fate/SN GO   作:ひとりのリク

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事実確認

新都病院の一室、ベッドの上で上半身を起こし、英雄王が残した魔道書をめくる。三十数ページ目を終えると、そこから先には文字も、イラストも載っていない。

この魔道書は、使用者の知識から魔術を学ぶものというが、アインツベルン城の件から二日、何も起こらない。いや、起こすことができない。

当たり前だろう。英雄王は消えてしまったのだから。

……いや、もう必要ない。何を惜しむ。

もう、懲り懲りだ。桜に心配されるのは疲れる。魔術に触れたくない理由は、単純でいい。しばらくは、魔術士にすら会いたくない。ウチの学校、三人も優秀な魔術士いるし。疲れる。

運良く、二週間は入院だ。暫くは桜が通いつめてくれるから文句はない。桜に看病してもらえるのは、まぁ、療養に必要なことだしな。

 

「ほら見なさい、あいつが個室以外で寝るわけないもの。えぇ、差額ベッド代なんか、一括払い余裕よ。間桐の前当主って、株の方で結構当ててるから」

 

ここは個室だ。

大部屋で赤の他人と一週間すら過ごしたくないから、移動してきたっていうのに。

凄まじく体調を崩しそうな声が扉の向こう側から聞こえてきた。テロに匹敵する赤い猫かぶりの笑顔がモワモワと頭の上に浮かんで、薄く目を開けた。

 

「うっげぇ、ナースコール押すか。『病的なまでに腹が赤黒い子がいるんだけど衛生的に考えて大丈夫か』……って、いや、それはあとが怖いな。…ダメだ、まじで具合が悪くなってきた!もはや病気が来いよって感じだぜ」

 

独り言を呟いても仕方ない。

桜は外に出かけている。

今日は普通に学校だが、葛木がいる場所に行かせるほどバカじゃない。あっちにも護衛付きだからな、心配は全くない。

それに、衛宮にも教える必要がある。昨日は疲れのせいかうっかりして、衛宮に電話するの忘れてたし。

つまり今から僕は…逃げよう。

 

「遠坂だけど。慎二、入るわよ」

「ゴッホ。悪いけど、今は体調が悪化しててさぁ。ゴホゴホ、血縁以外の面会は断ろうと思ってたんだ。いや、断るんだよ!」

 

大声で咳き込みながら、鍵を掛けようとベッドから起き上がったところで。ドアは踏ん張りの一つも見せずに、無様にも横にスライドした。

 

「元気な声だけど?はぁ〜、相変わらず…その歳で仮病なんて、桜が知ったら矯正してくるんじゃない?」

「こんのヤロウ」

 

入ってきたのは満面の笑みの遠坂だけ。アーチャーは霊体化でもしているのだろう。

こいつの笑顔(仮)は、桜の怒ったときと似ている。いや、むしろ同じだ。理由が深いだけに腹が立つ。

 

「あぁ、急に容態が安定してきた。…気がするよ、遠坂の対応次第だけど。なに、どんな風が吹いたらさ、お前がわざわざ僕の見舞いに来るわけ?

優等生ならさぁ、皆勤賞すら惜しいだろう。聖杯戦争と学業の両立くらい、わけないくせに」

「ねぇ慎二、アンタの病室を受付で聞いたら物凄く変な視線を感じたわよ。ナースの人たち、顔を青くしてたけど、あんまりくだらないことやってると桜が疲れるんだからね?分かってる?」

「ゴホッ、ゲホッ……くそ、それ僕のせいじゃないのに」

「……?まぁいいわ。これ、お見舞いの品よ。どう?気に入ってくれるなら、腰を下ろすわね」

 

上っ面だけ上機嫌に受け取った袋の中身を確かめる。

出てきたものは、流行ってなさそうな恋愛小説が数冊。身長などを登録してから乗るだけで体脂肪率やらを計算してくれる体重計……。

 

「明らかに、桜向けの品だな。長居する気がないならさ、そう言ってくれよ。こっちは病人だぜ、こんな小説を置いてどうする?桜にここで看病がてら暇つぶしでもしろって?

なぁ、あんま僕を興奮させてくれないでもらえる……?」

「アーチャー、外に出てくれってさ。アンタのふてくされ顔、慎二と似てるからよ。同族嫌悪とか、そういうのこいつ敏感なの」

「…」

「今まで霊体化してただろ!?」

 

無言で霊体化を解いたアーチャー。不満そうに、こちらに視線を向けて病室から出ていく。

訳のわからないフリをした本人は、病室を見渡している。

 

「桜はいないのね。まぁ予定通りだけど」

「可笑しいなぁ、はは。元から鼻につく奴だったけど、ここまで露骨には表に見せなかったじゃん。ほんっと露骨だ、こいつ。あ〜、ちょっと待てよ。今すぐに桜を呼んでやるから」

「……何言ってるんだか。アーチャーの人を見る目ってのは、確かにすごいわね」

「はー?」

「あのね、私が桜の前だと猫かぶってるとか思ってるんだろうけど、あの子はそういうの敏感よ。逆に、今呼べばアンタが桜から『兄さん、そんなこと分かってましたよ。ふふ、やっぱり単純なんですね。だから現代国語の成績が伸びないんです。そういうところは、直さないといけませんね』なんて言われて終わり」

「な、ななな……」

 

寒気すら感じた。

こいつ、やっぱ僕の天敵だ。

 

「もうハッキリ言うぞ、帰れよ!病院に来て病人の傷口開くとかさ、常識的に考えてお前くらいだ……

もうストレスから解放されたんだ、頼むから癒しに浸らせていただきたい!!」

「欲望に忠実なヤツだったけど、案外平地を言ってるのね。口に出してるのは見てて滑稽よ。けどからかうのも飽きたし」

 

ふざけやがって!

 

「ちょっと事実確認をね。単刀直入だけど、穂村原学園のあちこちに仕掛けていた魔法陣はアンタの仕業で間違いない?

あれ、つい四日前に、忽然と消えたのよ。大掛かりな仕掛けだったから、本人の口から聞かないと納得いかないの」

「……そうだ。僕の指示で、ライダーに仕掛けさせた宝具だよ」

「そう、まぁ予想通り。だけどありがとね、一つ安心できたわ」

「一つって、他に何があるんだ」

「他にもなにもないじゃない、これは肝心なことよ。どうしてライダーは脱落したの?」

 

遠坂はいたって真面目に、そして誰もが問うであろう追求を言った。

 

「……………………」

 

口は、開かなかった。これまでの僕の全てが、一斉に遠坂からの質問に対する情報にブレーキをかける。

遠坂の物言わぬ圧力は凄まじいが、英雄王ほどではない。だから、これまでの犠牲を無駄にはできない。無駄にしてしまう可能性がある限り、魔女の話は心の奥底に眠ってもらう。

 

昨日の夕暮れ。外道丸というセイバーの式神からの忠告なのだ。

 

────

──

 

個室から出ていった桜を確認してから、外道丸が霊体化を解く。

 

「それで、話ってなんだよ。桜の帰りが遅くなるだろ、早めに終わらせてくれ」

「簡潔に、ですね。そうですか、聖杯戦争終わるまで植物人間でいてくれやすか。話が早くて助かりますよ、おいしょ」

 

コクリと首を傾げ、外道丸は背中から身の丈を越す棍棒を躊躇いなく僕へと振りかざした。

 

「ひぃぃぃぃ!!!」

 

反射的にベッドから飛び退く。受け身もとれずに、ほっぺから派手にこけた。しかし、痛みに構う暇はない!

 

「ままま、待ってドントタッチミー!ベッドに穴空いた。これ植物人間どころか、魂まで枯れちまう。簡潔にってか、僕の人生完結しちゃうだろうがァァァァァ!!!!!」

「ちっ、サボり損ねた」

「ふざけんなよお前、絶対にセイバーにチクってやる!つかセイバーの使い魔のくせして、見た目通り真っ黒な性格だな。こんな話合いにもならないことするために残ったのか!?」

「安心してくださいよ天然ワカメくん。あっし、少しだけ物事を伝えるのが下手なだけですから。けど要点は抑えてますよ、ホラこのベッドとか」

「その要点、地獄への片道切符しかないじゃねーか」

「鈍いお方だ、やれやれ」

 

声色の変化が訪れることはない。

なぜなら、僕は分かっていた。外道丸は初めから嘘偽りなく、僕たちが安全でいられる方法を選ぼうとしていたに過ぎないことは、容易に理解できる…。

 

「死にたくないなら、キャスター陣営に関する言葉は口に出さないほうがいい。口は禍の元、魔女は特にソレに敏感でありやす」

 

横を見る。打ち砕かれたベッドは、笑い飛ばせるものではない。こっちの方がましだった、なんてオチがあり得るのだ。

 

「晴明様はアンタらから妄執の鎖を断ち切った。依頼は完璧にこなしましたが、そこまで。アンタらは漸く、ゼロに近づけたにすぎない」

「まだ、地下から抜け出せてないと?」

「慎二はキャスターに目をつけられてましたね。ソレの効果は消えはしたようですが、なにせ相手はサーヴァント。十全でない晴明様の祓いなぞ掻い潜り、また悪辣な手を伸ばしてくる可能性は大きい」

 

外道丸の言葉は、僕の聖杯戦争を肯定する。そして、今からの僕に戒めを残していく。

 

「これからは聖杯戦争に関する情報は、その口から出すことは避けたほうがいい。晴明様が言うには、魔女とは言の葉だけで探し相手を探知してくるといいますから」

 

外道丸は桜の警護を兼ねて、間桐邸へと行く。その間、僕がキャスターに襲われようと助けにくることはない。

故に、これらの言葉は彼女なりの好意だった。

 

…英雄王を通して知ったセイバーの事情の一端。

″セイバーから離れられない使命″があるなかで、最大の譲歩をしてくれているのだ。僕が言えることはなにもなかった。

 

──

────

 

「…………………………………」

「慎二、慎二!!」

 

英雄王が押してくれた先に進むため。

 

「僕はさ、もう聖杯戦争から降りたんだ。

大人しくしている限り、誰も手は出してこないと信じるしかない……ないんだよ……」

 

遠坂は僕の事情を全て知っているわけではない。

だが。

 

「分かった、もう追求しない」

 

あっさりと、貴重なはずの情報を諦めた。

 

「ならもう一人のアーチャー、彼は何者?信じたくはないけど、八人目のサーヴァントなんて異例は事実としてセイバーと戦い、バーサーカーを退け、そしてランサーに倒されている」

 

質問を変えてきた。こちらの妥協点を探している。

 

「単騎でバーサーカー相手に優勢とか、ふざけすぎにも程がある。そこ、はっきりさせたいんだけど」

 

まぁ、それくらい教えてやる。

 

「教会だ。そこで貰った」

「えっ、うそ、それって綺礼から?ううん、言わなくていい、だってあいつ平気でそういうことやりそうだもの」

 

一瞬黙り込んだのちに、遠坂は言う。

 

「第四次聖杯戦争のサーヴァント、よね」

「アーチャーから聞いたわけじゃないよな。あいつ知らねーはずだし。ま、お前なら何となくで分かるってことか」

 

的確に、八騎目のサーヴァントの出所を当ててみせた。

 

「詳しい話は知らん。僕はもう、聖杯戦争の話はしたくないんだ。悪いが、もう面談は終わりだ」

 

うんざりだとばかりに、これでもかとため息をついて目を細める。

 

「えぇ、それじゃお大事に。桜にはよろしく言ってて。」

 

病室から出ていくまでを確認してため息をついた。

こっちの病状悪化しちまったよ。もう疲れたからさっさと表面だけ教えて出ていかせたが、どうせアイツ(言峰)は、もう手遅れだ。

 

「そういやアイツら、なんで僕がここにいるの知ったんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐 慎二から聞き出した情報を元に、遠坂 凛は新都病院から教会へ歩いて向かっていた。

 

「これで決まりね。冬木の怪奇事件は今もまだ続いている。それで、話が繋がるのが、アーチャーが言っていた柳洞寺の件でいい?」

 

巷では未だに、一般市民が昏睡状態となる怪奇現象が頻発している。最初はライダーの仕業だと考えていた遠坂は、アインツベルン城の件から考えを絞っていた。

結果は最悪、と結論する。

 

「あぁ、柳洞寺にはキャスターがいる。彼女は、アサシンを何らかの方法で召喚、使役し門番をさせていた。あそこの階段を上っていけば分かるが、柳洞寺の下には魔力が蓄えられている。

あの感触は間違いなく、人のソレの一部分だ。ま、死に追いやらないだけ、情があるように見えるがね」

「ふん、どっちにしたって人の魂を魔力にしてるのに変わりない。当然、許されない行為よ。これ以上うちの土地で好き勝手させてたまるものですか」

 

柳洞寺は今や神殿へ成ろうとしている。アーチャーの一手がそれを防ぎはした。

しかし現状が問題だ。

 

「アサシン、そしてランサーのマスターがキャスターっていうのはもはやチートね。令呪もそれぞれの分を持ってるんでしょ?」

「あぁ、それはイリヤスフィールが令呪の使用を確認している。彼女もにわかには信じがたいといった心情だった」

 

今すぐにでも柳洞寺を温情のもとなぎ払いたい衝動に駆られる。

神殿が完成すれば、キャスターのサーヴァントを相手に陣地内で倒すことが困難だ。

アーチャーで狙撃しようにも、キャスターがどこにいるか分からない。柳洞寺の住職を巻き込まない保証はなく、それ以前に狙撃中にランサーに捕まるのは必須。

 

「が、英雄王ほどではないようだったよ」

「そう、英雄王……」

 

が、それでも。

 

「……ふふ」

「なんだ、どうして嬉しそうにしているんだ?」

「いや、ごめんごめん。けど当たり、慎二の話を聞いてちょっぴりね」

 

チートと妬むほどのサーヴァントがいたとして。遠坂が闘志を見失うことはない。むしろ、それくらいの障害がないせいで、聖杯への信ぴょう性が薄れていると悩むほどあった。

 

「ほら、前回の聖杯戦争の生き残り。勝者なんでしょう、金ピカのアーチャーって。なら聖杯の信ぴょう性が一気に高まった」

 

キャスターのサーヴァントが、英雄王を真っ先に倒すわけだ。英雄王が第四次聖杯戦争で受肉したならば、まず間違いなく聖杯は現れる。

キャスターもそれを悟っているからこそ、必死になっている。

 

「さて、聖杯戦争の監督役に事情をお聞かせ願おうじゃないの!」

 

教会の扉を開ける。

第四次聖杯戦争の関係者、そして今回の聖杯戦争の監督役。言峰 綺礼に事情を聞く。

 

「出てきなさい綺礼、愛弟子から話があるわよ!」

 

 

────

──

 

 

「やられた」

 

話を聞く以前の問題。

平日でも参拝者がいる教会に、一人もいないことから警戒するべきだった。

教会のあちこちに、魔術を使った痕跡がある。

 

「聖杯戦争の監督役を狙うなんて、露骨になってきたわ。自らの悪行に手を打たれる前に殺したつもりなんでしょうけど、普通分かるっての」

「凛の言う通り、ここには誰もいない。魔術の痕跡が微量に付着してはいるが、トラップが仕掛けられているわけでもないときた。

ここを襲ったのはキャスターと見える。……少なくとも1日は経っている」

 

教会の奥を捜索していたアーチャーからも、期待のできる報告はない。

 

「監督役を狙ったのは、さてどうしてだろうな。英雄王の存在を知っていたのか、はたまた凛のいう通りか。或いは」

「……?ちょっと、どうしたの?或いは、なによ」

 

腕を組むアーチャーは、いつものように視線だけを動かしてこちらに促す。

振り向くと同時、教会の扉が古びた反響音と共に開かれた。

 

落ち着かない足音をたてて、息を切らしながら入ってきたのは衛宮 士郎。

 

「衛宮…くん?」

 

一目見て、深刻だと分かった。

 

気の抜ける雰囲気はなく、表情は青い。

まるで土砂降りの中を走ってきたかのように汗だくで、今が真冬だということを忘れてしまいそうだった。

教会の扉を開けただけあり、瞳は助けを求める人のそれ。

 

震えるような声で、衛宮は聞いてきた。

 

「言峰は、どこにいる遠坂」

 

その名前に驚く。

まさか衛宮 士郎が綺礼を訪ねるなんて。想像していなかったが、現に彼はここにいる。

 

「落ち着きなさい、衛宮くん。あなた、自分の顔を見てないの?表を出歩いていい顔じゃないわよ、それ」

「いいんだ、それより教えてくれ。アイツは奥にいるのか?」

 

慌ててはいるが、荒れている様子じゃない。

下手に隠す方が刺激する。だから隠さずに話すほうがいい。

 

「…そう、アンタを訪ねるもの好きはいたみたいね。

綺礼はね、姿を消した。恐らくキャスターに殺されたんでしょう。その跡があちこちにあるの」

「………」

 

「……………」

 

「………分かった」

 

萎れもせず。ただ普段の顔に戻った男は静かに外へと出ていく。

その後ろを引き止めないわけにはいかず。

 

「ねぇ、ちょっと待ちなさい!ここに訪ねてきた理由くらい聞いたげるから。ていうか、セイバーどうしたの?まさか家に置いて来たとか言わないわよね」

「いや、セイバーは…ちょっと頭を冷やしてくる」

 

セイバー、その単語に反応したが、理由は告げずに綺礼の消えた教会の扉を閉めていた。

今の衛宮を止める自信がなかった。

 

「ごめんアーチャー」

「君が行けばいいじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます、ひとりのリクです。
2/4章は折り返し地点を過ぎました。話が前後してしまいましたが、次回は43話の続きから始まります。1/4章終わりに書いた、悩んでいるシーンの一つがついさっき終わりました。物語はこれから徐々に畳んでいけると思います。
荒さが目立つかとは思いますが、私の遅筆でも満足していただけるようにします。

次回投稿予定日は8/11(土)です。仕事の都合上12(日)に変更する場合があります!

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