fate/SN GO   作:ひとりのリク

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百も承知、二百も合点

予定が狂ったのは、もう何度目か。

 

キャスターは柳洞寺の山門を潜りながら、霊気に刻まれる古傷が痛むのを感じていた。どんな毒よりも身を蝕み、日常に割り込んで安らぎを妨害する。

サーヴァントになってから知る苦渋なら、今頃はこの悔しさに押し潰されていた。生前、このストレスを越える出来事ばかりだと思い出すと、乾いた笑みが溢れてしまう。結局、魔女という烙印は死後も付きまとい、しつこいまでの悪をこなす。

 

「遅かったな。随分と服が汚れているようだが、なにがあった」

「宗一郎…」

 

葛木 宗一郎が玄関で出迎えたことで、安心感が胸中を埋めていく。しかし、それと同じくらいに罪悪感が底に沈殿して溜まっている。

 

「魔術工房が少々ほこりっぽいせいでしょう。すぐにお洋服は替えます、どうか私のことは気にせず休息を取られてください」

 

恐ろしい…。

目の前に立つ人を聖杯戦争で失うことが、たまらなく嫌だ。魔女だから聖杯戦争に存在できる、しかし魔女に安息の地などはないと言わんばかりの重圧。

 

「そうか。私は少しばかり柳洞寺の裏手で、風にあたってくる。なにかあれば呼びなさい」

「分かりました」

 

宗一郎の表情、声の揚程は変わることなく、行き先を告げ終えると奥へと消える。

歩いて死角に消えていっただけなのにどうしても、目の先にチラつく。自分の死、そしてマスターである宗一郎の末路が。

酷い錯覚だ、と思いつつ考える。

私は魔女だから。サーヴァントになってからも恋愛を知ろうとするのか。

それとも。本当に、この人だから好意を寄せているのだろうか…?と。

 

裏切りの魔女には、問う相手がいない。

すぐそこにある安らぎを求めて悪となることを、どうすれば止められるのか。

 

「だから、必ず…」

 

宗一郎とは真反対、玄関を再び出る。

目を瞑り、深呼吸をしながら魔術を浮かべる。魔力の流れをイメージするように編まれた魔術が、極細の糸となり夜の町へと向かう。絶対に地に落ちず、目的地へと流れゆく運命の糸。

 

「ランサー、傷の具合は?今日にでも戦えるコンディションは整っていて?」

 

柳洞寺の門を降りていくさまを見送り、こちらに近づいてくる足音に声を掛ける。

 

「あァ。ちっとばかり戦闘に支障はあるが、これでハイ負けましたじゃ引っ込みつくかよ。

で、そっちも腹ん中決めてんだろ。次は、いつだ」

 

答えを求めることはできない。

 

「今夜、よ。セイバーが深傷を負ったんです、悠長に時間を与えて回復されては無駄な争いが産まれるだけ」

 

答えを出すには時間がない。

 

「セイバー陣営には脱落願いましょう」

 

この手で聖杯戦争が終わったとき、自ずと答えは出る。

万能の願望機はすぐそこへ。目下に悠々と、毛糸のように漂っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を片付けて間もなく。

真冬だというのに気にも留めない様子で縁側に座り、両足を前後に揺らして夜空を見上げるイリヤへと声をかける。

 

「イリヤ、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

 

治っていた魔術回路の発熱について。

まるで身体に焼き付けるように、ランサーの一挙手一投足を見れていた。不思議な体験だ。あれは、自分の時を生きているとは思えない。もっと経験が濃縮された、見えて然るべき英雄が持つもののはずだ。その正体は、思いつく限り…。

 

「目、見せて」

「うおっ!?」

 

しかし。こっちの話も聞かずに、両手で頭を掴まれてされるがままにイリヤの目の前へと引っ張られる。

う〜ん、と唸るイリヤに対して俺は、互いの鼻の先がくっつきそうな距離に生唾をのんでいた。

 

「シロウって、視力の強化とか使えたりするの?」

「い、いや…ッ?そんなもの初めて聞いた強化以外はなにも分からないからな!」

「ふ〜ん、やっぱり初歩的な魔術でも使えないか。うん、間違いない。心臓から目の神経にかけて、魔力で補強した跡がある。シロウが熱に悩まされたのは、無理やり神経を補強した拒絶反応からだよ」

 

両手を離すイリヤはそう伝えると、小さな手のひらを士郎の喉や胸部へと軽く当てていく。

 

「借りるって……!?」

「バーサーカーの反射神経をね。意識してじゃなくて、シロウの思ったことに反応したんじゃないかな。まぁ一瞬で焼かれちゃうんだか、サーヴァントの動きを見るくらいはできた?」

 

イリヤはそれが当然だと確信している。質問なんてする必要はないはずなのに、ただゆっくりと懐かしむように目を離さない。

 

「はは、ははは。そりゃ、また。魔術回路が焼けるわけか」

「そもそも、サーヴァントの宝具を組み込んでおいて、ここまで障害がない方が奇跡なんだから」

 

その奇跡を実現してくれたイリヤは分かってるんだろう。

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)のさじ加減が絶妙なせいで起こったんだよ。漏れ出したバーサーカーの魔力が強すぎて、生半可な治癒宝具をすり抜けてる」

 

不具合が起こった原因は、きっとバレている。

 

「すごいねシロウ。サーヴァントを相手にするなんて無謀で、誰も戦おうだなんて考えない。策を巡らして、マスターを討つことが常套だから」

 

襟を掴んでくるイリヤの表情を見て、胸の奥底でなにかを削られたように痛くなってしまう。

 

「ごめんな、余計な心配かけさせて。聖杯戦争を終わらるために手段は選びたくない。だけど、死ぬ人がいなければそれに越したことはないんだ」

「なんとなく分かる……。シロウは自嘲しなさすぎよ」

 

イリヤは士郎の決意を理解していた。

セイバーが負けるなんて思っていない。そしてシロウ自身が、セイバーに守られるのを嫌っている。

簡単な結論で、きっと最強の絆を結んでいるんだ。

 

「立ち止まる暇って中々なくてさ。どうすれば憧れた人に追いつけるんだろう、って毎晩考えてる」

 

なにより、切嗣という男の夢を受け継いでいる。

自分が無力なことは百も承知で、少年のまま道を歩いている。

 

「誰かが笑ってくれるなら、戦う価値がある」

「…バカだね。言ったじゃない、常套手段はマスターを殺すことなんだって。

当面の目標は決まったも同然なんだから。キャスターを神殿から炙り出す、そのために凛たちと策を考えないとね」

 

イリヤはその道を進む人間を止められないと知っている。だから、せめて道を歩き続けられるように、障害物は遠回りして避けることを教えなければならない。

 

「今は寝ましょう。魔力の消費を抑えることが一番の治療だし。シロウはあと少しだけ、バーサーカーをいさせてくれるんだよね」

 

安易に頷けない。本当はずっといさせてあげたい。

幼い少女の問いには笑顔を向けて、優しく肯定しないと。士郎は、とくにイリヤには強くそう考える。

痛いほど理由が分かる。寂しい、と口にしないのはイリヤが強いから。バーサーカーへの未練がないはずがない。

 

「答えなくていいの。ただ、そこから先はシロウがいてくれたらいいんだから」

「あぁ…いるさ」

 

新しい一歩を踏む瞬間に立ちあう。

吹雪の中から連れ出すためにも…。

 

「イリヤ、先に横になっててくれ。日課を終わらせてから戻るよ」

 

少しでもイメージをしておこう。

残り僅かな時間なんだ。この心臓が動く限り、ランサーの速さにせめて一太刀を入れるくらいのイメージトレーニングを。

もう、捨て身で戦うほうが難しくなってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎が土蔵へと向かい、五分が経つ頃。

時間を考えずに無遠慮なインターホンが、衛宮邸の居間に響き渡る。帰り支度をしていた桜がいそいそと玄関へと向かい、訪ねてくる時間に疑問を持ったから桜の後に続く。

 

「はーい、どちら様ですか〜?」

「う、わぁ…」

 

桜を止めるか迷った。

玄関のガラス越しのシルエットに思い当たる節があり、その人物にはしばらく会いたくなかったからだ。いや、桜に会ってほしくない、が正しい。

そんな迷いを口にすることなく、止めても玄関に風穴が空くだろうと諦めた。桜は玄関のシルエットに気づいてかは知らないが、臆することなく訪問者を受け入れていた。

 

「こんばんは桜。意外ね、こんな時間までいるだなんて。さては衛宮くん、家事を桜に丸投げしてる?」

「と、遠坂先輩…その、これはですね」

 

仮にも桜は元マスター。本人には戦う意志がなく、遠坂がそれを知っているとしても、重たくなっていく桜の背中を見守ることはできなかった。

 

「衛宮なら家事を他人に押しつけるどころか、自分でほとんど終わらせちまってるよ」

「慎二、アンタここで何してるの⁉︎真昼間は新都病院にいたじゃない。まさかあれだけの待遇で、実は軽い怪我だったとか言わないわよね」

「なんだ、そんなに喜んでくれるのかい。なら早く要件を言ってくれよ、そうすれば無駄話をせずに他のことに時間を使えるだろ?」

 

遠坂は溜息を吐く。

何度目か、こうしてちょっかいをかけてはあしらわれるを繰り返す。

 

「悪いけど、アンタに構ってる場合じゃないの。衛宮くんに話があるから来たんだけど、本人はどこよ」

「知らないよ。あいつがどこ歩こうが勝手だろ、けど長居はやめとけ。キャスターらとついさっきまで戦ってたんだ」

 

だから、いきなり話題を振ってやればいい。僕への興味なんて無くなっているのだ。

 

「キャスターと…!?それ、どういうこと慎二、詳しく教えてくれる?」

「居間に来い。ここじゃ足元が冷えて気が散るんだ。桜、先に行ってくれ、僕は衛宮のやつを探してくる」

 

遠坂に事の経緯を説明してやる義理はない。

面倒なので衛宮がどこまで話すのかを決めさせよう、と胃がダメージを負う前に戦線を離脱する。

ついさっき土蔵に向かっているのを見かけた。あんな古びた建物になにがあるのかは知らないが、呼びに行こう。

 

「ちょっといいか」

「なんだよ…」

 

靴を履いて玄関から庭に周ると、アーチャーが声をかけてくる。

 

「慎二、セイバーはいまどこにいる。顔を見せないから心配でさ」

「セイバーなら部屋の奥で安静にしている。ちょうどそこの部屋だ。もし寝首をかこうってハラならやめとけよ」

「ランサーに…⁉︎…ありがとう」

 

警戒するも、なにも起きない。指をさした部屋に向かっていく。

あまりの大人しさに不安を煽られる。

 

「…呼び捨てにされるほど仲良くないんだけどな」

 

あまりにも自然に呼び捨てにされたものだから反応に困った。しかし寒いせいで、それもすぐに忘れる。衛宮をさっさと連れ戻そう。

土蔵を前にして、扉が握りこぶし程度開いているのに気づく。

 

「おい、遠坂が来たぞ。間がもたないから出てきてくれ」

 

返事はない。中を覗くが、ガラクタが転がっているだけ。人の気配すら感じない。人の呼びかけを無視するやつじゃない。

もう家に戻ったのか。

家の方を探そうと、扉を閉めるために取ってを掴む。

 

「ん、毛糸か?」

 

肌を撫でる感触に驚くと、数本の細い糸が手にのっている。それは土蔵の中へと続き、月明かりの反射のせいで気味が悪い。

振り払ってもう一度、土蔵の中を凝視する。今度は隅々と、物体を探すより、空中を漂う蚊一匹を血を吸われる前に仕留めるときのように。

 

「…」

 

絶妙な月明かりに照らされた土蔵の中には、無数の糸が確認できる。これは元々あるものじゃない、廃墟に巣食う蜘蛛の巣のような嫌悪感。張り巡る陰湿さはまるで、桜を閉じ込める蟲蔵のようで…!

 

「どうしやした慎二、顔が真っ青で…」

「中を覗けばわかる!ほら早くしろ!」

 

家の屋根で見張りをしていた外道丸が降りてきていた。説明などいらない、見れば分かるから立ち位置を替える。

 

「こいつは…やられた、恐らく転移かなにかの魔術でしょう。プロセスが細すぎて魔術の発動に気づけなかった」

「そんなのどうでもいい!これキャスターの仕業なのか?」

「随分と長い糸だ。これを辿れば犯人の元に着く。誰の仕業でも、まずはマスターを迎えに行きやす。慎二は家の中に入って大人しくしててください」

 

土蔵に纏わりつく糸を金棒で払うと、たちまち魔力となって四散した。

振り向くと外道丸は土蔵を出て、こちらに向かってきたアーチャーへと視線を向ける。

 

「手酷く追い払った数時間後に復讐されるとは思わなかった、と気を緩めていては言い訳も情けなく聞こえるね」

「言い訳がメンドくさいあっしは用を片付けにいきやす。ここにいると、キャスターのイザコザに巻き込まれるかもしれやせんよ」

「そんな優しい台詞が言えるんだな、その禍々しい核が嘘のように見える」

 

肌が焼けるような空気かと思いきや、アーチャーの大人しめな笑みに首をかしげる。

 

「お互い様にござんす」

 

外道丸は挑発に受け取れるアーチャーの言葉を、あっさりと受け流す。こいつの性格からして、気に食わなければ金棒を振り回すはずなのに。

 

…会ったのは今が初めてじゃないか?

 

金棒を背負う外道丸。糸の出所を確認するように山を見つめる。そこに魔術の跡があると確信したのだろう、目を見開くと大きく跳躍して行ってしまう。

アーチャーは外道丸を見送ってから呟く。

 

「彼女、一人で行ってしまったが。君はどうするつもりだ」

「僕が行ったら邪魔になるだけだろ」

「……当然だ。慎二に行けとは言わないさ」

「はぁ?じゃあどういうつもりで」

 

言いたいことが今ひとつ分からずに、アーチャーへと向きを変える。ボーッと突っ立っているくらいならお前も行ってこい、と他人のサーヴァントに余計なことを言おうと思ったからだが。

 

「やっだねェ、一日の出来事が濃ゆすぎて過労死しちまいそーだよ」

「ぎ…セイバー⁉︎」

 

そこには、銀時が頭を掻きながら立っていた。

普通の倒れ方をしていない、下手すりゃ何日も寝たきりになる様子だったその姿は影を潜めていた。

 

「一応聞くがね。その身体でなにができる。不治の呪いをどう誤魔化したかは知らんが、今の君はキャスターにさえ倒されるんじゃないか?」

「バカ言ってんじゃねーよ。俺を倒せるキャスターは結野アナっつう現代に舞い降りた女神だけだ」

「たわけ、私は真剣に…!」

「真剣か。そういや、約束してたっけな。俺がお前を倒せば、聖杯に叶える願いを教えてくれるんだろ」

「…」

 

あぁ、この様子じゃなにを言っても効かない。

こいつの身体はどれだけ悲鳴を上げようと、無理をして笑うんだ。

 

「長話は苦手なんだ、今のうちに三行にまとめとけよ。だから、留守番頼むわ」

 

万事屋って看板に泥を塗らないよう。その真っ直ぐな信念と、そして衛宮との契約が銀時の行動材料。どちらも欠けないから、銀時は柳洞寺に行く。

それを止めることはできない。

 

「待ちなさいよセイバー。アーチャーを顎で使おうなんて、アンタ都合良すぎるんじゃない?」

 

しかし、遠慮なく割り込んできた声に銀時がの足は止まる。遠坂の言うことは最もなことだが、もしアーチャーがいなくなってしまうとすれば…。ここはガラ空きになる。

 

「…ありゃ、男と男の約束で一つ締めようと思ったんだが上手くいかねぇな」

「元より断るつもりだ。そう落ち込むな」

「それはそれで落ち込むんだけど」

「私と凛はお守りに来たわけじゃない。勝負の最終確認をするためにここを訪ねたんだ」

 

最終確認の言葉とともに、遠坂は一歩前に出る。

目的がはっきりと分かった、なら今すぐ衛宮を…。

 

「もっと計画的に進めるべきだったわ。準備の『じ』の字、キャスターの倒し方しか考えつかなかった。状況は待ってくれない、だからやるしか無い」

「……まあ、そんな時間ないわな。けどさ、キャスターを倒すっても陣地にいるんだぜ?準備以前の問題だろ」

 

これは衛宮も含めた計画のはずだ。あいつがいない限り、人質にでも取られたら敗北は確実。状況を知ったうえで自信満々に言う遠坂は、本当に分かっているのか。

 

「簡単だ、魔女を白昼の下に暴き出せばいい」

 

単純な要求だった。呆れるほどシンプルで、こんな曖昧な指示をだせるのか不思議なほど、銀時には的確な要望。

 

「君が柳洞寺に行き、想定外のことを起こしてくれば逃げ出してくる。そこを私が叩けば終わりだ」

「簡単に言ってくれる。んなこたぁ言われずともやるっての。だけど格好つけてるとこ悪いが、そんな美味しいところをウチの鬼がくれてやるわけ…」

「譲ってくるさ。アレの目、魔女狩りなんてする気がない。かなりの″主人″想いなんだろう。欲に忠実な、ストレスのない生活をする人物だね」

 

腕を組み薄笑いを浮かべるアーチャーをよそに、銀時は顔色を変えずに歩き始める。

 

「無責任なことだとは百も承知ってか?いいぜ、やってやろうじゃねえの。あんまり早くことが進んで逃げられた、なんて言い訳はなしだかんなァ」

「もちろん。帰る場所くらいは守っておいてやろう。思う存分、タガを外してこい」

 

これまで死線を抜けてきた両者が、ここで最後の別れになるはずがないと確信している。

銀時とアーチャーは互いを理解し合っていた。

セイバー/アーチャーとは最悪の相性だ。お互いに最悪であるから最小限の衝突だけで済ましてきた。一度、熱が入ったまま剣を抜けば何時間と続く殺し合いに興じ、きっと根性だけが差を別つ唯一の力。後先を考えるなんて不可能。

協力関係を築かなければ、聖杯戦争の最後まで残ることができない。

 

「あぁ、ちょっくら行ってくる」

 

銀時はアーチャーと視線を合わせて、最初にこう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山門を通り抜ける身震いするほどの風は、今日最初の客を歓迎していた。

一段、一段。その足取りはしっかりと石段を踏みしめ、ゆっくりと今、柳洞寺の門に辿り着く。

まるで意思を持っているかのようだ、と佐々木 小次郎は呟く。

 

「女狐の仕業か。呆れたぞセイバー、こうも夜遊びする主人ならばせめて、懐刀のように寝食を共にせぬか」

 

客の顔を忘れるわけがない。己の絶技、燕返しをセイバーから救ったと言っても過言ではない男だ。

キャスターの魔術だろう。容易く、魔女の術中にハマった姿を見て、ここから銀時が助け出す方法を想像する。

一人、足りない。それが結論。銀時の相手は否応に決まっている、どう甘く考えても小次郎以外にはなく。アーチャーを協力者としても、柳洞寺にはキャスターとランサーがいる。

そこで、小次郎は考えるのをやめた。せめて、銀時のマスターを見ておこうとして。

 

「ほぅ、その目。生きて帰るつもりか」

 

生身を持つ訪問者の瞳は、決意に満ちていた。意識はないはずだ、しかしやるべきことだけは見据えている。

いや、意識がないように見せられているのかもしれない。これは、とんだ化かし合いになる。

夜空に一つ、禍々しい魔力が柳洞寺へと向かっていったが、止める義務すら見つからない。

 

「我が役目は果たしたぞ」

 

ならば、あとは待つのみ。

 

 

 

───

──

 

 

 

身体の血管を異物が通るような、もどかしい鬱陶しさに指先が拒否反応をする。絶え間なく身体を侵していく異常に、全身へと向かう意識が危険信号を伝える。

感じたことのある魔力…銀色の線が全身を巡り、心臓に到達すると一際大きな火花を散らす。

思わず喉元に力が入る。魔術回路が限界ギリギリの負荷に耐えながら意識を叩く。魔力が強制的に流れたかと思えば、水面下を漂うような浮遊感を振り払っていた。

 

「こ、こは…」

 

目を開けると、見慣れない風景の建物とともに、二人の影を確認する。

 

「……どうやって魔術に抵抗したのかしら坊や」

「キャスター、ランサー…!」

 

咄嗟に口に出した名前は、目の前にいてはならない相手。今まで土蔵にいたはずなのに、なぜ敵の本拠地にいるのかまるで理解できない。

いや、これが事実だ。受け止めるしかない。キャスターの魔術が未知数だから、簡単に連れ去られるのも仕方ない。

 

「自分でなにをしたか分かっていないのね。現代の魔術師はマナも認知できないのに、どうして易々と私の暗示を解けるのかしら」

「それなら似たようなことをされたことがある。これよりも可愛げがあったけどな」

 

だからといって、認めるわけにはいかない。

このまま殺されるわけにも、命乞いをする気もなかった。どの選択肢も一秒二秒先に死ぬこと以外に違いがなかったせいもあり、挑発口調になる。

キャスターの背後でランサーは薄く笑みを浮かべる。しかし、

 

「確実に心臓を穿ちなさい。些細な例外も許さずね」

 

魔女の琴線が奏でた音色で、戦士のモノへと変貌する。

二対一、最初のようにランサーから逃げられるほど向こうも遊び気分じゃない。

 

「おいキャスター、その例外ってのにアレは入るのか?」

 

ランサーが背後を指差す。騙し討ちかと警戒した直後、頭上を勢いよく通り過ぎる物体が一つ。それは視界に映るキャスターを巻き込み、周辺の地面に半弧を残しながら現れた。

 

「残念、と言うべきでござんすか」

 

黒い着物とおかっぱ髪を揺らしながら、外道丸が横から割って入る。ただ少しも喜びの感情は湧かなかった。

 

「アハっ、ハハハハハハハハハ!!」

「あっそ、んじゃそいつは任せるぜ」

 

一瞬にして砂埃が散り、現れたキャスターの肌には傷一つなく。彼女を覆う魔術の膜は、外道丸の金棒を悠々と受け止めていた。気が振れたように笑うさまは確実に、外道丸の能力を測定し終え、殺せるという証明を導き出している。

ランサーの宝具を防いでみせた外道丸の能力は、キャスターに通用していない。

 

「ここは私の神殿よ、あなたが魔槍を防げる力があろうと関係ない。そんなもの、飾りには違いなくて?」

「晴明様に並ぶ規格をぶつけて相殺…」

 

外道丸が目を見開いた一瞬、手が止まったのをキャスターは見逃さない。

 

「もう遅いわ、対策なんて練らせるはずがないでしょう」

 

地面が薄紫に発光していく。やがて夜空に駆け上がり、背景の色彩を酷く塗り替えてしまう。

柳洞寺が紫のカーテンによって掻き乱される。魔力…のはずなのに、美しいとも思えない。

寺にはあっていいはずがない、人の魂の幕。生気を奪い、幾千にもなる一般人を巻き込んだ結晶。到底許されるものではない、悪の所業。

キャスターの魔術は柳洞寺を二つに仕切り、絶対的な勝利を浮き彫りにした。

外道丸とキャスターは、魔術のカーテンの向こう側。原理なんか知ったことではないが、あの外道丸が魔術を嫌っている。その辺り、キャスターは同じ過ちを繰り返さない慎重さが見てとれる。

 

 

…俺は、自分の戦いに集中していろ。

 

 

今から越えなければならない壁と向き合うんだ。

死を見せられ、死の淵で足掻いて、そしてセイバーに助けられたことで″先送り″にしていた存在。

 

「殺したのは一回、殺し損ねたのも一回だな。とくりゃあ、次は坊主。テメエの番か?

ま、ここには横槍なんて入んねえ。殺るか、殺られるか。単純で、だからソッチにとっちゃあ無理難題もいいとこだろ」

 

返す言葉はない。あるはずがない。そんな余裕、心のどこにも俺は持ち合わせていない。冗談の一つ言えやしない。本当に情けないが、まだ一度たりともランサーに勝てる未来を描けない。一度殺された心臓が、描こうとする思考を邪魔する。

ここに来て、指が震える。足先の感覚なんて麻痺したかのようだ。

 

「フ……ッ、ハ……ァ」

「殺し損ねた夜を思い出すな。あん時もお前は、目がギラギラ輝いてやがった」

 

呼吸は、ランサーに殺された夜と同じ。落ち着かず、怖くて乱れて、逃げたくなってしまう………。

相手はサーヴァント。過去を生き、未来に名を知られる英雄。

アイルランドの御子、クー・フーリン。突けば心臓を穿ち、投げれば軍勢を屠る槍の雨を降らすと言われる魔槍ゲイ・ボルグの担い手。

 

「スゥ………ハァ………」

 

だからどうした、安心もしただろう。

始まりを忘れるもんか。忘れたら、ここに立つ資格すらない。俺がマスターになったきっかけは、死ぬことで、校舎で助けてくれた誰かの親切を無駄にすることへの自己嫌悪。

今だから分かる。心臓を、あの呪いの槍で貫かれたのに助かった奇跡の重さ。半端な覚悟じゃ、見ず知らずの俺を助けようなんて思わない。

イリヤ、そしてバーサーカーも同じだ。俺を助けるためだけに、最後のストックを賭して俺を救ってくれた。

この心臓は既に、俺一人だけのものじゃない。だから、例え俺が死んだとしても、俺の命を繋いでくれた二人の想いだけは死なせるわけにはいかないんだ。

 

「これは、運命と言えるかもしんねぇ。お前さんは、俺に殺されるっつ〜、因果な関係なのかもな。だから、できることなら自力で勝ちを掴み取ってみろ」

 

あぁ、あ……ぁ。

限界など目に見えたらおしまいだ。そうやって、ここまで登ってきた。

いつも覚悟していた。

毎日、いつ死ぬかも分からない鍛錬をこなし、理想だけを磨き続けてきた。

 

そのつもりだった。

俺がやってきたことは切嗣の背中を見て理想を想い続けていただけ。そこには僅かな我欲がなく、真に迫れるだけの見本もない。有限のモノを伸ばしていけば、いずれ細くなり果て、やがては消滅する。

 

『』

 

足りない。

こと英雄に対して、一秒と生存することはできない。衛宮 士郎は誰かの後ろを歩んでいくだけで精一杯で、まだ憧れの隣にすら立てていない。なり損ないが今更軌道修正できるなんて、思い上がりも甚だしい。

 

捨てろ、これまでの自制を…。

 

この身が傷つくことに意味があるから、恐れずに一歩先の本物に手を伸ばせ。

 

胸の内に寄せられる、セイバーへの呼びかけ。誰かたちが懸命に呼び続ける名前を、この耳で聞き届けたい。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

その答えが今、手のひらに積み上げられていく。

 

 

 

 

 

 




祝50話!

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