fate/SN GO   作:ひとりのリク

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夢への序盤Ⅲ

目が覚めて視界に映ったのは、イリヤの柔和な寝顔だった。どうして同じベッドに潜り込んでいるのか、聞くつもりはない。こんなにも朗らかな顔をされると、こちらとしてはもう些細なことだ。

ここはアインツベルン城の一室。俺は、キャスターから致命傷を受けたあと、イリヤに治療を施してもらい横になっている。もぞりと身体を動かして、

 

「うわ…なんだこのベッド、柔らかっ⁉︎」

 

すごい、モフモフです。

ダックダウンというやつだろう、とてもふかふかで依存性を秘めている。しかし、コタツには流石に劣っているが…ん、匹敵はする。しかし、昨夜の自分はこの脅威に気付く余裕すらなかったらしい。

 

「……いや、それは置いておこう」

 

身体の中から溢れる熱の存在によって、興奮気味の感情は収まってしまう。

 

「やっぱり暖かい」

 

昨夜からの熱はひいていない。

両手をグーパーさせて、感覚を確かめる。神経に異常はないようだ。腰から足先に至るまで、目を瞑り神経を張り巡らせて確認する。やはり、問題ない。ただ一つ。違和感は、魔力が熱へと変換されるような、新鮮な通り道が身体の中にできている。

これが、バーサーカーの魔力なのだろう。自分のものではないと、確かに分かる。意識を魔術回路に集中する。簡単だ、いつもうちの魔術回路を起動するように、まぶたを閉じた。視覚情報の遮断と入れ替わりに、上から下へと通る線がそこにある。

見えない形、触れられない感触に色はなく、沈黙していた。

 

「……?あ、そうか」

 

この症状には、偶然にも心当たりがある。つい数日前の出来事と重なるものだ。

アーチャーの指導を思い出す。昨夜、アーチャーがわざわざ来たのはそのためかもしれない。…というか、あの場で俺はどうして思いつかなかったんだろう。

あいつ、口は悪いくせに行動がちょっとズレてるんだよな。なんていうか、お節介だ。少し口うるさい。しかし、あれでも助けてくれたんだから、今はこの熱の原因を断とう。

 

「確か、スイッチだ。照明を切り入りするみたいに、突起のあるスイッチをイメージ…」

 

ゆっくりと目を閉じる。

以前、魔術回路を起動するときは生きるか、死ぬかの境目に座っていた。そもそも魔術師の家系ですらない俺は、神経を魔術回路へと変換、身体に通すことから始めなければならなかった。

それも、たった一本。限界でもあった。一本の魔術回路を生成するだけで手一杯で、次の段階(強化の魔術)へ進んだとしても、成功率は一割にも満たない。元々、完成している物に強度を加えることが、完成度をおとしてしまうなどという、矛盾したものでもあった。

完成している物に魔力を通す強化の魔術は、普通の魔術師すら使わないという。

そりゃそうだ。魔術が使えればそちらを優先する。

 

そして…集中を欠けばそこまで。強化の魔術すらまともに使えず、ましてや魔術回路の生成に失敗すればこちらが死んでしまう。

 

だが──

 

「スイッチがない…感覚で切ろうにも、スイッチがなきゃそもそも無理じゃないか」

 

まさか、魔術回路を切れないことで死ぬか、生きるかの瀬戸際に立ってしまうとは…。

 

「確か今日、アーチャーが来るはずだ。話しておかないと…」

 

やれることを、全て取りこぼさないように覚えておこう。悔しいが、アーチャーに頼らなければ解決するのにいつまで掛かるか分からない。

俺は、魔術回路の生成以外の鍛錬を知らないのだ。せいぜい、それっぽいことと言えば…気晴らしに″模造品を量産″するくらいしかない。

 

「知らなきゃいけないことが山積みだな…」

 

身体の熱を冷ましたいので、部屋を出ることにした。抱きついているイリヤの腕をゆっくりと持ち上げる。その時、繊麗(せんれい)な腕に包帯が巻かれているのを見た。

胸の奥が痛い。物質ではない場所だ。言うのなら心、しかし違う。自分のものか、他の何者かは判断のつけようがない。感情の表面に浮かび上がる安堵が、俺には痛い。

おそらく、昨日の傷痕だ。よくみると、頬や額にもかすり傷のようなものがある。

こんな幼い子が傷ついている。俺は一体なぜ、聖杯戦争に参加したのか分からなくなりそうだ。どうして、揺らごうとしているのかは、もう考えないことにした。

 

極力、冷気が入らないように羽毛ふとんを抑えつけながら出る。

 

「ん、やっぱり寒いってほどじゃない。暖房器具っぽいのはあるけど、今は使ってなさそうだし」

 

今は真冬だ、それは分かっている。

枕元に置いてくれていた厚手の部屋着は、申し訳ないが置いておこう。これが必要ないくらいに、暖かいのだ。

 

「うおっ…すごい、女の子用の冬用スリッパじゃないか」

 

ベッドの側に用意されていたスリッパは、くまさんの顔が飾られたものだった。つま先が鼻で、両足の側面に目をつけたデザイン。イリヤ、意外とこういうの好きなんだな。

これの隣に一回り小さな、ウサギのスリッパが置いてある。

 

「ん〜…?」

 

この二つしかない。よく見れば、こっちのくまさんスリッパは、俺の足にピッタリ合いそうな大きさだ。

試しに履いてみると、ややつま先に余裕があり、わざわざ寸法を測って一から造ったのかと思えるほどだ。これ以外には見当たらない。

 

「は、はは。これ俺のために、みたいですね」

 

さすがに他人の城を裸足で歩く勇気はない。用意してもらったのだ、贅沢は言えまい。

はは、他人の城って……。

 

妙なニュアンスに自分で笑いながら、静かにドアを開けて廊下に出た。左右に広がる通路は、やはり想像の上をいく。正面の窓から反対側の通路が見えたとき、城の敷地面積というものについて考えるのをやめた。

息を呑む。無駄な飾りはないが、通路に敷かれた赤いカーペットと清楚な白い壁、バーサーカーが余裕で立てる高さの天井は、俺が思う城というものについてのイメージ通り。

数メートル進み、ふと窓に映る自分の姿を見る。

窓一枚向こうが真冬というのに長袖一枚とズボン、くまさんスリッパを履いて他所様の城をウロつくとは。はたから見たら、不審者ではないか…?

 

「いやそんなはずはない。これは俺のものじゃないし、ここの人が公認しているものだ。そうであってほしい」

 

苦笑いをこぼす。さすがにウロウロするのは落ち着かないので、空き部屋がないだろうかと探す。

 

「誰かいますか〜?……いない」

 

ドアをノックしても返事がなかったので、静かに入る。

中は、空き部屋だった。部屋の空間はイリヤのところと同じで、学園の教室一つ分といったところか。窓は、正面に両扉型のものがあり、ベランダへと続いている。

何もないわりには床に埃はなく、部屋を見渡しただけでも清掃していると分かる。何も使っていない部屋がいくつもありそうなのに、全て定期的に清掃しているのだろう。ちょっと考えただけで、やり甲斐がらありすぎて困る。

窓際に寄ると、反対側の渡り廊下に違和感を感じた。やや遠くて、一瞬それが何か分からなかったが、その周りも見て合点がいく。

 

窓が欠け、廊下に穴が空き、壁に引っ掻き傷のようなものが乱れるように城を荒らしていた。あれは、慎二の仕業だろうか。

あいつ、本当に好き勝手やってくれたな。

 

「けど、何も考えないほど慎二はバカじゃない」

 

アインツベルン城の惨状を見れば、魔術師同士の戦いが想像の外にあるのは言うまでもない。この程度で済んで良かった、と思えば終わることか…。

そう簡単でもない。これらの元である慎二は、桜のために死ぬことへの怖さを敢えて遠ざけていた。魔術回路のない慎二が、どうして魔術を使えるかは今、問題じゃない。自分の不利な壇上に立つこと、それだけ追い込まれて、必死にここに来たんだ。

 

「複雑だなぁ」

 

呟いた声に一拍置いて、

 

「おはようございます衛宮様」

「うおっ!?」

 

煙のように背後に現れたセラに、思わず驚いてしまった。

俺の反応に、一瞬冷ややかな視線を送るも、すぐに従者のソレへと切り替えている。

 

「見廻りをしていた間に部屋を出られたので。そのまま迷子になってしまい亜空間へ入られては、お嬢様に顔向けができません」

「亜空間って…!?」

「心配いりません。ただの(かどわ)かしです、今は防犯用のものしか起動条件は点けておりません」

 

な、なんて城だ…!

 

「別に、貴方をどうこうするつもりはありません。どこの誰とも知れぬ患者が徘徊していれば、連れ戻しにくるのは当然です」

「す、すみません。気をつけます」

「敬語は結構。私たちはお嬢様の従者、客人にそのようなお気遣いは身に余りますので」

「…そうか、悪い…ってのも、余計だよな」

 

セラは頷く。

あまり心配されても困る。というか、気を遣われるのは結構窮屈に感じる。だから、在り来たりにも返事はしておかないと。

 

「この通り、回復して調子も戻ってきてるよ」

「…」

 

細い目を、最早開けているのかすら怪しいものにしてため息を吐いている。ビクリと心臓が跳ねる。中々、味わえない感情だ。

 

「並みの嘘は通じません。いいえ、私でなくとも、リーゼリットですら騙せない容態でしょうに。熱を冷ます意味を履き違えていますよ」

 

ズバッと見破られたことに、少しショックを覚える。

 

「うっ……そんなに嘘が下手かなぁ。そんなに具合が悪いってこともないんだけど」

「下手もクソもありません。失礼ですが、ご自身の格好を今一度確認してみては?見ているこっちが風邪を引いてしまいそうです……ですが、熱が酷いのでしょう?

バーサーカーの霊格が生身の人間に混じり、まだ生きていること自体が奇跡に等しいのです。冬の冷気にあたる程度、まさしく焼け石に水。

詳細は、アーチャーとセイバー様から伺っています。衛宮様は、数日で死ぬと。死なせないために、最善を尽くすのだ…と仰られていました」

「あ、ははは…仰る通りで…」

 

俺の考えは、甘いにも程があった。

実際、身体の熱は一向に落ち着かない。魔術回路を入れっぱなしの状態と関係があるはずだ。

 

「セラ、セイバーはここに戻ってきてるのか?アーチャーが出掛けてるって言ってたんだけど」

「はい、今は一階の食堂にてアインツベルン城の食料を軽快に、バーサーカーの如く猛烈な勢いで召し上がっています」

 

そう言う彼女の声は、やや疲れているように見えた。何かしたな、と分かったので慌てて。

 

「ご、ごめん!ちょっと止めてくる!」

 

けど、一安心した。セイバーは無事なのが分かって、嬉しいと思った。アインツベルン城の前で、セラの話を聞いて二手に分かれた以来だし。

 

そもそもアインツベルン城まで辿り着いたのは、郊外の森に入ろうかどうするか悩んでいた俺たちのところに颯爽とバイクで迎えにきたセラのおかげだ。スピードを落とさないままセラは俺を軸に高速ターン、と同時に左腕で持ち上げて、セイバーは持ち攫われる俺にしがみ付いてと、かなりドタバタしたものだったけど。

そこから城までの道は全く記憶にない。なにせ、速すぎて何が何やら。セラの身体にしがみ付くことで精一杯だ。

そうこうしてると、着いたわけで。

セイバーは俺に木刀を貸してくれて、すぐにバーサーカーの方へ行ってしまった。一度負けたというアーチャーもいたから、それも不安を増している。それを、早く拭い去りたい。

 

「衛宮 士郎」

 

空き部屋を出たところで、セラに呼び止められる。

 

「その命は、然るべきときに使いなさい。お嬢様が選んだ道は正しいと、そう私たちに言わせるくらいの甲斐性がなければ、納得しない人がいます」

 

…よく理解できない。

驚くほどピンとくるものがなかった。聞いた意味を問う、つもりがなぜか身体は前に進みだす。

そういえば、俺は食堂の場所も聞いてないのに、どこに行ってるんだ!?

 

 

 

 

衛宮 士郎がイリヤスフィールの部屋を出て数分。

頬を膨らまして、さっきまで士郎が寝ていた場所でうつ伏せになっていた。

 

「早い……早すぎるわ。どうして起きていられるのシロウは!?」

 

追いかけようと羽毛ふとんをめくって、入ってきた冷気に一度負けてしまったのが失敗だった。

素早く羽毛ふとんを被って、あと十秒で出よう、あと五秒、と先延ばしにしてるうちに今度は眠気に襲われて現在。

 

「シロウが暖かくて、暖房を切っていたのが裏目にでた…くっつく理由になってたのに!」

 

実際は体温の問題でもなく、外に魔力が漏れているだけなのだが。

 

シロウの身体の中には、聖遺物がある。

第四次聖杯戦争のセイバー、アルトリア・ペンドラゴン。アーサー王伝説のその人、ブリテンの王にして最強の一角。彼女を呼ぶ触媒としてアインツベルンが衛宮 キリツグに渡した『全て遠き理想郷(アヴァロン)』は、持ち主に無限の治癒能力を与える。

今、シロウの身体が熱いだけで済んでいるのは、令呪のおかげでアヴァロンの起動条件を短絡させた結果だと思っている。バーサーカーの宝具は、シロウの中で拒絶反応を起こし続け、魔術回路は常に焼き切っている。そう、常に。

普通ならとっくの前に死んでいる。アヴァロンはこれを、絶えず治療しているに過ぎない。バーサーカーの宝具と競り合っている。

競り合う…?アヴァロンが?まさか。バーサーカーのストック一つに押し負けるとは考えられない。

 

 

昨夜、アーチャーはシロウに言った。

『5日でお前は死ぬ』

考えるまでもなかった。

 

──バーサーカーへの令呪の束縛は、そんなに長くシロウを助けてくれるんだ。

 

 

これは、すでに許される赦されないの話からこぼれ落ちてしまった。

アヴァロンは完全に起動していない。いや、できない。あれはアルトリア・ペンドラゴンがいて本来の治癒能力が発揮する。

シロウのサーヴァント、セイバーはかの王ではなかった。当初は疑問にすら思わなかったが、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を持っているなら話は別だ。これほどの触媒を無視して、銀髪のセイバーが召喚している方がおかしい。

 

「あなたは、一体だれ……」

 

そうこうと思考を巡らせるうち、イリヤは二度寝へと堕ちた。

 

 

 


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