fate/SN GO   作:ひとりのリク

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夢の果て/imitation
体は剣で出来ている


男の夢見たことは、誰もが笑って澄み渡る空を見上げられるような、当たり前のことができる世界。

生きとし生きる者が幸福を願い、努力した者が救われる人生を歩む。それだけでよかった。手の届く範囲だけでも幸せでいてくれる人たちがいるのなら、彼の人生は良きものとなっていただろう。

 

男の周りには確かに、幸福というものが溢れていた。

毎日、朝に訪ねてくる少女がいて、何度も作業場で寝ているところを起こしてくれた。

毎日、忙しない女性と共に夕飯を食べて、他愛ない世間話で時間を過ごしてとても心地よかった。

少ないが友達もいて、食卓を囲んだり、喧嘩ができるくらいには信頼し合っていた。

 

そんな幸福の毎日があるのは、一人の魔法使いがいたから。

幼少期、町の一片をのみ込む大火災が起きた。当時少年だった男は巻き込まれ、この世の地獄を見てしまう。

下手に全身が動いたことで助けを求めて、住宅街だった場所を彷徨った。焦げ果てた建物の隙間から聞こえてくる苦痛の声、激しい瓦解音に次いで聞こえる叫び声、そんな少年にかけられる憐れみの声を背にして。

救いの声を聞いているのに、自分は何もできない。元々、物理的にも不可能なことだったが、それでも彼らを見捨ててしまったと誤解した。何もできないなら、自分は救えなかった命のことを胸に刻んで生きることしかできない。灼け(ただ)れそうな器官を他所に行き着いた結論にして、少年の在り方(最期)が決定した瞬間だった。

 

歩いた、歩いた、歩いた。

救うことができない命の嘆きを聞いて、地獄のなかを歩き続けた。大災害を呪う余裕なんてなかったから、生きたいと願って歩く。

やがて、足が止まる。生きている者全てに死が駆け巡り、その順番が少年に回ってきただけの話。それは避けようのない決定で、世界が下した無慈悲な結末でもあった。それだけを深く理解していたくせに、意地を張って逃げ場所を求めて届きもしない空へと手を伸ばす。

『生きてる…!』

暖かくて、冷たい手に包まれる自分の手を見て、次に不思議な手の持ち主へと視線を移したところで意識が途切れた。

『死なせない、絶対に死なせるものか』

少年は意識を失ったが、死ぬことはなかった。なぜなら、少年の手を包んだ人こそ魔法使いだったから。

 

その日、少年の知らないところで、世界でたった一つの(魔法)は受け継がれた。

 

───

──

 

『まずは自己紹介をしよう。僕は衛宮 切嗣。いきなりで悪いんだけど、君のこれからについて答えてほしいんだ。分からないなりに判断してほしい』

 

意識を取り戻した少年の元に、魔法使いが現れる。

病人のベッドの上で再び出会う。魔法使いは切嗣と名乗ると、祈るような眼差しで話を始める。

 

『君には選ぶ権利がある。これから僕について来てくるか、この近くの孤児院に行くか。どちらも君の幸福を保証できるものじゃないし、他とは違う環境で悩んでしまうかもしれない。

だから僕には、二つの選択肢を贔屓することができないんだ。

……君は、どっちがいいかな?』

 

少年は、切嗣の瞳を見て、どちらを選ぶかなんて迷うはずがなかった。

そんなこと言うまでもないと、少しだけ腹を立てて。目の前で寂しそうにしている顔へ、無言で人差し指を向けていた。

その瞬間、切嗣の表情は少年を地獄のなかから救い出したときの、優しい微笑みに変わっていた。

 

『そうか、それは良かった。じゃあ早速、退院の準備をしよう』

 

テキパキと支度を始める。追うようにベッドから降りたところで、切嗣は思い出したように口を開いた。

 

『あぁ。そうそう、最後に言っておくことがあった。

僕はね、魔法使いなんだ』

 

少年が切嗣のことを魔法使いだと知ったのは、このとき。

そして、切嗣が目指したものを知ったのは、縁側で最期を迎えるときだ。

 

『僕はね、正義のヒーローになりたかったんだ。そう、ヒーローは期間限定で、大人になると───』

 

このとき、少年は正義のヒーローになると誓い、一生の在り方(最期)を固定した。

やがて少年は成長する。それでも、やはり在り方は変わらない。

きっと、どう生きようとその人生の果てに目指したものは変わらないのだ。何かしら、偽りの夢を見て、どこか外れた道を歩く。

 

───

──

 

『ふざけるな、絶対に殺されてやるもんか…!』

 

だから、地獄の門をくぐるのは必然だったのだろう。

 

『聖杯戦争…そんな馬鹿げたもののために、大火災が起こったのか』

 

地獄の淵に戻ってきた。十年のときを経て、大火災の原因、魔術師の儀式(第五次聖杯戦争)に男は巻き込まれた。

儀式のために召喚されたサーヴァント、セイバーと共に戦場を駆けた。

何度も殺されかけた、何度か死んでいた。それでも捻れた心は死を許さず、十年前の悲劇を避けるためだけに動く。セイバーと過ごしていくうちに、男の在り方が少しずつ変わっていった。

 

『よろしくセイバー、俺も未熟なりにマスターとして戦う』

『止める、令呪なんか無くなろうと俺が止めてやる』

『今ならまだ間に合う、あの子を止めようセイバー』

『いい食べっぷりだなセイバー、おかわりは沢山あるから落ち着いてくれ』

『いってて、速すぎて竹刀が見えなかったぞ!?』

『セイバーってどこにいたんだ?』

『まさか。嘘なんて言う理由がないじゃないか』

『聖杯を手に入れる、なんて目標ができちまった。こりゃ、ますます頑張らないと』

 

だからこそ、男は最期まで納得できない。

 

『───じゃあな、ケリ着けてくらぁ』

 

セイバーは、最後に自らを救う選択肢を選ばずに旅立って行ったことに、納得などできなかった。

バカ野郎!と、取り返しのつかない結末に大声で叫んだ。

 

共に笑い合った日々。

───お互い、本当の笑顔を見せずに。

正体なんて追求するまでもない。似た者同士、気づいてはいた。だが、そう思っていたのは男だけで…。

 

最後の最期、男はセイバーを裏切った。正確には、旅立った瞬間に裏切っていたことを理解した。

大災害の記憶は男の幸福を望まない。カケラ程度の幸福が訪れても、男の脳裏にはその度に大災害の地獄が過ぎる。いつも見ている光景()だから、笑いを作っていることに気づかない。

 

俺だけが、幸せを授かってはいけない。

もういない誰かへと、過剰なまでの許しを乞う様子は異常だった。夢の中で理想を求め続ける旅を止めず、正義の味方に固執する男。

その在り方を、セイバーはいつしか壊していた。

 

『なんで笑ってるんだよ…俺はッ!』

 

歴史に名を残すはずがない英雄は、人との繋がりに長けたバカで。カッコつけて他人の心に踏み込んでくる、最高のお人好し。

膨大な恩を受けて、男の着眼点はどこへと向かうのか。恐らく、セイバーは知っていたのだ。

 

だから、衛宮 士郎()の正義は捻れ、理解されず。

 

 

「どうすれば正義の味方になれるんだ、か」

 

 

その答えを今も探し続けている。

 

 

 






お久しぶりです、ひとりのリクです。

ついに、3/4が始まりました。私にとって、全ての始まりでもあるこの章を、何度も何度も練り直してようやく辿り着きました。今年度いっぱいかけて総仕上げといきます。

次回投稿予定日は2/16(土)です。

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