fate/SN GO   作:ひとりのリク

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江戸は万事に在り

夜空に輝く朱い星を銀色の流星が打ち砕くその(かたわ)ら、キャスターは押し寄せる豪打の雨の隙間からあり得ざる現実に目を見開いていた。

 

「そんな、馬鹿な話があってたまるものですか…!」

 

朱槍が空中に放り出された瞬間、キャスターは思わず呟いた。

ランサー、クー・フーリンの両肩に刻まれる深い刀身が、決してわざと受けた結果ではないと物語っている。あの傷は戦闘に大きく支障をきたす、最悪もう立ち上がれないだろう。

どれだけの失望を感じただろう。相手はたかが魔術師一人。…いや、純粋な身体ではなく、サーヴァントの霊気が混ざった存在だ。

ケルト神話に名高き戦士クー・フーリンの魔槍ゲイ・ボルグが、心臓を穿ち損ねた理由にたどり着いた瞬間、苛立ちで思わず神殿の魔力を使い果たそうとしてしまいそうだった。

 

「あぁッ、どいつもこいつも私の邪魔ばかり」

「邪魔で済めばよかった、と後で吠え面をかくことになりやすが」

 

目の前で金棒を振るう少女が、輝きのない瞳にこちらの死を映している。とても気分が悪くなる現実、この少女には己の魔術が悉く相殺されてしまった。

目障りだ、早く引き離さなければセイバーたちがきてしまう。セイバーの武器、木刀を出されてしまえば勝ち目が消える。その前になんとしてでもセイバーを殺し、聖杯の元へと向かわなければならない。

あの日、アインツベルン城への介入をした英雄王たちの目的が、私の想像している通りなら間違いなく聖杯を手に入れられる。

そして、聖杯を満たすために中身を注ぎ込む必要がある。だからあと二騎、ここで敗退する必要があるのだ。

 

「まぁいいわ、こっちも悠々と時間を潰す暇はないの」

 

中身、それはランサー。そして、セイバーの霊気。サーヴァントならば五騎で足りるその盃。アーチャーごときならランサーに頼らずとも殺すことはさほど苦ではない。

だからこそ無視する。

問題なのはセイバーと対峙すること。

 

まだ手がある。残している一画の令呪が。

 

「ランサー、令呪に従い────」

「あと一画あることは分かっていましたよ。それを、周りを巻き込むような使い方をすると」

 

右手の甲に赤い光が灯り始めるのと、少女の魔力の桁が外れたのはほぼ同時だった。

 

「ッ!?」

 

互いの壁を崩すことのできない実力者同士が並行して走っていたはずが、一呼吸のうちに倍を越す力の差となってテリトリーに踏み込まれる。神殿にいてなお突き放された事実は、キャスターにとって厳しいなんて生ぬるい事態ではなくなっていた。

目に見ても分かる。この少女を取り巻くあらゆる枷を、自らの霊気に取り込むことで糧としたこと。神殿の魔術すら防いだ対魔力は、鋭い針に変わっている。これで突かれたら、確実に終わる。

 

「魔女を殺すならまず、居場所を潰す。本体を攻撃するよりも確実な手段だ」

 

外道丸の金棒はまるで積乱雲、振り上がる唸りは(いかづち)の如く。キャスターへと放たれるものではない一撃は、彼女の全てを奪い去るには容易い。魔女たる実力を発揮できる神殿が、迫る崩壊を察知して防壁を重ねていくなか、鬼は静かに目を見開いて行動する。

ダメ、金棒の進撃を許すわけにはいかない。

その一撃に込めた魔力は、己の守りすら捨てている。見送るはずがなかった。全てが終わる前に、私の魔術は少女を屠るだけの魔術を放つことができるのだから。

対魔力の時点から、人外に近い存在だと分かるから用心を重ねて五門。霊気ごと塵芥に帰すために、余剰すぎる魔力で仕留める。

 

「させるものですか!」

 

五門の術式を指先から展開する。焦りはない、ただこれで仕留めきれないときを思うと震えてしまいそうになる。ケルト神話のクー・フーリンを実力で押し返すなど、どれほどの逸話を持っているのか。

考えたところで答えは出せない。単純な事実だけを見ればいい。

 

次の瞬間、焼きつくように滑らかな閃きを放ち、砲口は茶色く歪む。

展開した五門は砲撃する意思とは反対に、音もなく割れていた。この場面で失敗したわけではない。痺れるような指先を掠めていった飛来物の出どころで、右手を伸ばし終えているセイバーを見て全てを理解する。

 

「勘違いをしているようだ」

 

魔術を拮抗させるどころの話ではない。一切の神秘が通用しない木刀をセイバーは投げてきたのだ。そして、最悪の相性である木刀の落下を止める手段もなく、そのまま柳洞寺の地面へ。まるで柔らかいナニかの上に落ちたように、切っ先が入り込む様子は不思議だった。

…いや、分かっている。

 

ここが神殿だから。これ以上にシンプルな答えなどない。

 

「居場所を潰すのはセイバー。私はあくまでも、アンタをあの世へ送るだけでありやす」

「セイ、バァァァァァァァァ!!!」

 

木刀が突き刺さった場所から、魔力が間欠泉のように夜空へと勢い良く吹き出す。

 

次の魔術を展開する前に、少女の金棒は全てを崩すだろう。

 

なぜなら、すでに金棒を振り下ろしている。

 

「そ、んな…」

 

足掻いた。

 

本当の魔女となって、勝利を獲ることを優先した。

 

勝つために汚名を自覚した。

 

それでも辛抱して、安息の地を望んでいる。

 

これまで積み上げたものが、あの一撃で終わる…。

 

なら。

 

ここで敗けるとしても、せめて願いだけは…。

 

「ッ」

 

衝撃を見届けるより先に、柳洞寺の裏へと姿勢を向ける。それが最善で、最後の希望を持ったことで優先したこと。

本来なら、少女が不意に溢した独り言など無視するものだ。

 

 

「あぁ、気配がないもんで今の今まで忘れていやしたよ」

 

 

外道丸が不意に停止する。この場面で止まるはずのない両腕は、信号が逸脱したかのように力なく金棒を手放す。

誰もが止まった。魔女の足も、神殿の崩壊を見届けるセイバーも、キャスターにトドメを刺す本人である外道丸すら。共通することはただ一つ。目を見開いて、人外に踏み込む男の拳を見送ること。

 

「この身を人だと怠ったな、人外なる少女」

「────────」

 

外道丸の右側頭部に叩き込まれる、宗一郎の左拳。そのまま頭と足は逆さまとなり、猛烈な勢いで地面へと五体を転がした。

跳ね上がる外道丸を降した動作は鮮やかと言うほか、簡潔に表現する時間がない。

 

「宗一郎…」

 

視線を向けてきた宗一郎の背後、セイバーが刀を握り駆け出したのが見えた。セイバーとはいえ、今なら対抗できると腕を上げて。横から割り込んできた人物に先を越され、セイバーが歩を止める。

 

「なんだよ、結構強ぇじゃねーかアンタのマスター。が、そっちばっか見てちゃ死ぬだろう。テメェのサーヴァントの底くらい把握しとけよ、それでも魔術師のサーヴァントか」

「……存外、動けるものなのね」

 

ランサーがケロりとした声で言う。

力なく垂れる両腕を物ともしない眼力が、セイバーに間を詰めることを許さない。感心した、まさか動くとは思いもしなかったから。まだ立てるにしろ、戦いのためだけにセイバーを倒しにいくと思っていた。

ならば最後に残った令呪は…。

 

「ランサー。令呪に従い、己の全てを賭してセイバーを殺しなさい」

 

最も本領を発揮できるように使うべきだ。

 

「あァ、聞き届けた」

 

心地良さそうに答えるランサー。

全身に駆け巡る令呪は、ランサーの意識を覚醒させる。死に体に見える身体にはまだ前進することができると、両肩の傷口から滲む血を忘れさせるようにぐるりと肩を回す。

深手は間違いない。しかし、なぜその動きを可能にするのかはキャスターが理解できないものとなっている。そして、全てを知るランサーは軽く息を吐くと同時、槍も持たずにセイバーの間合いへと踏み込んでいく。

 

最後の令呪は、ランサーの霊気をエネルギーに変換していく。

どこまで戦えるか。いや、ものの数分で決着となるだろう。それまでに私は、聖杯を手に入れられるだろうか…。

 

「キャスター、私たちは″どこ″へ行けばいい」

 

それでも、宗一郎がついてくれるなら。

 

「…一つだけ、この戦いを終わらせる方法があります」

「行くしかあるまい。ここに固執する理由があるならば、また別だが」

「いいえ、もう私には時間がありません。もう、その必要はなくなりました。…掴まってください、宗一郎」

 

きっと。一足先に聖杯へとたどり着ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「起き上がって大丈夫なのかランサー、もう膝も折れそうじゃあねえか。そんなに頑張らなくたって、誰も文句は言わねーよ」

「んなこと言って、全力で殺しに来やがる奴を前に寝れるか?まだ両腕が使えなくなっただけだ、足が動くうちはそりゃ暴れるさ!」

 

どんな身体をしているのか、なぜ立ち上がれるのかは、クー・フーリンの伝承を知っていれば頷ける。いや、そうやって無理やり自分を納得させるしかない。

左肩から右腰にかけて斬った傷は浅くはなく、右肩を見れば骨が砕けて使い物にならないと分かる。左腕だってそうだ。縦に刻まれた傷口から血が溢れて、両腕の機能は録なものじゃない。

 

だが。

セイバーが振る刀は一ミリも届かない。両腕を畳み、ときには目くらましのために振り回して血を撒き、セイバーの間合いの中でランサーは動き続ける。

 

「お前らみたいなヤツを、サムライって言うんだろ」

「ヂッ」

 

切っ先が伸びきったところで、セイバーは返すことなく流れに任せて上半身を右へと傾ける。直後、ランサーの(かかと)がセイバーの鳩尾だった場所を突き刺した。先を読み、全てにおいて決着のために精神を研ぎ澄ます。すぐそこにあるはずの死を、ランサーは身体に刻まれた戦場での経験を呼び起こして、逆転させんと立ち回る。

たまらずセイバーは体重を後ろへと置いて距離をとる。

砂煙を肩で押し、犬歯を見せながら戦士は立っていた。傷口などないと言わんばかりに左腕を上げて、感覚を確かめるように勢いよく握りこぶしを開く。カコンという音と共に遠くから稲妻を連想する機軸を描き、魔槍ゲイ・ボルグが主の元へと帰還した。

 

「サムライって人種はしらねぇよ。けど驚くぜ、あんなヒヨッコがこの短期間で俺に傷二つ刻んでくるとは!魔術師、だなんて馬鹿にできねーなァ全く」

 

矛先とともにランサーの視線がこちらへと向けられる。警戒など通り越して、敵と認識した者へと送る純然たる殺意は、二度と慢心など生まないことを悟らせてくれる。

戦いに生き、誇りを胸に立つ男の本質が、セイバーと纏めて来い、そう言っている。

 

「上等だよ、絶対に退くか…」

 

向けてきた殺意に応えようと身体を動かそうとして、

 

「ッ、え」

「…」

 

腰から下の感覚が途絶え、両膝が地に立っていた。

不恰好に刀を地面に突き立てても、それ以上は身体を起こせない。血が焦る、魔術回路が切れかけている。自分で気づかなかった異常でもない。まだ戦れると誤魔化そうとしていた現実に追いつかれてしまった。

 

「贅沢にもオメーさん、サーヴァントの宝具を埋め込まれたんだろ。それだけでも廃人確定なんだぜ普通は。

あの狂戦士に感謝しとけよボウズ。まだ心臓が動いてんだからな」

 

言われるまでもない忠言を聞き視線を上げると、ランサーの瞳は俺を映してはいなかった。

 

「んな余裕ねーだろ」

 

獣のごとき白歯が隅々まで尖り、駆け迫るセイバーを捉えている。

間合いに入られても動く様子はなく、ただ立っているだけのはずなのにランサーの姿は…。神殿を支える円柱に見えていた。

セイバーはそれを知ってなお刀を突き出した。全ての攻撃に集中し、どこに避けても追撃できる体勢で、絶命の一手となる心臓を穿つ。

 

「セイ…」

 

そのとき、朱槍を手放したランサーの行動にもっと慎重になるべきだった。

 

「腕が使えないからなんだ、戦うにはちょいと物足りなくなったってだけだ」

 

夜空の照度でもハッキリと見える鮮血のカーテンは、ランサーとセイバーを区切っていた。刀身が貫いた正体はランサーの左手のひら。大きく開いた五指が中心部の異物に反応し、指先をピタリと当てる。

指先五本だけでセイバーの刀を止めた。それに気づくには、戦士の底を知らなさすぎた。

刀を引き抜こうとしたセイバーが理解して反応したときには、その行為が無意味だと知るランサーの右拳が頬を打ち抜いていた。

 

「貴様の心臓なら確実に穿ってやる」

 

吹き飛ぶセイバーに合わせて刀も手放すと、地面に伏せるほどの勢いで姿勢を低くする。

こちらに向かってくるように見えない。あれはまるで、その場から真上に跳躍するつもりのようだ。いや、まて。まさか…。

 

「アルスターの戦士ってのは、意地っ張りが多くてな。先に生きる奴らを前にして、無様に寝っ転がるなんて以ての外なのさ」

「ッッ…!!!」

 

その行動の意味はおそらく、ことが始まるまで分からない。

ランサーが消えた瞬間は見えず、きっと真上に跳躍すると考えつかなければ見失っていた。意識が背中を逸らそうとするが、それは間違っていると全身に力を入れて踏ん張る。見る先は夜空じゃない、そんな大きなもの見てしまえば雰囲気に飲み込まれてしまう。

ただ…。

 

「そこか」

 

…ただ一点。

身体に染みついた殺意を辿って見上げる。いざ見つけようと思えば、あまりにも身体に馴染んだ殺意が居場所を教えてくれた。

 

今更、青い身体が常識に囚われていないことなど再認識するまでもない。空中からこちらを見下ろす野生の眼力が、嫌という程に物語っている。

じゃあ、夜空に向けられた両足と、地に逆らい反転する頭は?

 

「アイツ、なにを蹴りおろす気だ……!?」

 

熱が外に逃げ出していく感覚は、死を目前にした恐怖。ならランサーの行動は間違いなく…。

確信した、あれは宝具。…それでも足は動いてくれない。

 

「いつつ、あそこか。案外、気楽に寝っ転がってみるもんだぜ」

 

のそりと、視界の下で動く影が一つ。呑気にも立ち上がり、頭をかく。士郎が向ける視線を辿り、セイバーは薄く笑った。

 

「ったく、空高く跳びやがって。とんでもねぇ形で約束を果たすつもりかコノヤロウ。そんなフラグ回収、誰も覚えてねーっつーの」

「セイバーなら、ランサーを落とせるはずじゃ」

「そうか、外道丸から聞いたか。だがありゃ無理だ、首を落としたとしても止まらないぜ。そうだな、令呪でもきっとダメだ」

 

宝具の意味を理解するや、地上に放置されていたゲイ・ボルグがランサーの挙動に合わせて跳ね上がる。

あの日の夜を思い出して、即座に桁違いな威力となっていると分かった。同じサーヴァントが放つものかと疑うほど凝縮されている、絶対の自信。

決定された死が霞むほどの恐怖、ただ実現される執着の一撃。あぁ、セイバーが逃げずに立ち向かう意味が頷ける。足が動かない…それでも、あの日の夜とは打って変わり、立ち向かわなければならない。

 

「あいつも渡されたモン(バトン)がある。そういう男が命を賭した一撃は、どこに逃げようと無駄なんだよ」

 

セイバーが左腕を掲げ、勢い良く振り下ろすと白銀の光が描かれた。

 

…こんなときでも、この人の背中を見ていると落ち着く。

 

蹴り穿つ(ゲイ・)

 

次に、地面を叩く大きな音とともに身の丈に少しだけ似つかわしくない、古風な傘が出現した。

 

…あれも宝具だ。セイバーにとって、命に等しく大事なものだと分かる。不敵で、頼もしい笑顔がそれを物語っている。

 

バトン(約束事)持った人間には、テメェ(自分)バトン(我儘)握って先にゴールすりゃいい。士郎、その最後の一歩は任せてくれ。

俺の受け取ったバトンと纏めてゴールしてやらァ!!」

 

傘を開く。空へ向けて、まるで月明かりを拒むように。

当たり前の使い方は、これから降る死の雨を凌ぐことができるのか?緊張感は……ないとは言えない。それでも、くだらないトラウマを今は熱と一緒に外へ弾き出せ。

 

「いいや……!最後の一歩は同時だ。俺にじゃなく、セイバーの一歩に合わせてがいい。ほら、まだまだ動く」

 

言葉が先に前に出て、奮えたつように足に芯が通る。

セイバーが持つ傘に、逃げるためでなく勝つために入る。

傘の手元に右手を出し、絶対に離さないように強く握りしめる。

不恰好でも、隣に立てた今、もう恐れることはなにもない。この傘にはきっと、俺みたいな人たちが何人もひしめき合ってできている。

 

「だから俺も、それを受け取る権利はあるよな。バトンタッチってのは、多ければ多いほど良いもんだろ、セイバー」

 

アルスターの戦士、クー・フーリンの所有する魔槍ゲイ・ボルグ。

投擲方法を意味する名前の槍が、真名解放のもと、主人の元へと戻る朱槍に被さる。宙で蹴りおろす右足は、真上に跳躍した朱槍の進行方向を、魔槍に相応しいままに禍々しく唸り二人目掛けた。

 

死翔の槍(ボルグ)!!」

 

蹴りおろした瞬間、朱槍の矛先が分裂する。一寸と進めば二つに、二寸で五つ。距離、数に法則もない。見分けられるはずがない。瞬く間に夜空を覆い、クー・フーリンの魔力を吸い上げて朱い槍は局部集中豪雨と化す。

たった二人の頭上にしか降らない死の雨は、地球の裏側に瞬間移動しようとも通り過ぎない。一身に受け、雨雲が消滅するのを待つ意外に方法はなく、必然的に雨を凌ぐほかに選択肢はない。

 

「フ…あぁ、こーやって、お互いに笑ってな」

 

宙で響き渡る雨音に被せ、二人の笑みが交差する。

 

そのとき、セイバーが握る傘の中には、士郎自身の他に、二人の少年少女の姿が見えていた。

 

いつか聞いた声と重なり、すでに死の雨音なんて掻き消されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い匂い

 

 

『あ〜ら、そこにあったのね。小さな器さん』

 

気づいたのは、バーサーカーを従えるホムンクルスを見たとき。

聖杯に固執する少年が辿り着いた場所を興味深く観察していると、思わず笑みが溢れていた。なぜなら、少年が求めているモノ(イリヤ)は、聖杯戦争の商品なのだから。

短い時間ではあるものの、神殿造りと並行して小さい聖杯を探していた。元々、大聖杯だけじゃないとは思っていた。どこかに受け皿の役目を果たすナニかがあって、私たちサーヴァントが大元の『座』に戻る力を利用すると。

そんな手順、私には必要ない。五騎分もあれば十分に聖杯を使える。

とにかく急いでいたのだ。聖杯戦争がじきに始まるが、魔術を使えない人物がマスターだと知られれば真っ先に陥落される。勿論、そんなヘマをするつもりはない。それでも保証はほしいと思うはずだ。聖杯を持っていれば、これ以上に身の保身になるものはない。

 

そして、私は見つけた。

″手遅れ″に近い大聖杯を。

 

『そんな……割れている。少しでも手を加えれば、この大聖杯は一気に四散してしまう…!!』

 

傷ついたソレを見つけた私は、大聖杯の活用方法の模索を諦めた。

 

『大元が壊れかけているのに、なぜ聖杯はサーヴァント七騎も維持できるの…?』

 

怖かった。失うのが怖かった。冬木の聖杯にヒビが入っていると知ったとき、私は中身を覗くことを止めた。

なにが原因で壊れるか分からない。宗一郎と過ごす時間が、いつ消えてしまうか分からない。

神殿を造ると言いながらその実、大聖杯を補強するための最終手段。大聖杯が見つからないようにするために、その場所を隠すためのカモフラージュ。

 

 

「やはり、君はここに来るのだね」

 

 

それも、この弓兵によって一気に崩されていった。

 

セイバーのマスターが住む敷地に転移した私たちを、あたかも来ることを知っていたかのようにアーチャーは一人待ち構えていた。

前に出ようとする宗一郎を制して、真っ先に魔術を発動する。

 

「ふん、生意気な。弓兵らしく弓を射ていればいいのよ」

 

両手に現れた双剣が、一息のうちに魔術を斬り伏せる。

 

「お前…」

 

平然とそれをやってのける意味を、深く理解してのことだろうか。初見で防げるような速さではなく、慣れていても対魔力に頼るのがせいぜいのはず。

 

「……似たことを、生前も聞いたな」

 

駆けるアーチャーを前に、剣が無意味であると教えるように砲門を横並びに展開し、一斉に放つ。霊気を塵にするための魔術は神々しい光を浴びせ、音もなく屠る。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

…はずが、七つの花弁は神代の魔術を防ぎきっていた。

 

「盾、ですって!?」

「──、──」

 

次を準備する隙間を縫って、花弁の奥から白銀の刃が姿を見せる。

 

しかし、驚いたのはアーチャーの動きにすら合わせて飛び込んだ宗一郎の冷静さ。

 

正確に、魔術も纏わない拳は眉間に繰り出された。大地を踏みしめた音と、眉間を打つ衝撃がサーヴァントにすら通用すると確信した。

 

眉間の衝撃は刃の軌道を曲げ、地を這うように力なく速度を落とす。大きく仰け反り、アーチャーの姿勢が崩れてゆき、ようやく詠唱を一つ挟むだけの余裕ができた。

 

「そうッ!来るよなァ、アンタなら」

 

眼光は果てることなく、より輝きを増して再び宗一郎を見る。浮きかけた両足底が地を踏み、二度と離れまいと腰を落とす。その衝撃は地響きを起こすのかと錯覚させるほどで、アーチャーの髪型が崩れていく。

宗一郎の目が驚きに満ち、微かに開かれる。彼がこんな表情を見せたのは初めてだった。もし、恐怖を知っていたのなら、私が除かなければ。

 

「止まりなさい!!」

 

盾は出せまいと、指先に砲門を展開する。

だが、その敏捷性を前には無意味なものだった。容易く潜り抜けた前には、対峙する宗一郎。いくら宗一郎が強かろうと、最大に警戒したサーヴァントを前にしては、人という壁に阻まれてしまう。

 

「いや………!」

 

それを知りながら拳を強く握る宗一郎の前に、隙間を作るように飛び出す。

抵抗が無駄なことだと言いたいのではない。そんなこと、私には畏れ多い。

 

「はッ……ぁ」

 

背中に走る衝撃を確認して顔を上げると、頬に血が付いた宗一郎の顔が映る。

 

「その血は……貴方のものでは、ないですか……?」

「あぁ。私は傷一つない」

「よかっ、た………」

 

いつも真正面に立つことを避けていた。

聖杯戦争のことを多く話せず、神殿の中身を教えるなど以ての外だ。結局、隠し事をして私の名前を伝えることはできなかった。伝承を知ったときのこの人の顔を、どうやって見つめればいいのか。

 

私の願いはこれまで叶っていた。泡沫の夢を過ごしてこれた。これ以上の贅沢は言わない…。

だから、宗一郎の願いを優先してほしい。

 

「そこに、お前の望むモノがあるのだろう。待っていろ、必ず持ち帰る」

「あぁ、やはりいけません。宗一郎、どうか私の願いを終わらせないで。生きて、ください」

「無論、生きる(帰る)とも。その前に私は、指導をしなくてはならない。だからお前は、先に帰って休んでいなさい」

 

宗一郎の表情は変わらない。

 

「………はい。どうか、そのように」

 

それが普段通りだったので、宗一郎の言葉が実現できるものと信じて最後に安堵の笑みがこぼれていた。

 

 

 

 

髪を撫で上げたとき、キャスターの姿はなくなっていた。

 

「…あんたには聖杯が必要ないだろう」

「そういうものだった。必要とあればキャスターに手を貸し、彼女の思うようにことを進めていればいい。それは、積極性に欠けた姿勢だった」

 

代わりに、生に執着する男が現れた。

俺の質問に淡々と答えるところは変わらない。だが、言葉に込めた熱は間違いなく人のものだ。

結局、この人も変わらないと複雑な気持ちになる。

 

「もうキャスターはいない。彼女があんたの戦う理由だって?なら尚のこと、彼女の願いを叶えようとするものだろう」

「おそらくはお前と変わらない理由だ。人には理解しがたいモノがある。それを、私はとうの昔から持っていたようだ」

「……」

 

脳の片隅に針で突かれたような衝撃が走る。

もう少し語り合う時間があれば、別の道を選べただろう。

目の前で構えをとる様子に迷いがない。だからこちらも説得を諦めて、双剣の片割れを取り出す。

 

「なら、仕方ないな」

 

左拳を突き出してくる。どんな人間、人外だろうとこの男の拳に捕まることは死に繋がる。殺しに特化した毒を持つ危険な人物。

だが、知っていれば見ることができる。受けたことがあれば、捌くことは不可能ではない。

 

振り抜いた左拳を見て、剣を葛木に突き刺す。

 

『どうして殺さないといけないんだ、まだ話し合いすらしていないのに!』

 

どこかで、バカな人間の声が響いた気がした。

 

「………………………………………………」

 

手元を見れば、崩れ落ちる葛木 宗一郎の姿。

生死の確認をしようとして、その必要がないことを視界の隅から割り込んだ手に教えられる。

 

「そう、アーチャーはこっちを選ぶのね」

 

凛は、葛木の首元に手を当てて数秒し立ち上がるとそういった。

 

「なにか文句でも?悪いが、聞いたところで受けつけないぞ」

「ううん、私も甘いなって。こんなところでも似てるんじゃない?」

「モノの終わりなんて時価だ。結局、迷いがあった時点で、この男には生きる価値があるということだろう」

 

その一因のことで表現しがたい感情を知ってしまった。

深くため息を吐く俺を見上げて、凛が面白そうなものを見たとばかりに笑顔になる。

 

「どうした、凛」

「うん、葛木を殺さなかったのは意外だったの。ねぇ、おかしな話なんだけどアーチャーってば、葛木のことを知ってるの?」

 

なんの意図もなく、雑談として凛は聞いてきたのだろう。

とても気の抜けた声だったので少し油断してしまったけど、小さく笑って誤魔化した。

 

「…あぁ、少しね」

 

葛木の身体を持ち上げるときに小さく呟いた言葉は、凛の耳元に届くことはなかった。

 

 

 

 




お久しぶりです、ひとりのリクです。
投稿予定日がずれにずれたことをお詫び申し上げます。すいまっせんでしたー!
そして、重ねて謝罪します。3/4章を延期し、今年度いっぱいを目処に完結することを目標にしました。2019年3月28日までに終わらせます!活動報告で先に載させてもらいました。もしお時間がありましたら、そちらも確認してください。

最後は少し(かなり)駆け足で終わった2/4章。
終わったから書いちゃうのですが、前半に時間を使いすぎて後半やむなく削った場面というものが多いです。2/4章で一番の反省点…。
削った場面をボツシーンとして投稿するか、本編に使うかは考え中です。まずは、3/4章を全力で書き上げます。

こんな不甲斐ない私の作品に、ここまで付き合っていただけたことに最大の感謝を込めて、今年最後の投稿にさせていただきます。皆さま、お気に入り、評価、そして感想をありがとうございます。
作品の中の銀時や士郎に胸を張って完結できるよう、最後まで精一杯書きます!どうぞこれからもよろしくお願いします!

【最後に】
3/4章のタイトル、プロローグを発表します。
もう少しだけお待ちください。
結末まで、あと少しの時間を必要とします…。
それでは皆さま、良いお年を!



3/4章 夢の果て(imitation)

去り際に溢したいつもの笑み
隣に立ちながら別れを告げる
侍は先には行かない
隣に立つことを選んだ少年との約束を果たすため
決戦の地に絆を憶い連れて行く

〜俺らだけになっちまったな〜

英雄の名に違えた存在が二つ
照合しない影と歩幅を合わせ視線を交わす

〜約束を覚えているか、セイバー〜

見据える先は正義の丘
空想の侍を、曇天の戦地が迎え討つ






『ここからは、2019.1.9〜公開した″迎春特別編″となります。3/4章の後書きを予定していましたが、諸事情により変更しました。5千字はありますので、お時間があればよければお楽しみください』


あけましておめでとう、新年を迎える朝に欠かせない挨拶を終えた衛宮邸の居間。
お雑煮を食べ終えて、居間で一息をつく士郎のもとに玄関のポストを確認してきたセイバーが戻ってきた。

「どっこらせっと。士郎、ポストに年賀状がゴッソリ来てたぜ〜」
「ありがとうセイバー。この前、ハガキ出したばかりだけど。もう年も明けたんだなぁ、途轍もなく時間の流れが早い気がするよ」
「若いうちからジジイ臭いこと言ってんじゃねーよ。今からそんなだと、これから先が思いやられるぜ。
んで、毎年こんなに年賀状を書いてんの?」
「いや、もうちょっと少ないはずなんだけど、もしかしたら藤ねえが試し書きでも入れたのかも。面倒臭がりなところあるからな〜。どれどれ、おっ、まずは慎二からだ」

厚さ十センチはある束の一番上をめくり送り主の名前を言う士郎に、セイバーが反応する。

「エッ、あいつにも出したの?ちょ、どんなこと書いてんだよ慎二のやつ。どうせ桜の自慢話とかだろ?年賀状なんて妹の写真貼りまくった気色の悪いイタ年だろ?」

【もうすぐ劇場版『fate/stay night Heaven's Feel 第二章』ですね】

そっち(現実)の話題持ってくんじゃねェェェ‼︎‼︎」

まるで公式ホームページのごとくドス黒い年賀状を見て、たまらず床に叩きつけた。

「第一章の慎二(CMのみ)かっこよかったもんな」
「さりげなく2019.1.12(土)に公開されることをここで告知してんじゃねーよ。こんなもん送ってくるくらいなら、劇場版第二章の前売りチケットも付けやがれってんだ」
「家にある前売りチケットは売り切れたって書いてるな」
「こえーよ、あいつの家なんなんだよ」
「お、慎二の年賀状に続けてこんなのが送られてきてるぞ!」

士郎が次に手にした年賀状の差出人は、ライダーと書いてある。

【慎二、アナタはドヤれるようなことしてませんよ】

「年賀状で会話すんなァァァァァ‼︎‼︎」
「ちょ、見てくれセイバー。まだまだあるぞこれ」

【お前、僕の映画のPV知らねえの?原作未プレイは騙せる強キャラ感とか、ufotabl○じゃなきゃ死んでたって褒められたんだぞ】
【アナタ、あそこだけは強そうでしたね】
【PVの僕やばすぎじゃね?観たか?】
【それより、主人公のピンチに颯爽と登場しアサシンを撃退したライダーカッコいい‼︎と多くの声が聞こえます。桜を守れば守るほど、私の株はうなぎ登りです】

「まぁ慎二はシャイな一面があるから仕方ないよ」
「いや、家でやれよ!こいつら俺たち通さないとロクな会話もできねぇのかよ。つかライダーに至っては自画自賛じゃねーか。しかも、こいつ桜より腹黒だよ。桜の闇が感染しちゃってとんでもない悪性飛び出してきてるよ」

年賀状の白さに反比例するライダーの腹のなかに引きつつ、セイバーは次の年賀状を士郎に促す。

「…セイバー、英雄王からも来てるぞ。意外と普通の年賀状なんだな」

ごく普通の年賀状を渡す。
金泊もなにも施されていない。なんか、慎二の家の住所と瓜二つなんだよな。あ、一緒だこれ。
ただ、丁寧にも筆を使っているのを見ると常識はあるんだなと思い裏を向ける。

【劇場版、(オレ)の活躍はまだですか】

「こいつもかァァァァァ‼︎‼︎どんだけ目立ちたいんだよ。第二章公開まで待ってろバカヤロウ‼︎‼︎」
「第一章じゃチラッとしか映ってなかったもんな。
キット次ハカッコイイ出番ガ貰エルヨ……」

敢えて、英雄王への言葉をのみ込んだ。
なにを…だって?さぁ?

「んだぁ、次々!はっ、アーチャーの野郎からもきてるぞ」
「えぇ…あいつもか。どんなこと書いてるんだ?」

【玄関でおせちを用意してスタンバってます】

「気持ち悪いわァァァァァーーー!」

アーチャーの年賀状をくしゃくしゃに丸めると、庭に出て塀の向こうに投げ捨てるセイバー。

「ったく、正月だからって何でも許されると思うなよ。許されんのは正月の課金エラーで福袋引けないくらいまでだ」
「いやそれもダメなやつだから。そんなの許したらなんでもありになる。それを見越した運営がアーケードで福袋実装しちまうぞ」
「俺ァゲームに課金なんざしねーからいいの。こういうのはガキがやってこそ可愛げがあるんだろうが。おっ、これこれ。ホレ士郎、こういうのが可愛げがあって俺は好きだなぁ」

居間に戻ってきたセイバーが真顔で手にした年賀状を受け取る。

【士郎とゴールインしました。お・さ・き・に♡】

という文と共に一枚の写真が添えられていた。
ウェディングドレスを可愛く着飾るイリヤ。普通に似合ってる。
…いや、問題はその横だ。首から上に衛宮 士郎の写真を貼り付けられたバーサーカーがパツンパツンのタキシードを着こなしている。

「何してるんだイリヤァァァァ!!!可愛げってこれ、士郎の首から下明らかにバーサーカーだぞ!!??ちょっと興奮(バーサーカー)したら士郎がただの露出狂になっちゃうだろこれ!!!」

士郎が仰け反りながら頭を抱えるなか、セイバーが次の年賀状を見て乾いた笑いをあげた。それを受け取る。

【あら奇遇ね坊や。私たちもこの前、教会のところで式を挙げて籍を入れたばかりよ。これからは仲良く、そしていずれは子育て仲間としてよろしくやっていきましょう。
P.S 今度元旦に教会でちょっとしたイベントを開催するんですって。それの試食会に誘われたから坊やも来てみない?】

「わ〜、おめでたいな!っじゃないよキャスター!?なんでイリヤはキャスターのところにも送ったんだよ、どうしてキャスターは違和感を覚えないんだ!そしてP.Sに至っては今日送られても間に合うわけないじゃん!!!!」

テーブルを叩いた反動で、年賀状の束が微かに浮き上がる。
それを見るセイバーは、年賀状の中身に嫌な気がしていたが、誘惑に負けて一枚めくる。

「…おい士郎、これ」
「はぁ、はぁ。またアーチャーから?」

【会場の外でスタンバっているのだが、ウェディングケーキはいつ持っていけばいい?
お前の良しとするタイミングで合図ください。別に、最高の思い出を残しても構わんのだろう?】

「こいつもなに会話聞いてんだ!
めっちゃ善意丸出しなんだけどムカつくわ!ていうかどうせ塀の向こうにいるんだろ、直接言いに来いよ!バカしかいないのかサーヴァントは!」
「なぁ、この積み重なった年賀状。もしかしてロクなもん無いんじゃねーの?もう捨てたほうがよくない?って思うんですよ士郎くん」
「…………………いや、全部見るよ。捨てたら返事もできないし、それにこれ全部がこんなのとは限らないだろ」
「ちよっとだけ考えたな。まぁこっからは聞き流す程度な気持ちで読もうぜ。音読すっから」

肩で息をする俺に気を遣ってくれるセイバー。
その優しさだけで心が和む…。

【先日、新都の教会で行われる麻婆豆腐パーティの試食に出かけたキャスターが帰ってこない。教会に聞いても心当たりがないという。衛宮はなにか知らないか?】
-差出人 葛木-

と思いきや、いきなりのこれだ。

「知ってるか?」
「…知らない。俺らには関係ないことだときっと」

キャスターの安否が気になるが、次を読む。

【ランサーが消えた。行方を知らないか?】
-言峰神父-

「………セイバー、劇場版第一弾で活躍した人たちが消えてるんだけど。これ、本当に大丈夫なの?」
「気のせい気のせい。だいたい、これまでの令呪を使って毎日麻婆豆腐食わせてんだろ?そりゃ逃げるわ。それによ」

セイバーは一枚の年賀状を士郎に見せる。

【アサシンの所在を知りませんか?まだパスは繋がってるのですが、一晩のうちに消えてしまいました】
- 差出人 山門-

「ほれ見てみろ。全く関係ねえアサシンだって失踪してる、考えすぎだって」
「いや明らかに劇場版引きずってるよねこれ。つか差出人の山門って誰だよ。まさか柳洞寺の山門?ちょっと待て、どうやってハガキを書いてポストに入れたんだ?」
「知るかよんなもん。イタズラかなんかだろどうせ。これだって、イタズラ感満載だし」

【元日、教会にて新年の挨拶を行います。御来場下さった方には自家製麻婆豆腐をプレゼントするので、胃薬を持参してください】

「イタズラ心ありすぎだろォォォ!!この神父(テロリスト)、教会でどんな布教しようとしてるだ!?ランサー消えた理由がハッキリしたわ!」
「イタズライタズラ…あ〜、こんなのもあるけど、絶対怪しいって」
「内容確認してからどうするか決めよう」
「住所はフランスかこれ、士郎宛だな」
「そんなところに知り合いなんていないよ!」
「名前は…」

【拙者、名も知らぬオルレアンの英雄。またの名を、ドラゴンスレイヤーと呼ばれている漂流者】

「知るかァ!100%赤の他人だよこれ!」

【記憶をなくし、流れ着いた先で助けてくれた人たちは、幻想種なる竜に襲われて困り果てていた。衣食住を提供してくれる彼らへ恩返しにと、手にしていた物干し竿という刀で竜を倒していたところ、いつの間にかドラゴンスレイヤーと呼ばれるようになっていた】

「…まさかのアサシン!!どこに流されてるんだよアイツ、なんで幻想種と戦ってんの。どんだけ世紀末な世界だ!
つーかなんなのこいつら、どうして当たり前のように人ん家の住所知ってんの!?」
「落ち着け!それより続き、続き!」

【記憶をなくしたが今の生活には満足していた。このままドラゴンスレイヤーとして名を馳せ、ゆくゆくは強敵と刃を交えるのも悪くない。そう考えていたときふと懐を探ると、一枚の長い紙が入っていることに気づいた。現地で竜をともに倒していたナントカという場所のマスターに見せてみたところ。

『ちょっと分からないから、ロマンに解析をお願いしてみるね』
数時間後、ロマンなる面白い男が興奮気味に言ってきた。
『すごいよこれ!ねぇドラゴンスレイヤー、これ複数枚持ってない?言い値で買うか……あ、まってくれレオナルド。そのパンチは洒落にならないから!
こほん、内容を聞いても分からないだろうから、詳しいことは後ほど。それより重要なことは、それ、僕たちと敵対しているうちの一人も持っていることを確認している。そして、彼らが向かう先にいるはぐれサーヴァントにも同じものを確認した。もしかすれば、特異点攻略の鍵になるかもしれない。ただ…』

罠だとしたら、死ぬかもしれない。そう冷静に言い放つ彼を後ろに、草原を駆けた。





草原の真ん中で、竜を従える大きな旗を持つ女性らの先陣を行く槍兵が一人。そして、槍兵と対峙するようにローブの下から覗き見る女性が薄ら笑いを見せる。

「どこぞと知れぬ英雄よ、我らが聖女に従うのであれば命は保証しよう。だが断ればその心臓、貰い受けることになる」
「どちらもお断りよ。誰かに縛られるなんて懲り懲り。しかもあなたのご主人様、全然可愛くない幻想種を従えているんですもの。悪いけど帰ってくれないかしら。不完全な召喚のせいで記憶があやふやだけど、あなたの面構えはどうにも気にくわないの」
「可愛くないってのは同意だ。まぁ実は俺もな、舌の煮えるような刺激に起こされてみりゃ記憶も飛んで、挙句に堕ちた聖女様に捕まったわけよ。ま、飯は上手いし指揮は上々。多分、前のマスターより好感度は高ェから従っちゃいるがね」

両者の意識が前へ行く。
言葉を交わす意味が途端に薄れ、どちらかの失笑が次の段階へと押し上げる。

「舌の煮えるような…?まぁいいわ。痛覚を共感したところで、このむさ苦しさは和らがない。他のマスターを探すから、すぐに退きなさい」
「それじゃあ仕方ねェ!!」

槍兵は魔力を纏い。
女性は魔術を行使し。

その力がぶつかる直前、影が一つ割り込んだ。

「そこまでだ、戦士にご婦人。どちらも己が誰かも分からぬまま戦うなど、まことに意味のあるものか?」

背負う物干し竿が攻撃の意思を隠し、言葉によって両者の足を止めた。

「邪魔をする意味、充分に分かっているんだろうなキサマッ!」
「…その口ぶり、あなたは私たちの正体を知っているというの?」

槍兵の声が流れていくが、気にも留めない女性は割り込んだ侍へと問う。

「否、私とて己のことを忘れた身。ならば記憶を無くした者同士、その在りかを探す旅に出ることをどうして咎めるというのか」

侍が袖から取り出した一枚の紙を見て、槍兵と女性は真似るように同じ紙を取り出した。
あまりに自然に手に取っていたものだから、驚きと困惑が表情に浮かんでいる。侍はそれを見て、ふっ、と笑った。

「まさか、という顔だな。だが事実、この一枚が示す館に我らの記憶の鍵が眠っている」
「驚いた、まさかそこの男と私、そしてあなたが記憶をなくす前に共通点があると言いたいわけ?」
「俺らの召喚された理由…それが、この紙に込められていると?」
「そうだ、私たちの全てがここに詰まっている。忘れている己が使命を思い出すときだ」

最早、言葉など不要だった。
我らは武器を棄てることに戸惑いはなかった。なぜなら、武器よりも重く、大切なものを既に持っているのだから。

「共に行こう、映画館へ」

みんなで映画を観に行きます】


「カーッ、ペッ!」

長い文章が連なる、その約束された未来が待つ年賀状にセイバーは痰を吐き、ゴミ箱へ破棄した。士郎は静かに拍手を送り、次の年賀状を取る。
首をほぐしながら更に年賀状を手に取るセイバーは、内容を読むや士郎へと渡す。

「士郎、これ」
「ん…?」

【オルレアンでスタンバるつもりが間違えてオケアノスに行ってしまった。仕方がないので特異点修復がてらセプテムを経由してオルレアンに行くが、セイバーへお土産を持っていくとすればなにがいいと思う?
聖杯はありきたりすぎるだろうから、ここは木刀の柄にご当地の名称を刻んだお土産が】

最後まで読むことなく、士郎はその年賀状を解析する。
薄緑色に光った瞬間、ガラスのようにパリッとヒビが入る。

「おっと間違えて強化の魔術を使って割っちまった」

そんなもん投影してろってんだ、全く。そう呟き、士郎は一旦年賀状を読むことをやめた。
とても疲れた。
だから気晴らしにと携帯電話を取り出して、FGOを起動した。

「よーし、福袋でも引こうかな〜っと」

それに習うようにセイバーも携帯電話を取り出してFGOを起動する。
二人揃ってガチャ画面を開いて、福袋ガチャを選択すると。

「「…あっ、正月エラーで石が買えないや」」




【オルレアンに残された者たちのその後】

あまりにも流れるように去っていく部下を見て、駆けつけたカルデアのマスターを前にしながら聖女はヘソを曲げる。

「……ぐすん。イベントの周回するからもう帰る」
「ジャンヌ!?」
「ていうかここ、電波届かなさすぎなのよ!ただでさえ運営のサーバーがゴミ屑なんですから、せめて場所くらい近代都市にしなさい!」
「それではジャンヌが復讐者としての意味が薄れますが」
「……あァァァァ!もういいわよ、Wi-Fiのあるカルデアに行きます。これは決定事項、決定事項なんですから。さぁカルデアのマスター、早く石を砕いて私を召喚なさい」
「ちょ、プレゼントボックスに入ってくれないの?あ、ちょっとなんで勝手に石使ってガチャしてんの!ちょ、スキップはダメ、楽しみがなくなる!…しかも爆死じゃないか、ヤメろこのヤロウ!
ああ、一万円分もあるのに来ないじゃん!ディライトォォォォォォォォォ!!」
「落ち着いてください先輩、これは罠。罠ですよ!」

こうして、第一特異点 邪竜百年戦争オルレアンは修復されたのであった。

そして…。

「ねェ、オルレアンを修復したら立て続けにセプテムとオケアノスの特異点も修復されたぞ!どういうことだいレオナルド」
「私が知るもんか!」

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