fate/SN GO   作:ひとりのリク

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そこにある願い

 

 

目の前には現代装置がある。

愛のなんたるかを純粋に感じ取れる、微笑ましい歳の子供を数人用いて僅かなマナを作り出す、そこいらの枯葉一枚よりも価値の低いモノ。

傍らには、その材料として一生を終える役目を強いられた子供ら。

 

「お、お前…ッ。は、はは。やはりそうだ、キャスターよ」

 

……その子供らを、先ほどまで収容していたガラス製の円柱の籠が、空洞となり現代装置の背後で雰囲気作りへ果たしていた。だが無意味。現代装置はすでに、指先を小さく上下に揺らすだけで爽快なまでに弾けていた。

ただ、一概に無価値と決めるには早い。中身は空だとしても、見方によれば所有者の一人くらいの顔は歪められる。円柱の籠越しにではなく、対面して頬を少し上げればいい。

 

背後に立つ者は、圧倒的な差を目にして叫ぶ。

 

「″裏切りの魔女″め、少しでも仲を近づけようとした私がバカだったな」

 

溜息も出ない。無駄なことをしたくもなかったし、くだらない一面を見せる気が起きなかった。

サーヴァントになって、生前と同じ屈辱を味わうとは思うまい。

使い魔だとしても、言葉を理解している。それは、通信機器ではなく、確かに心のある証拠だ。例え儀式の道具として現界したとて、それは聖杯を求めた結果。

 

「使い魔のクセに……魔術師のクセに、材料を愛でようとでも思ったか。ったく、これじゃあ泊をつけるどころか笑いもんだ。あぁ、やることはあるが先ずは」

 

だが、この男は理解しない。

キャスターのクラスを召喚する者として、歴然の差に嫉妬する意味を。

魔術師ならば、満足ではなく探究心に委ねるべき場面。天地が無い自由が、男には足りなかった。

 

「令呪をもって命ず、自害しろキャスター」

 

 

裏切りの魔女を裏切った瞬間。

命令に反応した令呪が仄かに光を放ち、男の右手の甲で一画消える。

令呪一画が消えただけ。それ以外には、起こるべき行動が伴わなかった。己の霊気を砕く素振りも見せず、魔女はただ薄く頬をあげる。

 

 

「なんだと、なぜ自害しない。どうして消えないんだ、早く消えろよ魔女!重ねて命ず、自害───」

「その一画、私には無価値ですが。(いたず)らに消費するくらいなら」

 

男の顔は、再認識していた。

 

キャスターの実力に嫉妬し、魔力供給をカットして己と同等までに実力を押さえ込んでいる。誰でもない、自分の満足のため。キャスターの考え意見など、一寸たりとも考慮せず。

だが、それは無理な話でもあり。故に…

 

魔女を裏切っていたのは、誰なのかを。

 

「予備として貰っておきましょう、フフ」

「が──!ああぁぁぁあ!?」

 

己が令呪を剥ぎ取られる間も、痛覚以上に屈辱が身体を苛む。

右腕の感覚がなくなると次に、全身の体温が急上昇していく。

 

「お前、も……魔術師だ、ろ」

 

男、アトラムの最期は、憧れの心などカケラも湧かなかった。呆れるほど目の前にある、その手に欲するまたとないチャンスに嫉妬するのみ。

裏切りの魔女と罵り、先に裏切った魔術師は誰に知られることもなく、第五次聖杯戦争最初の脱落者となった。

 

「驚いた、アナタは魔術師だったの?」

 

 

 

聖杯戦争が始まる三週間以上前の出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アインツベルン城の戦いから二日、その日も朝から快晴で、柳洞寺の門は変わりなく枯葉が舞っていた。

そよ風が吹けば両手をすり合わせ、落ち葉が地面を擦りながら小さな雑音をたてる。当たり障りのない普段の真ん中を、柳洞寺から出てきた一人の男が通る。風景、あるいは人為的な呼吸音よりも小さな足音で、門をくぐろうとしたとき。

 

「待ってください、宗一郎」

 

男は、女性の声によって足音を自然へと紛れ込ませた。

 

「どうしたキャスター」

「この国が労働に対して厳しいことは承知ですが、お仕事は休まれるべきです。残りはアーチャーのマスターとなりました。もし、今の状況を知れば必ずマスター殺しを仕掛けてくるでしょう」

「お前の言いたいことは分かる。私も、危険を承知した上で学園へ行く。キャスター、お前は神殿とやらの復興を優先させろ」

 

葛木 宗一郎は淡々と述べる。

決して浅慮な人物ではないことを承知しているキャスターは、温度の無い言葉に迷った。

二日前、アインツベルンの城に赴いたときを見計らうように現れたアーチャーは、柳洞寺に蓄えている魔力の半分を爆散させた。

魔力貯蔵庫はなにも、無防備にさらけ出していたわけではない。神代の魔術壁を張り、Aランクに相当する攻撃を三度は耐える。バーサーカーの宝具にも迫る守りはしかし、たった一つの武器によって抉られた。

異変を察知したキャスターは、セイバーとライダーのマスターをその手で殺すことを諦め、急いで陣地へと戻った。胸に穴を開けた状況で助かるはずがない、誰もセイバーのマスターを助けることはできないという判断。

 

「しかし」

「セイバーのマスターをその手で殺せてはいないのだろう。死んだと決めつけるのは早い、事態は幅広く考えておけ」

 

要は、生きていればアーチャーのマスターと手を組む可能性がある。

英雄王の次に始末するべきサーヴァントはセイバーだと、キャスターは慎重に考えている。故に、葛木の言葉に悔いた。

 

「マスターが大丈夫って言ってんだ。アンタはドーンと旦那様が帰る場所を守ってりゃ良いじゃねえか」

 

柳洞寺の門から歩いてくるランサー。

 

「口を慎みなさい、貴方は黙って宗一郎の護衛をしていればいいのです。仮にも、前マスターの令呪の効力はほぼ皆無、アーチャーを相手に初戦は全力を出せない貴方ではないでしょう」

「言われずとも。そんなに不安なら、その令呪で解いてくれよ。言峰のヤロウから令呪はあるだけふんだくったんだろう」

「…」

 

ランサーの疑問にキャスターが答えることはない。

答える必要がない、と口にせずに視線で返す。

 

「あーあー、分かってるって」

 

二人が階段を降りていくのを確認して、小さく舌打ちをする。

苛立ちを隠しもしない行動は、アサシンのみが門の脇から眺めている。それに気づかないまま、キャスターは独り呟いた。

 

「あの神父、令呪を奪われる前に空打ちをするなんて!」

「ほぅ、狐が狸に化かされたか」

 

アサシンの言葉に睨み返して柳洞寺に戻るキャスター。

 

聖杯戦争の監督役から奪った令呪は一つ。

英雄王というイレギュラーに二つを使った。それを後悔することはない。アレはバーサーカー、ヘラクレスを上回る最強だった。神話の全てを屠るだけの武器と、王の器というものを備えている。

英雄王を一目見て湧いた感情があった。気づけば顔の表情が笑い、起こるはずのない脱力が胸の中を駆け巡って、これが喪失感だと理解する。

神代の魔術を扱うキャスターが、敗北した未来のみを悟った。これ以上にランサー令呪を切る理由はない。

 

ただ、当初の予定なら、ランサーの令呪の元を十は削ぎ落とせたはずだった。

聖杯戦争の監督役は、過去の聖杯戦争に参加したマスターが余した令呪を持っている。監督役に令呪の必要はないものの、他のマスターは違う。

例えば。サーヴァントが暴走し、魔術が表に露呈する恐れがある場合、監督役はその他マスターに休戦を提し、これの排除を命じることがある。

だが、聖杯戦争を勝つために参加したマスターは、余程のもの好きでなければこれを無視する。極端ではなく事実。休戦中に自陣の情報を奪われない保証はなく、また返り討ちにあうかもしれない。

敢えて勝利から遠ざかる危険を強いること、その報酬が令呪となる。

令呪一画の差は大きく、″多少″の危険を覚悟できるほどの魅力がある。

 

「それを、まさか」

 

言峰 綺礼はランサーの令呪一画を残し、ただ消費した。

戸惑いもせず、あたかも想定内とばかりに。監督役が持つ令呪は、或いはそういう風に組み込まれていたのかもしれない。

 

まぁいい、と笑う。奢りではない。事実、ランサーが本領発揮できない相手は、今回の聖杯戦争においていなくなった。同時に、予備の令呪も無くなってしまった。

前マスターの一画、アサシンの令呪一画はランサーの令呪へと変わり、英雄王を退場させるに至った今、神殿の完成を急ぐ必要は少しだけ。

 

「少し…?…なにを、甘いことを考えているのかしらね」

 

なんという矛盾か。

聖杯戦争を勝ち残るために、最後の願いのため…どれほど汚いことでもやらなければならない。そこまで追い詰められていたではないか。

 

 

──────

────

──

 

 

前マスター、アトラム・ガリアスタは矮小な男だった。

為すこと言うことは、全ては紙幣が話しているかのよう。時間に紐付けられた経験というものがなく、聖杯戦争を遊び感覚でしか考えていない。

そうくれば、キャスターには彼がどういう反応を示すのかが読めていた。サーヴァントへの、キャスターの神代の魔術への嫉妬。

くだらない、そんな暇があれば魔術の研鑽をしなさい…。そんな不満を口にすることはない。

だが、マスターとの摩擦はおさまらず、彼はついに令呪を切った。

『私への宝具の使用を禁ずる』

それが、きっかけ(裏切り)だった。

 

気づけば、全身のローブが雨に濡れていた。

令呪破棄の宝具を、自らに刺した。マスターとの契約を断ち、無駄な生産を破壊し、魔力供給が無くなった状態では立つのがやっと。

なぜ歩いているのか、まだ覚えている。

どこを歩いているのか、知らなくていい。

どこへ歩いていくのか、それは───。

頼るべきは魔術なのに、なんたるザマか。魔術師が聞いて呆れる、サーヴァントにまで成ったのに、結局は裏切りから逃れることができなかった。

 

ついにキャスターは、自虐の渦に抗えず。聖杯に託す願いに押しつぶされるように、両腕を伸ばして地面を叩く。巻きあがる雨のしぶきに、幼い風景でも映っていないかと淡い期待を持ったが、数秒後にはまぶたを閉じた。

 

『意識はあるか』

 

魔女の行き着いた果てには、お姫さまのようなロマンチックな出逢いはなく。帰り道に倒れていた、それだけの理由で居候先に運んだ男がいるのみだった。

 

 

──

────

──────

 

 

魔女は知っている。悲観するほどに、絶望の淵に立っている。

背後には濁流すら緩く感じるほどの、静かな虚無が嗤っていた。

そう、後がない。

ランサー、アサシンを駒とした。龍脈の上に建つことを利点に、柳洞寺をほぼ神殿へと作り変えた。アサシンが守る表門以外に侵入経路はなく、万が一侵入されたとして。神殿内ならば私の魔術はセイバーの対魔力に拮抗することも可能だ。

だが、後がない。ここまでしても、霊気に刻まれた絶望は私に不安を与え続ける。

 

「私は」

 

目的地が分からないからだ。

どこにあるのかを見つけたのに、私は魔女へと近づいている。いや、魔女になっている。

アトラムにさえ使うことのなかった魔術を使い始めていた。人の魂を搾取する、その意味…ハタから見てどう写るだろう。神殿の中身が人の魂だと、もし宗一郎にバレでもしたら。

 

「聖杯戦争を終わらせなければ…」

 

柳洞寺の奥へと消えるキャスター。

焦りに気付く者は、その様子を黙って見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 




Q.ランサーは遠坂がアーチャーのマスターだということを、キャスターに教えていないのですか?

A.聞かれてないから。


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