fate/SN GO   作:ひとりのリク

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不明瞭な光

 

 

「衛宮くんを助けたっていうのは本当みたいね、イリヤスフィール」

 

居間に顔を出したリンは開口一番、興味深いものを見たという高揚を隠しもせずに私に聞いてきた。後ろに控えるリズが静かに腰を落とし始めたので、リンとの間を遮るように右腕を伸ばして制する。

 

「えぇ。アーチャーから話は聞いているでしょう。今日ここに来るとは聞いていたけど、リンまで来るなんてね。あなたたち、聖杯戦争開始の夜も一緒だったけど、随分と仲が良いんだ」

「衛宮くんが聖杯戦争のルールを知らない一般人と殆ど変わらないから、せめて覚悟だけでも持ってもらおうとしたのよ。なにもなければ、あのまま解散してたんだけどね」

「へぇ。シロウとセイバーに任せて、我先に戦線離脱した人がよく言えたわね」

「ッ……悪いけど、その話はアイツと終わったことだから私はなにも言わない。衛宮くんと協力関係にあるからここに来た。

聖杯戦争の山場が見えてるんだもの、万が一にも数少ない貴重な戦力を死なせるわけにはいかないわけ」

 

協力関係…。確かに、キャスター、アサシン、ランサーが待ち構える陣地を単騎で落とすのは不可能だ。一番手っ取り早いのは、キャスターのマスターを殺すこと。そうすれば、いずれ魔力切れを起こしてアサシン、ランサーを手放さざるをえない。

だが。仮にそうなったとき、二騎がマスターを探す可能性だってある。私が彼らと手を結ばない保証はないのだ、普通ここで殺しておくべきなのに…。

 

「ふーん、リンってなんだか魔術師っぽくないわ」

「あら、それってどういう」

 

テーブルに座る私を、反対側で笑いながらも確かに細目で睨むリン。なんて意味のない呟きに反応するリンの肩に、ポンと手が置かれる。

 

「いやあ悪い悪い、セイバー探すのに手間取った。お茶出すから座っててくれ遠坂」

 

シロウによって、リンは渋々と口を閉じて居間に入る。

そう言うシロウは調理場に立ちお湯を準備し始めた。控えていたセラがシロウについていき、食器の並びや調味料の位置について聞いている。

不服そうにテーブルに膝をつくリンを余所目に、セイバーとアーチャーがいないと気づいて聞いてみた。

 

「シロウ、セイバーはどこにいるの?廊下に気配すら感じないけど」

「それが、ちょっと土蔵に行くんだって。すぐ戻るらしいけど、セイバーがどうかしたか?」

「ううん、アーチャーの姿もないから気になっただけ」

 

居間から土蔵は見えないけど、セイバーが用事のある場所ならアーチャーもいる。…そんな気がした。

 

「あいつ、この家に興味をもってたし。勝手に探索でもしてるのかもね。話を進めようにも、衛宮くんの現状をどうこうするかはアーチャーが検討つけてるし」

「アーチャーが?またなんでウチなんかに…」

「さぁ、なんででしょうね」

 

お茶を淹れ終えたシロウが、お盆に人数分用意してテーブルに置いた。5つしかないのを見るに、セラが要らないとでも言ってきかなかったんだろう。

シロウにありがとう、とリンが言ってから話を続ける。

 

「取り敢えず私から、衛宮くんの身体の中にあるナニかについて話しときましょ。まぁ、アーチャーから聞いたことを私なりに噛み砕いたものなんだけどね」

「なんだよそれ、バーサーカーの心臓のことだろ?」

 

お茶を置いたシロウは、リンの隣からわざわざテーブルをまわり私の隣の座布団に腰をおろす。その距離は、寝転べば膝をまくらにできると判断。

しかし、あまりにやり過ぎるとシロウに怒られそうな気がしたので、肩に体重をかけることにした。単にこれ以上のスキンシップは二人のときにしたい。絶対にセラが叱ってくる。

 

「いいえ、それとは別物よ。出来すぎっていうか、普通ありえないもの。…ねぇ、イリヤスフィール」

「な〜に〜」

 

膝で浮き立ち左手で座布団を持つ。トントンと音を立てながらシロウのそばに移動する間、やけに重たい沈黙が訪れるが気にしない。シロウが座る座布団と私の座布団の隙間が5、6cmのところまで詰めて肩に寄りかかる。

肩から感じる体温には、暖かみがある。

バーサーカーの姿を思い浮かべた後、シロウの顔を覗きあげる。ほんの少しだけ、キリツグと重ねていた。

 

シロウ、セラは驚いたような声を漏らす。

 

「ちょっと、真面目に聞く気あるの?」

「えぇ、私には構わず続けてちょうだい。一応、どんな考察かは聞いてあげるから」

「へ〜、なんとな〜くアーチャーの言ってることが分かってきた…」

 

リンからの冷ややかな視線にシロウはたじろいでいるが、リンが話を続けるにつれて真剣なものとなっていた。

 

遠坂家がいる手前、下手な行動をしなくないセラは軽く嫉妬に苛まれていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関で士郎と別れた銀時は、気怠そうにアクビをしながら土蔵の入り口に立っていた。古そうな見た目のわりに錆びが殆どない扉は、士郎がどれだけこの土蔵を大切にしているのかが伺える。マメなヤツだ、と思いながら数センチ開いている扉の淵を持ち、静かに陽の光を土蔵の中にいれていく。

やや埃っぽいが、それが作業場の背景として機能していた。中と外の明るさに差があるため数秒だけ目が慣れないも、誰が入っているかはすぐにわかっていた。

 

「ここ、士郎の魔術工房ってやつだろ。俺だって気を遣って入らねえんだから、怒られる前に出たほうがいいんじゃねえかアーチャー」

「あいつ自身のため、と言えば納得はせずともキツイ文言にはならんだろう」

 

銀時の注意には問題なしとばかりに笑うアーチャー。どこからその根拠が湧くのかは聞かなかった。

 

「その様子だと、慎二の方は片がついたらしいな。全く、マスターが命の危機に瀕しているというのに、人が良すぎると言うかバカと評するべきか」

「好きに言いやがれ。慎二を助けるってのは士郎の意思だ。それに応えなくて、なにがサーヴァントだっつーの」

「キミの性格は、マスターに影響されてはいないかね」

 

銀時の返事にため息を吐いて、無駄話が長引くだけだと本題を切り出した。

 

「衛宮 士郎は見ての通り、今のところは順調だ。バーサーカーの霊気に呑み込まれていないのが不思議なくらいにはね」

「見た目はな。俺が知りたいのは士郎が助かる方法だ。やれることは早くやっちまいたい」

 

銀時の言葉には急かすという表現は似つかわしくなかった。

声色にのみ、困惑の意味が混じる。

 

「…」

「ある、と昨日言ったセリフに間違いはない。いや、出来ると確信したのはたった今だ」

「どういう意味だ。土蔵にきてアイデアが浮かんだって言いたいのか?」

 

土蔵の床に置かれているいくつかの材料から、鉄パイプを一本手に取る。

 

「セイバー、これがなにか分かるか」

「こりゃ、士郎が持ち運んできた鉄パイプじゃねえのか」

「君の木刀で叩いてみれば理解するさ。曲げない程度の力でやってみてくれ」

 

宙に鉄パイプを放り投げるアーチャー。

その言葉を聞いて、士郎の鉄パイプを木刀で叩く意味を薄々感じとる。まさかと訝しつつ、宙に投げた鉄パイプを、木刀でコツンとあてる。

言葉通り、添えていた木刀に落ちてきた鉄パイプがあたる。ただそれだけなのに、鉄パイプは元々が砂でできていたのかと疑うほど呆気なく、一瞬にして霧散していく。

 

「こいつは…魔力で出来てるのか」

「あぁ。これは投影魔術。こんなハリボテしか転がっていないのを見るに、遊び程度でしか触れていないのだろうよ。だから強化の魔術をひたすら訓練してきた」

 

二人は土蔵の中を見渡す。

鉄パイプは勿論、ツボやイス、エロ本に至るまで複数ある。どれもが安いもので手頃に扱えるのを見るに、投影の練習としては丁度いいものだ。

適当なツボに木刀をあてると、やはり魔力の粒となって霧散していく。これを見てセイバーは、エロ本を手に取る。意味ありげに、これもか、と呟くと。

 

「いやエロ本は違う!」

 

土蔵のガラクタを仕舞っているダンボールから取り出したエロ本を、素手で引きちぎるアーチャー。

1ページ1ページ、細部に至るまで女性の○○や○○○を再現する投影魔術なんて神秘らしくはない。と熱く語るので、銀時は少しがっかりしたが話を終わらせることにした。

 

「さて、これは一考の価値がある。戻ろうか、セイバー」

「あぁ…」

 

手詰まりな状況に見える中、一人不敵に笑いを殺すアーチャーを見る。

その背中はらただ真っ直ぐに、一つの芯の下に行動しているとしか思えない。それが士郎だとするなら、なぜ…。会って間もない、深い関わりがあるようには見えない士郎にここまで手を尽くそうとするのか。

散らばる硝子に、銀時の疑問は乱反射を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

この話が終わろうとしている中、私は考えていた。

シロウがキリツグから受け継いだ全て遠き理想郷(アヴァロン)のことを、どう説明するのかを。

 

「つまりは、俺の身体の中にはバーサーカーの霊気に耐えられるだけの、宝具級のものがあって…?完全にそれを発動できれば、この熱を完治できるのか」

 

話さないという選択肢はない。問題なのは、キリツグのことをどうぼかすかだった。

今はリンがいる。この魔術師に、前回の聖杯戦争のことを教えてあげる義理はない。私がキリツグの娘だと言うのは、あとの話だ。

 

「熱っていうか、余剰分の魔力ね。衛宮くんの魔術は強化だけ、セイバー自身は治癒宝具を持たない。だとするなら、衛宮くんが知らないナニかが、身体の中にあるんじゃないか?ってわけ」

 

もう一つは…。全て遠き理想郷(アヴァロン)に関わる″剣″の方だ。

前回の聖杯戦争でキリツグは、ソレを触媒に伝説の騎士をサーヴァントとした。

 

「うん、なんだろうな」

「だから出来すぎ、と言ったのよ」

 

そう、リンの言葉通り″出来すぎ″だ。

 

「そこは大した問題じゃない。後ろ向きに考えても仕方ないのはリンがよく分かっているはずだ」

 

会話の中に割り込んできたのは、居間の出入り口に両腕を組んで立つアーチャーだった。その横からセイバーが、珍しく真剣な表現で入ってきた。

 

「率直に聞く。イリヤスフィール、衛宮 士郎の身体に触れて何かを見なかったか?」

 

居間に現れたアーチャーの視線が、私の方へと向けられた。心臓が締めつけられる幻覚が、ノイズ混じりに視界を過ぎる。

ジジ……確かに聞こえた音の中に、苦い記憶が映りこむ。

 

「…ッ」

 

それは、アーチャーがバーサーカーの身体を吹き飛ばした黄金の光。誰もが見惚れてしまう永遠の輝きは、今も覚えている。目撃者はここに揃っているのだ。

言ったところで、タダでは済まないと頬から落ちる汗が伝えている。しかし…タイミングというものがある。

 

時間が惜しい。言わなければ可能性はうまれない。動かないと、シロウを助けられない。

 

「知ってるわ。私は、シロウの中に眠る聖遺物を……」

 

伝説の騎士…その名前なら、大丈夫だ。

 

「第四次聖杯戦争でセイバーのサーヴァント、アーサー王を召喚する触媒に使われた。治癒宝具、全て遠き理想郷(アヴァロン)よ」

「セイバー、だって…?」

「そ、衛宮 キリツグが従えた英霊」

 

シロウは、キリツグのサーヴァントのクラスだけは知っている様子だ。大方、教会の神父から聞いたのだろうけど。

 

「どうしてイリヤがそれを知ってるわけ?」

「簡単よ。私はアインツベルンのマスター、前回のマスターの記録を調べることくらい造作もないんだから」

「違う、そんなことを聞いてるんじゃない。どうして衛宮くんが全て遠き理想郷(アヴァロン)を持っていると分かったのよ」

「確信はなかった。シロウにバーサーカーの心臓を入れるときに、すごい力を感じたの。キリツグは前回の聖杯戦争で、全て遠き理想郷(アヴァロン)を無くしたことになってる。それだけのことよ。

全て遠き理想郷(アヴァロン)が機能してないから、同じセイバーでもそこのモジャ公は別の人物なんだろうけどね」

 

セイバーの様子を見るに、間違いじゃない。そもそも、私の知る彼女とは容姿が違いすぎる。アーサー王は木刀なんて使わないし、あんな宝具を持った逸話は知らない。

 

「ねぇ、そんなモノがあってどうして…」

「なら簡単なことだ。イリヤスフィールを通して観ればいい」

 

全員の疑問の目に、アーチャーはほくそ笑むように答えた。リンの言葉を阻んだそれは、意味が理解できない。彼が次に繋いだ言葉を聞いても、変わらなかった。

 

「つまりだ衛宮 士郎、今日からイリヤスフィールと寝ろ」

 

 

 

「「「・・・はい?」」」

 

 

 

ただ、それだけしか言葉にできなかった。

 

 

 

 

 


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