Light infection
どれほどの時が経っただろう。
呼吸はさほど繰り返していないように思えるし、待ちわびた決着のときを前に無意識のうちに深呼吸をしているかもしれない。
セイバーのマスターが通り過ぎて。待った、待った。瞳を閉じて、まぶたをあげて。ただ前を向いて、石段の下を見続ける。今宵においては、見惚れるほど美しく輝く星空さえ、気分を高揚とさせるための肴でしかない。
セイバー…。坂田 銀時との約束を果たすため。令呪の束縛を受け入れながらも、待ちに、待って。
「いざ───」
心の底から再会を祝って、佐々木 小次郎として長刀、物干し竿を背中の鞘から振り抜いた。
視線の先には、石段を駆け上がる銀髪の侍。
最後に。坂田 銀時に心の中で謝罪した。その瞬間、脳裏に焼き付けられた言葉が、全身の神経をくまなく駆け巡る。
『令呪をもって命じます』
指先から感覚が変わっていく。己のものではない。
『セイバーへの遊びを禁ずる』
キャスターの令呪に支配されていく。ゆっくりと。抗う術を持たないことを知ってなお、暇を許さない。
魔術師としてキャスターは、あまりにも優秀すぎる。『遊び』の意味は、彼女の想像を越える形で我が身に宿るだろう。理詰めの仕合でもさせようというわけでもないくせに、不慣れなことをさせてくれる。
ほら、見てみろ。
「小次郎ォォォ!!!」
銀色の光に照らされて目が冴える。
銀時の声がする。怒りに塗れたものだ。
笑い、目を合わせて、挨拶も許されないこの身が震え立つ。
語ることはただ一つ。
どちらの夢が叶うのか。
「───始め」
佐々木 小次郎の身体は物干し竿を振り、礼儀のかけらもない真剣勝負の幕を開けた。
───
──
─
行き先は言うまでもなく。
整備されている道路にヒビを入れながら、一般人の目もはばからず銀時は夜道を駆ける。
行儀など始めから捨てていた。魔術の秘匿は魔術師の都合。サーヴァント、ないし別世界の住人にしてみれば退屈な決め事だ。心の奥底に秘匿しろ、という義務感はある。だが、戦争を謳う場所でまかり通る綺麗事じゃない。
「士郎は死んでねぇ、諦めてもいねぇんだ。こいつが折れない限り、底なし沼の中からだろうと、魔女の神殿だろうが
腰には刀が一本。
金色の龍がトグロを巻き、刀の鍔を飾る。製作者の願いが込められた銀時の宝具の一つ。この刀が折れない限り、行くべき道を常に示し続ける。
「だから、死ぬな」
己の存在も今は忘れて、辿り着いた場所は魔女の棲まう柳洞寺。
見上げれば果てしなく遠い入口。
ただの門であるはずなのに、そこに一人の男が立つだけでこの世で最も通りたくない鬼門となる。
そんなもの、生前幾つ通ってきただろう。だから分かるのだ、真剣でなければならない。木刀で通れるほどの隙間はなく、男の目には夜景が写っていないのだ。
「小次郎ォォォ!!!」
男の名を叫びながら、石段を蹴った。
次の瞬間、小次郎も長刀を揺らし石段を一蹴りする。
石段の上と下、踊り場を挟み刃が交差する。重なりはするものの、捕まえることは決してありえない。歩みは、踊り場を前にして僅か一太刀で阻止された。
踊り場に引きずり下ろせば勝ち筋が見える。
段差を背負いながら斬り伏せるなど夢物語だ。
その考えは──────
突如開け放たれた真正面に思わず目を見開き、道の奥に構える山門がこちらを見下ろすのに気づく。
あまりにも簡単に門が開かれたことに、相手の意図を感じとれない。そこを、段差を無くす意味が分からない。
──────間も無く砕かれた。
左から薙ぎ払う線には強引さしかなく、そのため今までと違う太刀筋に対応が遅れた。不恰好に避けた先の踊り場で待ち構えていたのは、再び左からの一薙ぎ。
潜り込んでかわすと、返す刀がすぐ目の前。タイミングを合わせて刀を交差させることで防ぎ、一歩以上近づけずに終わる。
踊り場の両脇で向かい合う。俯く小次郎からは初戦で受けたイメージの大半が当てはまらず、つい口を挟んでいた。
「てめぇ、段差詰める意味を分かってんのか」
「…」
返答は、一刀のもとに済まされる。
首元を横切る音が金属音となり、火花が散り際に小次郎が口を開けようとした瞬間、全身を淡い赤が包み込んだ。
微かに見開く瞳。意思に反して閉じる口。言わなくともなにが起きたのかハッキリと理解した、令呪が働いたのだ。
「おまえ…」
明らかに刀を動かそうとした腕を止めるとまた、小次郎の全身が赤く染まる。今の挙動で、令呪の内容は見抜けてしまう。
なら、これは果たし状の他なく。
「そうかい」
わずか三メートルの距離、小次郎の構えを合図に死に最も近い間合いが完成する。
この間合いは小次郎が生み出した、回避不可能の孤島。駆け上がるのは己が魂、降り去るのは未来のみ。侍同士が向かい合った理由に因縁はいらず、ただ刀身が煌めく瞬間に立ち会うしかない。
様子見の段階などあるはずもない。剥き出しにする高揚感に、お互いの腕はただ震える。
「もう、我慢の限界か」
石段の上と下、この段差にどれだけ苦戦を強いられただろう。
刀を振る最中だというのに、その時点で小次郎は次の構えを終えている。正確には、なにを繰り出すかは分からない。小次郎には振り終わりに飛び込むことが通用しない。
長い刀を叩き斬れば勝ちだというのに、最早。小次郎の腕によって実行不可能の域だった。
長刀を叩き折る?どうやればいい。前回、それは何十と挑戦し、悉く破られた。もしも何千、何万と叩き合えば話は違っただろう。長刀のどこかが欠け、
とても都合のいい話だ。神経を研ぎ澄まし命を剥き出しにして、小次郎の長刀を何万と凌げるだろうか。
「秘剣───」
凌げない。これだ、この男にはこれがある。
避ける手段など一つもない。だからこそ、勝利条件は燕返しを封じることだ。しかし、刀を交えた短い時間で、己の関節が全てを知っている。今夜が好機であることを。
ランサーとの戦闘で目が冴えている。身体で覚えた速さと小次郎の腕を比べて、きっと小次郎のほうがあの上をいく。それでもわずか、あと一瞬間に合わなかった脇腹十センチの差。
今は、心の揺らぎが落ち着いている。身体の節々に侵食しつつある″毒″も、身体機能への悪影響は抑えられた。むしろ、このクソッタレな毒が全身に働きかけている。
「…」
人を護る刀…そう名付けられた宝具を鞘に納める。
全ての条件が揃い…。
ついに、最後の活路をこじ開けた。
「───燕返し」
その構えから繰り出される絶技は、全くの同時に左右、そして真上から振り下ろしの刀が出現する。この瞬間において、一呼吸の猶予も逃げ場も失われた。
場が、雰囲気がたちまち小次郎の絶技を見送るために染まっていく。一秒の隙間もなく逃げる選択肢を奪い去るが、上等だと笑って両足を踏みしめる。
鞘に納めた刀身がゆっくりと姿を見せる。
深く、刃が月の光を吸い込んでいく。
瞬き、黄金の鱗が解き放たれる。
─────────────────────────────────────────────────一線、銀色の光は夜空へ向けて放たれた。
火花も散らず、
「まるで、流れ星よな」
「あぁ」
一点で交わろうとする三つの現実は、佐々木 小次郎が知らない唯一の技によって、夜風と共に消えていく。
「居合斬り、か」
敗者に残す言葉は、こと銀時と小次郎においては必要なかった。
どちらが侍の名を押し通しても違和感はなく、銀時が膝を曲げても納得できた。
ただ、ほんの少しだけ、銀時は未来を見つめていたにすぎない。小次郎は、己が刀を自由気ままに振るうことができなかった。たったこれだけの差なのだ。
「行け」
柳洞寺から一際大きな朱色が輝いたのを確認すると、刀を鞘に収める。
どうか頼む、生きていてくれ士郎。
開かれた鬼門の奥へと駆け上がった。
───
──
─
「眩しい、銀色だ」
もう夜空を見上げることは叶わないが、地面には星が一面に広がっている。まさか、自分の血が美しい景色を映せるとは思ってもいなかった。だから、節操なく身振りする開放感に揺られていた。
「そうか……」
血だまりの夜空に、一瞬見惚れる。こんな夜空にも、一筋の流れ星が発生したのだ。充実感と共に、己の願いが叶ったことを喜びながら笑った。
佐々木 小次郎は決して膝を折ることなく、真剣勝負の終わりを告げた。
▼
SILVER
「
当たり前のように口に出したスイッチ。
魔術回路の起動とともに魔術回路が焼ける。全身に染み渡る熱に苦悶するが、それも一瞬のこと。
過負荷に応じて新しい魔術回路を上書きする。脳裏に浮かぶ信号はすぐさま青く澄み渡り、奇跡の一端を実感した。
大英雄の器と理想郷が拮抗するいま、刹那的な負荷に耐えはできる。
問題は、ちょっとした
例え意識が飛ぼうとも、己の戦いから退くことだけは許されない。それを念頭に置いてことに臨め。
ランサーの殺意に負けず劣らずの信念をぶつけ、アーチャーの言葉を思い出す。
『お前が出来る事は、私が言うまでもないだろう』
ランサーを真正面にして浮かんだ言葉は、次になにをするべきなのか。どんな武器を持てば、ランサーを倒せるのかを教えてくれる。
「お〜お〜、金の龍を三回。それも、全部違うやつが携えてるなんてこりゃどういうこった。量産品にしてはどれも違って見えるね。いや…まさかな」
金色の龍の鍔が特徴的な刀を握りしめる。初めてこの刀を見たのは、アーチャーとランサーが対峙していたあの日。一度ランサーに殺された夜を思い出す。
次は、ライダーに空けられた穴をアーチャーに治療してもらった夜。どうしようもないほどに見惚れたせいか、我ながら完成度は満点だ。
振らずとも、何千何万という場数をともにしたような反響が手のひらから伝わってくる。たった二度しか実物を見ていないけど、次の瞬間には忘れて、生存を勝ち取るために意識を向ける。
「ちったぁ成長したってことだろう。他人の真似事だろうがいいぜ。テメェの全部で足掻いてみろ!」
俺がランサーを相手に後出しをするのは死ぬのと同義。
ああも期待を煽っているのならば、それを上回る無礼で応えよう。
「───ッ」
些か迫力に欠ける音を立てて地を蹴る。
仁王立ちで構えるランサーへと詰め寄り、
「真正面からか?」
突如現れた朱い点に、刀を叩きつける。両腕から全身へと駆け巡る、身体がたじろぐ衝撃。防いでからようやく、朱い点がランサーの突きだと理解したときには、二つ、三つの点が迫っていた。
「ぐァ…!」
火花が散りぎわに意識が掠れ、四つ目の点を防いだところで一段飛んで恐怖心が吹き飛んだ。ひと泡吹かせてやろう、とは違う。この刀なら対等に渡り合える、そんな勘違いから臆することを捨てる。
自分を騙し続け、アーチャーの動きにこの身を照らし寄せ、反射速度すら憑依させる。
五度の衝撃が全身を過ぎたとき、両腕が自分の死角となった左下へと刀身を走らせる。
「ハッ……アァァ!!!」
そこで再び撒き散る火花。六度目の奇跡で身体がランサーのクセを把握した。魔術回路に染み込んだ経験を読み込み、戦闘技術が更新する。
致命傷のみにとどめる死角を作り上げ、およそ見切ることの出来ない一撃を選択させない。直感で首の皮一枚を繋ぐ
「てめェ、なんで捌ける」
そう、俺ごときがランサーの槍を見切れるはずがない。
ジリ、と瞳の裏側が熱くなるのを感じて。ランサーがこぼした疑問に、胸の中で応える。
バーサーカーの心臓があるから、五体満足で
そこに…どれだけの差があるというのか。
「…」
ランサー、俺を殺したあの日の夜を覚えているか。
忘れたなら、せいぜい遊び半分でいればいい。
セイバーに助けられた夜のツケ、誰かの親切を無駄にしてしまう恐怖、そして負けたくない
これだけが俺の持てるモンだ。理屈で埋まらない差が俺とランサーなら、こっちは真剣を持っている。
真剣を背負い、無謀に挑むこと。
これが大英雄に振る舞える俺のありったけの魔術。
もう一つ要素を加えるとすれば…。
アンタの時代に、侍はいなかっただろう!
「セイバーを真似んのは結構。あぁいう野生が目を開けた輩を見てると、戦いの動きってのが自然とイメージできるもんだ」
いくつの点を見たか忘れたころ、真正面から得物が消えた。
「ッ!?!?!」
一直線に迫る矛先は姿を変え、弧を描く左右からの衝突へ。頬に、腕が、徐々に赤く染まる。
内側は熱く、外は凍てつく殺意。足を使うランサーを相手に、攻める手段はなくなったに等しい。全てが必殺の魔槍は間もなくこちらの守りを崩してしまうだろう。
「退…くかッ!!!」
それを分かってひたすらに誤魔化す。刀の使い方、足捌き、視線の誘導、とにかく己と脳裏に焼き付けられた経験だけで命の終わりを先送りにする。
マシだと思え。こいつに殺された夜はなにもできなかった。セイバーが対峙したときはもっと速かった。なにより…。
「なんだ、まだ俺は、息をしている、じゃないか」
苦悶の表情で漏らす。
これだけの掛け算をもってしても退かせることは出来ないが、俺はまだ生きている。
その証拠に声が外に飛び出した。矛先を無意識とは言えずとも見切る狭間だった。ならば、経験則がこの声すらも必要だと語っている。
どう役立つか分からない。
…だが。たった一度の奇跡が継続する限り、魔術回路の後先を考えず、体力の温存すら度外視で俺の全てを酷使する。
「…」
ランサーはふと意識を戦闘から切り替える。槍の叩きつけに合わせて士郎を五メートル程吹き飛ばし、そこでランサーは首をかしげる。
そうだ、なんでこいつは死んでいない。
キャスターはなにをしている。……ほぅ、あの鬼っ娘を相手に、案外善戦しているじゃないか。
それに比べて、なんだこの有り様は。一秒で終わるはずだった、ただの魔術師が自分の槍を受けている。
「ク、ハァ……ァ″、チッ」
もう死にそうじゃないか。息が上がっている。
言峰の令呪が働いているせいか?
否、そんなもの言い訳にならない。
「どうやら甘いのは俺の認識だったらしい」
相手が魔術師だと侮っていた。この一戦に込める熱意など気にもせず、最初の一突きで全てを終わらせると確信していたから。
「認めてやる、お前は勇敢だ。セイバーのマスター、名をなんと言う?」
途絶えた殺意に警戒を強めながら、数秒の間を置いて答える。
「士郎…。衛宮 士郎だ、クー・フーリン」
「クッ、ハハハハ!!そうか、士郎。ま、宝具の名を聞けば、俺の真名もイコールって訳だ」
この質問に意味があるのかは、聞いた自分すらも分からない。
「そこまで知ってるんなら、言うことは一つだ」
ただ、衛宮 士郎という少年の名を聞かずに逝かせるのは惜しいと思った。認識を改めると、警戒が強まっていく。
『殺したのは一回、殺し損ねたのも一回』
じゃあ、次はどうなる。
『これは、運命と言えるかもしんねぇ。お前さんは、俺に殺されるっつ〜、因果な関係なのかもな』
それは早すぎた結論だった。
矛先に魔力を通す。
「
士郎が戦う理由は、この一撃で分かる。
───
──
─
殺意の熱が一段と下がる。青い槍兵は短い言葉を交わしたかと思えば、矛先を下げて目を凝らす。
「
一瞬、足が凍えた。今までの動きが嘘のように、最も警戒する宝具の名前を聞いて、死へ直結する境地を知る。恐怖心なんて所詮、五体が欠損することに対するものでしかない。
駆ける。飛び出す。真名解放を阻止するため、刀を構えて一切の隙がないランサーの懐へ。
「
あと一歩。朱槍は言い放たれた真名とともに絶対の一撃と化す。
だが、諦めてたまるか。そう歯を食いしばって、矛先をずらそうと刀を振り上げた。見えている、当たった。確かに槍は首筋の横を通り抜け、ランサーの懐に飛び込んだ。
だが、そこまで。イバラは容赦なく、呪いの軌道を描いて俺の心臓を突き抜いた。
加減はない。なんとも呆気なく、刀を振り下ろさずして鼓動は止まる。あぁ、ぁ……宝具の前に俺は無力だったのか。
「オ″ェッ……ア″ァ……」
逆流する消化液が、ランサーの矛先を穢す。
だが、人から溢れるものであれば、戦場では汚物すら武勲と言わんばかりにランサーは槍にかかるソレに嫌な顔を見せない。
「最後の攻めには驚かされた。
霞んでいく視界の片隅で、届かなかったランサーの足先がこちらを向いている。
あと一歩が…届かない。心臓が止まる、もう足先を動かすこともできない…。
そして、ごく当たり前のように意識が暗転した。
─────
『オ゛レ゛の ……せ い だ……』
地面を搔きむしりながら、涙を落とす誰かがいる。
『勝手に、約束して、一方的に、アンタを……ブン殴ってやる!』
まだ背負いきれていない、忘れてはいけない誰かの声がする。
「この刀に、誓う……!また、会おう……◼️◼️……!」
俺だ…。確か、誰かを探していたんだ。
…誰だっけ。
───
『その命は、然るべきときに使いなさい』
誰だったか、そんな無責任なことを言っていたっけ。言われなくとも、正義の味方になるためなら惜しまない。
だけど、すまないセイバー。もう、動かない。
──
『令呪を使用し、命じます。バーサーカー、シロウを救いたいの。私に力を貸して』
心当たりのない声が内側から響く。きっとイリヤの声だ。
暖かい、胸の中の痛みが消えていく。
「我が主人の令呪、確かに聞き届けた」
暗い場所、少し離れた先にバーサーカーが立っていた。
「お前は…!」
「我が心臓は一度きり、主命によりお前の死を肩代わりする。
私の代わりに、どうかイリヤを頼む」
すまない、バーサーカー。
ここまでありがとう。
─
死ねない理由を思い出す。
黄金に輝く身体が、まだ動けることを教えてくれた。
「………いらねぇよ。まだ、死ぬのは先の話だ」
元々、俺には大英雄の器なんざない……そう思ってたじゃないか。なら簡単だった。とっくの前に、答えは出してたんだ。
だが。たかだか槍の一本、この身体が許容できなくてどうする。ウンザリするほど長い槍の先に、セイバーを待つ人たちがいる。たった三メートル程度の距離を踏ん張れなくて、バーサーカーとの約束が果たせるものか。
「不死身かテメェッ!」
この一振りだけは、セイバーにだって譲ってやる気はない。なんたって、アンタとバーサーカーがゆっくりと休めないだろう…?
「ランサァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
ランサーの右肩から刀を打ち下ろす。
完全な不意に反応できなかったランサーは、血飛沫に染まる右目を大きく見開いた。頭を落とすつもりだったが、身体が噛み合わない。それでも、あと一度。この刀を振り上げ、打ち下ろせばいくらサーヴァントとはいえ致命傷となる。
「よく、分かった。そんな大層なモンに支えられてた、か」
見上げた顔には、困惑の一つない清々しい表情を見せるランサー。
「宝具まで解放して正解だった…。あとは、英雄として、その心臓を穿つ」
右手に持つ朱槍が、背後を伝いながら左手へと回り納まる。
もう一つは間に合わない。ここから刀を振り上げるにしたって、ランサーの速さには、どう甘く見積もっても一秒だけこちらが遅れている。
避けようにも、地に足が固定されたかのように重い。前にしか行かないように意識を固めていた、今さらどう修正しろというのか。
だから。
投影もいらない、とっておきの剣で防がせてもらう。
「剣はここにもあるぜ、士郎」
セイバーの一振りがランサーの矛先を打ち止めた。
また助けられちゃったか…。ここまでやっておいて、少し情けなくなる。
「グ、ソッタレ…いい剣じゃ、ねえか」
「うおおああああああああああ!!!」
地を蹴り上げ、金色の龍がランサーの左肩を駆け抜ける。
ランサーの左手からついに朱槍が宙を舞う。
両肩から流れる血が物語るのは、英雄が得物を握る手段がなくなったこと。
なにより、セイバーがこうして来てくれたことで負けることは思いつきもしなかった。