fate/SN GO   作:ひとりのリク

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「セラ……イリヤを、助けて、あげて」

「えぇ、だから持ち堪えてくださいリーゼリット」




シン知ル

趣向を凝らした、華やかな庭園を黄金が侵す。

この世にあふれる美しい花々は、この世にあり得る神秘によって場に色をつけるエキストラとなっていた。

 

「神性の肉体を持ち、至高の武器でしか傷もつけられないときたか。理性を失っているのが惜しい。他のクラスなら(笑い合えたなら)ば、(オレ)と張り合うだろうに」

 

高らかに笑うと、アーチャーの背後から何十という数の宝具がバーサーカー目掛けて波紋を残す。屈強なバーサーカーの肉体に届き、軽く命を奪い去っていく最高峰の弾丸。

それらは必殺の一撃となり、しかし技と呼ぶに相応しい影はない。

 

「■■■■■■■■■!!!!」

 

迫る宝具を前にして、その場で迎えるように斧剣を細かく振るう。弾いた一つを迫る一つへと当たるように力を加える。何秒の差にも関わらず、斧剣一つで手数を補う。

方向性を見失った宝具の数々が、戦士の周囲に散らばる。

理性を剥ぎ取る代償に、力を得るクラス、バーサーカーらしい姿。だが剣の技量に淀みが見られない。三度、死んだ身体の性能は落ちない。

英雄王は、自らの宝具を凌ぐ戦士に惜しむ声を上げた。

 

「さらに増やすぞ、耐えてみせるがいい」

 

結果。

背後のマスターへも及ぶ被害を考慮した守りだったが。弾き返せる数には限度がある。

まさに神話の試練と呼ぶに相応しい英雄王の蔵。貯蔵の限界なき門をくぐり、バーサーカーの守り抜けて、また巨漢を黄金に塗り潰していく。

 

「そ、そんな」

 

狂色に染まる瞳から生気が四散し、両膝を立てて地面に伏した。

背後で、小さな悲鳴を上げるのはイリヤスフィール。

 

「バーサーカー!!ねぇ、どうしてやられてるのよ!?」

「▅▅▃▄▄▃」

 

唸る。

まだ立ち上がる。いつ倒れるのかではない。どこまで殺せばいいのかという線から、英雄王が口を開いた。

 

「宝具だな。バーサーカーの肉体は、過去の逸話を宝具へと昇華している。その類は、この蔵にもない」

「じゃあこいつ死なないの?それこそデタラメじゃないか」

「それは違うな。ストックは有限だろう、でなければ(オレ)の宝物庫であらゆる方法を試せばいい。不死身などと、都合のいいものはそうあるものではないさ」

 

慎二の呟きに答えると、再びバーサーカーに宝具を向ける。

その、明らかに放つ気のない英雄王の態度を見た慎二の様子が、少し変わった。

後ろ目で確認した英雄王は、低く笑うと早口で戦士に問う。

 

「主人を捨てる気は?無いか。では戦士のように振る舞え。

慎二、実戦でものにしろ。ただ生き残れば良いものではなく、二つ壁を越えてこい」

 

ポケットに入れる左手を掲げる。

合図だと理解したバーサーカーは、英雄王の背後にそびえる宝具全てに意識を向けた。

 

「まってバーサーカー、そっちじゃ…」

「はっ、あぁ。さっさと終わらせてくれよ。いきなり御三家が相手とか、乗り越え甲斐ありすぎるだろ」

 

瞬間、バーサーカーの真横から宝物庫が展開。

一つ、力強くバーサーカーの横腹に突き刺さる。二つ、体勢を崩す勢いで右腕を吹き飛ばす。三つ、バーサーカーが反応した時既に左足を宙へと攫った。四五、両肩に食い込む剣がバーサーカーをアインツベルンの城の外へと弾きだした。

ただ雄叫びを上げるバーサーカーを横目に、英雄王は慎二に視線を送り、イリヤスフィールへと一つの道を残す。

 

「器、(オレ)がバーサーカーを殺すより先に慎二を仕留めれば今宵は見逃そう。ただ、一人逃げ出そうとは考えるな。無駄だと先に言っておく」

「……!」

 

そう言うと、庭園から姿を消した。

 

 

 

 

 

慎二もわかってはいない。

 

左手を掲げたポーズが、激励のソレだとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪のツバサ

 

 

 

 

 

 

戦場の跡地。

アインツベルン城の庭園の様変わりをそう例えるならしっくりくる。壁際辺りには荒らされなかった運のいい花壇も見えるものの、そこかしこに残る戦闘の跡が強すぎた。価値としては、雑草と変わらない。

先程から一転して静かになった跡地で、二人のマスターが視線をかわす。

間桐 慎二が魔道書を手に、震えた笑いをみせた。

 

「あぁもぅ嫌だなぁ。そう怖い顔をしないでくれよ。僕はこれから初めて、真っ向から魔術師に挑むんだ。いわば先輩じゃん?ご教授、よろしくしてくれ」

 

イリヤスフィールの腕が髪に触れる。

 

「悪いけどくだらないお喋りに付き合う暇はないの!!あんたなんて、所詮間桐の魔道書なんか!!」

 

左右に二羽ずつ、白銀の鳥が現れた。髪の毛を触媒とする鳥型の使い魔。うち二羽が間桐 慎二を仕留めるため、攻撃体勢へと入る。

慎二の魔道書がバッと音を立てて開く。薄暗い光が辺りに漂う。

 

「それは違うな…」

 

 

私はここで終われない。

バーサーカーが押し負けるなら、マスターを殺せばいい。

聖杯戦争最初の日、アーチャーが私を殺そうとしたように。バーサーカーが死に尽きる前に、この男から令呪を剥ぎ取る。

 

 

十二の試練(ゴッドハンド)

バーサーカーの最強の宝具。命のストックが十二個あり、一度死んだら同じ攻撃に対して強力な耐性を得る。そして、一定のランクに満たない攻撃は効かない。

逸話、ヘラクレスの十二の功業が宝具へと昇華したもの。

けど、英雄王の前には、いくつもの命があろうと関係なかった。十二の試練はそう破れるものじゃない。セイバーの攻撃が貫通していた方が例外なのだ。

けどセイバーとは別の意味で、あのサーヴァントはあらゆる宝具を突破する。圧倒的数、宝具としての最高ランク″A″を無数に所持している。″B″ランク以外のダメーシは通用しないヘラクレスが苦戦する、聖杯戦争でも一二を争う強敵。

 

 

…シロウを待たせている。だから迎えにいく。客人を待たせるのはレディじゃない。セラをようやく説得して、パーティの支度も終わっている。

話したいことがある。確かめたい衝動に駆られる。

ここに来るには直線で二時間を超える。なにより、惑いの魔術を森全体に施している。

 

……客人を出迎えるのに、散らかったままなんて私の恥だ。

 

「死んで」

 

鳥型の使い魔が羽ばたく。カラス程度の大きさのそれは、円を描くように回転すると形状が鳥から剣へと変わった。

魔術回路すらない魔術師が、到底防げるものじゃない。

幼い少女が放った剣は、殺意に彩られてなお美しい。豪と火花を散らすような無粋さはなく、廃墟に咲く花そのもの。イリヤスフィール本人の立場を理解するものとしてこれ以上ない、一つの想いの具現だった。

二本、イリヤスフィールの剣が舞う。発光する軌道を律儀に残し、慎二との距離50mない間を一秒で詰めた。

間桐 慎二がはたして反応できるのか。それは視認すらままならないというのが答えだ。

 

「…」

 

空気が淀む。

 

肉に深く刺さる音が響く。

 

一瞬の安堵は、虚飾と油断が産んだ慢心。

 

あるはずのないガラスが割れる音と焚きつける執念の痛みに、場の雰囲気が凍りつく。

 

突き刺さる音は確かに、肉を裂き、肉をえぐるものに間違いはない。

しかし、間桐 慎二の身体は無傷。薄く笑い、感涙を受けたかの如き瞳がそれを否定した。

イリヤスフィールは逆に、異端のものに驚きを隠せなかった。

紅紫の肉柱。小刻みに揺れるいくつもの黒い瞳に似たものは現状を把握するかのように辺りを見渡す。慎二の両隣の召喚陣から現れ、二本の剣を真横から掴み、そして食らった。彼女の剣は、魔力の残滓すら残さずにソレに吸収されてしまった。

存在は、彼女の中の嫌悪感をいやに刺激する。

 

「それは、アナタの魔道書でも魔力でもない。なんなの、一体」

「きんもいなコレ。ハハ、ふざけたモン待たせやがって」

「…サーヴァントの宝具」

 

すかさず残りの二羽を剣に変え、肉柱を貫通する勢いで放つ。

結果を見るより先に、髪を撫で払うように腕を上げて追加で使い魔を四羽召喚する。

 

今度は剣全体が深く刺さる。

だがそこ止まり、間桐 慎二に届くことはなかった。

 

「ちょろちょろと、邪魔だ!!」

 

慎二の声に反応して、肉柱が奇声をだす。魔法陣からその異様な部分を覗かせると、庭園を荒らしながらイリヤスフィールへと突貫した。

鳥型の使い魔が魔力弾を撃つも、物ともせず、気をひくのにすら足らないのか相手にしていない。

足に強化を施したイリヤスフィールは存外速く、肉柱は彼女の髪をかすめて反対側の壁に衝突し蠢いた。

 

───意思があるように見えて、その肉柱は単純明快な理念でのみ動いている。アレは、私しか狙わない。アイツの思考しか聞き入れないみたい。

 

肉柱の中間部が膨れ上がり、新たな触手のようなものが姿を見せる。醜いという表現は当てはまらない。どんどん成長しているのだとわかる。主人に忠実で、より逞しく魔力を書き換えていく姿は純粋な子供の器といえる。

枝分かれした肉柱の行進は止まることなく、イリヤスフィールへと迫る。視認した時点で、彼女が向きを変えて肉柱の進行上から出た瞬間。

肉柱は彼女の手前で四方八方に弾け、確実に命を獲りにきた。

 

「シュトルヒリッター!」

 

速く、そして致命傷を狙った動きに彼女は、召喚した鳥型の使い魔(シュトルヒリッター)を二匹剣へと形状を変えて防御の姿勢をとった。

剣を盾としたことで、致命傷になるダメージから逃れる。肉柱の方向を逸らしたが、尚も衝撃は辺りを吹き飛ばす。イリヤスフィールもまた、全身に強い打撃を受けてしまう。

 

「きゃっ!?」

「へぇ、上手く避けるじゃないか。まだコントロールは慣れてないんだけど、もう少し攻撃に寄せてみるか」

 

地面を這い、肉柱が慎二を中心に広がり始める。

 

「なんなのよ、もう!!」

 

鳥型の使い魔を四匹、慎二へと向けて送り出す。

各個体が自動追尾機能を持つ、小さな魔術師と呼べるそれらに足止めの役割を託し、イリヤスフィールは城内へと駆けた。

 

 

「正面がダメなら……」

 

 

───────

 

────

 

──

 

 

窓の外、アインツベルンの森。

遠くない場所で木々がなぎ倒されていく。綿ぼこりのように舞い上がる土砂や大木は、人の身ならざる戦いの証。

アインツベルンの城内、廊下を駆けながらバーサーカーの雄叫びで、決して良くはない戦況だとイリヤスフィールは知る。

 

「くそ、どけァ!」

 

紅紫の肉柱の一つが、慎二を守るように覆う。外側には次々と15cm程の刃渡りをもつナイフが突き刺さる。廊下の角から、部屋の向こう側から、扉を突き破り、はたまた壁を突き抜け。あらゆる角度から、イリヤスフィールを追って城内に入ってきた慎二を殺すために仕掛けていたもの。

防犯用、そして敵が侵入してきたときを想定したトラップの数々。イリヤスフィールが魔力を込めるだけで好きなように発動できる仕様。

今の彼女にできることは、これだけ。慎二の足止めをする間で、身体機能に影響する傷の治療を急ぐ。

 

「時間稼ぎかイリヤスフィール!けど無駄なこった!」

 

…傷を癒す時間すら、ままならない。

 

「魔術師用のトラップじゃ時間も稼げない。流石に、宝具が相手じゃ無理な話だったわね」

「そっちが仕掛ければ仕掛けるほど、僕の経験になる。最初がアインツベルンだったのは嬉しい誤算だよアハハハハ!」

 

壁が軋む音を聞き、自身が発動したトラップじゃないと判断した時にはシュトルヒリッターを廊下に放っていた。一気に砂利と化す廊下と共に、小さな身体はあっさり流れに任せて落ちていく。

僅かに遅れて、ムチのような機敏に風を叩く音が頭上を通る。確認するまでもなく、正体は慎二の召喚する肉柱だ。

 

「逃すなよ土粘土!」

 

イリヤスフィールを追い、肉柱と共に慎二が下の階に降りる。

彼女の考えは至極単純。セラとリーゼリットがいるであろう部屋から遠ざかることだ。

あと一つ、さらに言えば壁のもう一枚向こうまで押し返せば戦闘の余波が従者二人に届くことはない。

 

「これならどう!?」

「あぁ?なにその顔」

 

まだ降りる途中の慎二の左。

肉柱を足場に降りる彼は一瞬、視野が狭まったせいでその量に気づくのに遅れてしまった。

 

「んなっ…?!」

デーゲン()

 

まるで英雄王の蔵から着想を得た光景。降りる間際に召喚した、勝負に出るためのもの。

数える間もない、光の剣。半ばやけくそに見える物量は…

 

「ひっ、くそ上に」

 

それに見合うだけの威力を発揮した。廊下に降り立った慎二はすぐさま、上の階に戻ろうと肉柱を伸ばすも、数と勢いで攻める光の剣に切断された。一本や二本なら、肉柱には効果がない。しかし三、四、五と絶え間なくけしかけてようやく、肉体の許容を超えるダメージを与え刃が血を浴びる。

次々に慎二の退路を断っていく。

 

「あ、あああ!壁…とにかく欠けたとこから塞いでけ!その間にあのガキを───」

「大雑把ではしたないけど、さっきのお返しよシンジ」

 

小さな身体の節々が悲鳴を上げる。

傷の治療を施す暇を、今は反撃の時に費やしているせいだ。徐々に体力を削られ、ホムンクルスとはいえ無視できないものとなっていく。

それでも。

 

「──防げる、防いでやる」

「まだ!」

 

イリヤスフィールの周囲に並び号令を待つ、騎士のごとき剣が慎二に向けられる。廊下の奥に用意された剣が、囮だと疑う程の数を彼女は召喚していた。

一気に勝負を決めなければ、反撃されれば次こそ逃げられる確証はないと知っているからだろう。

 

「あいつを殺して!」

 

力強い声と共に、騎士の剣が豪快な音を上げる。

 

「あ、あああぁ!!」

 

弓矢の雨。横殴りに飛び向かう光の剣に、肉柱もろとも慎二の姿が影となる。

光の流れに呑み込まれ、慎二の叫び声が奥へと遠ざかっていく。

正体も掴めない魔道書の使い魔も、流石に耐えることはなく。切断されたそばから魔力に変わり散っていく。

 

「ごほっ、けほ、けほ」

 

咳き込み、口に手を当てると薄く血が付着した。口の中は冷たく、知りたくもない血の味が無視できない量ある。

それでも、休むことはできない。反撃の一手に確かな感触がある。今のうちに、慎二の状態を確認しなければならない。

光斬の後を追う。廊下の壁の装飾を剥ぎ、廃墟のような跡となっていた。明らかに軌道をズラしたためにできたもの。一目見て血痕がないことから、上手くかわされたと分かった。

 

「はぁ、はあっ……」

 

シュトルヒリッターを四羽、追加する。

一歩、一歩と廊下を進む。

その先はエントランス。アインツベルン城の入り口。

 

「玄関が開いてる……逃げた……」

 

階段を降りた一階、その先に開け放たれた両扉の玄関だけで、慎二の姿はない。だから敢えて、何も言わずに階段を降り、玄関の前まで行く。

ドアには血痕があった。先程の剣弾を掠めでもしたのか。多量とは言わないが、少なからず傷を与えていたらしい。

 

 

「…不意打ちはしてこないの?」

 

 

エントランスの左奥、ドアの物陰から慎二が律儀に出てくる。片腕から血を流している。息を切らし、砂埃まみれになった表情と視線が合う。

 

「出来ることなら、そのまま外に出てくれれば助かったよ。ぐっ……この本で傷を塞いで見たけど、痛くて涙が出そうだ…」

 

左腕に薄く、肉柱の表面のようなものが張り付いている。

あれで傷口を塞いでいるのだろう。その執念には、近しいものを感じる。

 

「これで終わりよ。破壊した城の代償くらいは、その命で立て替えてあげる」

「……そう、終わりだ」

 

 

慎二の瞳が歪む。

 

 

口が、諦めていない。

 

 

右腕で魔道書を掲げると、視線を上げる。

 

 

「働き者のこいつはさ、二役程度なら僕でもこなせるんだぜ」

 

 

瞬間、玄関に向かって駆け出していた。しかし、気づくのが遅すぎた。

天井から落下してくる紅紫の肉柱が、避けようのない距離で笑っている声を聞いて。

 

 

「まさか分裂して!ダメ、間に合わな…」

「こいつを分散させたせいで、ゲホッ、エライ目にあったが、これでチャラにしてやるよ!」

 

脇腹を抑えながら、慎二は声を張る。絶対の自信と、何か確信めいた勝利の手応えを掴んだと言わんばかりだ。

そして、肉柱は私に、エントランスの風景を掻き消すように覆いかぶさってくる。

 

「…」

 

できることなら逃げたい。

ようやく聖杯の人形から、忘れていた(拒絶してきた)感情と向き合おうとしたのに。

最後に何か呟こうと思って、やめた。

どうしてって、納得した自分がいる。森に囲まれた殺風景な城は、私から他者との距離を置いてしまっている。足りないものに気付かせないように、真実を悟らせないように。

 

だから、家系の悲願より、別のものを欲した時点できっと。

 

 

 

 

──愛したい人(衛宮 切嗣)とそう違わない結末にあったんだ。

 

 

 

 

エントランスが揺れる。淀み腐った空気が、真横に切り裂かれた。

装飾の壁掛けや、天井のシャンデリアの動きは僅かなことから、エントランスの揺れが肉柱による衝撃ではないことを、静かに伝えている。

 

「女の子相手に、ここまでするか普通」

「え……」

 

全身で感じるのは、冷たい地面の歓迎ではなく、暖かい人肌。

視覚で見たものは、城内を破壊し、暴走していた肉柱がドス黒い魔力の残滓と成り果て、四散した瞬間。文字にもならない悲鳴と共に、消えた。

 

「土粘土が消えた…?なんで、どうしてだよ!まだ何か隠してたのかイリヤスフィール!」

 

慎二の焦る声で、まだ終わりじゃないのだと分かった。

たった一振りで闇が薙ぎ払われ、視界に光がさす。身体を支えてくれる左腕が誰のものなのかを確認すると、たちまち頰が緩んだ。

 

「お嬢様、ご無事ですか!!」

 

肉体の塵が慎二との姿を遮る中、後ろからセラが駆けてきた。

暖かい腕が動いて、傍にきたセラの両腕へと移される。

 

「セラ……連れてきてくれたんだ」

「HAYATE(バイク)で最短距離を駆け、衛宮 士郎…様とセイバー…様をお連れしました。

私が不甲斐ないばかりに、酷い思いをさせてしまいました…」

「いいの、今は…」

 

彼女の視線の先は。

 

「お、お前……どうして衛宮がここにいるんだ!」

 

肉柱を両断した木刀を持つ、衛宮 士郎の背中だった。

 

「イリヤを安全な場所に。早く、リズって人も手当てしてあげてください。あいつは、俺が相手します」

「えぇ、言われずとも。この身に変えてもお守りします」

 

私をこの場から連れて行こうとするのを、精一杯の力で振りほどく。

 

「お嬢様!ワガママは…」

「あなたはリーゼリットの手当てを終わらせたの?」

「そ、それは関係ありません」

 

従者としての判断は、正しいのだろう。けどここを譲る気もない。

強く言うセラの言葉は、いつもの叱りつけるものに比べればなんてない。

 

「シロウを連れてきてくれてありがとう。セラ、少しだけでもシロウを信じたから?」

「…いいえ」

「嘘よ、じゃないと、私の話に興味を持ってないことに、なる。お願い、今はリーゼリットを診てあげて」

 

セラは、私と。慎二から目を離さないシロウとを交互に見てから。おもむろにハンカチを取り出して私の口元の血を拭くと、「お嬢様に何かあったら許しません」と余計なことを呟いて奥の部屋に駆けていった。

 

「…いいのかイリヤ。ここに残っても」

「私ができる、せめてもの礼です。どうか邪魔でなければ、ここにいさせてください」

 

シロウが助けてくれて、キリツグと同じものを思い出せた。

けど、それよりもセラがシロウを連れてきてくれたことが、何よりも嬉しかった。ようやく、始まろうとしている。

そのためにも、離れるわけにはいかない。

 

「あぁ、そこで待っててくれ。ちょっと友人と話をしてくるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試練を乗り越えるために、死から蘇るか」

 

薙ぎ倒された大木が神話の影を残す。

空中に滞空する英雄の原点が、ほどなくして力なく地面に突き立つ。

 

「十二の功業を認められた英雄がいたな。ヘラクレスというが、さて」

 

やがて黄金の粒子となり消えていく宝具の数々を乗り越えて、大英雄の咆哮が激しさを増す。

百煌めくのは永久に過去に語られる伝説。立ち向かう大英雄は、輝く伝説の数々を、少女の願いと未来のためだけに挑む。生前乗り越えた大偉業を超える数、そんなもの関係ないと。少女の笑顔を曇らす雨を、肉体の限界を迎えてすら振り払う。

バーサーカー、ヘラクレスが死ぬに値すると、魂で感じた英雄の想い。

 

「一人のホムンクルスのために、また試練を乗り越えられるか?なら急いだ方がいい」

 

英雄王が笑う。

用意された伝説を全て叩き落とす寸前に、鎖がヘラクレスの四肢に伸びていた。避けようと意識させられ、その先に宝物庫が展開する。脳への直撃を避けるも、次は別方向からの宝具が迫る。ヘラクレスは、五感のみでそれらの位置を把握すると、一歩移動するだけで全てを交差させた。

眼前の英雄王が宝物庫から剣を取り出す。それより速く、先に仕留めんと英雄王に斧剣を振り向けて。

 

「▅▃▄▄▃!!!!」

 

いくつもの、冷たい鎖がその動作を止めた。

その鎖は新しいもので躱した鎖は今、ヘラクレスの身体に巻きついていた。

 

「これで十一の試練を踏み散らした」

 

霊格を、英雄王が握る剣が貫く。

 

「狂戦士、もし意思があるなら答えを示してみろ。死後の肉体で、荒れ狂う妨害に抗ってなにかを託せるか?」

 

ヘラクレスにそれを示す方法は、その行動以外にない。

巻きついた鎖を振り解くために、四肢に力を入れる。

 

「──(オレ)は返事を求める相手を違えたか」

 

ガシャ、ジャラと遊びが音を鳴らすだけ。

ヘラクレス、十二の試練を乗り越えた肉体が通用しない。その束縛は、神性な肉体を持つ者にだけは絶対の力を発揮する。最後の命を残して、足掻くことすらできなくなっていた。

 

 

英雄王の頰が、より愉快なものとなる。正確には…

 

 

「ではセイバー、狂化より底の深い業を宿す貴様は、何のためにここに立つ?」

「オタクらの主人と変わんねーよ。テメェのやりたい事のために立ってるだけだ。そうやって生きてきた。だから死んだ後も変わんねーんだよ、理性を奪われても魂だけは忘れねぇ。それがサーヴァントだからな」

 

再戦と決着の時が来たからだ。

 

「金ピカ、アンタは人助けなんざ興味なさそうなツラだけど?」

 

銀色の侍が手に持つのは刀。鍔の部分が特徴的で、トグロを巻いた龍が金色に染まっていた。

刀の先は、英雄王の返事を促す。

セイバーもまた、ここで昨日の決着を決めるつもりだった。

 

 

 

───────

 

────

 

──

 

 

 

英雄王が指を鳴らす。

すると、黄金の粒子が彼の身体を覆い、眩しいばかりの鎧が現れた。

 

(オレ)も至極単純、娯楽の一環にすぎん。この目で視ずとも分かる。

あれはくだらない人形作りを土台から否定し、本来の価値を見出すだろう。そこが重要だ。あくまでも自らの手で、それを果たそうとするなら客席で楽しむが筋」

「へぇ、それにしちゃ随分なお節介じゃないか。あんな本まで渡しといてか」

 

語る者は、真実を話す。

偽りと見解のズレを見分けることはできずとも、嘘はないと確信した。

 

「違う。これは茶番だ。道化が公演をしている真っ最中。有象無象の雑種(マスター)と同じ舞台にまで乱入したところよ。

それが、(オレ)を探し出してみせた報酬。どうしても諦めきれぬ″魔術師″への憧れの舞台で、何をするかは自由。同じ舞台上なら、死のうが口は出さん」

 

より深く、主従の関係性を見せてゆく。

普段、饒舌に答えを語らない王が言う。

セイバーはそこまで見抜きはできない。しかし、終わりを見据えた早とちりなのだと察する。

 

「今宵、(オレ)は慎二の影だ。あいつと同じ者との決着を静観し、(オレ)以下雑種は表には上げん」

「たいそうなこった。んで、士郎が慎二んとこ行ったのに手出ししないと。どんなシナリオだよ」

「今は一般庶民視点からいくと盛り上がりどころだぞ。友と対峙、しかも最後まで避けて通ろうとしていたのだからな。

救った後のケアを考えているのはいいが、粗が目立ちすぎる。結末は聖杯を手に入れるまでじゃないのは承知してるだろうに」

「それは、妹のことか?」

「そうだ。セイバーよ、もしや慎二の妹を見たことがあるな。その時、何を感じた」

「……言ってやる義理はねぇ。が、俺の業を見たオタクならいい線いけるんじゃねえの」

「同族嫌悪に近いものか、あるいは優しさから生まれた殺意か」

 

微動だにしなかったセイバーの心音が、微かに振れる。

英雄王の指摘が的を射ている、と。肯定する材料には足らない。ただ、同族という意味の理解を深めるには十分な解答。

 

「住む世界が別だって話。あんな嬢ちゃんがこれまで背負えてきた方がどうかしてる」

「ふむ、どうやら(オレ)は考えを改めねばならん」

 

刹那の落胆。

英雄王のため息に、セイバーの勘が騒ぎ行動へと直結させた。

 

「真正面から、しかもソレの不意打ちは無駄だぜ」

「ハッ、構わん」

 

蔵から前振りなしに放たれた英雄王の宝具は、セイバーには届かない。

何故なら、

 

(オレ)が来いと誘ったのだ」

「……けっ」

 

セイバーもまた、英雄王との距離を詰め終えていたからだ。

細めた目が、セイバーの刀を見る。そして薄く笑うと、

 

「接近戦は少しばかり専門外、むしろ潔く財を投げ放つ方が爽快だが」

 

紅色の宝剣で金龍の一刀を防いだ。

際立つような動きはない。セイバーによる、数メートル離れた場所から英雄王の目の前に現れる瞬間移動が見切られている。ただそれだけ。

 

「セイバー、お前も無理そうだ。やはり、道化の結末は今も変わらんのか」

 

英雄王が宝剣で鍔迫り合う力を緩め、鍔もとでセイバーの木刀を寄せるようにこなす。一歩、セイバーが近寄らざるを得ない姿勢となり、逃す道を絶った直後。

英雄王は両手から剣を離すと、セイバーの両手首をガッチリと握った。その意図に気づいたセイバーが、力を込め振りほどこうとするが。時遅く、力任せに空中に投げ出されていた。

 

宝物庫が一際揺れ、英雄王の後ろから幾多の武器が飛び出す。

 

「空想の呪いでは、慎二の妹は救えそうにはない」

 

見てから避けるのは困難な体勢。

 

「これで瞬間移動も使えないだろう。幕引きだ」

 

空に投げ出された勢いが、遂に落下へと変わった。目下は黄金の海。最高峰の串刺し地獄。

 

「っ」

 

刀を握り直し、半円を描いて宝具の勢いを殺す。それで黄金の幕が薄れることはない、次々と補充、装填、射出を繰り返す。ただの一刀で間に合うはずもないと、勢いを殺した英雄王の宝具の一つを空いた左手に取り、また一線描く。

身体を捻り、僅かな隙間を縫って両腕を使える姿勢へ。

右手で弾き、左手で取り、身体でかわす。

 

「あいつは」

 

金龍の刀が疾る。ほんの僅かな微調整。

ただ四肢を絶たれない程度の、最善の動きをセイバーがなぞる。常に左手の宝具は使い捨て、まるで花火のごとく宝具が打ち出されては消えていく。

 

「士郎は」

 

乱打、至高の財が湯水のように消えては現れ、利用されては共倒れ。

かわるがわるリズムの中、刀で五つの宝具の進路を変えた瞬間。セイバーの真後ろに波紋が一つ。

黄金のカーテンが陽動だと言わんばかり。一瞬の隙間を狙っていたのは英雄王も同じく。

 

それは背中に発射し、セイバーを引き連れて黄金の海に落ちていく。

 

展開する蔵が閉じたことで、一気に殺風景な森へと変わる。英雄王はセイバーが落ちた場所へと視線を向ける。勢いよく叩きつけたせいで、砂埃が酷い。

確認できるのは、地面に突き立つセイバーの背中を貫いた宝具。

 

「ん?」

 

視線を刃に向けた瞬間、目を見開いた。

 

「必ず答えを慎二の口から引きずり出す!」

(オレ)に見えぬよう、脇に挟んでいたのか」

 

響いた声は、英雄王の背後。

 

「だから、安心して客席に戻ってな英雄王」

 

バーサーカーですら届くことのなかった一撃。それも、勝負を分けるもの。英雄王は蔵から宝具を射出しようと、展開する。

セイバーの刀は、雄叫びはそれを上回り。

黄金の鎧に刺突を放った。

 

「──────貫け、ねぇ…!?」

 

鎧が金属音を響かせる。

英雄王のやり方を否定せんと選んだことを、嘲笑う。

見てくれの鎧などではない。至高とはよく言ったもの。この鎧は最大、最高という部類の攻撃が通用しない。真に英雄たる証明、宝具を解放してようやく破れるような異次元の硬さ。

セイバーはこの鎧を、木刀で突き破っているが、それが特別なだけ。持ちえる他の宝具では到底届かず、かといって今から英雄王の首を狙うとなれば、当然間に合わなかった。

 

「ハ、当たり前だ。たかが渾身の一撃程度で、この鎧は傷もつかんわ!!」

 

黄金の蔵が揺れる。

タッチの差、後手に回った英雄王の蔵から大海の如き奔流。蔵から一斉射出する宝具は、セイバーの身体に次々と刺さる。

 

「終わりは呆気ない。お前も、(オレ)の友も。迎える最期はそういうものだ」

 

ドサリと力なく、木の根元に吹き飛ばされるセイバー。口から血を吐き出し、漏れる声は必死に意識を繋ぎとめている。

足元に刀が転がる。拾おうと、かすみ震える手を伸ばす。

 

「セイバー、お前のマスターの処断は慎二に任せる。(オレ)の私情は挟まん。故に、苦しまずに逝け」

 

 

ここに、英雄王とセイバーの決着を迎える。

血塗れになったセイバーと、刀の間に英雄王が立つ。セイバーの姿を見下ろしはするも、笑いはしない。

褒めの代わりとして、己が手で首を断とうと蔵から剣を取り出した。

 

 

 

 

 

「こっちは終わったぜ、あぁ、承った───」

 

同時。どちらでも無い声が、魔力と共に森に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞き流せない背景を、お互い背負っているのは分かっている。

 

「馬鹿やってたら止める。言葉だけでダメなら、一発殴って目を覚まさせてやる。そういう関係でここまできただろ、慎二」

「セイバーは、英雄王のとこか」

 

だからこそ、犠牲を出さずに解決しようと足掻いて悪いだろうか。慎二がやろうとしていることは、人殺しだ。間違っていると、教えないといけない。

そして、まずは知る必要がある。

 

「お前は人殺しをするために聖杯戦争に参加したのか?」

「マスターを全員殺せば聖杯が手に入る。ならやることは一つさ、僕にも譲れない道があるんだ」

 

慎二を動かしている正体…いや、彼女を取り巻く現状を。

 

「それは、桜のことか!」

「チッ…セイバーから聞いたな。まぁ今は衛宮には関係ないさ。これは間桐家の問題依然、他の魔術師がどうこうできるもんじゃない」

 

魔術師と発言した意味を、浅からずは理解する。

いや。理解しようとしたせいで、余計に困惑したといったほうが正しい。何かあるとは予想していたが…

 

「慎二、まるで桜が魔術師って言ってるように聞こえたぞ」

「……そ、やっぱ気づいてなかったか。まぁどうでもいいけど。そうだよ、桜″は″魔術師だ。ライダーのマスターといっても仮だけど。僕が無理やり桜からマスターの権利だけ取ったんだよ」

 

まさか、だった。

中学生の頃から、ウチに通うようになった桜が、魔術師。そしてライダーのマスターにもなっていたとは夢にも思っていなかった。

また一つ、闇に埋もれた真実が顔を覗かせる。同時に、慎二の話し方が敢えて話題をぼかしている。

 

「待て、桜はって、慎二もマスターなら魔術師じゃないのか?」

「どうでもいいね、関係ない」

 

そんな筈がない。

今の言い方は、慎二の悪い癖だ。あからさまにしらを切ろうとする時はだいたい、昔から隠し事をしている証拠。それも、話の中心を。

けど、問い詰めたって話はしない。ここは、こちらから別の話を出さないと前に進まない。

 

「桜はどうしてる。聖杯戦争が始まった頃からウチに来なくなった。なんでも、おじいさんの体調が優れないらしいけど」

「アイツは今、家にいるよ。安心しろ、まだ何もされてない」

「まだ……?」

 

慎二の口が閉じた。

まだ、の意味を追求する声を黙殺しようという腹らしい。確実に、あと一歩踏み込めない。せめてそこさえ分かれば、桜の現状を知れるのだが。

 

「間桐 臓硯に人質にでもされているのかしら」

 

ぽつりと、後ろからイリヤが零したその名前に、慎二の目つきが暗く沈む。

 

「……」

「臓硯…?」

「間桐家の当主。慎二のお爺ちゃんみたいなものかな。その人の体調が優れないなんて、嘘臭いわね。それに、慎二に魔術回路はもうないの。だから、その桜って子が間桐家の正統な跡継ぎになる」

 

どうやら正解らしい。イリヤの援護は的確に、慎二の話そうとしない何かを突いていた。

それに、慎二に魔術回路がない…?ならどうって、サーヴァントを従えているというのか。

 

「聖杯戦争を生み出した御三方の一つが間桐家。ある程度、抜け道を確保しておいたんじゃないかしら。まだそこは分からないけど」

 

渋々と口を開ける。

 

「あ〜、お前がそこまで知ってるとは思わなかったよ。……言っただろ、これは間桐の、僕の抱える問題だって。僕に魔術回路がないから生まれたイザコザだ。

けど、衛宮。いずれ事情は話すつもりだった。聖杯戦争の最後に、お前以外を消した上でさ」

 

額から流れる血を拭うと、細かった目を大きく見開いてイリヤの方を見る。おそらく、俺以外のやつには聞かれたくないようだ。

 

「予定はもう狂ってる、僕には時間がない。ここはやり過ごそうと思ってたけど、桜のためだ」

 

 

もう、構わないと。余裕のない笑みが語った。

 

 

「結論から言うと桜は、次の聖杯戦争に向けた揺り籠でしかない。うちのじいさん、間桐 臓硯は第五次聖杯戦争を捨ててるんだよ」

 

緊張というよりも、恐怖のせいで声音が震えているようだった。

 

「次の聖杯戦争って……こんなふざけた儀式が数年単位でやってるっていうのか!?」

 

仮にそうだとしてもだ。慎二のお爺さんはかなりの歳をいっている。一度だけ、慎二の家に遊びにいった時に姿をチラリと見たことがあるが、もう八十はくだらないのではないか。

もう長くはないはずだ。

 

「だから、何年だろうが、何百年だろうが待つんだろうよ。お前勘違いしてるみたいだけど、うちのじいさんは百や二百を軽く生きてる化け物。生にしがみつく妖怪そのものなんだからな」

 

嘘だ、と言えない。ヤケクソ気味に話すさまは、嘘つきのできる演技じゃない。いつも自信満々のこいつは、誰にも見せないものがある。

目を見れば分かる。付き合いが浅ければ、言動で勘違いするくらい意地っ張りな声。

 

「桜でダメならその次だ。桜の子供に魔術を教え、全盛期までに聖杯戦争がこなけりゃまたその子供を産ませて魔術を仕込み。そうして次の第六次聖杯戦争に向けて準備しようと企んでやがる」

 

涙も流さず、怒号と共に声が大きくなっている。

 

「……未練がましい。魔術師として死んでるクズ()のせいで、これから真っ当な人生送る人間一人を生贄にしようってんだぜ」

 

一気に聞かされた身としては、間桐 臓硯のやろうとしてることへの怒りが大部分を占める。

まだ見ない敵に、身震いすら覚えた。

こいつは今まで、一人で頑張ってきた。桜の為に、その精神を削って、打開策を考えてきた。その結果が…マスターの代役。桜を助けるために、聖杯戦争に参加した理由。

 

「矛盾してる。一人を助けるために、犠牲を何人でも出していいと本気で………」

「その為の聖杯戦争だ。あいつは聖杯を欲している。ここで退けば後がない。二度目の試みだからな、前回の聖杯戦争でも桜を助けようと一念発起した人がいてね。

……結果は言うまでもないだろ、僕が同じことをしてるんだからな。これを逃したら桜は妖怪の傀儡になっちまう。だからその前に、聖杯を持っていく必要がある」

 

言うまでもなく、俺の考えは確たるものに落ち着いた。

当然、慎二のやり方は間違っている。手段を選ばないほど、追い込まれてしまったからだ。

慎二は、照れ屋だから。

こういうやり方しか出来ないし、やろうとしない。

桜は…きっと、慎二の手段に怒る。

イリヤだって殺す必要は、ない。

 

「衛宮、お前に今話したのは、ここで聖杯戦争が終わるまで眠っててもらうためだよ。事情を知ってなきゃ、きっと桜は救えない」

 

イリヤのことを知りたくてここに来た。どこか放っておけず、時々気になる言葉を言っては消える。挙句、道の奥で待ち伏せされるなんて。気にならない方がおかしい。

 

大切なものを守ろうとしているのは、慎二も、俺も同じだ。

本当にバカだ。俺は、友達のことを今まで助けてやれなかった。

けど、これが聖杯戦争だというなら手段がないとは言い切れない。

 

「アイツを助けてやれるのは」

 

 

その時だった。

 

 

「意外と分かってるじゃない」

 

 

慎二の言葉を遮り、雷の如き光が通り過ぎた。

 

 

「お、お前……」

 

 

否応無く、ソレは意識を奪い去る威力。

 

「ゴ・・・フ・・・ッ」

 

あと少しで、声が届くはずだったが。

 

 

「キャ……キャスターッ」

 

 

慎二の荒れた声が遠くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────異質な介入は、少し遅れて別の場所でも。

 

英雄王の背後に突如現れたそれは、

 

「ブチ抜け、刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)

「なっ………にィィ………」

 

疾風の如く、必殺の一撃で英雄王の心臓を貫いていた。

 

「ランサー、テメッ…!」

 

 




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楽しんでいただけたら嬉しく思います。

次話今月投稿予定。

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