に広まる正体不明の病″白詛″。

 

のにち攘夷戦争と呼ばれる戦で、坂田 銀時はある天人を相手にしたときに体内にナノサイズの毒を埋め込まれていた。世界中の異変に気付いたとき、原因の根源である銀時は自害を試み、失敗に終わった。

ナノサイズの毒は生きていた。五年の歳月、銀時の身体を掌握するためにひっそりと息を潜め、もはや自害すらできない宿命を背負わせた。それが魘魅という、最悪の存在。

 

やがて、朽ち果てていく世界を変えることも叶わぬまま、銀時は姿を消した。

 

ここまでが、生前に知った銀時の歴史だ。

 

 

───

 

──

 

 

 

俺が参加した第五次聖杯戦争は、今回となんら変わらない開幕だった。一度ランサーに殺されて、誰かに蘇生されたその足で自宅に向かい、再びランサーに襲われる。土蔵まで逃げたところでセイバーを偶々召喚し、ランサーを撃退。

なぜか自宅近くにいた遠坂とアーチャーを巻き込んで、聖杯戦争のことを教えてもらい、新都の教会へと赴く。その帰りにイリヤとバーサーカーから襲われて、アーチャーの一手を見てイリヤたちは撤退する。

 

ここまでは殆ど一緒だ。

そこから先を一言で言うのなら、地獄だろう。

 

坂田 銀時という人物はこの世界に存在しない。

そんなものありはしない。だが、何処かに銀時の歴史が残っているがために、聖杯戦争に呼ばれることとなり、俺は運命の夜、彼と出会った。

そんな銀時には、魘魅という最悪の異分子が影にいた。白詛の原因、世界を崩壊させた人類の敵。

銀時は気付いていなかった。いや、明確な霊気を伴っている魘魅によって、意図的に存在を認知できなくさせられていた。

 

次第に弱っていく銀時が魘魅のことをようやく思い出したとき、ヤツは外に飛び出した。

 

『貴様の国は、己が背負いし業によって滅ぶ運命にある。

大事な者たちを滅ぼしたように、最期は孤独の沼で死んだように。一度定められた宿命からは、何度やり直そうと逃れられぬ』

 

魘魅を抑える手段がなく、銀時もまた抗う術を持たなかった。そして、誰も魘魅の危険性を正しく把握していなかった。

表舞台に飛び出した魘魅を、茫然と見送ることしかできず、結果として十年前の大災害を越える被害が出た。

 

深山町、冬木市、新都の住人を魘魅は食らい、力をつけていく。

次々と殺されていくマスターとサーヴァント。

 

事実を噛み締めたとき、セイバーの生前の苦しさを知った。

孤独感と喪失感は心の枷となり、日々狂いそうなほど心が擦れていく。擦れて掠れていつか人としての機能を捨てて、独りの想い(自分への殺意)だけが形を成す。

五年の歳月を経て、ついには未来を取り戻せないまま死を迎えた男に、感情などあるはずがなかった。

俺を助けたときに見せてくれた笑顔も、食卓を囲んだときに笑っていた声も、会話を滞らせないためだけの偽り。

 

『……そうか、オメーは分かっちまったんだな』

 

セイバーの異変に違和感を感じつつ、確信を持てなかった理由は簡単だった。

 

『士郎、最後に笑ったのはいつだ』

『……あ、れ』

 

言葉が出てこない。

いつも笑っているはずなのに、その言葉に対しては返事ができない。

 

『俺と似ている気はしていた。それが、こういう形ってのはお前の過去を覗いて分かったがな』

 

銀時はわかっていた。

魘魅を追い続ける最悪の状況下だからこそ、俺は本質をより際立たせていたこと。

…多分、このときに銀時は、俺の笑顔を心あるものにしようと考えていたんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争が始まる前日。

そのときがアーチャーの過去を覗き見た、最初の夜だった。

 

 

どこか親しみのある風景のなかをひたすら走る。

誰かの名前を呼びながら、当てもなくガムシャラに走る様子は、まだ知り合って間もないのかなと思いながら見ていた。

息がきれかけた頃、ようやく足を止めた先にいたのは、地面にうずくまる銀髪の男性。苦しそうに、外に飛び出すなにかを抑えようとしていた。近寄ろうとすると、こっちに来るなと叫んで、次の瞬間…。

 

全身から、呪いが噴き出した。

 

″……バー!大丈…か、セ……ー!″

″来るな…郎、出来…なら逃げ…!″

 

悲痛な叫びとともに、世界が闇にのまれていった。

 

 

そこで目が覚めた。

冬だというのに、全身から汗が出ていたことに驚く。

アレが人の手に負えないものだとすぐに分かった。なのに、アイツはそうはさせまいと必死に抗っていたんだ。

その日の朝、朝食を無理やり勧められた私は、ご飯と煮魚を食べながらそれとなくアーチャーに聞いてみた。

 

『この魚、私の口にピッタリ合うから驚いた。もしかして、アーチャーって、日の国の人とかだったりする?』

『さぁ。自然と手が動いただけだ、魚料理が出来るのはあまり関係ない』

 

自分でもとんでもないこじつけだとは思った。

それでも、夢の中のことを話すのはもう少しだけ待とう。

 

そう考えていた次の日。

 

七人のマスターと七人のサーヴァントが揃った、正真正銘の聖杯戦争の初日。

私にとって、己が全てを賭す覚悟を証明する瞬間がそこにあった。その第一歩を踏み出そうとしたとき、最大の敵を前にして覚悟は侮辱された。

 

『凛、君に死なれては困る。付いて来い』

 

アーチャーに身体を抱えられて、夜の住宅街を駆け抜ける光景に気づいたときには既に自宅の近く。

敵前逃亡。簡単に済ませるなら、この言葉以外に当てはまるものはない。衛宮 士郎(半人前以下)が最狂の敵に駆けていくなか、正統な魔術師(遠坂 凛)は遠目に眺めていろと言わんばかり。

この身を連れ去るアーチャーには本気で怒りを覚えた。ただで済ませる事態ではなくなっている。理由次第では契約を切って、他のマスターからサーヴァントを奪い取ってやろうか、とすら考えていた。

 

『この通りだ、何も聞かずに私に任せてほしい。セイバーは危ない。仮にやつが死ねば、その後始末に聖杯を使わなければならない可能性すらある』

 

ふざけるな、とは言えなかった。気迫に押されたつもりは微塵もない。

 

アーチャーは正気だった。自分を見失っていないのに、瞳だけは恐怖と戦っていた。暴力に抑圧されることを恐れているのではなくて、自分の声が届かなかったらどうしよう…?と、そんな感じ。まるで、ありったけの勇気を込めて、好きな女子に告白をするとき、断られることばかりに考えが偏る男の子が目の前にいた。

 

『…記憶、ないんでしょ』

『自分が誰か分からない。ここだけすっぽ抜けている。だからあそこには、周りに碌でもない厄災を振り撒く何かがあると分かる』

 

ふと、夢で見た光景を思い出す。

夢で見れたなら、それとなく覚えていることがあるのだろう。そこからきた考えなら、返事は決まっている。

 

『じゃあ引けない。貴方が譲らないっていうなら、私もマスターとしてやるべきことがある。知らないところで勝手にリタイアでもしてみなさい。そのまま他のマスターのとこ行って、サーヴァント奪い取ってやるんだから』

 

話が纏まらないと察したアーチャーは、すぐ近くで待機することを提案した。

 

『もし、夜空に黒い影が見えたらすぐに逃げてくれ。それは人が敵う相手じゃない。

だけど、黄金の柱を見たら家に帰っていい。そのときは、必ず凛を聖杯戦争の勝者にすると確約する』

『なにがあろうと後でこってりとお灸を据えるんだから。出血大大大サービス、このツケは聖杯ぐらいでしか返せないと思いなさい』

 

了解、と呟いたアーチャーの背中を見送る。

 

我ながら、情を優先したことに驚きを隠せない。

 

なぜだか、ほんの少しだけ、気の迷いがあった。

 

 

 

───

 

──

 

 

 

 

かさなる影

 

 

アーチャーの正体が衛宮 士郎という可能性が生まれたのは、正直なところ自分でも分からない。昨日の夜からかもしれないし、アーチャーが衛宮 士郎の魔術を見破ったときだったかもしれない。

 

「嘘つき」

 

真名を聞いた瞬間から、夢で見てきた光景がどういう状況なのかを知ることができた。規制されていたものが意味をなくしたのか、モヤは消えていく。

 

恒久的な平和を望みながら、一人の男に憧れて聖杯戦争に参加した魔術師。坂田 銀時という架空の人物のため、聖杯戦争を戦い抜いた正義の味方。

だが、その戦いは華々しい内容ではなかった。

沢山の犠牲を見ていることしかできず、必死で抗い続けていた。泣けず、笑いは形だけのもので、その心は傷だらけで真向かいすら見えなかったに違いない。

 

「嘘じゃないさ。これから本物にしてみせる」

 

それでもここに立っているのは、一重に助けられる人たちがいるからだ。彼にはやるべきことが見えている。

行動のきっかけは、誰かが困っているから。放っておくなんて選択肢はなくて、必ず助けてあげるという気持ちでぶつかっていく。とても勇気のいる行動で、だから少しだけ振り出しにきちゃったんだ。

 

曇天の下、血潮の臭いが通り過ぎる。

空想具現化の亜種、固有結界。この場所は夢で見た。きっと、アーチャーが踏みしめたかった大地だ。

 

 

「貴様が聖剣を手にしたとき、私の機能が全て停止した。白夜叉の魔力が尽きたときも、そばには貴様がいた」

 

 

目の前の異常が言葉を放つ。

 

同時に、背後から左右に展開する無数の闇。人が触れれば致死量の呪いを込めた紙。あれは全ての境界線を曖昧にして、あらゆる守りを越える。盾など紙同然と化す呪いを前にして、アーチャーは平然としている。

 

「白夜叉を知り、私の存在をも理解した立ち回り。お前はあの小僧(士郎)の未来だとでも言うのか」

 

敵対心を露わにして、対峙するアーチャーに問いただす。

 

「だが、よく理解していよう。いかなる手段であれ、これから起こる惨劇の全容を止められない事実を。

もしや、このような廃れた世界を創り出し、私を隔離したとでも宣うか?」

 

アーチャーは答えない。

ただ無言で、魘魅の発言に耳を傾けている。なんとも不気味な雰囲気が続き、悪に対する計り知れない殺意が混ざり合う。

 

「愚かな。この身と白夜叉を引き裂いたところで変わらぬ。

白夜叉はマスターとの契約も破棄された。最早、あの霊気で長くは持つまい。魔力が尽きれば、いかなるツワモノであれ消えるが貴様らよ」

 

呪符を前にして、一方的に殺されるはずのアーチャーは刀を投影した。

そして、特に工夫を凝らすわけでもなく、一直線に駆けた。

真正面から斬り伏せる意思表示を、魘魅は最後の抵抗と見る。

 

「貴様も、白夜叉の後を追え」

 

赤い瞳が輝いたのを合図に、全方位に這い回り、アーチャーへと警戒を残したまま呪いは音もなく放たれる。

目で追うのがバカバカしくなる量の呪符を、アーチャーは一息のうちに致命傷になるものだけを斬り落とし、身体に掠る程度のものは全て無視した。

 

坂田 銀時が魘魅に蠱毒を埋め込まれたとき、体内に入れたようには見えなかった。

魘魅が用いる呪符は、触れるだけで対象者の体内に侵入し、命を食らうというもの。銀時は、呪符がただ肌を掠めたというだけで、世界を崩壊させる運命が決まった。

物越しにすら踏むな、蠱毒の空気を吸うな、無限と呼べる呪符に触れるな。魂を刈り取るための毒は、抗う余念すら与えずに闇に沈む。

侵食された霊気が聖杯に注がれれば、間違いなく混沌をもたらす盃となる。

 

故に、アーチャーは全力で回避しなければならない。

しかし、かすり傷だけでも一瞬で絶命するだけの蠱毒を込めた呪符数枚は、アーチャーの身体に傷を入れた。

 

「…………ッ」

 

足先の痛みが脳に伝達されるように、蠱毒は一瞬にして全身に張り巡る。

 

それは、蠱毒に耐性があるからと立っていられるものではない。

″人類の悪″として立場を記録された魘魅。人として生きたことのある者が蠱毒を受けるということは、自然界から生を手放すことに直結する。

魘魅が喰らい尽くしてきた魂の嘆き、憎しみ、生きる者への呪いを一度に垣間見せられる。それは魘魅に対する憎悪であるが、そのまま他者に共有しようと言うのだ。

 

簡単に言うと、体内の血液全部を塩酸にすり替えるようなもの。

それだけ魘魅の中身は捻れており、正気など…それこそナノサイズほども無い。

それが魘魅、ひとたび舞い降りた星の生命がある限り破壊し尽くす、星崩しの異名を持つ反英雄(ナノマシン)

 

 

人の領域にない、ブラックホールのような穴の中で。

 

「バカな、蠱毒を受けてなぜ立っていられる」

 

両目に確かな輝きを見せ、アーチャーは間合いを詰めた。

 

魘魅が生命の憎悪を糧に霊気を形成しているというのなら。生前、大火災から呪いと共に過ごしてきた衛宮 士郎はとうに壊れていた。星々丸ごとの憎悪を聞かされようと、我を貫く。

だからこそ、今ここに英雄として立っている。必ず大勢の人々を助けるという強い意志が、衛宮 士郎の背中を押し続けるのだ。

 

「ごちゃごちゃとうるせェ」

 

立ち向かってくるなど、ましてや反撃できないと判断していた魘魅は、呆気なく一撃を穿たれた。

 

「星崩し。空想の世界からも弾劾された大量殺戮兵器という名の地球外生命体。

もう十分だ、この(呪い)はもう聞き入れた。どれだけ銀時が孤独の中で生きてきたか、よく分かった」

 

そして、

 

この声(魘魅の罪)が聞こえてねぇんなら、俺が届けてやる。

もう銀時だけが背負う業じゃない。誰かに背負わされるもんでもねぇ!!!」

 

地面に突き立つ刀が二本弾かれると、魘魅の身体を宙へと押し上げた。

 

「救えぬ孤独の鬼に、なぜそうまでして執着する。死後の世界まで来て人助けのつもりか、罪滅ぼしか!」

 

二本の刀に続き、次々と刀が曇天へ向けて駆け上がる。

魘魅の蠱毒を貫き、呪符を斬り伏せ、数珠を粉々に砕く。やがてその姿が見えなくなるほど多くの刀が宙で騒ぐ。

その剣製は魘魅に反応したのか、アーチャーの本意で動いたのかは、もう混ざりすぎて本人にも分からない。ただ、これで全てに決着だということだけが、確たる事実として記録されるのだ。

 

「救うさ、あのお人好しがなんのためにここ(冬木)まで来たと思ってる。

仲間たちとバカ笑いして、食卓囲んで、ぐっすり眠るために戦いに来たんだ。じゃあ俺は、その願いに応えなくちゃならない」

「アァァァァチャァァァァ!!!!!」

 

魘魅が叫ぶ。

 

その声に反応した刀のどれか一つが、爆発という名の号令をかけ、曇天の空に錬鉄の太陽が姿を見せた。

 

焦げた臭いが地面に落ちていく。

 

細かい破片が火をまとい、風に吹かれて流れていき、もう魘魅の姿は残っていないと教えていた。

 

両手を握りしめ、広げる。

 

後ろで聞こえる、遠坂の安堵した声を聞いて、お礼を言わなくちゃと振り返る。

 

「お疲れさま、アーチャー。それで、色々と聞かせてもらおうじゃない?」

 

とてもハツラツとした抑揚に、よろしくないスイッチが入っていると確信する。

あぁ、懐かしい。

 

「遠坂、その…」

「─────ならば、守り抜いてみせるがいい」

 

振り返り、遠坂が駆けてくる背後。

赤く、ドス黒い瞳が、地面から飛び出した。

 

 

まだ、悪夢は続いている。

 

 

その影は、少しでも触れてはいけない。きっと聖杯でも洗えない、空想の毒なのだ。

 

今から駆けて間に合うか?

…一か八か、そんなものやってられるか。

 

「遠坂ッ!!!」

 

遠坂の付近にある刀を二本、弾き出して吹き飛ばす。

俺の声を聴いて、遠坂は頷くと宝石を二つ取り出した。

 

「グッ!っ〜〜〜〜〜」

 

柄を遠坂の両肩に遠慮なく直撃させて、魘魅から距離を遠ざける。宙で丸まる彼女をキャッチして、今のことを流して周囲を見渡す。

 

「アーチャー、魘魅のコアが分裂する前に倒したんじゃないの!?あれ、四つもある。全部やばいじゃない!」

「固有結界にヒビが入り出した。あいつ、残りのコアを大聖杯の中にでも潜ませていたらしい」

「あぁもう、本当にデタラメなやつね。八人もサーヴァントがいる時点でどうかしてるとは思ってたけど、どういう理屈なわけよ!?」

 

降ろした遠坂が騒ぎ出す。

さっきの魘魅と合わせて、コアは五つ。ありがたい、こっちに脇目も振らずに逃げなかったんだからな。

 

「固有結界だと?愚かな夢だ。

この場所こそ貴様が孤独だという証拠。どこでだろうと、この星が滅びる運命にあることは変わらぬ」

 

蠱毒が、呪いが尖る。心象風景を上から塗りつぶし、結界ごとこちらを飲み込もうというつもりらしい。

 

そこに、一石を投じるすごい奴がいる。

 

「この、ナメんなッ!!」

「ヌゥゥゥッ!?」

 

遠坂の宝石魔術は、魘魅の蠱毒に負けず、紅く輝きながら呪いを燃やしていく。

…流石に驚いた。

魘魅が悲痛な声をあげている。

 

「これまで我慢してきた分、今度はあんたが報われる番。絶対にあいつを倒すわよ。さっさとケリ着けなさい、アーチャー!」

 

そうだ。元々、そういう話をしていた。

コアが外に逃げ出すとき、遠坂には全力で阻害してもらう手筈だったから。

遠坂が作ってくれた時間を無駄にしてはいけない。

 

「ナゼだ、固有結界が貴様の宝具であるのなら、その中にいる私は常に宝具を封殺しようと出来るはず。ましてやこんな魔術、効くはずがないのだ。

逆に、この身を震わせるとはどういうことだ、アーチャー!」

 

銀時の心象風景に大部分を占領された、無限に()を内包した世界。

 

ここは墓場だ。魘魅が星崩しとして朽ち果てた終着駅。

″宝具を封殺する宝具″は、地球最後の希望だった銀時の死に大きく関わったがために後天的に備わったもの。

たとえ結界内だろうと、死んだ場所の再現となった今、その宝具はないものと変わりない。

 

魘魅のコアは五つ。聖杯戦争における上限。

まさかそれが、本体から分離して隠れていたとまでは見抜けなかったが…。

それでも、やることは変わらない。

臭いは憶えている、全てはこの瞬間のために。

 

「体は剣で出来ている──────」

 

投影する宝具は赤い弓矢。対象を射抜くまで、いつまでも襲い続ける赤い魔剣。

対象に狙いを定める。的は魘魅、複数のコアを持ち星を崩すときまで活動を続ける悪。

 

「させぬわァァァァァァァァ!!!」

「それはこっちのセリフよ!」

 

怨讐を撒き散らす魂を、幾多もの宝石が降り注ぐ。

遠坂の援護によって、魘魅の遅れが命取りとなる。

 

赤原狩猟(フルンディング)

 

俺のありったけ。

過去最高に近い完成度は、未来への希望をのせて紅く閃光を撒き散らす。

 

まずは、一つ目。

遠坂に迫るコアは抵抗を見せるが、矢は一片の呪いも残さずに射抜く。

 

矢は天へ昇ると、コアへ目掛けて急降下する。

二つ目、コアを守るために体躯を形成した魘魅が蠱毒で撃ち落とそうとして。捻れ狂う(やじり)に触れた途端、跡形もなく消え去った。

 

魔剣は地をスレスレに行き、次なる的へと目掛けて轟音を響かせる。

残り二つのコアは体躯をもって、結界を破きつつあった。否、既に外の世界は見えている。心象風景は霞み始め、魔術回路は燃えようかとしている。

 

「────」

 

だが、最後まで魔力を流し続ける。

 

二つのコアが、魔剣の接近に合わせて対象に飛び退く。三つ目のコアは左側、蠱毒の盾は意味をなさず墓場となった。

 

最後のコアは、あと一息で外へと繋げるために蠱毒を展開する。

 

「そこ、逃げるなッ!」

 

遠坂の宝石魔術は、蠱毒の中心地点で眩い光を放つ。淡い紫炎に続いて空間が歪み、蠱毒は動きを止めた。

 

再び天へと昇る魔剣。

曇天をも穿ち、次に急降下したとき、太陽が戦場へと陽を射した。その先は最後のコア。

 

勢いは衰えない。守りなど無意味。今の魘魅には赤原狩猟(フルンディング)を破壊するだけの余力はない。

天と地を駆ける一閃。大気を滑り、忌々しい呪縛が逃げられないことを宣言する。

 

今、ここに。

 

「────その運命に従ってこそ」

 

嘲笑う炸裂音とともに、魘魅という存在がどれ程に天を滅ぼしてきたのかを証明する一手が放たれた。

 

「そ、んな…」

「…」

 

闇に包まれる坂田 銀時は、手に持つ木刀を振り払い赤原狩猟(フルンディング)を消しとばした。結界を外から食い破り、魘魅を庇ったその姿に遠坂は驚愕の声を漏らす。

 

「……銀時の無意識はぽっかり空いたまま。なら、もう一度入り込むのは案外とできるわけか」

 

あの一矢には、持てる限りの魔力を通した。それすらも、あの木刀は霧散させてしまうのだから、もう笑うしかない。

 

「未来への希望を抱いたまま、己の無力さをただ呪うがいい。己が救うと信じた者の手によって、世界が変わるさまを見届けろ」

「やっぱり分かってないな、侍っつー生き物のことを」

 

魘魅の存在が絶望だというのなら、希望があって然るべきなのだ。

 

「いい加減、こっちの世界でほっつき歩かれても困るんだわ」

 

正に、光と闇が相対するその図こそ。俺が待ち望んだ光景。

 

「さっさと魘魅ボコるなり、糖尿病治すなりして元いた世界を救いに行けってんだ」

 

赤原狩猟(フルンディング)と入れ替わるように、希望が笑っていた。

銀時が全身に纏う闇は、銀時の内側から溢れだす銀色の光によって抵抗する間も無く散っていく。

 

「この、光はァァァァ!?」

 

どんな神話も、妄執も、魔法だって振り払い、助けを求める声に必ず応える、世界全土どこを見渡しても存在しないたった一人の英雄。

 

「それが、俺たちの…衛宮 士郎の正義(願い)だ」

 

その呪いがどれだけこの身を穢そうと、決して廃れないモノがある。

それを見抜けなかった、お前の敗北だ!

 

 

───

 

──

 

 

 

とにかく走る。

 

丸一日眠っていた身体なくせに、中身はズタボロだとセラは言っていた。

確かに、全て遠き理想郷(アヴァロン)はろくに動いちゃいない。俺の魔力が無いに等しいのだ、そんな高価なものを使う余力はありゃしない。

 

体力なんて残っちゃいないが、魔術回路を全力で酷使して、無理やり足を動かし夜の道を走る。

 

それに、身体が止まることを許さない。ここで意識を手放せば、きっと未来の俺は一生を賭けても償えない罪を背負うことになる。

 

「セイ、バー────」

 

なら、そんなに重い責任を今しかとれないのなら、どんな代償を払ってでも成し遂げてやる。

 

どこに体力が残っているのかは知らない。

いつもの通学路、交差点、坂道、どんどん景色は変わる。

確かに俺は前に進んでいる。今はその事実だけ噛みしめればいい。

 

少しだけ口の中が鉄臭いが、一度死んだこの身体はそんな些細な不具合で止まらない。

 

向かうべき先は聞いていない。

セラも知らなかった。

だけど言った、令呪が教えてくれる。

セイバーはあっちだ、と確かに聞こえる。

 

「いや、違う────!」

 

セイバーの声が聞こえる。

必死に、誰かと戦っている。独りで、唸りながら、五年の抵抗をまた繰り返している。少しでも気を緩めば、二度と走り出せない孤独感がすぐそこにある。

これまでの人生を無駄にしたくない思いが、しっかりと心に届いた。

 

「………ここだ」

 

足を止める。

見たことのない洞窟の入り口が、柳洞寺の真下辺りで妖しく訪問者を待っていた。

 

「シロウ、やっぱり来たのね」

 

物陰からイリヤが静かに出てくる。

 

「ここにいたのかイリヤ!?」

「中は大変なことになってるからね。ここでも、あまりお話する時間はないみたい。

セイバーは闇に呑まれている。アーチャーたちが闇を連れて固有結界に入れたのはいいけど、完全には取り除けなかったようね」

「あぁ、大丈夫だ。遅れてきたからあまり強くは言えないけど、やる事はもう決めてる。だから、セイバーと約束をしてくるんだ」

 

イリヤも、ことの末端は理解しているみたいだ。

 

「それとね」

「分かってる、用が済んだら戻ってくる。一緒に帰ろう、イリヤ」

 

だから、言わんとすることは重々理解していた。

 

そうして奥に進んだ。

 

ここまで来てみれば、とても短い時間だった。

 

その中でセイバーがよく笑っていたのは、食卓を囲んでいるときだ。これが終わったら、朝食の準備をしよう。夜はもうじき明ける。帰ってくるセイバーのために、エネルギーをつけてもらわなくちゃいけない。

 

本当は最後まで、決着を見届けたい。けど、俺が長くここに居て良くないのは分かっている。

あいつのこれまでの姿が、この世界との矛盾点を誤魔化すためとすれば。なるほど、確かに。投影魔術なんてのに詳しいわけだ。

 

カッ、と音を立てて立ち止まる。

視線の先、蠢く闇が一つ。

 

「それが″毒″なのか」

 

見ているだけで吐き気がする。

セイバーの身体の節々から溢れ出す黒い淀み。

これは俺がどうにか出来るものじゃなかっただろう。

 

「今だけはソッチに任せる。だからやり遂げてこい」

 

令呪の使い方なんて分からない。

それでも、左手に刻まれた三つの赤い印は、心の声を汲み取ると確かに装填された。

 

「あんたが負ける姿を見るのは嫌なんだ」

 

独りで戦ってきたことを、こんなところで投げ捨てていいものか。

この聖杯戦争の結末を見届けるために、なによりもセイバーが未来を繋げるように。

生きて、こっちに戻ってこい…!

 

「目を覚ましてくれ。そんな訳のわからない奴に負けるな、セイバー!」

 

想いをのせたメッセージは、左手の刻印一つを代償として、不可侵の心へ向けて放たれた。例えサーヴァントとしての契約が切れていようと、その絆がある限り、声は届くと信じている。

次の瞬間、闇はたちまち銀色の光に押され出し、洞窟の隅々まで照らしていく。それは、眩しくもあり、暖かいセイバーの後ろ姿。

もう毒なんてどこにも残っちゃいない。

 

「話は、朝食を食べながら聞かせてくれ。用事が終わったら、すぐうちに戻ってくるんだぞセイバー」

「───あぁ、約束だ。小豆も用意しといてくれ」

 

なんせ最高のニヤケ面が、そこにはあるのだから。

 

 

───

 

──

 

 

 

赤い魂が、黒く変色する。

ガラスのようにヒビを入れながら、最後のコアは点滅していた。

 

「もう効きゃしねーよ、俺の遺伝子情報より小さい毒なんざ」

「しろ、やしゃ──────」

「終いだ、そんなに小さいのが好きなら埃にでもなっていやがれ」

 

抜いた木刀を強く握り、銀時は魘魅へとトドメの一撃を振り下ろした。

世界を塗りつぶす黒は消え、ここには二つの銀色の魂が向かい合っていた。

 

心象風景は、物語の続きを再開することができた喜びを、空を晴天に変えることで表現した。

 

 

 

 

 








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