fate/SN GO   作:ひとりのリク

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「その心臓、貰い受ける!」




先槍剣後

微弱な魔力が先ほどまでは朱槍を(おお)っているだけだった。突かれれば死ぬ程度の、避けなければ意味のない呪いだ。

それが、ランサーの殺意と共に、火に(まき)を焼べたかのように、酷く歪んだ魔力がドバドバと泥水のように発生している。あれに際限はなく、爆発寸前だと見ただけで(わか)る。

心臓が、酷く痛む。痛覚の表現ではない。校舎で突かれたはずの心臓から、圧倒的恐怖が感情を刺激する。傷口が理解している。あの槍の恐怖を解ってしまった。あれは、死ぬ。そう決定付けられている。だから、止めなくてはいけない。

 

刺し穿つ(ゲイ・)────」

 

果てし度なく朱槍から溢れる魔力が、場の静寂を追い払う。意識を逸らす事を許させない。しかし、動く余地も与えてはくれない。つまり、簡潔には死ねと。

生命(いのち)の終わりが、ランサーの言葉と共に一気に凝縮されていく。

力強く。朱槍が鼓動する。

 

こんなの、黙って見ていていいのだろうか。分かっている。何をしたって彼の邪魔になるんだって。けど、何がどう転ぶかも分からない。逃げろ、と叫ぶだけでも違うんじゃないかと。

俺は……

 

 

▶︎……いや、だからこそ信じるんだ。

▷叫ぶんだ、避けろ!と。

 

 

……いや、だからこそ信じないでどうする。セイバーは俺に、見ていてくれと、とても自信に満ちた声で穏やかに言ったんだ。あれは、俺を安心させるだけの意味じゃない事は、既に理解しているだろう。

落ち着け。あの槍に踊らされてはダメだ。自分の心を、場の雰囲気に支配されてはいけない。ここは、セイバーを信じろ。

呼吸を忘れて逡巡した視界。

セイバーは此方を見て細く笑った。一秒にも満たないその視線が、どういう意味を含んでいるのか。言われずとも分かる。あぁ、これでいいんだ。よかった。後は、見守ろう。

どくん、心が動き出す。

空気が、上書きされた気がした。

どう見てもランサーが有利で、勝利を目前にしている筈なのに。俺には、セイバーが絶対的主導を握っているようにしか見えない。

……そうじゃない。これは、今。セイバーが主導権を掴んだ、というのが正しいのかもしれない。

 

死棘(・ボ─)

 

一歩、瞬きですら長いと感じる速さで、セイバーは左足を踏み込んだ。その動きにさえ、脳みその理解が遅れそうだというのに、彼は踏み込んだかと思ったら。

 

────次の瞬間、その姿は消えていた。

 

「…!?」

 

言葉にならなかった。

速いとか、そんなものではない。消えた瞬間を確認出来なかった。そんな風に目が錯覚を起こしているのかと、そう思うしかなかった。

それを見たランサーですらも呼吸が止まる。目の前で消えた出来事に理解が追いつこうとするコンマ数秒、これが一体どれだけのチャンスなのかを理解しているのは、この事態の張本人だけなのだろう。

 

消えたのなら、現れる。

そうしないと、消えた彼は何処に行くのかを、突き止めなければいけない気がした。が、その混乱は直ぐに彼方へと捨てていた。

 

それ(セイバー)は前触れもなく、

 

「…」

 

膨大な魔力を纏う槍を構えるランサーの目の前に現れる。

ランサーは反応できていない。まだ、目が動いてすらいなかった。言葉を、死へのカウントダウンを言いかけている。けど、ランサーが次の文字を言う直前。

普通に考えてみれば仕方ない事だろう。

最大に警戒するランサーの(ふところ)で、スッと。居合いのように目標定めて構える。そんなモーションを俺の目が捉えたかと思うと、次の瞬間には………!

 

「オラァッ!」

 

木刀を青い人の頬に叩き込んでいた。

 

「なっ、ごばぁっ!!??」

 

ランサーの右頬に、セイバーが木刀を叩き込んだ瞬間を辛うじて見る事ができた。ぐるりとランサーは宙で回転し、後ろへと流されていった。

約10m宙を飛び、地面を削るような激しい衝撃を伴い転がる。砂埃を撒き上げて、転がりながらもやはりその身体は人外らしい。荒々しく野生的なのに、感心してしまう程の機敏(きびん)さで態勢を立て直すランサー。両足で吹き飛ぶ身体にブレーキをかける。口内に溜まった血をやや嗚咽(おえつ)気味に地面に吐き出し、顔を上げる。

 

「テメェ…!」

 

やりやがったな、と呪い殺すように悪態を吐こうとした。しかし、その目先には、

 

「遅えよ」

「くそが!舐めんなァァ!」

 

ランサーが地面を転がっている間に、ランサーが姿勢を立ち直すであろう位置を見定めて駆け出していたセイバー。木刀で突きを繰り出していた。

目の前に迫る茶色い矛先。鋭くランサーの眉間を狙う木刀は、ランサーの超人という例えすら物足りないくらいの反射神経で、槍を扱い軌道を逸らす。流れるようにカウンターを返そうと矛先で反撃に出るも、セイバーの押し飛ばすような裏蹴りを腹に浴びてセイバーから離された。

流石に今のは驚いた、とセイバーの表情が語っている。それに返すように、ランサーは鼻を鳴らし、吐かせと目で語る。

 

「言った事はキチンとやらねえとなぁ!

ん〜っと、ゲイ・ボ〜っつったか。いやぁっ、宝具解放前に止めちまって悪いな!青い人」

「ちっ……テメェ、分からねえな。俺が攻撃されるまで気づかなかったなんざ、正直信じられん。いや、懐に現れたのか?オイ、なんだぁ、そいつは。その動きは宝具か…!?」

「さあ?だからって、急に逃げ腰になったじゃねえか。ランサー、どうしたよ?ここまでやっといて、ひくのか?」

 

飛び退いてから槍を構えないランサーを見て、セイバーがソコを指摘する。言う時の顔がやや腹立たしく見えるのは、もう些細なんだよきっと。

 

「今日のとこは引き上げる。このまま続けたいのは山々だが、ウチのマスター(ビビり)の命令でな。宝具をしくじったら帰ってこいなんて言いやがる。あ〜やだやだ、つまんねぇのがマスターになっちまった」

「………そうか、止めはしねえよ。こちとら召喚早々、身体動かしたんだ。しかも夜じゃん?そろそろ寝たいんだわホント」

「フン、つくづく巫山戯(ふざけ)た野郎だな、ったく。ま、何にせよ楽しみが出来て嬉しい所だ。そのクソッタレな脳天に今日の一発、近いウチに倍にして返してやるよ」

「そうかい。次は空高くまで打ち上げてやっから野球ボールみたいに突っ込んでこい。夜の空中散歩、E.Tもびっくりする体験を味あわせてやるぜ」

「フン、″空高く″………か」

 

最後にランサーは、そう呟いて夜の空を仰ぐと、そのまま衛宮家の上に跳ぶ。もう一度此方を見て、視線でセイバーに再戦の約束を誓う。

セイバーは頭を掻きながら欠伸(あくび)をしていた。「けっ」と吐き捨てるように、わざと大声で言うと次こそ本当に跳び去っていった。

 

 

運命の夜は、こうして幕開けとなる。

 

 

 

 

 

 

ランサーの背中を半目で見るセイバーの態度にハラハラしつつ、一難が去った事で全身の緊張が解けた。我が家の瓦に跳び乗るランサーにやや怒りを覚えたが、それもすぐに霧散した。

あの槍の一突きを、不器用なりに、一撃だけでも真正面から捌けた事を思い出す。あれは、ほんとに自分でも驚きだ。だけど、もっと驚いたのは。

 

「セ、セイバー…?その、ありがとう。危うく死ぬところだった」

「おう、いいってことよ」

 

これあんがとよ、と言ってセイバーは先程まで奮闘していた、土蔵に何故か眠っていた見慣れない木刀を返してくれた。その木刀を、緊張気味に受け取る。この木刀の摩訶不思議性能が途轍(とてつ)もなく気になるが、それよりも解決しなければいけない事が山程ある。

 

「えっと…」

 

改めて、セイバーの容姿を見る。

上下黒色と、肌に慣れ親しんでいるであろう服装。むしろこの服装じゃないと、しっくりこないような感覚。更に上には、空に悠々と漂う雲をイメージしたような模様の入った着物を右腕にだけ通している。膝まで伸びている着物は、腰に巻いてある黒いベルトで巻いている。靴は、膝下まである黒いブーツ。

 

────これだけでも十分目立つが。銀髪で天然パーマとは、中々に良い味を出している。

 

「おいマスター、いまどこ見てた」

「いや、何もないよ、……です。えっと、どう見ても大人、ですね」

 

もしかしなくても、髪については触れない方が良いと理解した。

他は、瞳。先程の戦闘からは予想出来ない。いや、イメージに似合わなさすぎる、ポケーッとした目。あの引き締まりのある鋭さは、とても重たそうなまぶたによって隠されている。

 

「ギャップってすげ〜……」

「お前、絶対に失礼な事考えてるよね!?」

 

しかし、恐らくは大人。丁寧語で話さないといけない。自分は、余りに驚愕の事態ばかりで言葉遣いを疎かにしていた。

 

「そそ、そんな事はないですよ!セイバーさん」

「そうか。おいおい、かしこまるなって。さっきまで普通に話してたじゃねえか、タメのままがこっちも気楽でいいや。ついでに今のも忘れるから」

「あはは…セイバーがそれでいいなら、俺も助かるよ」

「気ィ遣うの、面倒だしな」

 

今のは自分でも失礼だと思う…なのに、笑って流してくれたセイバーは、絶対に良い人だよ。

…あれ、自分はもしかして気を遣うのが面倒がっているのか?と思ったが、置いておく。深く考えるのはやめておこう。

改めて安心した。とても話しやすい。

 

「ところでセイバー、一体何者なんだ。いつの間にか土蔵の奥から出てきたけど」

「何って、呼ばれたら土蔵の奥からだろうが、カプセルからだろうが出てくるぜ。俺を召喚したのはマスターじゃねえか。おいおい、しっかりしてくれよ〜」

「はあ!?しょ、召喚って………待ってくれ、本気で訳が分からないんだ。さっき俺を殺そうとしてきたランサーにしたって、どうして俺に襲って来るのか本当の理由は知らない。それで殺されそうな時、セイバーに助けて貰った訳なんだけど………」

「へ〜ぇ、なるほど。つまりマスター、あんたは″聖杯戦争″を知らずに俺を召喚した訳になるのか。そりゃすごい″縁″だな〜」

 

どういう意味か分からず、首を傾げてしまった。

何かの引っ掛かりを感じる。

 

「縁…?というより、セイバー。その、マスターってのは俺の事を言ってるのか?」

「……?あー、まずそっからか〜。端的に言えば、そうだな。サーヴァントっつ〜のは使い魔的な?で、俺みたいなサーヴァントを召喚するのがマスターっつー訳だが、ここまでドューユーアンダァ〜スタン?」

「……イ、イエスアンダースタン。って何故英語。

サーヴァント………つまり、セイバーを召喚したのは俺で、セイバーを召喚した俺はマスターって事になるのか」

「そ〜ゆうことだな。ま、召喚の手続きしてりゃ良いんだよ、多分」

「けど、俺はセイバーを召喚するような特別な事はしていないんだ。だから、俺がマスターってのは、何かの手違いじゃないか?」

 

一瞬の沈黙。そして同時に、

 

「えっ」

「えっ」

 

両方、何も分からないとばかりの声。

二人の間にハテナマークが浮き沈みする。

 

「あー、いや。何でもねえ。俺の気のせいだ、気にすんな。

それより、アンタは俺のマスターに間違いない。契約してる俺が言うんだぜ、そう言うなってマスター」

 

との事。

如何してかは分からないが、セイバーとの契約はもう終わっているらしい。正直、よく分からない。

 

「マスターって言われても………ん〜。なんか気持ち悪いからさ、名前とかで呼んでくれないかな?」

「名前か。確かに、マスターなんて呼び方はガラじゃねーし。じゃ、士郎って呼ばせてもらうぜ。これでお互い様だな〜」

 

お互いの呼び方を落ち着かせた所で、尽きない疑問を解決しようと口が勝手に開く。

 

「そもそも、マスターなんかになるつもりは全くないんだ。その、聖杯戦争?ってそもそも何?あと、クラス。セイバーの他にもある口調だけど」

「ん〜、俺もよくわかんね〜。つーかよ、俺も出来ればサーヴァントなんて面倒くせえ事、本当はやりたかねえんだ」

 

セイバーは頭をボリボリとかきながら、何処か遠くを見てそう言った。正確には、塀の向こう側だろうか?

 

「えぇと、よし落ち着け俺。

セイバー、一先ず家に上がろう。落ち着いて話さないと、分かることも分からないよ」

「そうだな。ま、その話は後でゆっくりしようぜ」

「…?」

 

......セイバーの目の色が変わった。

警戒の姿勢に、つられて息を潜めてしまう。

 

「先ずは、外からコッチの様子を伺ってるチキンヤロウをおっぱらうからよ!」

「え、外…?まさか、他にもランサーみたいな奴がいるのか?」

「あぁ、何と無く分かる。

 

……来るぞ!」

 

ブワリという音は、塀の向こう側から跳躍し現れた何者かから発生した。月が何者かの背後に君臨していて、その姿は影が邪魔をして見えない。

辛うじて分かるのは、セイバーにも並ぶ程の鋭い視線。影を寄せ付けない瞳は、力強く敵を仕留める事に集中している。アレは、獲物を仕留める狩人のよう。目が合ってしまうと此方の全てがフリーズしてしまいそうだ。

そして、何者かが構えている武器。

相当な長さで、細いフォルム。そいつの構え方から、あれが弓である事は容易く想像がつく。というのも、実のところ、現状に理解が追いついておらず、殆ど直感や経験といった思考で無理やり現実を受け入れているんだ。

 

そして、キラリと煌めく何か。

 

その距離、塀を挟んで。

その音、稲妻の如き。

その先、衛宮 士郎。

 

ソレを矢だと視認出来たのはセイバーだけで、士郎には赤いレーザー光線が放たれたようにしか見えなかった。特急列車がホームを通りすぎるように、一直線に士郎へ目掛け放たれる何かは、形を確認するには速すぎる。

 

「やらせねぇ!!」

 

迫り来る、レーザーのような光。

それを迎え撃つ形で、セイバーは何もない筈の腰から、何かを抜く動作を行う。すると驚くことに、木刀を握っていた。

目が離せない。釘付けになった。土蔵で握っていた木刀は今、自分が持っている。けど、アレも木刀。セイバーの武器は、何も変わっていない。ように見えた。

どういう偶然か。背筋が奮い立つよう。

 

セイバーは矢に合わせて、右手で握る木刀を縦一線に降ろす。ドンピシャで矢に合わせた木刀。矢は木刀に触れると、まるでそれが普通というかのようにバラバラに分解して、塵のように四散した。

今のは、物凄い違和感を覚える。普通(木刀で矢を叩き落とそうとする時点で普通ではないが)、矢はあんな風に塵になるはずがない。どうして…?

 

「矢……いや、剣か。おいおい、変わったモンを矢に使ってんだな、アーチャー!」

「………」

 

塀の上の瓦に降りる、士郎に向けて矢を放った男、アーチャー。セイバーは士郎の前に立ち、狙撃に備える。着地して位置がズレたせいか、アーチャーという男の姿がハッキリと見えた。赤い戦闘服を着るアーチャーは、″彼″の姿を二度、三度と目でゆっくりと確認し。

 

「フッ………」

 

感情を押し殺したような、複雑な笑みを浮かべた。その瞳は、強い意志で成っていた。

両者の視線を横切る、冷えた風。

周囲を薄く張り巡る、新しい道。

行方の定まらないソレは無作為に、士郎とセイバーに向けられていた。

 

 

 

 

 

運命は尚も捻れていく。






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