fate/SN GO   作:ひとりのリク

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「俺が聖杯に願うことは、元いた時代に戻ること。江戸の、あっちにいるバカ共には、背負わせたくねーんだ」



セイバーの歴史Ⅱ

晴れた冬空、新都を駆ける風が、新都大橋を渡り終えた士郎に不安の火を灯す。肌に感じる寒さから熱を帯びる、凍傷に似つかない痛みが首筋の裏にある。

士郎は、不安の種があることを自覚しつつ、それがどこにあるのかを突き止められず首をかしげる。実際に首筋の裏を触っても、そんなものは物理的に無理な確認だったと気づく。

 

「だから俺は聖杯を求める。ここで原因が全部分かるとは思ってねーが、サーヴァントに成れた以上は意味があったってことだ」

 

セイバーの発言には、有無を言わさない納得力がある。

″そうか、じゃあ聖杯を求めるしかない″。セイバーには、ちゃんとした理由があるのだから。

 

「…あぁ、見えないくらいに大きな背景が広がってるんだな」

 

ただ、少ないと感じる。

でも、踏み込む必要があるのか躊躇した。

セイバーが聖杯戦争を戦う理由を知ることができた。もう十分じゃないか?

 

…まだ早い。

 

ここで全てを受け入れることはつまり、セイバーの話を聞かなくても大丈夫だということになってしまう。

それは勿体ない。

 

…そう、勿体ないだろ。

 

「ぇ…?」

「おい、士郎?!」

 

突如、目に違和感が走る。

まるで砂を目に叩きつけられたかのように、思わず後ずさってしまうほどの気持ち悪さがまぶたの内側に発生する。まぶた越しに脳みそが(じか)で鷲掴みにされる感覚。吐き気や目眩で苦しいんじゃない、これは物理的に、次元が違うと直感した。

すでに生身の感覚が消えた。外の声も、自分の五指すら行方が分からない。

 

「」

 

セイバー、と叫んだつもりだ。喉が震えることすら自覚できないせいで、まるで深海に沈んでいくような孤独。

意識が後ろに向く。首を動かしていないくせに、視界がゆっくりと後退していく。抗えない症状に、堪らず…。

 

▶︎目を瞑る

▷もう一度、セイバーの名を叫ぶ

 

肉体的には不可能だと分かっていても、目を瞑るほかにこれを拒絶する方法が思い浮かばない。せめて、目を瞑ることを意識しろ。この症状が一時的なものであると、切に願うしかない。

しかし、無駄なことだった。

一瞬の抵抗は虚しくも、天上にまで昇るほどの砂塵によって意識は飛ばされていく。ずっと引っ張られていくことを認識できる。その先は、分からない。

 

…ふと、イメージが雪崩れてくる。

青空に熱が集まっていく光景。見上げた空には、呆れるほど大きな円盤が刻まれている。

 

「目が……見える」

 

ただ、目が見えた事実が安心感になる。視線を落とすと、驚きの声すら上がらない場所に見入っていた。

閑散とした町。整備された跡がない建物。奥に見えるのは、どの建物よりも群を抜いて高い塔。瓦礫同然の廃墟を、俺は知っている。

 

また小さなノイズと共に、イメージが変わる。

今度は、何も見えない。人の呼吸が聞こえるも、やはり見ることはできない。

 

『成る程、江戸であって江戸(史実)に在らず、か』

 

音声だけが乱舞する。俺の知らない声…じゃない。聞き慣れないが、視覚がないせいか、その正体にはすぐ辿り着いた。

この声は、アーサー王。憤怒に満ちた感情はなく、一国の王としての余裕が感じられる。彼女の声を拾えたのは、江戸という言葉に釣られたからだろうか。

 

『その元凶はまだ顔を見せちゃいねぇ。◾️◾️(●っ●●)っつーのも、データとしては本来残るはずがない。ん、あぁ。俺だってテメェで調べたわけじゃない。俺を産み出したもの好きから───』

『どうも、怪物さん。ここは一つ、この剣と凌ぎを削り合いませんか?』

『任せとき、もう心配せんでええ。まずは江戸の町に活気を取り戻す、あとのことは今度考えればいい!』

 

誰かの…知らない人たちの声が次々に響き渡る。

会話の脈絡がないせいで、言葉の意味がまるで分からない。

 

『″こっちか。なら救いようがある″、そうあの人も仰られていました』

 

だけど、他人事じゃない。その確信がある。胸のざわめきが収まらない。音だけしか情報が入らない不安感もある。だけど…。

見えない、はその一端にすぎない。このざわめきの原因がすぐそこにあるはずだ。

やがて聞こえなくなる声のことも気にせず、暗闇の中を彷徨う。

どこだ、どれだ、なんで分からない。

見えない…知りたい景色は、黒に塗りつぶされている。さっきは、一瞬だけど立っている場所が見えたのに。

 

「見えた…?いや、いや…!」

 

廃墟が見えたとき、あれはこの目で見たものじゃない。脳内に映像が流れ込んできただけ。

イメージ、不思議な言葉だ。これを聞くだけで、あいつ(アーチャー)のつまらない顔が浮かんできちまった。

 

やっぱり意味は分からない。

だけど、自然と言葉が出てきた。

 

同調開始(トレース・オン)

 

ここがどこかは知らなくていい。

 

訳も知らない誰かのイメージよりも、聞きたいことが山ほどある相手がいる。

 

今は、それだけで十分だ。

 

「あ、あぁっ───」

 

イメージに、魔術回路を通す。

碧い線が奥から走るのが見える。

暗闇は負けじと光を呑もうと行く手に立ちはだかる。が…碧い線が一本、また一本と増えて暗闇との激しい摩擦を起こし始めた。なんてことはない、脆い暗闇だ。自分のイメージ(意固地)を流し込むと、呆気なく暗闇は退散していく。

 

 

ここで聞いた声は、セイバーには言うべきじゃない。

きっと、彼が然るべきときに話してくれる。だから、俺は待つだけだ。

 

 

全身の感覚が戻ってくるのを感じて、身体が揺さぶられていることに気づいた。聞こえてきた声に反応して、すぐに目を開ける。

そのとき、ほんの一瞬だけ砂嵐が起こった気がした。

 

「士郎、士郎!!」

「セイ………!?」

 

言葉を中断してしまう。

映った人物は、セイバーの声をしながら、容姿がまるで合致しない。

文字のような形をした意味不明のものが、隙間を惜しむように並ぶ包帯で顔を覆っている。辛うじて、ソコを顔だと認識できたのは、包帯が避けている割れ目から赤い瞳がこちらを覗いているからだった。

 

「なっ───」

 

これは現実じゃない。飲み込みが早いというよりも、俺は以前に見たことがある。この姿を、廃墟の中で。

息が詰まりそうになった。どうして、こんなにも衝撃的な姿を忘れていた。この姿も…。

 

「おい、急に倒れやがって。身体も熱いぞ!いきなり魔術回路のスイッチいれて暴走させてんじゃねーよ!!」

 

声も、セイバーじゃないか。

 

「どうした、空なんざ見て。UFOでも見えてんのか!?」

「いや…違う」

 

……セイバーの再度の声で、ようやく、いつも知る場所に戻ってこれた。

セイバーは包帯なんて巻いていない。瞳は赤くない。禍々しさは、どこにも見当たらない。

 

「なんで忘れてたんだ」

「士郎…ただごとじゃねーな。それは、俺も知っておきたい」

 

そのうえで、まだ安心感がない。

思い出した、夢の中でみたセイバーの姿。そして、″セイバーが口にした言葉″を。

言いたくない。本能よりも、事実と予想が拒もうとしている。

 

「…江戸の町を見たことがある。整備のとどいた建物は一つもなくて、ゴーストタウンって言われたらしっくりくる町だった」

「………ッ」

 

止められなかった。

思ったはずだ、セイバーのことを知りたいと。

決めたはずだ、セイバーのために聖杯戦争を戦うと。

 

「セイバーは全身を包帯で巻いて、全身を怪我しているような姿だった。だけど怪我じゃない、間近で見たから分かる。夢…みたいな感覚だった。すぐに意識が醒めたんだけど、その前にセイバーは独り言を呟いてたよ」

 

だから、俺は…。この意味を確かめなくてはならない。

 

「″人類の悪″はテメェで締める……!って、独りで町を見守っていた。セイバー、人類の悪っていうのは……」

 

喉が渇いている。そこから先の言葉が出せない。

確かめなくては…?なんて聞けばいい。言うのか、江戸の町が廃墟になっているのはセイバーが原因なのか、と。それこそ、まるで悪者扱いだ。俺は、どうかしている。

 

違う、違う!違う?

 

身体を起こすこともできないまま、荒い呼吸が続く。いや、それ以上の行動ができない。

 

「そうか、夢か。そんな方法で見られてたなんて、まさか予想もしてなかったわ。悪いな、余計な気を遣わせちまった」

 

なんて返事をすればいいのか思い浮かばない。謝ってほしいわけじゃない。そんなつもりは毛頭ない。

俺は…。

 

「俺はよ、テメェ(自分)に殺される前に死んじまったんだ」

 

セイバーから、真実を聞くのを躊躇っていた理由がようやく分かった。

 

「は?」

 

そして、結末は想像の遥か上をいっていた。

 

「聞いてくれ。俺も攘夷戦争に参加した身でよ。そこで地球を滅ぼしちまうほどの毒に寄生された」

 

 

 

「毒は俺の体内で一五年かけて成長、一気に外へ飛び出した。感染したら、全身から色素が抜けて、弱り果てて死ぬ。特効薬も作れない最悪最低のモノを俺は撒き散らした。

もっと早くに気づけば、成長する前に自害でもできたんだろーがなあ。異変に首をかしげた時にはもう遅かった」

 

脳裏に、廃墟の映像が過ぎる。

 

「腹を切ろうとしても身体が勝手に阻止しやがる。高所から飛び降りることすらできねぇ。一晩で大量の酒をかっ喰らっても、アルコールは最初から入ってないかのように普通に処理された。

俺は、身体の自由が効かなくなってたんだよ」

 

……酒?

 

再び脳裏に流れる廃墟の映像には、事務所の床一面に転がる大量の酒瓶。

 

バカな。

 

夢の中でも、まさか予想するまい。あれら全てがセイバーだけで飲み干したとは。

 

「ほんの数ヶ月で世界は滅びかけて、金のあるやつは地球以外の星に逃げ、残ったやつは金がないか、余程のもの好きだけ」

「人類の悪っていうのは……」

「んなこたぁどうでもいいんだよ。大事なのは」

「待ってくれ!セイバーが、セイバーに殺されるってどういうことだ。どうして、そんなことをしなくちゃいけないんだよ」

 

口を挟むべきじゃない。

思わず立ち上がった。寝転んでいると、自分の意見がなに一つ言えない気がしたから。

 

「間違ってるよ。聖杯には、セイバーが言う毒を消してもらえればいい!そうすれば」

「できるもんなら、そっちのが楽だからそうしたい。けどよ、俺の毒は消えるかもしれねーが、ここにいる俺から毒が消えたところで根本的な解決にはなりゃしねーんだ」

「そんなの、聖杯に願わないと分からないだろ!どうして決めつけるんだ!」

 

セイバーが悪だと。セイバーに非はなに一つないじゃないか。

初めから自分の生存を考えていない態度に、段々と腹が立ってきた。否定するんじゃない、セイバーが死なないような路を探さすんだ。だから俺は、セイバーの話を絶対、納得しちゃいけない。

 

「違ェ…そういう問題じゃない。滅びかけの地球は、元に戻らねーんだ」

「ッ……なんでだよ。なら、毒に感染しない方法を考えればいいだろ!!方法はいくらでもあるはずだ。俺だけじゃ知識が足りないなら、イリヤにも話してみよう」

「………それは、不可能になった

 

目を見開いていた。

セイバーの覚悟を、垣間見た気がして。

 

「江戸には、もう現状(いま)しかない。過去も、未来も残っちゃいねぇ。俺がここに来る直前に、実際に見てきた。見ただけで、分かっちまったんだ」

「そっ……なんだよそれ!!」

「一面暗闇の中にポッツリと穴が空いてやがった。よく見ると光が漏れていた。見て驚いた。新八が、神楽が、これまで出会った奴らが抗ってやがる。

俺が死んだあとも、俺の名前を呼んでいやがった」

 

情けない。返事を待つ間、手が震えている。

セイバーは、初めからそのつもりでここに来た。

 

「あそこ以外に、俺が行ける場所はない」

 

その先の手段は、一瞬だけ目を逸らした様子から察せられる。俺だってバカじゃない。

 

セイバーが、セイバーに殺される…。いや、いいや。きっとセイバーのいる世界だと不可能じゃないのかもしれない。むしろ、天人なんてのがいて、地球を滅ぼすだけの毒がある時点で。

 

「…いやだ」

 

説得する努力すら放棄するように呟いていた。

 

「おい、士郎!」

 

思い浮かんだ顔は、言峰 綺礼という神父。

 

セイバーの制止をよそに、走っていた。

 

 

────

──

 

教会の門を走り抜ける。

初めてここに来た日と同じく、利用者は誰一人いない。平日でも少しくらいは参拝者がいると思っていたが、今はどうでもいい。

 

教会の扉を開けると、目の前には遠坂とアーチャーが立っていた。なぜここにいるのか、やはりこんな考えも言葉にする暇が惜しかった。

 

「言峰は、どこにいる遠坂」

 

「綺礼はね、姿を消した。恐らくキャスターに殺されたんでしょう。その跡があちこちにあるの」

 

言峰がいない…

 

言峰がいない。

じゃあ、ここにいる必要はない。

 

遠坂に話しかけられた。耳が遠いどこかにある気がする。身体が勝手に反応しているから、本能に任せて教会を後にした。

 

「セイバーを置いてきちまった」

 

助けてくれた恩人の願いは、自分に殺されることだった。

俺は、黙ってその手助けをしていればいいのか?

 

 

焦るな。なにか、方法があるはずだ。

 

そのはず、なんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます、ひとりのリクです。
今回の話で、セイバーが呟いたという「人類の悪はテメェで締める」や、大量の酒瓶が転がっているシーンは、37話『目覚めの森』の序盤で確認できます。

9/15(土)追記
今回追加タグ:鬼◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

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