fate/SN GO   作:ひとりのリク

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「……フッ」



奇跡の色

矢を放った白髪の男は、こちらを二度、三度と瞬きを挟んで眺めるように見る。そしてゆっくりと目を閉じたかと思えば、細く不気味に口元を上げ笑った。

あの行動、表情は敵を前にしたものだとはとても思えない。その意図に好奇心を(くすぶ)られながらも、士郎は眉一つ動かすことはできなかった。奇襲を仕掛けたかと思えば、突然の静寂という真逆の温度差に、ただ見つめるだけ。セイバーも(かたわら)で木刀を片手に、アーチャーの出方を待っているようだ。

ほんの数秒。十秒にも満たない時間が過ぎると、アーチャーはゆっくりと、鋭い視線をこちらに向けて遂に口を開けた。

 

「ほぅ、私の矢を木刀で叩き落とすとは。ふむ、少々驚いたよ。変わった太刀筋の侍がいたものだな、セイバーのサーヴァント」

 

赤いコートと、筋肉が浮かび上がる程、肌にピッタリと合う黒服を着る男。鷹のように鋭い視線で、二人を睨む。先程士郎へ向けていた弓を四散させ、両手を組んでセイバーへと話を向けた。その姿は君たちの警戒心を解きたい、と語っている。士郎には、アーチャーの表情がそう言っているように見えた。

 

「あぶねえ野郎だな、ったく。こちとらたった今、ランサーと一戦(いっせん)交えたばっかなんだよ。ランサー追っ払ったかと思えば次は、アーチャーって、召喚されてから連戦ってキツイんだけど」

 

やる気のない声を出しながらも、セイバーは木刀を握り締める。

その姿勢は、武器を持たない相手でも決して警戒を解かないという、強い敵意の表れ。月の光が目元を照らす、覗いているのは修羅の瞳。セイバーは、アーチャーが取った謎の行動を前に、もしかするとずっとこの視線を送っていたのだろうか。

しかし尚、アーチャーは武器を持とうとはしない。

 

「あぁ、やはり。そこのマスターは余程運が良いか、間抜けのどちらかということは汲み取れた。

余裕をかましているのかどうかは知らんが、今日までサーヴァントを召喚しなかったのだからな。少なくとも、私には間抜け……いや、まだ赤子と見える」

 

瓦の上で明らかな挑発を口にする褐色の男。

どうしてそこまで(しゃく)に触るような喋り方が出来るのだろうか。

 

「おい士郎、褐色野郎にいきなり言われてるぞ?何か言い返さなくていいのか」

「えぇ………そう言われても困る。初対面なのにどうして分かるんだよ、くらいしか言えないぞ。

それより、セイバー。呑気に話してていいのか?あいつ、さっきまで俺たちを殺そうとしていたじゃないか」

「ハハ、確かにな」

 

木刀を握る士郎は、男の鋭い瞳を反発するように受け止める。

彼を一目見て、気が合わないと知ったかのような視線を。

 

「おい白髪!」

「………」

「うちのマスターを一方的に突つくんだ。そちらさんのマスターはよっぽど優秀なんだろうなあ〜、えぇん!?」

 

木刀を向けられるも、アーチャーのサーヴァントはニヤリと笑う。待ってくれ、なんでマスターが優秀かどうかの話をしているんだ。なんて、言える雰囲気じゃない…

アーチャーの不遜な表情は、自信に満ちている。その顔は、私のマスターは優秀だ、当然だろと言っているようなもの。

 

「………だそうだが、凛?」

 

セイバーの挑発は相手にもされず。

男は門の方を見ると、セイバーの質問の返事を、自らのマスターに促した。

……偶然だろうか。そのマスターの名前は、凛。ウチの学校の容姿端麗にして鉄壁要塞。遠坂 凛が真っ先に思い浮かんだが、まさか……ね。

 

「やめなさい、アーチャー。貴方、ここに何しに来たか分かってるの?」

「サーヴァント退治だろう?私にそれ以外、行動する意味があるとでも………あぁ、そういえばあったな。君はサーヴァントを、一晩中掃除させるような性格だったよ」

「はぁ。どーしてこう、捻くれてるのかしら」

 

衛宮邸の門から入ってきた赤い服装の少女、それは間違いなく遠坂 凛そのもの。いや、まだ怪しい。そもそも、普段の彼女を知っているなら、あのような気怠そうな口調はしない、はずだ。

あまり現実に目を向けたくないが、そうもいかない。取り敢えず、人違いであってくれと願うばかりだ。

 

「と、遠坂……なのか?」

「衛宮くん、こんばんは。取り敢えずだけど、一旦武器はしまってもらえないかしら?」

 

門から現れたのは、夜でも見間違えないくらいに綺麗な黒髪、宝石のような碧眼を持ち、赤い服装に黒のミニスカートという…普段とは違う、見慣れない姿をした遠坂 凛だった。

最早、驚きはしないと、喉まで出かかっていた驚愕の声を飲み込んだ。うちの優等生は、魔術師だった。やっぱり、驚愕の声でも上げておこうか……。

やめよう。

 

 

 

 

 

 

アーチャーが武器を持たなかった意図は、遠坂の言葉から知ることが出来た。なので、それについては深く聞かなかった。

場所は庭から移り、衛宮邸の居間。遠坂が外では寒いからと、この家の主人である士郎には御構い無しに上がり込んだのがきっかけだ。止める術も無かったので彼女に続こうとしたが、右手に持つ木刀の存在を思い出す。流石にこれを持っていくのは衛生的ではなかろうと思って、土蔵へと向かう。土蔵の前に着いて改めて、中の散々たる状況を知った。

 

「後で片付けないとな…」

 

一先ず、穂村原の超優等生を待たせる訳にはいかないと、男の勘が言っている。土蔵の中、入り口の傍に木刀を丁寧に置いて、ドアを閉めた。

 

居間に着く。ランサーが豪快に暴れた跡が新しい。この惨状をどうしたものかと思っていると、遠坂がキレキレのアクセントで何かを呟いた。すると、

 

「しかし驚いた。まさか、貴方がマスターなんて。しかも、よりによってセイバーの」

 

廊下や庭に散乱した硝子片が、どんどん元の形に戻っていく。これが手品……じゃない、魔術なのか。

それを横で、

 

「すっげえ……!遠坂、本当に魔術師なんだな」

 

と、感動の声を上げた。心の中で感心していただけに、渾身の一言だ。

遠坂はこの感動を、呆れたように一喝。驚きの声と共に、自分の魔術師としてのステータスの低さを認識させられた。五大要素の扱いとか云々言っている。セイバーはセイバーで、大欠伸。すっごく興味がなさそうだ。その大胆な態度を分けて欲しい。

刺々しい視線を背中に受けながら場所を移動する。

 

「うわちゃ〜、派手に居間も荒らされたわね。ひゃ〜、寒い!いいわ、これくらいやったげる。だから熱いお茶をちょうだい」

「やってあげるって、この部屋全部、元に戻すっていうのか?」

「そうよ。だってそうでもしなきゃ、落ち着けないもの。ねえ、紅茶ってある?」

「落ち着けないってさ、これ全部元に直せるのか?

 

…紅茶はない。お茶用意する」

 

やや落ち込んでいたのと、気分的にも下がっていたので小さくそう呟いた。遠坂はピクリと耳を動かすと、こちらを見てニコリと笑った。

……ゾワリと全身によろしくない悪寒が走る。

「むしろどうして出来ないのかしら」

と、言われた気がした。

あの笑顔はヤバイ。見た者を石にするレベルだ…

 

「さてと衛宮くん。まず、貴方は今、どんな状況にあるのか理解しているかしら?」

「……すみませんでした」

「へぇ〜、このガキすげえ便利だな。お茶出せば何でもしてくれそうじゃん」

「貴方、私をやっすい修理屋か何かと勘違いしてるでしょ」

 

口から出てきたのは、感謝の言葉ではなく、謝罪だった。自分が情けない。

 

「修理ならアーチャーの分野だから。ね?お掃除屋さん」

「……私にソレを振らないでくれ」

 

 

………

……

 

 

凡そ三分経つ。彼女から聞いた話と、セイバーに庭で聞いた話をまとめてみる。

 

 

″俺″が巻き込まれた(参加した)のは、聖杯戦争といわれるもの。七人のマスターが、七騎のサーヴァントを従えて開幕する大儀式。

参加したのなら他の六人を排除しなければならないデスマッチ。過去にもこの儀式は行われていて、聖杯という宝具を巡り冬木の土地で魔術師達は技を競い合っていた。

聖杯は伝説級に凄い。曰く、あらゆる願いを叶える願望機…。

参加の証である令呪は、俺の右手甲に刻まれている。既に、引き返せない立場にある。

後は、サーヴァントは霊体化していなければ、マスターでも倒せるらしい。……ランサーも、もしかすると頑張れば……

 

 

腰を下ろし初めこそユッタリとお茶を啜っていた遠坂。彼女がゆっくりと語る事一つ一つに息をのみ、聞いているだけなのに。

セイバーが先程から、魔力ってすげ〜便利そうだな、とか。いざ使う側になると恥ずかしいな、とか。呟いているもんだから。

 

「ちょっと待って。マスターは強化しか使えない素人で。サーヴァントはサーヴァントで頼りないってどういう事よ!」

 

だん、と机を思い切り叩く。湯のみがやや宙に浮いて、カタンと元の形に落ち着く。奇跡的に、中の熱いお茶は一滴すら溢れなかった。

マスターはダメダメ。サーヴァント、セイバーに至っては魔術の心得すらない事が分かった瞬間、この爆発である。

 

「ん〜、要するにアレだろ。勝ちゃいいんだよ」

「勝ちゃ……っ。衛宮くん、貴方死ぬわよ」

「いや落ち着け遠坂。セイバーだって、聖杯戦争は知らないんだから仕方ない。魔力も生前は使えなかったって言っているんだ。当たり前の反応だと思うぞ」

「いや、あのね衛宮くん。サーヴァントって言うのは、召喚される時に普通、その時代の知識とか聖杯戦争に必要な事は全部、聖杯から受け取っているの。は・ず・な・の!」

 

端的に言うと、遠坂はセイバーに、その必要な知識が与えられていないポンコツだ!と言っているようだ。でも、生前は使えなくとも、サーヴァントになった今は使えているのだ。そう問題はないんじゃないだろうか…

しかしどうして彼女は、こうも熱くなっているのだろう…

 

「おい待てよ。まるで俺が無知みてえに言いやがって。知ってる知ってる、何となくで解ってるって。

それよりホレ見ろ、士郎があんたのタイラントっぷりに呆然としてるぞ」

「はいそこ、女性の前でハナクソほじらない。あんたセイバーでしょ?そんなボケーッとした顔で何してんのよ!!」

 

……む、もしやセイバーに対して苛立っているのか?

いやそれよりも、こいつ畳に横になってナニほじってるんだよ。あぁ成る程、遠坂は女の子だもんな。こういう不衛生な行為は視野に入っただけで殺気を放つのか。

 

「セイバー、ティッシュで拭いてくれ」

 

へい、と言いながら渡されたティッシュ箱を受け取る。

そして、彼は余計な言葉を呟いた。

 

「セイバーってのは、人前でも堂々としてるもんなんだよ」

「堂々と人前でハナクソほじる英雄なんて聞いたことないわよ。うーん、これならアーチャーの方が断然上ね……安心したわ。うっしゃ

 

遠坂も何か言っているが、聞かない事にしたい。

深夜テンションとでも言うのか。少しだけ彼女は、おかしい。

 

その日、遠坂の優等生像が崩れつつあった。

それはあくまで、女子生徒側のイメージ。男子生徒の優等生像は、そうやすやすと崩れはしないだろう。彼にはまだ、お寺の息子で生徒会長の、最強の優等生像があるのだから…!

 

士郎は知らない。遠坂がヤサグレ気味なのは、こんなポンコツヘタレ初心者が最優のサーヴァント、セイバーを引き当てているからなのだという事を。そして、その最優サーヴァントがこんなダメダメ人間で、内心ハズレ引かなくて良かったと喜んでいるのだと…

故にテンションが二転三転するのだ。これからも…

 

ーーー

ーー

 

ようやく落ち着いた。

遠坂をなだめるのは面倒だと理解したので、これから先はなるべく波風を立てないようにしなければならない。

 

「さて。それじゃ、そろそろ行きましょうか」

「行くってどこにだよ、こんな時間だぞ?」

「時間は関係ないでしょ、とにかく行くの。この聖杯戦争をよく知ってるヤツのところに」

 

女の子がこの時間、外を出歩くのは危ない。なんて言おうとしたのだが、ソレはやめておけと本能が信号を送ってきた。

同感です。だって彼女、そこいらの不良に絡まれても笑顔で去勢蹴りとかやりそうなんだもん。俺もされかねない。それに、すこぶる強いのが二人もいる。その点での心配をする必要はない。

 

「名前は言峰 綺礼。父さんの教え子でね、私の後継人にして兄弟子っていう腐れ縁よ」

「…へえ」

「ついてきて。聖杯戦争については粗方言ったし。最後の一押しは彼に任せるべきと判断しただけなんだから」

「…はい」

 

立ち上がる遠坂。今からまた出掛けるらしい。それに釣られて士郎も立ち上がり、玄関へ向かう遠坂の後を追う。

居間を出る時、セイバーがまだゴロンと横になっているのに気付いて声を掛ける。彼は遠坂が玄関へ向かったのを確認すると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………白か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

などと呟きだした。

刹那、俺の両足はその場から立ち去るという選択肢を選ばず、遠坂が廊下の角から消えたのを確認し、元の位置に座り直す。

 

「………っ。白って、何の白だよセイバー」

 

白……白、、、白か。ほう。

うん、白と言っても、まるっと括りすぎていて分からない。もし聖杯戦争に大切なキーワードなら、聞き逃してしまってはタイヘンだー。セイバー、詳しく聞かせてもらおう。

どうやって彼女の守りを崩したのか、その辺りから聞きたいです、はい。

 

「おいおい、オメーは男だろ?

その五感は何の為にあると思ってる。その目は、瞳は何処を見る為にあるんだ?…………そう、全てはパン」「ぶっ殺していいわよアーチャー!」

 

玄関の方から、怒号が発生した。やや取り乱しているような、いつもの冷静さを欠けた声が響いた。優等生というものは、表裏が天と地程の差が出るらしい。

 

「地獄耳だな、凛」

 

アーチャーは、いつの間にかセイバーと士郎の横にいる。こちらを攻撃する気はないらしい。なんだこいつ、ニヤっと笑って気持ちが悪いぞ。察するに、彼女の弱みを探しているといったところかな。

そして…どうやらセイバーは、遠坂達の何かを掴んだようだ。しかし、せっかく遠坂が何処かへ連れて行ってくれると言うのだから、そちらを優先した方がいい。

セイバーに、後で話そう、と説得して俺たちは玄関へと向かった。アーチャーが残念そうな顔で庭から出て行った事を二人は知らない。

 

 

 

 

 




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