fate/SN GO   作:ひとりのリク

42 / 95
夢旅人

 

 

夜、月明かりが差す土蔵の中。独り天井を見上げながら立ち上がる。理由は分からないが、感情がやけに興奮していた。それも、しばらくの時間、腰をおろしてアーチャーとのこれまでの会話を思い出していたら落ち着きが取り戻せた。

 

イリヤを殺そうとする場面、会話の中で奇妙にもセイバーに対して強い興味を抱いていたことを知った。

ライダーに殺されそうになったとき、嫌な顔をしながらも助けてくれた。そこでは、俺の実力不足に苛立っていて…そのくせ自分はあっさり拘束されてたな。いや、あれはわざと。セイバーが来ることを見越していたが、敵同士だというのになぜ信用したんだろう。

ライダーの短剣で腕に穴を開けられたあと、治療してくれたとき。僅かではあるがあいつの本性をみた。安心したと思う。まるで自分のことのようだった。

 

『敵は、お前のイメージだけだ』

 

敵は、俺自身…。

じゃあ目指す場所は、もう言うまでもなく。

 

「この数日で忘れるわけがない」

 

銀色の背中だ。

なんだよ、結局は当たり前のことだったんだよ。似通っているだけだとしても、切嗣の過去を知ったところで。俺は、正義に憧れている。セイバーが慎二を、桜を助けてくれたように。簡単に変わらないものだ。

ひと段落ついた、今日はここまでにしよう。

もうテッペンを過ぎるからそろそろ寝よう。

 

居間は灯りが消えていた。今日からイリヤと寝るということで、渋々了承したセラは条件として俺の部屋の隣で待機すると言った。片側はセイバーが使っているので、居間側を使うように伝えている。

自室に向かう途中からセラとイリヤの会話が聞こえてきた。邪魔したら悪いだろうかと悩んでいると、すぐに会話は終わったらしい。廊下を歩いて部屋に戻るセラと視線が合う。

 

「再三注意をしましたが、くれぐれも間違いのないようにお願いします」

 

…と思えば。三歩の距離を音もなく詰めたセラは、やけに低いトーンで釘を刺しにきた。

言いたいことは分かっている。イリヤにも、セラにも迷惑を掛けてしまっていることを申し訳なく思っている…。

 

「もちろんだ、セラ。別になにかしようなんて思ってないよ」

「それは結構」

 

小さくお辞儀をすると、そそくさと部屋に戻っていくセラ。会話を続ける暇もないっていうか、警戒されまくってるな。本当はイリヤと俺を一緒の部屋で寝ることを一番拒否したいのは彼女だ。

イリヤのことを考えて、だろう…。今朝のことから、悪いようには考えられない。言いたいことを我慢してくれている、だからこそイリヤとの時間は大切にしていこう。

 

「イリヤ、まだ起きてたのか。無理はしなくていいんだぞ」

「うん。夜、起きてることには慣れてるから」

 

部屋に入ると、イリヤは窓から外を眺めていた。

アインツベルン城で見た寝巻きとは違う、薄ピンクのフリフリとした女の子らしいものだ。こちらの視線に気づいてか、イリヤは後ろで手を組むとクルリと回転してみせる。

 

「せっかくだから新しい寝巻きを持ってきたの。セラの趣味でね、一から作ってくれたんだ」

「えぇっ、洋服を一から作ったのか。セラってかなり器用なんだな」

「うんうん、それで。どう、似合ってる?」

「あぁ、とても。お姫様みたいだ」

 

イリヤも、セラのことが大好きみたいだ。とても眩しい笑顔をしているのがなによりの証拠。

 

「もー、シロウったら当然のことを言うんだから呆れちゃう」

 

しまった、言われなくてもそうだ。もう少し気の利いた言葉を捻り出さなくては…。誰かと寝るなんて、せいぜいがオヤジ目的で遊びにきた藤ねえとドタバタ暴れているうちに、疲れ果てて一緒に縁側で寝ちまったときくらいだ。

あれは緊張感のカケラもないから、参考になりゃしない。

こんなに幼いとはいえ、緊張している。やましい気持ちは無い……とは言いきれないけど、いくらなんでも。

 

「ここにバーサーカーがいる…」

 

いくらなんでも、静かに抱きつかれて心音を聞かれたら、心拍数はあがる。意識するなというほうが無理だ。

分かっている、してはいけないことは。イリヤの気持ちは、少しだけでも分かってあげたい。サーヴァントを失ってしまったことを…。

 

「…ふ、ふふ。シロウの心拍数がどんどん上がってる〜。やらし〜んだ〜」

「ちょっ、そういうのじゃなくてだな」

 

イリヤの声に慌てて割り込むが、遅かった。セイバーの方の襖が静かに開いたかと思えば、開封済みティッシュ箱を部屋に滑りこませてきやがった。一瞬だけ目が合った。『そっちの道もありだと思う』じゃないんだけどっ…!

けどさすがに、セラたちの部屋には聞こえないはずだ。なにせ物入れを挟んで向かい側。余計な誤解をこれ以上生むわけには…。

 

「ギャァァァア!!!」

 

襖の隙間から生々しい叫び声が聞こえた。襖の隙間から、リーゼリットが斧でセイバーを襲う瞬間が見えたぞ…!まさか二人ともこっちにきてるのか!?

 

「今の叫び声、セイバー大丈夫なの?」

「セ、セイバーの寝言じゃないかな。それよりも今日は疲れた!ゆっくり寝ようイリヤ」

 

咄嗟にイリヤの耳をふさぐ。寒いからと言い、セラが用意してくれた布団に入る。ちょうど襖の隙間が見えるけど、見ないことにしよう。気にしたってしょうがないことだ。

 

「シロウ、レディの扱いがなってないわよ。もっとゆっくりと、相手に合わせて動かないと嫌われちゃうんだから」

「ご、ごめん。でも、あのままだと風邪ひくかもしれないだろ?」

「ん〜、シロウが暖かいからそうでもないな〜」

 

間違っていないが、部屋を暖めるほど今は熱を出していない。若干落ち着いている。…心拍数でグンと体温が上昇したらどうしようかと、若干焦りはしたが問題はない。

 

「分かってる。急に抱きついて、緊張させちゃった」

「普段、こんなことないから…ちょっぴり慣れないけど、大丈夫だ。むしろ、これくらいでオロオロしてたら、バーサーカーに笑われちゃうよ」

「けどね、普通でいて。いつものシロウでいいの。バーサーカーのことは考えないで。…だけど今だけは、シロウは私のサーヴァントでいてね」

「はは、そりゃ無茶苦茶な注文だな」

 

数分の間、イリヤとの他愛ない会話を楽しんだ。

やがて俺は、微笑ましい笑顔を前にして眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボンヤリと視界に映る視点は、猛吹雪の中を一人歩く英雄の背中だった。バーサーカー(ヘラクレス)が、見覚えのない森林の中を歩き進んでいる。

俺の身体は、そもそもない。手足を動かしたりできない。俺にはただ、流れる時を見守ることしかできない。吹雪の寒さは、映像だから錯覚だろう。印象として脳が再現しようとしているに過ぎず、現実に流れるバーサーカーの熱に敵うはずもなかった。

いつの記憶なのかは皆目見当がつかない。なぜなら、いつも付き従っているはずのイリヤはいない。もしかすると、生前の場合もある。しかしこの疑問は、すぐに晴れた。

 

「あ〜あ、見つかっちゃった。こんな吹雪の中で隠れんぼしても、バーサーカーは真っ直ぐに私のところにきちゃうんだね」

 

一人、ポツンと雪の上に立つのはイリヤだ。つまり、サーヴァントとしての記憶。

バーサーカーの見つめる先には、アインツベルンの結界と思わしき境界線が見えた。これ以上は進まないのだろう。

 

「分かってる。もうここには、昔の思い出しか残ってないわ。結界のせいで魔術師殺し程度、訪ねてくることもない。いいえ、どうしても一線を越えては来られない。

最近耳にしたの。魔術師殺しは死んだって」

 

バーサーカーの唸り声とも言えぬ音は、どんな意味が込められているのか。会話は漏れなく聞き取れるも、脳が理解するより先に記憶が先に進む。そのせいか、点々としか覚えられそうにない。

行こう、小さく呟くイリヤをバーサーカーは肩に乗せて踵を返す。

 

「でも、バーサーカーはいなくなっちゃ嫌だよ。なんたって、バーサーカーは最強なんだから」

 

その光景には殺意がなかった。初めてイリヤと出会った日と重ならない理由だろう。あの日から、イリヤとは話す機会が増えた。突然、家に訪ねて来られた時には焦りもした。違和感だったのは、殺意と笑顔に嘘偽りが見えなかったことか。

子供だから当然とも言えるだろう。こんなに幼いのに、人殺しをするほうが間違っている。だから嬉しかった。今は、何事もなく。ただのマスターとなってくれたんだ。

 

…少しだけ羨ましいとさえ思う。何についてかは分からない。ふと沸き起こった感情だ。

バーサーカーが見ようとしていたものを、無関係とは思えなかった。

どこに繋がる点があるのかを見つけられないまま、吹雪の中を歩く二人を眺める。

すると、一際強い音が眼前から押し寄せ、イリヤとバーサーカーの姿を雪で隠してしまう。二人の後を追わないと。そう思って、気持ちだけでも両手を伸ばす。闇雲を掻き分けようと、イリヤの知らない一面を見たくて踏ん張った。

 

 

「ここは。イリヤとバーサーカーはどこに行ったんだ?」

 

 

次の瞬間に晴れたと思った視界は、白い背景ではあったが人を殺しにきている吹雪はどこにもなく、森の中とも違う。地面も白く、しかし砂でも雪でも、ましてや灰でもない。柔らかく感じるくせにコンクリートのように踏ん張りがきく。

融通の利く広場に立っていた。夢なんじゃないかという先入観が、混乱を押し殺している。ここが何処かはさして重要じゃない。たった一度で、アーチャーの言った目的、エクスカリバーを見れるとは思っていない。

それでも、なにかヒントになるものが欲しい。物の影を見つけなければ、後を追うことも叶わないのだから。

 

右往左往していると、突然、へなちょこな音と共に軽快な声が響き渡る。

 

「悪いな嬢ちゃん!この道、俺が一歩先を行かせてもらうぜ!」

 

振り向けば、遠くから見てもよく分かる特徴の銀髪、ニッと愉快に見せる白い歯、なによりも誰かと重なる瞳。それは、こちらに駆けてくるセイバーの姿だ。

ここがどこかも忘れて、思わず声をあげていた。

 

「おーい、セイバー!どこに行って───」

 

様子の異変にすぐ気がついた。こちらがまるで居ないように、全力で走っている。それに、なにも反応がない。

その後ろには、へなちょこな声の主であろう金髪の騎士らしき人が倒れている。

 

「通りたいのなら、我が一撃を受けてからにするがいい」

 

怒りを隠そうともしない騎士は、よく見れば女性だった。ゆっくりと立ち上がるときに放つ殺意が、セイバーの足を止めた。俺の手前で止まったことで、見えているんじゃないかと思ってもう一度声をかけたがピクリとも反応しない。セイバーの意識は、男装の騎士にしか向いていない。

異常な魔力を剣から放出させる。同時に、眩しいほどの光が騎士の周囲を満たし始める。デタラメだ、と思わず口にするほどに圧倒されていた。なんでセイバーが俺のことを見えていないのかなんて、どうでもよくなっていた。

 

もう少しだけ、頬を緩めて、目が大人しければ。俺は、あの騎士を女神のようだとさえ思えただろう。

何故か…。

それは、天に掲げる剣。

あれは、人間が造り出せる代物じゃない。

 

約束された勝利の剣(エクスッッカリバァァァ)!!!!

 

不覚にも、一瞬のうちにアーチャーの言葉を思い出していた。

『敵は、お前のイメージだけだ』

そうだろう、お前の言っていることは間違いじゃないと解った。あれは一級品の宝具。たった今、真名解放を見たところで果たして、全てを投影品に込めることが可能なのか…。

 

いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。あんなもの真正面から食らって、チリ一つ残るはずがないんだ!

 

「なっ、しまった!おいバカ、なんで突っ立ってるんだよ!早く逃げろ───!!!」

 

だというのに、セイバーは…!

 

「そうかい、そんじゃお言葉に甘えるとしますかァーー!!」

 

満面の笑みを浮かべている。

まるで不安などなく、ランサーを撃退したときの、頼れる後ろ姿がそこにはあった。

 

「聖杯戦争前に一つ、試し斬りだ。仙人の一口だか呼び名は知らねえが、テメェの宝具も知らねえで戦争に行けるかってんだ!」

 

腰にさす木刀を、右手で抜き迫り来る斬撃にタイミングを合わせる。居合いの形となり、今まで見たどの戦闘よりも落ち着いた動きに思わず息をのむ。

 

「星砕きの力、見せやがれェェェェェェエ!!!」

 

ニヤリと笑う顔が、一瞬だけこちらを見た気がした。

 

 

──

───

 

 

光の粒子が霧散する中から意識が覚醒する。

さっきまで見ていたことは、はっきり覚えている。

 

「本当に、見れたっていうのか」

 

殆ど疑問に近かったアーチャーの提案は、一発で実現した。

静かに興奮しているが、すぐ横でイリヤが小さな吐息を漏らしている。起こしてはいけないので、自分が部屋から出ることにした。

窓の外から朝日が差している。投影や諸々のことをやりたい気持ちを抑えて、まずは朝食の準備を始めよう。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。