fate/SN GO   作:ひとりのリク

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一日の長

衛宮 士郎は色の抜けた表情で新都を歩き続けていた。

自分がどこを歩いているのか、全く把握していない。すでに二時間が過ぎて、視線は足元に映る道のみを見続ける。それはゲームのキャラクターを操作するさまと変わらない。失敗しても再挑戦すれば、いつか報われる。成功が続いていく世界を探す、歪な価値観に囚われていた。

 

セイバーの瞳には遊びがなかった。真剣に、理解を求めようとしていた。それは、嘘をつけばいいこと。或いは、魔術師であれば肯定するもの。

興味を抱いておきながら、いざ願いごとを聞けばどうだ。俺がやったことは、セイバーが明かしてくれた身の内を踏み荒らしただけ。一番に応援するべきなのに、それでもセイバーの望んでいる結末は受け入れる自信が湧かない。

 

「最低だよ、俺は」

 

新八、神楽…。

それが、セイバーの仲間の名前なんだろう。

セイバーの仲間たちは、いまも抗っていると言っていた。残された時間は、あとどのくらいだろうか。…考えずとも、多くはないはず。だからこそ、セイバーは限られた猶予で最善の選択をしている。

きっと、セイバーは勝ち筋を見極めていた。自分の責任を果たすために、必死で前に進んでいる。我が身を省みないで、仲間を助けようというのだ。

 

責任を果たす───?

 

我が身を省みず───?

 

「ふざけるな…!」

 

綺麗に取り繕っているだけだ。俺は、なにをバカなことを考えているんだろうか。

セイバーだけの問題で終わるはずがない。セイバーが己を殺せば、残された仲間たちはどうなる。笑っていられるのか。

 

「俺は、ごめんだ」

 

率直な感想を無遠慮に吐き出す。

両拳を握りしめても思い通りにいくわけではない。現実から目を逸らせばセイバーが遠くに離れていくことを理解して、ゆっくりと両拳の力を抜いた。

士郎はひたすら歩くことを止めない。考えなしだ、立ち止まってもいいのだ。意図はなく、ただ目的地が分からない。道の先に立っていたはずのセイバーの背中を見失ったことが、精神的ショックとなっていた。

ある種の拗れた思い込みは、自力で解決できるものではなくなっている。聖杯戦争を勝ち抜くことが正しいことでなくなりつつある今、立ちたくもない分岐点へと辿り着いてしまったのだ。

 

勝つか、負けるか。

 

二つの価値は同等に。ゆえに目的地はない。

十年前の災害を繰り返したくない。忘れるはずがない決意はしかし、分岐路の真ん中で淡く揺れていた。どちらに進むこともできないまま、ひたすら歩き続ける。

自分の中で答えが出せない結果が、分岐路との差を縮めることを許さなかった。これ以上、なにをすればいいのか。そう自問したとき。

 

「足踏みをしているだけでは後進できまい、衛宮 士郎」

 

声色に反応して、歩き続ける両足が釘を打たれたかのように地面に着く。

容姿相応以上の貫禄滲む声、人をやや小馬鹿にした抑揚は、ついさっき死亡したと知らされた人物のものだった。

とにかく欲しいものは解決策だった衛宮 士郎にとって、言峰 綺礼の生死は些細なこと。綺礼との会話が成立していることで、士郎の頭からは本人にしか見えない。事実、彼は目の前に立っているのだから。

 

「言、峰……!言峰、生きてたんだな。あんたに聞きたいことがあって」

「無理だ」

 

だが、士郎の言葉は強い口調によって遮られた。なりふり構っていられない焦りに、強引に割って入るだけの力が宿っていた。

 

「残念ながら、もう答えを出している相手に復唱するほど暇ではなくてね。聖杯戦争の監督役とは、それほど多忙なのだ」

 

震えを忘れた喉は、言語ですらない音を吐き出す。

全身の力が抜けていく。だらりと(しお)れていく両腕は、士郎の声を代弁している。元々、大雑把な希望を抱いて言峰を訪ねたのだ。

 

「来る場所を間違えたな」

 

向こうが突き放せば、簡単に諦めてしまうくらいに地盤は脆かった。

 

「そ、んな…」

 

だから、受け入れ難い事実を前に人は、ありもしない存在を幻視する。

 

「お前が求めるべきは年長者の助言ではない、という話だ。同じ境遇に立ち通過している、共犯者とも呼ぶべき者の声を聞け」

 

本当は、ただの自問自答。

揺らいでいる事実が怖い。誰を助けるかなんて、迷う理由もないのに。

 

「衛宮 士郎が話すべき相手は───」

 

己が正義を通した人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠気に似た負荷と共に一歩前へ踏み出すと、言峰 綺礼の姿はなかった。

 

「あ……れ。ここは」

 

薄暗い周辺は、見上げるまでもなく陽が沈んでいることを意味している。数少ない外灯と月の光だけが地上を照らしていた。

真横にはガソリンスタンドだったであろう建物が、風化して形だけを残している。窓ガラスが割れて、壁に落書きされているから不良の溜まり場にでもなっているのだろう。

……なにを俺は、冷静に状況確認をしているんだ。どこだ、ここ。

 

「嘘だろ、今何時だ!?」

「二十時と少しだ」

 

ガソリンスタンドの中から声がして覗き込むと、膝下まである黒いコートを着る間桐 慎二が立っていた。

 

「おい、そこで突っ立っててどうするんだよ。寒いからさ、せめて中に入ろうぜ」

「し、慎二!?新都病院に入院してるんじゃなかったのか」

「ほっとけよ、少しだけ″探しもの″をしてるだけさ。ま、おかげさまで問題児扱いされてる。大げさな連中ばっかりで、治る傷も治らないよ」

 

コートの下から見える服をよく見ると、入院患者が着ている清潔感あるズボンと一致する。夜遊びにしては慎二らしくない服装だから、本当に探しものとやらをしているらしい。

 

「笑いながら言うもんじゃないだろ。顔も湿布貼りまくってるくせに。病院の人たちに迷惑かけてたら追い出されるぞ」

「いいんだよ。見舞いに来る桜が、無駄に手土産を持ってこなくて助かる。それよりも、セイバーが探してたぜ」

 

慎二の発言で、昼間にセイバーと話していたことを思い出す。

セイバーと外に出るきっかけを作った理由は、慎二のお見舞いに行くことだった。桜の様子も気になっていたんだけど、今は聞く余裕がない。

 

「訳も言わずに、士郎を知らないか?って。当然知らないって答えたら、病室飛び出して行きやがる。どいつもこいつも、僕のとこに来やがって」

「探しものって、まさかセイバーのことか?」

「冗談?あんなやつ探すまでもないだろ、ほっといても死にそうにないしな。まぁ探しものは人に間違いはないんだろうけど」

 

自信がなさそうに言う。唸りながら言っているあたり、″人″だという確信が持てていないようだ。

 

「見つかったのか?」

「…見つかったのはゲンナリしたザマのバカだけだ」

 

ボロボロの椅子に腰をかけながら言い、まるでため息のように軋んだ音を出す。

 

「で、何があった」

 

直球な問いに驚いて、思わず答えてしまう。

 

「セイバーの、願いを聞いたんだ」

 

だけど直ぐに口を閉じた。

慎二に言うべきなのか、どうしても分からない。セイバーは俺に話してくれたんだ、やっぱり誰かに相談することは止めよう。

自分で荒らしたも同然の場所に誰を招こうというのか。それは都合が良すぎる。

 

「いや悪い、やっぱりなんでもない」

 

一人の時間がほしい。

さっきから遠回りなことばかりしている気がする。いや、実際そうだ。こんなに暗くなるまで一人で考えて、まだ答えが出せない。このままだと、セイバーに迷惑がかかってしまう。

 

 

「サーヴァントってのはさ、分類的には使い魔なんだよ」

 

 

ただ、慎二は違った。

優れないだろう身体で入口に立って、出ていこうとする自分(士郎)を止めた。

 

「急に、なんだよ」

 

俯いていた士郎が顔を上げる。口に出した言葉に驚き、独りで後悔するサマを、慎二は自分に重ねていた。深入りするな、と無言で訴える静寂(士郎)に、いつもの薄ら笑いで答える。

士郎の、途方に暮れる目を見て確信を得る。現実を拒んでいる。事実に苦しんでいる。だからこのまま帰すわけにはいかない、背後に待つ夜道を後ろ目に思っていた。

 

「魔術師の爺さんが言っていた。実際、使い魔だからね。

アイツの魔術は殺意が沸くほど憎んでいたけど、魔術師としては拒絶できなかった。元々、桜への危害を知るまでは尊敬すらしていたからな」

 

使い魔…と士郎は呟く。

魔術師としては正しい認識だ。それを士郎が受け入れるかといえば、違う話になる。話の先に待つ結果を感づいていながら、現状に収めてしまおうとしている。

 

「魔術師ってのはそういう生き物さ。自分の理想にしか生きない。

だから分かるんだ、お前は僕より魔術師をやれていない」

「そりゃ、俺は魔術師なんて名乗れるほどの実力もない」

「僕もそう思う」

 

士郎がそう言うことは分かりきっていた。

 

「…だから桜は毎朝、飽きもせずお前を起こした」

 

士郎が魔術師と知った今でも、慎二にとって士郎は魔術師ではない。桜が懐いているから、士郎は魔術師にはならない。せいぜい魔術使いといったところ。

認識として魔術師ではないから、不思議と慎二は士郎に殺意を向けることはできない。だから長年の付き合いがある。

 

「ライダーが質問してきたよ。『なぜサクラはシンジを起こさず、他の男の元へ行くのか』って。あの時からクソ生意気なヤツだった。解ってて聞いたんだぜ、きっと」

 

棘のある内容にしては、慎二の表情は楽しそうで。遠い昔の記憶を懐かしむように、ゆっくりとまぶたを落とす。

 

「僕がその質問に、この家に居たくないんだろ、って答えたら、静かに笑いやがるんだ。

『申し訳ない。思った通りの返事に、つい』

そんで、僕はキレちまって結局、ライダーがなんて考えてるかは聞けずじまいさ」

「慎二らしいな」

「あぁ。換えが利かないってのは不自由だよな。誰でもできる事だと分かってりゃ、安心して次に託せられるんだろうね」

 

聖杯戦争を通して、ライダーと過ごして慎二は後悔したことがある。

その悔しさは、桜の閉じた心を士郎(友人)が救ったときに並ぶ。その後ろめたさは、英雄王が逝ったときの虚しさより深い。その重さは、桜を救えないと絶望に浸った頃に知る。

 

「……。桜のことばかり気にかけるライダーの換わりすらいないんだ。あんなポンコツでも……消えちまえばズルズルと後悔引きずるやつがいるんだよ」

 

今、生きていることはライダーのおかげ。葛木に殺されかけながらも、宝具を発動してまで逃がしてくれた。

その意味を、慎二はよく理解している。

 

「一方的に理解されるって、キツいんだぜ」

 

桜に頼らず、魔力供給をどうやって補うのか。ライダーの宝具を知り、次にいかにして他の魔術師に悟られることなく、冬木の住民を魔力へ変えるのか。どうすれば、遠坂 凛を殺せるだろう。いかにしてサーヴァントと戦わず、マスターを殺そうか。

 

一人で考えていた。自室で、一人。

 

「相手がなんだろうと関係ない。嫌なら拒絶すりゃいいじゃん、文句垂れりゃ見えてくる場所もある。

一番辛いのは、いなくなった相手に向かって感情をぶつけることだ」

 

だが、ライダーは霊体化し、たまに実体化しては一緒に考えてくれていた。自分の考えを知られて、羞恥心を隠すために怒鳴り、口汚く罵った。

そんな頃の自分に、慎二は士郎を重ねていた。士郎の様子が似てしまっているのだ。だから、間違った道を歩いてはいけない。命の恩人たちに感謝を込めて、一歩、士郎に近づく。

 

「馬鹿やってたら止める。言葉だけでダメなら、一発殴って目を覚まさせてやる。僕たちは、そういう関係でここまできたんだろう?」

「慎二…」

 

あの会話の中には、感謝の言葉がなかった。

ありがとう、が言えない。

じゃあ目の前の友人には、なにがないのか。

 

「僕は桜のために聖杯戦争に参加した。衛宮、お前はなんのためにここにいるんだ。聖杯戦争に参加した理由くらいあるだろ?ない、とは言わせないぜ」

「聖杯戦争に参加した、理由?」

 

穂村原学園で衛宮の正体を知ったときから、不思議に思っていたことがある。聖杯戦争に参加するような人間でないことを分かっているために、聖杯のために過酷な生存競争を望まないことを。

衛宮 士郎とは人畜無害、お人好し度青天井のバカの名前。

 

「俺は、」

 

だから、事情を想像するしかない慎二がやれることは一つ。士郎が聖杯戦争に参加した理由を言わせて、セイバーのところへ帰すこと。

 

「そこで何をしている、衛宮」

「ッ…!」

 

だが、慎二の心は、劣化した壁一枚向こうから聞こえてきた声で、精神が揺らいだ。

 

「あ、葛木先せ───」

「衛宮、セイバーを呼べ」

 

咄嗟に士郎の口を両手で塞ぐ。その名前を誰かから聞くのを、脳が酷く拒んだ。

 

「は?おい、急に隠れてどうしたんだよ」

 

焦りもしない士郎の態度に、慎二は舌打ちする。

 

「葛木は、キャスターのマスターだ」

「……ッ、嘘じゃ……ないのか」

「そこにもう一人いるな、出てこい」

「ひっ…」

 

幸いなことは一つ。葛木の位置からは、慎二のほぼ全身が隠れていたこと。頼りない壁一枚を隔たりとして、葛木からは誰かがいるということだけが分かっていた。

その正体が慎二だと分かれば最後、セイバーを呼ぶ前に士郎と慎二は殺される。聖杯戦争のマスターとして慎二は認知されているのだ、少なくとも慎二は殺される。士郎がマスターかどうか定かではないにしろ、キャスターの耳から聞いている可能性は大。

 

「モタモタするなよ!あいつさえ倒しちまえば、一番厄介なキャスターたちを一気に落とせるんだぞ。令呪で呼べ!」

 

しのごの言っている暇はなかった。慎二には、その余裕を保つ自信が欠けていた。士郎とて状況が把握できないわけではない。静かに、士郎の様子を伺う葛木を見て。柳洞寺に巣食うキャスターの姿を思い浮かべた。

直後、葛木の側から砂煙が立ちこめる。スーツ姿の葛木は微動だにせず、不自然に発生した風を無視して士郎を待っていた。

 

「いま、なにかが葛木の近くから跳んだぞ…!」

「なにかが、跳んだ…?」

 

すぐそばを、音速でなにかが離れていった。大雑把な表現は、見たことも聞いたことも、感じたこともない感覚。

ほんの数秒、秒針が止まったかのように音が消える。二人は、危機的状況にある今が続いてくれ、そう心の奥底で願うくらいに、緊張が張り詰めた。

 

二人同時に瞬きをする。

遠くで金属音が高らかに響いた。

慎二が外を見る。葛木の立つ反対側の林から、せわしなく金属音が聞こえる。次に、火花が見えた。

 

「え!?」

 

慎二の素っ頓狂な呟きに、士郎が視線を移した瞬間。視界は、割れた窓ガラスの向こうから飛び出すセイバーと、炸裂するコンクリートの壁を捉えた。

そのまま士郎の身体は、訳も分からぬままセイバーに抱えられていた。

 

「ああぁぁ──!?」

 

夜空と地面が混ざり合う。

耳には、コンクリートが砕け散る音しか聞こえない。

 

 

令呪が発動したのか?

慎二はどうなった!?

 

 

「なんだ、まだ隠れてたのかよ。葛木、ちょいと教え子に甘いんじゃねぇのか」

「………」

 

セイバーに降ろされて向かい合う形となり、目の前には穂村原学園の教員、葛木 宗一郎。そして、ランサー、クー・フーリンが視線をこちらに向けたまま戦闘態勢に入っていた。

 

「よぉ、お前らの探しものはコイツか?」

 

背後に視線を向けると、ガソリンスタンド跡地であった建物は、刃物類で豆腐を切るかのように崩れていた。慎二は見当たらない。

 

「二度は言わねぇから、よく聞け。隙を見て逃げだせ」

「なっ、セイバー!………セイバー」

 

抗議の一つしたくなる発言に、しかし言葉を見失う。かつてランサーと対峙したときの余裕ぶりは一切なく、その横顔は今まで見たことがないほどに切羽詰まっている。

だから。

 

「無理だ。俺も戦う、相棒残して家に帰られるかよ」

「おい士郎、葛木ってやつはなぁ!」

「知ってる。だからここで逃げたら、友達に顔を見せられない。それに」

 

だから、聖杯戦争に参加した理由を思い出して、無意識に言葉が出ていた。

 

「セイバーには生きてもらわなきゃ困るんだ」

 

死んだはずの命を救ってくれた、誰かのために。そのお陰で、こうして生きることを諦めずにいるのだから。

 

地獄から救ってくれた、正義の味方に憧れて。セイバーを切嗣に重ねて見ている。セイバーが江戸の町のために聖杯戦争へ参加してるんだ。

俺は一緒に、願いを実現したい。

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます、ひとりのリクです。
本編の銀魂の完結を心よりお祝いします。私にできることは、空知先生には届きはしませんが、全力でこの作品を書いていくこと。
銀魂が残してくれた言葉と、笑顔は、私たちの大切な気力になってくれます。本当に、ありがとう。

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