fate/SN GO   作:ひとりのリク

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セイバーの歴史Ⅰ

朝食の支度を始める前に洗面所へと向かう。

まず水を出して目覚めの一発にと、両手で受けを作り顔へとかける。いつもならこれで、悲鳴の一つ上げながら意識が引き締まるが、今の状態でどこまでの効果があるものか。

 

「ひっ───相変わらず効果てきめんだ」

 

体内温度が高いぶん、効果は薄そうだと思っていたが、とんでもない。朝の冷水は健在だった。それが、少し嬉しくもあった。

次にお湯を出して、かじかむ手をほぐすのがいつもの流れだが、両手をグーパーと広げて、その必要はなさそうだ。洗面台の下に掛けているタオルで顔と手を拭いて、洗面所をあとにする。

 

「はて?」

 

台所へ向かうと、居間の前まできてリズミカルな音が漏れていることに気づく。この音は紛れもなく包丁、それもうちにある十三種類のどれとも違う。

まさか、と思いながら可能性の一つを頭の中に浮かべて、いざ台所に突撃する。

 

「おはようございます。昨日も、このくらいには起きてましたね」

「おは……よう……?んんんっ」

 

台所には、当たり前のようにピンク色のエプロンを着け、右手にはハンドルがややカーブした包丁を持って人参を刻む姿が一人。こちらを見るや、手を止めて向き直る。

変な声を漏らしながらも、ここ最近でよく聞いた声色から誰なのかを理解する。

 

「セラか!?」

「この男、本気で言いましたね」

「わ、悪い。って、いやいや!何してるんだよ、まだ七時も過ぎてないぞ?セラやリーゼリットはお客様なんだから、メイド云々のことは忘れてゆっくりしててくれよ」

「お気遣い痛み入ります。しかし私どもはメイドゆえ、このくらいしかやる事がないのです」

 

朝の支度をする気満々で目をバッチリ冷ましてきただけに、その姿は衝撃が強すぎる!

朝陽に控えめに反射する髪が、セラの振り向きざまに小さく弾んだ。

セラの言葉よりも、腰上まで伸びた白い髪に意識が向いてしまう。イリヤよりも大人びていて、この家の台所に立つにしてはお淑やかで、神秘的な美を纏っていた。

いつものメイド服を着ておらず、黄色と黒が印象のトラ柄にジーパンというとてもラフな格好。新鮮なはずなのに、どこか親しみがもてるせいか、ピンク色のエプロンに違和感がない。

 

「……」

「あの、衛宮様。私の顔になにか?一般人が初めて魔術を見たような顔をしていますよ」

「いい、いや、そんなことはないぞ。えーとさ、ほら、髪をおろしてるから驚いてたんだ。そういう意味で、魔術なんかより珍しい」

 

セラの目の下にシワが寄る。嫌悪感を隠そうともしない。いや、分かっていた。俺が変に気をつかうもんだから、それが鬱陶(うっとう)しいんだ。

 

「これは、お嬢様のご配慮の証です」

「え、イリヤの?」

「日本の屋敷にメイド服は合わない、しかしキモノは用意する暇がないから余所行きの服に着替えるよう…仰られました」

「へぇ、それで」

「うんうん、昨日そんな話をしてたから私の部屋着を一着貸してあげたのだっ」

「ほぇー、通りで見たことがあると思った。着る人が変わるとこうも際立つものなのか、意外と似合って…」

 

───それは、野生。

背後からの声に何気なく振り向くと、冬木に住まう最恐のトラが一人、意味もなくボクサーの構えをとっていた。

 

「ほうほう、シャッシャッ。で、続きは?」

「申し訳ありませんでした!」

 

違う、セラの嫌そうな顔は俺の背後に忍び寄っていた藤ねぇに向けたものだったか!それならそう言ってほしい、こっちにだって心構えというものがあるのだ。あぁやばい、下手な誤魔化しが効かないから土下座するか土に還るしか道はない!

 

「おはようございます、藤村様」

「おはよ〜ございますセラさん、服はバッチリ似合ってますね〜!

ところでぇ。いいんだよぉ、本人の前じゃ言えないことってあるもんねぇ!フフフフ、それでぇ?セラさんの着ている服の感想はどうだい、士郎」

「服が輝いて見えました!」

「正直でよろしい」

 

たちまち十字固めをキメられて、それでチャラとなった。

いや、感想言えって方が効いたぞ…鬼め。

 

「もー、士郎ったらダメだよ?他の女の子にも心ないこと言っちゃ。あまり心配はしてないけど、あんたは慎二くんと似てて鈍チンなとこあるしさ」

「あぁ……ところで藤ねぇ、やけに早くないか。ていうか、どこに隠れてた?」

「お客さん多いから様子見がてら、さっき来たの。そしたら士郎がポケーッと突っ立って、よからぬ話をしてたから驚かそうと思って」

「ぐぬぬ、一生の不覚」

「あっはは、それじゃ朝食できるまで私は寝る!ちゃんと起こしてね〜」

 

あくびをしながら居間の定位置にゴロリと寝転がる。出勤前の大人かと疑いたくなる。

後ろで気配を殺していたセラが、耳元で呟くように静かに言う。

 

「ところで衛宮様。夢の方はいかがでしたか」

「あ、あぁ……」

 

やっぱり聞かれるか。

セラにもだけど、ここにはいないイリヤやリーゼリットにも内容をはぐらかすことにしている。まずはセイバーに確認したいことがあるからだ。

 

「悪い、まだエクスカリバーらしきものは見ていないんだ。見たのはバーサーカーが体験した夢だったよ」

「………そうですか。それは仕方のないことです。運良く、夢を見ようだというほうが難しい話ですから」

「そ、そうだな」

 

今の間、もしかせずとも嘘だと思われているじゃないか!?いや、そんなはずはない。

 

「その話は朝食の場で談笑程度に言えばいいでしょう。元より、アーチャーの戯言を間に受ける気はありません」

 

アーチャーのことを目の敵にしている。相当気にくわないようだ。

 

「私は朝食の準備に戻ります。終わったら起こしますので、それまでは休んでいてください。あぁ、お嬢様が起きてはいけませんので、居間で!寝ていてください」

「いや、俺にも手伝わせてくれ。顔を洗って目が覚めちまったんだ。ていうか、藤ねえのせいでもある。ん〜と、人参に玉ねぎ、ベーコンとキャベツ、この袋はコンソメか」

「あぁもう、分かりましたから。見たところ、相当な腕を持っているようですね。昨日、台所の手入れが行き届いた調理器具を見てから興味がありましたので、お手並み拝見といきましょう」

「あはは、お手柔らかに」

 

イリヤにあわせて作られる朝食は40分もすれば形になり、セイバーが起きてくる頃には食卓に並べるまでになった。

 

朝食の間に、夢については話した。

イリヤが興味津々に聞いてきたので、イリヤと森の中を歩いていることを教えると、難しい顔をして「そっか」と返事をしていた。

 

 

────

──

 

 

午前中、セイバーと稽古をしながら遠坂とアーチャーを待っていたが、結局来なかった。午後も待ちたいのだが、夕飯の食材を買う必要があるためセイバーに一緒に出かけてほしいと頼んでおいた。

ついでに、慎二のお見舞いがてら新都まで足を運ぶつもりだ。

その行き時間を使って、セイバーに夢の出来事を話そう。ここで話してもいいんだけど、なんとなく。二人のときに聞いておきたかった。

 

居間のテーブルの反対側でセイバーが寝そべるなか。夕飯の買い出しのメモをしていると、セラに背後から声をかけられる。

 

「それは、今晩の買い出しですか?」

「あぁ、新都のほうに行く用事を思い出したから、帰りに買ってくるつもりだよ」

「買い出しでしたら私にお任せください。マウント深山商店街には一度ですが寄ったことがありますので、食材は迷いなく探せます」

「本当に?…じゃあ、お願いしようかな。その間、俺は新都の方に用事があるから。夕方までには帰るよ」

 

申し訳ないと思いながらも、話が長引きそうなのでお願いすることにした。

メモを書き終えたところで、イリヤが居間に入ってくる。後ろからはリーゼリットが着いてきた。

 

「シロウはお出かけ?私も行く!」

「ごめんイリヤ、留守番を頼む。慎二のところに行ってくるからさ、あいつの性格を考えると確実にへこむ」

 

とても輝いている笑顔のところ申し訳ないのだが、イリヤを慎二と合わせたらなにが起こるか分からない。具体的には、慎二の嫌味節が発動する。そして慎二が死ぬ(桜に怒られて)。

 

「……そっか、うん!シロウがそう言うなら私は大人しくお留守してる」

 

素直に頷いてくれて安心した。これで慎二の寿命も少しは延びただろう。そうしていると、セイバーが上半身を起こしてぼやく。

 

「なぁ士郎、こいつ置いていっていいの?やけに素直で気持ち悪いんだけどぅゅわっ!?」

「セ、セイバー!?」

 

耳元で何かが飛び出す音がして、次の瞬間、それはセイバーの眉間に激突していた。

 

「イリヤ、お淑やかでないとダメ」

「バカにされて黙っていても良いことはないの。それにサーヴァントなんだから、これくらい避けなさい」

 

確かシュトルヒリッターと名付けられたそれを、セイバーは…。

 

「家ん中でぶっ放すな!殺す気か!?」

 

木刀で霧散させていた。

 

「へーん、セイバーが死んだらシロウが私のサーヴァントになるからいいもんね」

「ケッ、ガキの喧嘩なんざ買うかよ」

 

意外と仲の良さそうな二人を見ながら、少しの間を過ごした。

 

朝食の残りものから作ったサンドイッチを昼食に出して、腹が膨れたところで支度をする。

 

 

午後、イリヤに見送られて家を出る。

リーゼリットとイリヤを残すことが不安にならない訳ではないが、こうでもしないとセイバーとの時間は中々作れそうにない。

あまり深く考える必要は……ないと思う。

ただ、話そうと思うと心臓が僅かに跳ねる。勘でもないかもしれない。これは、セイバーの生前について…深入りすることだ。いつか聞こうと思っていたことを、もうすぐ聞くことになるかもしれない。

 

 

───セイバーの真名について。

 

 

他愛ない会話すらできずに、ぎこちない雰囲気を引きずって新都大橋の手前まで来て。

 

「んで、慎二のお見舞いだけが目的じゃないだろ」

 

セイバーがそう切り出してくれた。

 

「うん。どこで話そうか迷ってさ」

 

足が止まる。それでもセイバーは、なおも先を歩いていく。

セイバーには、こっちの考えなんてお見通しなのかもしれない。ただ、それでもこちらから聞くべきなのか迷ってしまう。

 

……いや、もう引き返せない。

迷うな。奥手になってどうする。嫌なことなら、セイバーはハッキリと断る。だから、俺は知りたいと口に出すべきだ。

 

「朝はバーサーカーの夢を見たって言ったけどさ、あれだけじゃないんだ。この後に、アーサー王らしき人と、彼女が使う剣を間近で見たよ」

「まじか、やったじゃねえか。これでエクスカリバーを投影すりゃバーサーカーの心臓は──」

 

セイバーの言葉を、一歩踏み出して遮る。

 

「あぁ、すぐにでも投影を試みるべきだ。ただ、もうちょっとだけ投影は見送る」

「……ま、好きにすりゃいいさ。なにも考えなしって訳じゃないんだろ?」

 

設計図はすでに頭の中にある。

ただ、できることならバーサーカーの心臓を少しでも長くいさせたい。イリヤのことを考えて、といえば呑気すぎる。当然、気を緩めるつもりはない。

この夢を見てから、身体を巡る熱が僅かしかないことが、ゆとりをもたせてくれる。ならばあと少しの間だけ、俺はバーサーカーのことを知りたい。そして。

 

「アーサー王以外にもう一人いたんだ。真っ白い空間の中でさ、真名解放したソレを、木刀一本で止めてみせた凄いヤツが」

 

バーサーカーに託された先を、知る勇気を分けてほしかった。

 

口の中のつばを呑み込みながら返事を待つ。夢の中の映像が、意味が分からないせいで緊張が増す。

前を歩くセイバーはようやく足を止めると、こちらに振り向いて無言で頷いた。

 

「あの空間がどこかは俺も分かんね。とにかく無我夢中でよ、やりたい事のために走ってたらあそこにいた。あとは見ての通りよ。正規のセイバーをぶっ倒して、俺が召喚されたんだ」

「あれは、セイバーがサーヴァントになってからの映像だったのか」

 

正規のセイバー…。なるほど、これなら俺の中にアヴァロンがあるのに、アーサー王が召喚されていない訳が分かった。要は横割りされたんだな。

けどそれは、今はもう些細な疑問だ。本題はここからなのだから。

 

セイバーがたった今、俺の聞きたいことの一辺を言った。

『やりたい事』を聞くために、こうして外に出たのだ。

セイバーが好んで聖杯戦争に参加するとは思えない。ましてやアーサー王を倒してまで俺のところに来てくれたんだ。その理由を知りたい。

 

「セイバーはさ、なんで聖杯戦争に参加したんだ?おかしいかもだけど、その、セイバーみたいな性格で、どうして聖杯戦争に参加したのか不思議に思ってて。

願望機とか、願い事とかに無関心なイメージがあるから」

「士郎…。悪い、事情が事情なだけにいつか話さなきゃなんねーとは思ってたんだ。いつ消えるかも分からない身だからな」

 

それは、サーヴァントだから…?

それとも、もっと深い意味だろうか。疑問の目を向けると、セイバーは順を追うように返事を始める。

 

「言い出し難かったけど、ここで話はしとかなきゃ後で後悔しそうだ」

 

落ち着かない様子のセイバーは、また歩き始める。俺も、彼の後ろをついていく。

 

 

「その前に、先ずは少しだけ俺のいた時代のことを話そう」

 

 

侍の国。

そう呼ばれていた時代が、俺のいた場所。

そこに宇宙から突如舞い降りた『天人』は、幕府に開国を迫った。幕府は天人の要求に折れ、幕府・天人と地球の反対派が対立して攘夷戦争が始まった。

 

「まぁ、それも俺が死ぬ20年以上前の出来事だけどよ」

 

新都大橋を渡り終えるところで、セイバーは一先ず話を区切る。誰が聞いても、きっと信じられないと口にする。なぜって、唐突すぎる。突拍子もなく、宇宙人が襲来したと言われても困惑する。

 

……けど、目を見たら受け入れられる。セイバーは本気だ。

 

「宇宙?天人…それに攘夷戦争、それはどの時代にもない…」

「いつだろうな。ただ、この世界じゃ起こってない。誰もしらねーし、俺の名前は史実にもない。だから俺は、正規のサーヴァントになれるはずはなかった」

「けど!」

 

セイバーは、銀髪の侍は目の前にいる。

 

「あぁ、だがここにいる。サーヴァントになっちまった。最初は、セイバーとして召喚に成功したことが信じられなかったな。だけど暫く考えて、一つ思い浮かんだことがある」

 

じゃあ、それは事実でもある。

 

だが、余計に混乱する。

 

俺のいる世界の事実にはいない、侍の国の英雄。それがセイバーだとすれば、どうしてここに来れたのか。

 

「俺の死因に関係あるヤツらが、サーヴァントなんじゃねーか?って」

「それって、どういう…」

「悪いなほんと、なにも分からないことばっかのまま、士郎のところにきたからよ。最後の最期まで、ドタバタしたまま終わったからな。

記憶が曖昧なんだ。覚えてんのは、突然襲われて、三、四人を倒したところまでだ」

 

 

青空の下、一人の英雄の歴史が紐解かれていく。史実のどこにも存在しない世界。運命の夜、少年の希望の光となった銀髪の侍がサーヴァントたる理由には、確固たる決意がある。

諦めない、その″木刀(バトン)″を現実として受け取ってくれた男がいる。笑い、怒り、そして友を助けてくれた。

 

 

「だから確かめに行く。俺が聖杯に願うことは、元いた時代に戻ること。江戸の、あっちにいるバカ共には、背負わせたくねーんだ」

 

 

衛宮 士郎は、すでに聖杯戦争という非現実の最中にいる。

セイバーの史実を疑うことはない。聞きなれない単語だって、セイバーと出会ってから沢山知った。

今さら、士郎がセイバーの願いに異議を唱える訳は、まだなかった。

 

 


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