fate/SN GO   作:ひとりのリク

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ワレ知ル

理解する気持ちが荒れ狂う現実に置いていかれる。

たった今、目の前で腹に風穴を開けられ、その場に倒れる気にくわない奴。聞いてはいけない音と共に、仰向けに倒れた衛宮から大量の血が溜まり場を作る。

召喚陣から放たれた魔術が、致命傷だと理解する。衛宮はやはりピクリとも動いていない。あっという間の出来事に声を失う中。

 

「きゃぁ!?」

 

視界の隅で、聖杯の器、イリヤスフィールがひとりでに宙へと浮いた。なぜ、と考えるまでもない。満足げに口元を上げるキャスターを見て、彼女の仕業以外にあるはずがないのだ。

イリヤスフィールはキャスターへと、鳥型の使い魔を放つも人差し指を動かすだけで呆気なく掻き消される。僕が苦戦した程度のレベルなら、当然キャスターの相手となる訳もない。

それでも負けじと使い魔を召喚するのを笑うように、薄い魔力の膜によってイリヤスフィールは拘束された。

 

「来てバーサーカー!…そんな、令呪が使えない」

 

中に閉じ込められたイリヤスフィールが何かを叫んでいるが、外に漏れることはない。魔力の行使すらできないのだろう、何かを叫びながら両腕を前に出し続けていた。

問題は…器ではない。

 

「…あぁ」

 

グラつく視界の中で、ただ″祈る″。

ダメだ。お前に死なれては困るから。

沸き上がる吐き気でようやく、足が前に進む。身体もついてくる。さっきまでの仮面を付け忘れていたが、もう装う余裕がない。

 

「衛宮……!おい、しっかりしろ!!」

「あはは、どうかしたかしら?あなたがやろうとしていたことよ?」

「くそが…」

 

素人が一目見て理解できる。まず助からないと。

この穴は塞いでもどうこうできるものじゃない。魔道書の力、この土粘土は、無くなった臓器を模すことは不可能だ。何もできない、僕じゃ無理だ。

 

「意味が分からない。お前、いつから見てた……ずっと近くで、虎視眈々と僕らを狙ってたわけ?」

「ッフフ、まさか。そういう時間の無駄なこと、したくはないのよ。

そもそも、視覚の共有なんて片手間で済むことですもの。

ライダーを仕留めた日からずーっと、生かしてあげていたのよ?おバカさん。あそこでこの私が殺し損ねるなんて、普通あり得ないと思わなかった?」

 

心当たりがあった。

あの時、ライダーの宝具で助けられる瞬間、キャスターは僕の顔に手を向けていた。何も起こっていないように見えていたのは、僕が素人だからか…?

 

「…!」

 

気付かなかった己にヘドが出る。

キャスターは、あの日からずっと、僕の見てきたものを知っているのか。じゃあ英雄王のことも…

そもそも、サーヴァントが相手は無理すぎる。あいつ(英雄王)は、サーヴァントが相手なら呼び出しに応じてくれるらしい。もう森の方から音も聞こえないのを見ると、セイバーたちを片付けてるんだろう。

 

「あぁ、令呪があるかは知らないけど、英雄王を呼ぼうとしても無駄よ?」

「……どういう意味?」

 

 

笑いを押し殺したキャスターが正面に手をかざす。

 

 

「令呪を持って命ず」

「……は?」

 

 

寒気が走る。

ローブの下で歪んだ笑みが、こちらの自信を否定する。

 

 

「英雄王の背後を取りなさい、ランサー」

「……お前、何言っ…」

 

 

まるで使い捨ての駒のような手軽さで、口にした命令。

同時に赤く光る手の甲が、令呪を使用したと証明していた。

 

 

「重ねて命ず」

「おい、やめろテ…」

 

 

キャスターの口は止まらない。魔道書を開くよりも早く、常人の反応じゃ追いつかないくらい速い。

 

 

「宝具を解放し英雄王を仕留めなさい」

 

 

言い終える命令を遮るように叫んだ。

 

 

「聞こえねえのかキャスタァァァァァァ!!」

 

 

勢いよく開いた魔道書と共に、魔法陣が地面に現れる。一柱の肉柱が、キャスターの足元に絡みつこうと伸びて、

 

「えらく古いじゃない。これ、使う人次第ではサーヴァントを殺せる代物よ、坊や?」

 

キャスターの魔法陣から放たれる砲門に、呆気なく粒子となった。

相手にもされない。歯が立たない。スタートラインにただ腰を下ろすだけの方法じゃ、サーヴァントには敵わない…

 

「これ、見える?」

 

やめてくれ、見たくもない。

 

大切な相棒(ライダー)を一人消したソイツは、見せびらかすように正面に波を立たせる。キャスターを睨んでいたはずの光景は一転し、嫌な予感を届けてしまった。

 

 

『犬……が……』

『文句なら、うちの雇い主が受け付けてるよ』

 

 

そこには、朱い槍で胸を貫かれた英雄王が、魔力となり敗退した瞬間が流れていた。

 

 

「あ、あ、あ…」

 

どこから地面に崩れ落ちただろう。名も知らぬ槍兵が、英雄王を消した。

この事実だけで、頭の中が白く、天地も見分けられないくらい混乱と絶望で覆われる。

友はもうすぐ死に、友を助けられる英雄王は、もういない。

 

「英雄王、その真名は分かずじまいね。けどいいわ、アナタが仮宿にしていた家だけはどうしても覗き込めなかったの。正体もハッキリしないし、セイバー以上にデタラメな能力だから先に片付けてもらったわ」

「あ、あ…」

 

両腕、動かせない。

両足、もうボロボロだ。

心は…

ここまで足掻いてきた過程も、奇跡のような二度のチャンスも、僕の力不足で消えてしまった。

 

「最も?セイバー、そしてバーサーカーのマスターは既に死んだも同然。そこの娘は、しばらくその中で大人しくさせておくとして」

 

眼前でキャスターが笑っている。

 

「あぁ、別に二人同時に殺してあげても良かったけど。一度サーヴァントを殺したよしみとして、友の最期を見届けさせてあげたのよ?無駄な時間だったけど、劇にしては十二分に楽しめたから」

 

結局、僕は誰かに嗤われ続けるしか意味がなかったのか。

 

「魔術師でもないマスター、さようなら」

 

キャスターが詠唱し終えるや、魔法陣が一つ現れ、そして。

呆気なく、キャスターの魔術に呑み込まれた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまんねぇ事しちまったな」

 

一人の英雄が消えた場所に、戦士は立っている。意図も分からず、ただ最悪の状況から最低の状況へと様変わりしただけと言っていい。

英雄王の鎧を相手にせず、傷一つ残さずにその槍は心臓を貫いていた。宝具解放の威力は、誰でもないセイバー自信が知っている。一度、その槍を前にして解放を阻止してみせた。いや、阻止しなければその呪いを己に防ぐ手立てがないと、身に宿る呪いが騒ぐからだ。

 

「ラン、サー……テメ、なぜ……」

「あ?別に助けた訳じゃねえぜ?熱い友情とか、そういうのはここには無い。これがマスターの命令で、俺の役割なだけだ」

 

朱い矛先は、宝具としての能力を解放すれば如何なる場所からであれ、対象者の心臓を貫く。そこに物理防御は意味を成さず。

単純で、絶命確実。

実際に見て理解した。これは解放すら許されない。この身体が、やけに拒絶するわけだ。

 

「ま、お前さんと、そこで傍観してるバーサーカーも対象だ。バーサーカーの方はまだ殺すなと釘を刺されちゃいるが、セイバー、アンタは確実に殺しとけってお達しよ」

「ここは、魔術師がこれねぇように、細工がしてあるはずだ……」

「さあな、といっても。うちのマスターはサーヴァント。つい最近、またマスターが変わってな、今はキャスターんとこで使いっ走りされてる」

「キャスター……だと」

 

サーヴァントなら、アインツベルンの魔術は意味を成さない。頷けるが、つまりは士郎たちの方にキャスターがいるのか。

 

「悪いな、こんな形で終わりになっちまうとは思いもしなかった。マスターなんつう制限がなけりゃ、あの夜にでもとことん殺り合えたんだが」

 

どのみち立つしかない。ランサーぶっ飛ばして、士郎のとこに行かなきゃなんねぇ。鎖が外れたバーサーカーは、動こうとしない。……イリヤをよっぽど信頼してるみたいだ。

 

「終いだ。せめてアーチャーの野郎が図太くやってくれんのを……」

 

刀を拾い上げるだけで、腕の筋が震える。

立ち上がると、視界が揺れて体幹が合わない。が、向けられる殺気のお陰でまだやれる。

刀の製作者の想いは、まだ無くなってない。折れない限り、戦わなくちゃいけねぇ。

 

「おいセイバー、その刀ってやつはお前さんのか?」

「……?」

 

刀の鍔、金の龍を見たランサーが呟いて、首をかしげる。

 

「ま、気にするだけ無駄か。…オイ横になっとけよ、その方が楽に逝けるぞ」

「諦め、られねぇんだよ……!まだ折れてねぇ、この刀が折れないうちは、俺の護るべきもん……士郎も、諦めてねえ。ならサーヴァントが、屈するなんざ」

「いいや今頃、オメェんとこのマスターはキャスターにやられてる。あとはさっきの金ピカのマスターと、そこに突っ立ってるバーサーカーの嬢ちゃんのみ」

 

ランサーは片手で矛先を、セイバーの心臓に向けて言い放った。

 

「どう足掻いても無駄だ。人がサーヴァントに勝てるっつーほうが稀だぜ。どう足掻いても、キャスターの天下になっちまう」

 

 

口の中の血を吐き出すと、セイバーはニヤッと笑みを浮かべる。

 

 

「俺も、そしてバーサーカーも、諦めが……つかないからよ、待ってんだよ」

「▅▅▃▄▄▃!!!!!」

 

 

戦士の咆哮が、森を揺らす。その目に狂いは見えず、理性があるように思える。目の前に立つランサーにとっては、ただそれだけで。バーサーカーが襲い来る気配が微塵もないことを知るや、セイバーへと視線のみを向けた。

 

「おいセイバー、お前さん、何を待ってるってんだ?」

「あぁ、そりゃ死に体のやつが待つって言えば」

 

ろくに戦うこともできない筈のセイバーに、ランサーは構える。

彼は認識を改めた。セイバーの見せる往生際の悪さに心当たりがあったせいだ。(フゥ)と横切る不可解な男の呟き。

言い方がまるで、

 

「地獄を共に歩く、外道にござんす」

 

そう、別の誰かに返事を求めている。

耳元に届いた囁きが、それを証明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サヨナラの空

 

 

 

 

 

見覚えのない景色。

いや、忙しかったせいで、流していた瞬間。

…を眺めていた。

 

『シンジ、もっと素直になってください。大丈夫、サクラは貴方を憎んだりするはずがない』

『生意気言うじゃないお前。ようやく僕のサーヴァントらしくなってきたなぁライダー』

 

聖杯戦争が始まる前の会話だ。

ライダー、真名はメドューサ。

怪物としての過去を持つくせして、桜の為にサーヴァントとしてついてきたヤツだ。

 

これから死ぬとして、会わせる顔もない。いや、そもそも僕はソッチには行かないから気にする必要もないか。

 

「…くそ」

 

僕のサーヴァントは、キャスターにやられた。

 

『そんな暇はないんだよ、僕の復讐劇にアイツがいちゃ台無しだ』

 

 

……桜。

僕が勝てなきゃ桜は、アイツにいいように使われる。

けど、違う。

無性にイライラしてしょうがない。ライダー、お前に当たり散らしても一生晴れない雲が、空を覆ってる。だっていうのに、別の存在も空を覆ってしまう。

この足掻き足りない心は…

 

 

 

後ろから、呼ぶ声が聞こえる。

 

『お〜い、待てって』

 

別に好きでも大切でもないただの友達がいる。

幼少期から溶かすことができなかった桜の氷河のように冷たい心を、ほんの数ヶ月の時間であるべき姿にしてくれた。

 

『よっ慎二、たまには桜の手料理を食べてやってくれよ。あいつ悲しそうにしてたぞ?お前最近、家で食事取ってないらしいじゃないか』

 

衛宮 士郎。

 

『外食もいいけど、桜は家族なんだからさ、たまには桜の料理を食べてみろって。本当に上達してるから!』

『あぁ?うるさいな、うざい。僕は弓道部の付き合いで忙しいんだ。もう辞めちまったやつには関係ないことだよ』

 

桜が好きになったヤツまで死んだら、ただの役立たずに落ちた僕はどうやってアイツを助けるっていうんだよ。

聖杯を手に入れた後の話だぜ。けど、お前しか桜の心を解かせるやつはいないんだ。

 

 

 

 

後ろから、嗤う声が背景を黒く塗りつぶす。

 

『ッ阿々ッ』

 

僕そのものの否定。

最高の言葉で、最低の気分しか感じない。

 

『出来損ないにすらなれんとは。いやはや、これもある意味いい作品だ。間桐の名を汚す過去類を見ない最高傑作じゃわぃ』

 

うるさいジジイ。

 

『これ以上、書庫を荒らすな。貴様がどう足掻こうが、養子だからと手は抜かん。桜は、間桐の者として魔術師になるのだ』

 

桜の時間を無駄にしてきたことを報いさせる。

桜の未来のために、僕は臓硯の駒でも、傀儡でもない。ただの(てき)として、そして桜の才能を使い潰してきたことへの(かたき)を、つけさせる。

 

そう決めたはずなのに。

なのに、僕は…

 

ここまできて、恐怖に負けるっていうのか。

 

 

 

 

 

今度は、黒い景色が吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

「何を遠くを見ている。(オレ)以上に目立つものがあるとでも抜かすか、ふむ。後ろは一面、夢想の景色だな。これしきのこと、(オレ)はいくつ見てきたことか」

 

 

──ア、アーチャー…お前、ってとこは。

 

 

「そこまでは今際の狭間。逝くも、堕ちるも、生きるのも自由だ。ま、ここからは(オレ)の場所。気合いで無理やり引きずり込んでやっただけよ」

 

 

──ハハ、訳わかんねえ。じゃあ本当に、いっちゃうのか?

 

 

「そうだ。情けない道化の顔が、あまりに面白くないのでクレームをつけにきた」

 

 

──……悪い、もう受け付けは終わったよ。

 

 

「言うではないか。許す。別れの手前、そうでなくては」

 

 

──アンタ、本当はマスターなんか必要なかっただろ?別に僕でも分かるさ、最古にしてたった一人の王だもんな。

 

 

「引く手数多よ。英雄の中の英雄というのは忙しい」

 

 

──なあ、こんな世間話をするために僕を呼んだのか?アンタに魔道書を貰ったのに、友達を前に何もできなかった僕は、本当に道化になっちまった……なのにどうして笑わない。いつもみたいに、高らかに笑えばいいじゃないか。

それくらいしか、僕の使い道なんてないだろ!

 

 

「あぁ、よく分かったな。道化もどきが、道化になれなかったのだと伝えにきてやったのだ。

(オレ)はいく。結末なんぞ今さら視ても遅かった」

 

 

そうか。始めっから────

 

 

「…オイ。慎二、なぜ下を見る。あっちだ、(現実)を見よ。まだ死んですらないぞバカめ、ここまで足掻いてきたくせに終わりが潔いなど笑わせる!だから道化を演じきれてないのだ。涙を拭け。

いいか、道化に舞い戻る方法を教えてやろう。我を貫け、空をアホウのように見上げろ!」

 

 

──ッ……

 

 

「魔道書は好きにするといい。酷い演目だった。少しばかり客席にいるのが退屈だったので、文句ついでにガラクタを投げ捨てておいた」

 

 

──英雄王…

 

 

「立ち止まる場所は遥か遠いぞ、慎二」

 

 

英雄王のが指さした場所が迫ってくる。

いつまでも居座るなど言わんばかりに、この魂を迎えにくる。

 

最期に笑ってみせた英雄王の姿は、振り返ってもどこにもなかった。

 

 

───

 

──

 

 

 

少女は囚われ、少年は地に伏した。

荒れ果てた城に届く音は、付近の森から届く戦闘の知らせ。

 

「ランサー、無駄口を叩くからセイバーを仕留め損なうなんてバカやってくれたわね」

 

紫色のローブに身を包むキャスターが、虫の息のマスター、士郎の側に立つ。

 

「この子を殺せばセイバーも、そしてあの怪力娘も消えることでしょう。バーサーカーが突っ込んでこないのは……さて、まあ大人しくしてくれるならいいけど」

 

戦闘の様子を魔術により眺めていたのを止めると、足元で細い息を繰り返す士郎に手をかざした。

懐にしまっている掟破りの剣は出さない。キャスターは、既にアサシンとランサーのサーヴァントを従えている。

ライダーを脱落させ、セイバーも消せば残るはアーチャーとバーサーカー、ヘラクレスのみ。

英雄王という例外こそあったものの、アレを従えるのは不可能と早くに断念していた。故に最優先で殺したかったが為に、ランサーの令呪を二つ切ったのだ。

 

そして、視線を上げた場所にバーサーカーのマスターを、魔術の檻に閉じ込めた。あと一手で、聖杯戦争の勝者がどう足掻こうが揺るぎないものへと変わろうとしている。

 

「そういえば、神秘を壊すふざけた木刀はどこかしら?」

 

ふと、意識が木刀へと変わった。

山門で見た性能は、興味をそそられるものらしい。

 

「その…ロ、ゴホッ…ーブじゃ……前……見に、く」

 

いつから意識があったのか。口から血を吐きながら、必死に士郎が呟く。起き上がる様子はない。腹に空いた穴が大きいだけに、生きていることが既に奇跡と変わらない。

 

「あら、意識があるの。ふふ、根性だけはありそうね。けど途切れ途切れで、何を言っているか分からない。喋るなら…」

 

キャスターは、彼の声を理解することはなかった。

興味はなくなっており、木刀についても脅威ではあったが、セイバーが消えれば問題はない。当然の結論の元、魔術でトドメをさす為に口を開けた。

 

 

 

「そこのバカから離れろ」

 

 

 

瞬間、背後から聞こえる声。キャスターは何かを考えることができなかった。満足そうに笑うセイバーのマスターを見てから、驚きそして。振り向くと、眼前に落ちてきた魔道書が一冊。

 

「その本が、私の魔術を無効にしたとでもいうの?!」

「いけっ、やっちまえ慎二…!」

 

英雄王の本。その向こうから、セイバーの木刀を握る慎二の姿が視界に入る。

移動も、防御も行えない。行わせない。

その本はキャスターの魔術を封じ、先ほど慎二の身を守ってみせた英雄王の贈り物。キャスターの誤算だった。

 

「今までのお返しだこのクソったれァッ‼︎」

「バカな、どうして動ギブア″ァッ!?!?」

 

詠唱を終える寸前で、キャスターの顔面に木刀が叩き込まれた。

生身の人間なら、サーヴァントへの打撃など普通は通用しない。キャスターが相手でも関係なく、そういうものだ。

 

 

…けど。

 

 

キャスターが何メートルと吹き飛んでいく。

僕の力じゃない。魔道書が、英雄王が一瞬の栄光を授けたまでの話。魔道書の力の一端を、加護として受けている。

それも、ここまでのようだ。

 

「これだけで、充分だ。

終わりが変わらないとしても、これまでの性分でさぁ、抵抗せずにはいられないんだよ!

ザマァみろ、キャスター」

「この、ガキ!」

 

キャスターが詠唱を唱えるや、魔法陣が現れる。そして、瞬く間で光線の如き一撃が僕らに迫る。

木刀を構えようとするも、力が入らない。逆に、カランと虚しい音と共に地面に落としてしまった。神秘の力は、この身体には合わないらしい。つくづく役に立たない。

…今回は、愚痴はやめよう。

 

「…ハ」

 

目の前に、影が一つ。

豪快な音を立てて、地面にヒビを入れ、そしてキャスターの魔術を呆気なく防いでしまった。

 

「バーサーカー……」

 

後ろ目で合う。

迫力のあまり、バーサーカーの背中に見惚れてしまいそうだ。肩に乗っているイリヤスフィールが、前に降りる。

 

「色々と言いたいことはあるけど、後にしてあげる」

「…あぁ」

 

令呪を使って、勿体無いことをする。

 

「あぁ、もう……一体いつ、その木刀を渡したっていうの。これじゃあ予定の半分しか達成出来ない」

 

バーサーカーが構える前に、キャスターはローブを翻すと。

 

「まあいいでしょう、一番排除すべき英雄王はもういない。そっちのバーサーカーも恐るるに足らず。十二の試練も、ストックがもうないのであれば残りで事足りる…」

 

捨て台詞と共に、霊体となり去って行った。

イリヤスフィールは追う気がない。というより、衛宮の容態が気になっているようだ。

 

今は目を開けていない衛宮の胸に耳を当てて、シロウと呟いては何かを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このままじゃ、シロウは死んでしまう。

キャスターが去った今、急いで治療を施してあげたい。…けど、無くなった臓器を補う魔術はなく、何処かに運ぶ体力もないだろう。

二度も、命を助けてもらったのに。私は、どうすることもできないのか。

 

…シロウの中。胸に耳を当てると、微かに心拍数が聞こえる。ふと、懐かしい過去の記憶を思い出した。自然と、そうなってしまった。

前回の聖杯戦争に、キリツグが召喚した英雄。

エクスカリバーの担い手。男として育てられた少女、騎士王。確か、そう。あのアーサー王を召喚するにあたって、触媒にした聖遺物。

キリツグは、あの聖遺物を無くしている。正確には、第四次聖杯戦争が終わってから、騎士王の触媒をどうこうしたという報告が一切ない。

 

もう一つ、シロウは養子。

聖杯戦争が終わった焼け跡から拾った生存者。第四次聖杯戦争の終わりは酷く、大規模な爆発と共に迎えたという。

生存者の報告は、シロウ以外は知らない。

 

…仮に。シロウが死ぬ寸前だったとして。キリツグが、シロウの身体にあの聖遺物を埋めたことで一命を取り戻していたとしたら。

いけるかもしれない。もし起動していたら、この傷はたちまち治ってしまうはず。つまり、眠ってしまっている。私が、シロウの中にあるはずの聖遺物に、魔力を送り込んで起動させることが出来れば…

 

「お願い、届いて」

 

手のひらから、心臓にむけて。可能な限りシロウの身体に負荷をかけないように魔力を通す。

他人に魔力を送るなんて、考えたことがないが、魔術回路に魔力を通すようなもの。最新の注意を払い、魔力を込めた…

 

「いたっ?!」

 

はね返された。

バチリと音を立てて、拒絶されるとは思わなかった。しかし、確かにシロウの中には普通じゃないものがあるのを確かに感じる。

…というのに、この方法では、ダメなのか。

 

「▅▅▃▄▄▃」

 

頭に、指が置かれる。

低く唸るバーサーカー。この場において、その意味をすぐに察してしまい迷うように返事をした。

 

「ねぇバーサーカー、本当にいいの?」

「…」

 

何も言わず、バーサーカーはニイッと笑ってみせた。

ストックが無いことは、マスターの私が一番知っている。だからこそ、バーサーカーは決断を私に委ねている。

 

「バーサーカーったら、ひどいやもう」

「…」

 

だから、私も笑って応えた。

 

「シロウ、どうか生きて。もっと、私とお話をして」

 

ヘラクレス。

十二の試練を乗り越えた英雄。

私のサーヴァントとして、一緒に過ごしてくれた記憶がここに導いてくれた。

 

令呪が赤く光る。

マスターと、サーヴァントの意思が一つになった今、乗り越えられない壁はない。

 

「令呪を使用し、命じます。バーサーカー、シロウを救いたいの。私に力を貸して」

 

眩い光と共に、ヘラクレスが光の粒子となり、私の中の器へと入っていく。

普通じゃ体験することのない、英雄の世界。絶対、シロウの中の聖遺物を起動させる。

 

 

 

イリヤスフィールは、士郎の唇に自分の唇を重ねる。

 

 

スキマを知らない少女は……満たされない心を、どうすればいいのか。独り、忘れて、閉じこもっていた幽閉所のドアを、自ら開け放っていた。

 

 

 

 

消えゆく意識の中。

ヘラクレスは、士郎という少年の中に眠る奇跡の起動を確認して、笑う。イリヤが歩む人生のことを考えて、最後の命を神秘に任せたことに満足してその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

───

 

──

 

 

 

 

 

 

 

 

「慎二、ワケを聞かせちゃくれねーか」

 

アインツベルン城の外。荒れた様も気にせず、森を通り抜けようとしていた少年の先にセイバーが立つ。

 

「どうしてだ……ホラ、ちょいと借りようと思ってたけど。返すよ、この木刀はお前のだろ」

 

慎二は、右手に持っている木刀をセイバーに惜しげも無く渡す。左手に持つ魔道書に、やや力がこもっていた。

 

「こう見えて、生前は人助けを生業にしててよ。何かと、面倒ごとに顔突っ込むのは慣れっこなんだわ」

「余計な…」「話は、英雄王と、こいつから聞いた」

 

セイバーの横に、音もなく現れたのは外道丸。

慎二は全く動じない。自分の言葉を遮った内容に集中している。何かを待つような、祈るような間の後にセイバーは。

 

「慎二、妹を救えるって断言したら。バカな真似はやめてくれるか?」

 

甘言と捉えられるセリフ。慎二の返事は。

 

「そんなもの、信じると思ってんの!?やっすい言葉だね、見てくれのクソみたいなハリボテに縋り付く余裕はないんだよ」

 

当然のように、拒絶した。

セイバーは「まぁ、そうだろうな」と呟くと。

 

 

「真名は、坂田 銀時。万事屋を営んでる侍だ」

「真名…!?」

 

ボロボロの身体で、笑っていた。

 

 

 




次回追加タグ:宝具解放

間桐 慎二、孤独の悪足掻きの結末は…

次話今月投稿……したいです……

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