屋上から移動して腰をおろした場所は食堂の一角。5、60人は入るところの隅、出入り口に一番近いテーブルに座っていた。ここを見つけたセイバーは『ここの城は客を放っておくのか〜?お嬢様の命の恩人だぞ〜』などと叫ぶので、無言の笑顔を向けると大人しくなった。
そこから俺は、セイバーから昨日の出来事を聞いていた。
「兄妹が笑い合えることに隔たりは必要ない。壁はぶっ壊した、あとは落ち着くようになる。だからよ、落ち着いたら新都病院に様子見にいってやろうぜ」
「二人とも無事で良かった。セイバーならなんとかしてくれるって信じてたよ」
一連の流れを知って、今日何度目になるだろうと思いながらホッと安心の吐息をした。
「いや〜あいつは頑張ったよ。人間、やっぱ見た目だけじゃ分かんねーな」
セイバーが言うことには同意しかない。慎二とは長年接してきたからどういうヤツか、ある程度は理解しているつもりだった。そして桜が、癖の強い慎二に手を焼かされていたことから良好な仲じゃないと思っていた。
…それは、俺の視点の欠如でしかない。
桜が慎二に手を焼いていたのは、慎二が単なる恥ずかしがり屋だったからだではないか?
「いや、そうとも限らないか。そうであってほしいけど」
近いうちにお見舞いにいこう。
誤解していたことを謝らないといけない。キャスターを相手にひかなかった姿勢を桜に教えてあげたらきっと驚くぞ。
けど、一つ分からないことがある。
「ところでセイバー、どうやって助けたのかを聞いてないぞ。慎二が言ってた内容だと、臓硯は数百年を生きる化け物だ。単純な力で解決できるものなのか?」
セイバーは、昨日の説明で『臓硯から助けた』としか言わなかったのだ。倒したことに疑ってるわけじゃない。サーヴァントとはいえ、人を捨ててまで生きてきた奴が簡単に死ぬとも思えない。
この説明を敢えて省いたと思うけど、なにかあるのだろうか。
「あ〜、そうそう。そのことなんだが、ちょっとここじゃ言いにくいんだよ。ほら、色々と周りの耳もあるじゃん。どこでメイドが聞いてるか分からんだろ」
「まさかここに盗聴器でも仕掛けてるっていうのか?自分の家に仕掛けるなんてよっぽどだぞ。
まぁ、事情は分かった。セイバーがそう言うなら、家に戻ってから聞かせてくれ」
イリヤたちを疑うわけじゃないけど、確かに落ち着けない。ここは、規模が大きすぎて俺やセイバーでいるだけだと申し訳ない気持ちになってしまう。
ちょっと情けない気分で半笑いしていると、出入り口の扉が開く。
「衛宮 士郎と・・・セイバー」
入ってきたのは、肌の露出が両手と顔だけという、非常に珍しい白のメイド服を着た女性だ。この特徴だけでセラだと思ったのだが、話し方とおっとりした態度を見て彼女と一致しないと思った。
「ププ〜ッ。ほれ見てみろ士郎、昨日バイクで迎えにきた双璧メイドがご奉仕モードになってるぞ。おいおいセラ、別に男が来たからって気ィ遣わなくていいんだぜ?」
「ちょっと待ったセイバー、なんだか様子がおかしいぞ」
余計なことをセイバーが言ったが、やや膨らんだそこも……いや、何を考えている。決して、セラにはあんな膨らみなかったぞ!とか思ってない。
「そりゃおかしいだろう、胸壁の凹みから大砲構えてるんだ。それで狙い撃つ敵はもうここにいねーんだから、そう張り詰めんなよ」
セイバーはよろしくない笑顔を浮かべた。嫌な予感が頭に過ぎったときだ。まるで友人の肩に手を乗せて話しかけるように、セイバーは右手でセラ(仮)の左胸に入れているであろう謎の膨らみを鷲掴んだ。
「ちょ!?セイバー、いくらなんでも」
この男、やりやがった。
そんなことしてたら、バイクの二の舞になるじゃないか。すぐやめさせなきゃ……
「あ、あれ…この感触、どっかで似たような」
立ち上がろうとして、今度はセイバーの様子がおかしいことに気づく。明らかに表情が暗い。顔色がどんどん青くなっているじゃないか。セイバーの目が泳ぎ始めたところで、セラ…じゃないメイドは表情一つ変えずに呟いた。
メイドは左手で、それこそ摘むような弱々しい力でセイバーの肩を引っ張る。
「見た目で判断してるのは、お前」
「うぇ?」
セイバーの身体が前によろめいた瞬間、メイドの身体は低姿勢となる。胸を掴む左手ごとセイバーを巻き込むと…
「イリヤの教育に悪い」
簡単に足を浮かされたセイバーは、彼女から投げ飛ばされ真反対の壁へと直進する。
「ギャアァァァァァァァァ!!!」
「ヒィッ!?」
人間ミサイルと化したセイバーは間も無く、壁を突き破った。
細身とは思えないパワーに思わず悲鳴が漏れてしまう。
セラが言っていた。もう一人イリヤの付き人がいると。確か名前は、リーゼリットだ。何のためらいもなく、胸を触られたことに対してうろたえもしないその精神に驚きつつ、恐る恐る声をかけた。
「…セイバーがすまない。あとでキツく言っておくけど、許せないなら遠慮せず怒りの矛先を向けてくれ。こういうときは、それが一番の薬になる」
「イリヤの視界で悪さしたら、ダストするつもり」
表情が読めないので、どこまでが冗談か分からずに苦笑いしていると。
「薄着…けど暖かい」
「うおっ!?」
耳元で声がした。視線を向けるとリーゼリットが密着する形で、俺の頬に両手を添えてきた。左腕に、柔らかい感触があるけど考えないことにした。
小さな吐息が聞こえる。ダークレッドの瞳は、なにもないはずの顔をまじまじと観察しているようだ。一体なにを見るというのか…。この距離、会釈をすれば頭突きできるぞ…。
「あ、あぁ。これはバーサーカーの宝具が出してるんだけど。って、ちょっと近い…」
「バーサーカーならイリヤを泣かせちゃダメだから」
頬から両手を離したリーゼリットは、半歩後ろへ下がる。
緊張が和らいだと思えば。気づけば高くなっていた体温は、バーサーカーの宝具とは別の理由だろうけど仕方ない。容姿の整った美人が、あの距離で密着してくれば緊張の一つくらいする。
「それじゃ、準備して」
「え?準備っていうと」
「受け身」
なにを言っているんだろう。
受け身の意味じゃない。なぜ、今から受け身が必要なのかという点だ。投げ飛ばされたセイバーじゃあるまいし。……いや、まてよ。
「はて。想像できることが一つしかないんだけど…」
リーゼリットは右腕をグルンと回し、よしと小さく呟く。なにがよしなのかは、嫌な予感が的中する気がして敢えて考えもしない。しかし、それはあまりにも小さな抵抗で、先ずは目的を問うべきだと後悔した。
「動いたら危ないから」
危険を察知して椅子を倒しながら離れたが遅過ぎた。気づけば身体はリーゼリットによって抱えられ、短い掛け声とともにセイバーが壊した壁へ向けて俺は放り投げられた。
「えいや」
「なんでさァァァァ!?」
無意味にも手足をばたつかせる。
捕まる場所もなく、前に二回転した身体はセイバーが空けた壁の穴にスレスレ通り、そして地面に…。
叩きつけられる衝動を想像して、咄嗟にリーゼリットが言った受け身を思い出した。確かに受け身が必要だ。いや、受け身でどうにかなるものじゃないが、やるしかない。
カッと目を見開いて、地面にぶつかるタイミングを測ろうと思った矢先。両手を広げて立っているセイバーと目が合った。
「うおっと、ナイスパス」
そのまま、地面にぶつかることなく受け止められ足が着く。
「セイバー!ちょっ、これは一体どういうことなんだ!?もう訳がわからないよ」
「詳しい事情は移動しながらだってさ。ほら、他の二人は準備万端だぜ」
「他って、スポーツカーっぽい高級車に?」
セイバーの後ろを見ると、車種は知らなくても高級車だと理解できるシルバーのものが、エンジンを温めて待機している。部屋を見渡して、ここがガレージなんだと分かった。横に車二台分程度が入る大きさなので、意外と広くはない。入り口のシャッターが開いているから、すぐにでも出発するらしい。
後部座席に乗ろうとすると、運転席の窓がおりる。
「ちょっとシロウ、いつまでグータラしてるつもり?朝ごはんは移動しながら食べましょう。さ、助手席に来て。セイバーは後部座席で我慢してね」
「あ、うん…?」
このとき、なぜ疑問に思わなかったのか。おそらくは、俺に向けてくれた笑みに抗う余地がなかったからだ。
それは天使のものだった。ならば、誘いには快く甘受すべきではないか?
「イリヤお待たせ。生活用品持ってきたから、出発して大丈夫」
「ありがとうリズ。目的地に着くまではゆっくり寝てて。まだ傷は完治してないでしょ」
助手席に乗ると同時に、リーゼリットも後を追ってきた。セイバーを挟む形で、セラとリーゼリットが乗り込んだのを確認するイリヤ。
「なぁイリヤ、これからどこに行くんだ?」
「どこって、シロウの家以外ないわよ。シンジがここをメチャクチャにしてくれたせいで、魔術トラップが殆ど使いものにならないの」
「成る程、うちには空き部屋がいくつかあるから全然構わない。ていうか、その方がありがたい。まあ…セラが意外、かな」
「私も、すんなり話を理解されて驚いています。これは仕方ありません。最初は反対していましたが、思えば衛宮 士郎の家がここよりかは安全でしょう」
断る理由はない。
これなら昼飯前には家に着く。午後からアーチャーを交えて、テキパキと方針を決めたい。少ない猶予を無駄にするわけにはいかない。
「なあ士郎」
セイバーが、声を震わせながら言う。
「これどう見てもおかしいだろ。どうしてイリヤがメルセデス運転しようとしてんの。普通、従者のどっちかだろ!?」
「うん。そういえば」
考えていなかったことに突っ込むセイバー。そこでようやく、自分の疑問がごく当たり前だと自覚する。
やっぱり。普通におかしいよ。イリヤがハンドル握ってるよ。なんでパーキング外してドライブ入れてるんだ。どうしてサイドブレーキ外してる…。慣れた足さばきでクラッチとアクセルを……!
「それならばご安心を」
「それじゃあ出発!」
発進してガレージを飛び出す高級車。
俺とセイバーが反応して緊張しているのに対して、セラは平然とした顔で説明する。
「お嬢様のドライビングテクニックは、魔術師の中でも随一。万が一の事故すらありえません。それに、念のためお嬢様は運転免許証を持っています。ですので、どうかご安心を」
「「は!?」」
イリヤが運転免許証を!?どういうことだよ!
つか、イリヤ速度出しすぎじゃないか!?
「この速度でなにを驚くのですか。お嬢様は180km/hまでは法定速度の範疇。視力強化の魔術を使われているので、飛び出しにも500m手前から対応可能です」
「「はあァァァァァァァァ!?」」
アインツベルンの森をグングン速度を上げて走る。速度に比例してイリヤの笑い声も大きくなっていく。
助手席から感じた速さは、ランサーにも匹敵すると確信した。
▼
車の停車音とともに、安堵の息が漏れる。
道中、気絶していたか、寝ていたのか分からない。ただ言えることは、やっとこ止まったんだ…。
凄まじいスピードだった。車酔いが通り過ぎるくらいの迫力を体験した。
「わ〜い、私はシロウの部屋で寝る〜」
「いけませんお嬢様!こんなサーヴァントを召喚するのです、どうせロクな部屋じゃありません!あ、こら待ちなさい!」
セラは俺のことをどう見ているのか、なんとなく分かってきたぞ。そのうちギャフンと言わせてやりたい。……が、その気力はない。イリヤのドライブのせいだ、後回し事項へと追加しておくことにする。
「今、何時だ…?」
「10時過ぎ」
「うわっ、まだ昼にもなってないのか」
目眩が治ってから車を降りると、すでにイリヤとセラ、そしてセイバーの姿がなかった。リーゼリットが後ろに立っていて、多分気にしてくれてるんだろうと思い家に入ることにした。
門をくぐると、玄関のインターホンをイリヤが鳴らしていた。その後ろにはセラがいるけど、セイバーが見当たらない。
「これがインターホンね。一度押してみたかったの。お城だと、誰が入ってきたか一発で分かるからインターホンが必要なかったし」
セイバーは、庭にでもいったのだろう。
「イリヤ〜、家には誰もいな…まて、いるじゃん。野生の皮を被った虎が!」
今日は土曜日、学校は休みだ。教員は別だと思うだろうけど、冬木の虎という異名を持つ藤ねえは仕事が早い。つまり。
「ちょっと士郎!!学校を休んだあげく、連絡もなしに家を空けるなんてどういうことなの!?音子に連絡してもコペンハーゲンには来てないって言うし、キッチリと説明するまでは居間で正座・・・」
休日はだいたいウチでグダるのが恒例なのだ。
「あ、あぁ藤ねえ。これはだな」
「およっ?」
イリヤを見て、次にセラを見て首をかしげる藤ねえ。さすがの彼女も、この状況にはついていけずに意味不明なことを呟くのみ。そうだろうな、セラがいるから迷子ってわけでもないし、俺がいるからインターホンを鳴らした意味も分からない。
って、藤ねえに共感してる場合じゃない。ややこしくなる前に誤魔化さないと。えぇと、じいさんの親戚、最悪セイバーの娘でいこう。
「初めまして。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、キリツグの娘よ。今日からこの家にお邪魔することになりました、どうぞよろしくね」
「「はぇ?」」
言い訳をする暇もなく、イリヤは優雅にスカートの裾を摘み挨拶した。とんでもない設定を口にしやがりました…!
「き、切嗣さんの娘ですって!?そ、そんなのは聞いたことありません!失礼ですけどイリヤさん、切嗣さんの娘さんであるという証拠はあるんですか!?」
「それならば私がお見せします」
あぁ…待ってくれ。まだ話についていけてないんだ…。
「こちらの屋敷を買い取った際、名義変更等をした書類の一部コピーです」
「これ、確かに切嗣さんが持ってたやつ…あの〜、切嗣さんの奥様でいらっしゃいますか?」
「妻ではありません。私たちはイリヤお嬢様の従者、セラと申します。こちらには衛宮 切嗣の御墓参り、そして養子にあたる衛宮 士郎…様へご挨拶に伺いました」
「う・・ウゥ・・・」
は、話が転々とし過ぎて置いていかれた。
一つ分かるのは。
「うわァァァァァァんこの家に私の居場所はもうないんだァァァァァァァァ!!!」
「あぁ藤ねぇ!?ちょっと待って!!」
あの藤ねえを一瞬にしてキャパオーバーさせたイリヤが、只者ではないということ。この歳(なぜか運転免許証持ち)にして、なんという恐ろしい子なんだ…!
「ふふ〜ん、面白そうな人がいるじゃない。あとで遊んであげなきゃね、これからお世話になるんだし」
そう言い、イリヤとセラ、リーゼリットが家の中へと入っていった。
きちんと靴を脱いで揃えているあたり、日本のことは調べているんだろうなと分かる。
「なにを突っ立っている、衛宮 士郎」
三人が廊下の奥へ消えるのを見ていると、今度はアーチャーが後ろからやってきた。傍には、難しい顔をした遠坂がいる。
「もう来たのか、意外と早いな。遠坂もあがってくれ」
「ちょっと手を見せて。…ほんとだ、数日前までの貧弱な魔術回路じゃない。いいえ、それを考慮しても私でも無理よ。サーヴァントの霊格を身体に埋め込まれて生きているなんて。実物を見るまでは信じられなかったけど、アーチャーの推理はアリね」
右手を持って、ぶつぶつと聞こえる声で言ってる。独り言のつもりだろうか。
「なぜか藤村先生が飛び出していったけど、丁度よかった。衛宮くん、始めるわよ」
「は、始めるって?」
「アーチャーから聞いてるでしょ。特訓よ、特訓。ほら何してるの、先に上がらせてもらうわよ」
そして遠坂は、アーチャーを連れて家に入っていく。
なんというか、物凄く畳み掛けてくるな。あとはセイバーがどこにいるのか…。
ふと、門の方に目を向ける。人の気配を感じたと思えば、セイバーがヨロヨロと入ってきたところだった。
「いてて、ったくあのメイド二人…俺にSMの趣向はないってんのに」
「セイバー、なんで表から?イリヤたちと一緒じゃなかったのか」
「イリヤの運転で喚いてたら後部座席の下に詰められたんだよ」
「そうだったのか、すまん気付かなかった。じゃあ家に入ろう。イリヤたちと、丁度いま遠坂とアーチャーも来たんだ。居間の方に向かってたから、顔合わせしてるころかな」
「それ、お前いなくて大丈夫なの?」
…あ。
我が家に帰るだけなのに、途端に帰りたくなくなってしまう。なぜだか、玄関の奥から異様な瘴気が漏れ出しているような気がして…。
お久しぶりです、ひとりのリクです。
二年ぶりの6連休を満喫しています。夜勤を繰り返していると、心身ともにクタクタになりますね〜。どうか読者の皆様は、健康体でありますように。