「ちょっと待ってくれ、セイバー。途中から理解が追いつけてない」
色鮮やかに盛り付けたサラダに箸を伸ばそうとして、口が先に動いてしまった。反対側に座るセイバーは、食卓に並ぶ料理を一心不乱に食べ進めている。
頰が若干引きつっているのは、決してセイバーの食欲のせいではない。がっつくさまは見ていて気持ちがよく、作った甲斐があるというもの。
……セイバーがたった今、昼間に起こった話を終えたからだ。
「慎二を見つけて、学校の魔法陣を解除してもらおうと思ったらアーチャーと戦った……?」
アーチャー…?あいつ、遠坂のサーヴァントじゃなかったのか?!
「わりぃわりぃ、赤い嬢ちゃんとこの気取ったアーチャーじゃなくて、新しく出てきたっぽいニュータイプ的な感じだ。
理由は……分からねえが、ライダーが脱落したみたいでよ。どこに落ちてたのか、二人目のアーチャーを連れてた」
「そ、そうなんだ……って、いやいや。聖杯戦争は七騎でやるんじゃなかったのか?」
「でもなぁ、実際にいちゃったんだし。どんなカラクリかは追々暴いていきゃいいだろ」
「ちゃう、そうじゃなくて」
食欲が無くなった訳ではない。昼間に地獄の煮え湯のような麻婆豆腐を二皿、完食したが今は麻痺も治まっている。
それでも箸が動かないのは…なんといったものか、食べながら話す内容じゃない気がするんですけど、セイバーさん。
「問題の二人目のアーチャーはどうしたんだ?倒したのか?」
「あー、それね。途中で離脱した」
「えっと〜、アーチャーの方が?」
「いや〜その〜、俺の方」
「セイバーが…?」
ランサーの神速のごとき突きを捌けるセイバーが、アーチャーを相手に離脱するイメージがどうにもわかない。余程、遠くから狙撃されたんだろうか。
新たなアーチャーの存在に疑問を捨てきれないが、何より興味が上回る。一体、どんなやつなんだ。
「ありゃ、俺一人だと十回中十回勝てるか怪しい。早めに凛とこのアーチャーにでも協力仰いだ方がいい。聖杯戦争の中でもダントツに相性悪いぜ」
セイバーのセリフが真実だと受け止めるのに、どうしても抵抗がない。
「そんなに、強いのか…どれくらい遠くから狙撃さたんだよ」
「いや、距離は三十メートルとかそんなもんだ」
三十メートルなら、セイバーはどうにでもできそうだけど。顔にこう浮かんでいたのか、すぐに答えてくれた。
「数がハンパない。そこかしこから武器を取り出して打ってくるんだわ。アーチャーのくせに弓を使わないなんざ、いい加減だぜ聖杯も。何十って数の武器、それも一つ一つが宝具なんてもったいねーことしやがる!」
弓を使わずに?!それってアーチャーと呼べるのか疑わしい。
…そういえば。
「武器が全部宝具?」
今更だけど。疑問に思いつつも、質問するタイミングがなかったというか。
「セイバー、俺さ、宝具ってなんなのかよく分かってないんだ。ランサーから禍々しい魔力を感じた時にも、セイバーは宝具って言ってたけど。あれって必殺技みたいなものかな?」
「そういや説明してなかったっけか。その解釈でいいぜ。必殺技でも、攻撃に限った話じゃねえ。サーヴァントってのは過去の人物。テメェの名を広めた出来事、伝説の類が宝具になるやつもいる」
出来事や、伝説…?
「なんでもって訳じゃないが、名を広めたんならそれが宝具になる。知ってるやつが少なかろうが、本人のしでかしたなんてないモンだって、なんらかの形で宝具になっちまう」
なんてないモン。そう言うセイバーの堅かった顔は、少しだけ崩れていた。
「なら、例えば生涯負けなしっていう戦国武将がいたら、それが宝具に?」
「そ〜そ〜。何も武器に限った話じゃねぇってこと。聖杯戦争に参加するくらいだ、大半のヤツは戦闘特化だろうから武器が宝具ってのばっかだろうが」
確かに。ただ名のあるだけでは、聖杯戦争は勝ち残れない。世に有名な『マッチ売りの少女』『人魚姫』などを書いた童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンのようなサーヴァントがいたとしても、どうやって戦うのか想像ができない。
「要は宝具なんざ使わせないに限るなぁ、下手すりゃ即詰みだ。攻撃手段が宝具ばら撒きなんつー、二人目のアーチャー、自称英雄王みたいなのもいるのにゃ流石に驚いたけど」
「じゃあ、有名なエクスカリバーだとか、グングニルとかをそのアーチャーが待ってたらヤバイんじゃないか?そんなの、チートってもんじゃないぞ!」
「際どいとこだけどよ、どうやら宝具の性能を完全には出しきれない感じだった。
士郎、宝具ってのは真名解放して初めて真価を発揮できるものが多い。ランサーも言ってただろ、『ゲイ・ボー』って。あんな風に厨二っぽく名前を明かすと本当の力を引き出せる」
真名解放…成る程、合点がいった。
ランサーが宝具を使えなかったのは、セイバーが真名解放を″防いだ″からだったのか。まてよ、真名解放はできていないけど。ランサーの真名には辿り着けるのではないか。
「ゲイ・ボ、ここまで聞いて真っ先に思いつくのはゲイ・ボルグしかない。なら、ランサーは男だからクー・フーリンってことになる」
「クー・フー…へ、へぇあのクー・フーかー」
セイバーは、どうやらピンとこないみたいだ。
無理して話を合わせようとしている。
結構有名な英雄だと思うんだけど、今は話が逸れると進まないから触れないでおこう。
「で、でさ。英雄王は真名解放をしていないってこと?」
「英雄王は、真名解放まではしてねぇ。扱い方知らねえんだろうけど。宝具を大量に持ってて厄介なのは、こっちの弱点を突ける武器があるかどうかだろうな。
それでも相手によっちゃ何もできずに脱落しちまう。数が数、弾切れなんて待ってたら御陀仏だ」
「…」
英雄王。数多の宝具を持つサーヴァント。
英雄王という単語はとても強烈なものだから、名前にピンとくるものが一つか二つありそうなものに思えるのだが……。
「ま、さっきも言ったがこれは後で考えりゃいい。それよりも聞きたいことがある」
「それよりも?!」
次の瞬間、セイバーの聞いてきた内容に俺は思わず素っ頓狂な声をあげた。
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衛宮邸の屋上、瓦に腰を下ろし先程のセリフを思い出した。
『慎二が聖杯戦争に参加したのは、桜の代わりだって。そう言ったのか、セイバー』
『けど聞いた感じ、慎二の妹が噛んでるのは間違いねーな。無理やりマスター権を奪ったっぽいけど。妹のこと聞いたら、やけに強く反応してきた』
間桐 桜。間桐 慎二の妹だ。
『慎二のヤツ、シスコンか?』
そう聞かれた士郎の反応は面白かった。
士郎からは、シスコンと思えるような話は聞かなかったが。慎二はどうも、桜に執着しているようなイメージを受ける。扱いが雑。たまに暴力も振るうらしい。特に最近、それは頻発していたとか。
あれでも根がいいやつなんだ、と士郎は言う。
「男としてなら、容赦はしねぇ。キッチリ、大人として誤ってるモンは指摘してやんねぇと男がすたる」
表裏のない、何の意味もなさない行動ならこれまで正されなかった歪みをピンと伸ばす。
ただ、それを決めつけるのは早い。セイバーは、喉の奥で何かが引っかかっている違和感に気づいていた。あとは証拠、もしくは言質でもあればいい。
「桜って嬢ちゃんがマスターだとするなら、士郎は敵陣に飛び込みそうだ。なんとか説得したはいいものの、慎二んとこの家、聞き出せそうになくなっちまった。段取り失敗したなぁ」
小さくため息を吐くと、裾から一枚の人型に織られた紙を取り出す。
親指の中心を噛んで、血を流すと、紙の中心に刻まれた五芒星に押し付けた。
ピンポーーーン
インターホンのベル鈴が辺りに響く。
居間の方から士郎が「はーい」と返事をした。夕飯の残りをラップを被せて冷蔵庫に入れたりと、片付けを任せてきたばかりに申し訳なく思う。
「士郎、このインターホンは家のじゃなくて。おーい、早く出てこーい、もしもし〜!?」
返事がないのでもう一度。
ピンポーーーーーーーン
長めに押した甲斐あってか、程なくしてセイバーの隣からボンと、白い煙と共に呼び出したい張本人が姿を現した。
赤い目は見ているだけで計り知れない怖れを抱いてしまいそうだ。最も、呼び出した本人が似た者同士なせいか、若干丸くなっているように見える。黒い和服は彼女の頭に生える二本の小さなツノを不気味に際立たせている。背中に抱える棍棒は、中学生でも通る小柄な身長の少女を大きく上回り、印象としてこれ以上ないものを残すだろう。
そう、一緒に現れたちゃぶ台と共に。
「お呼びですか。はむっ、あ、ちょっとだけ待っててください。今、晩御飯中なんぷふぇあっ」
「それ今さっき士郎が冷蔵庫に入れてた明日の昼飯用だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
スパンと気持ちのいい音と共に、少女の顔面がおかずが盛り付けられた皿の上を覆う。
すぐ出てこないと思えば。最初のインターホンでこの鬼、士郎が片付けていた夕飯の残ったオカズを強奪しに行っていたとは。
「ぷはぁ、すいやせん、今夜辺りあっしを呼ぶだろうと分かってたので、魔力補給をと思いやして。あ、これ食べていいですか?いいですよね、こんなの誰も食べられませんもんね」
「どう見てもインターホン鳴ったから慌ててこの家の冷蔵庫漁ってきただろ。ホレ見ろ、そのおかず全部士郎が作ったもんだぞ!明日の俺の昼飯どうすんだぁぁーー!」
聞いていない。
この子、一応俺の式神なんですけど。
「もういい、今の俺じゃ動けねぇし贅沢言えんか。外道丸、力貸してくれ」
「深夜労働は高くつきやす。サブロク協定入ってます?」
「うちでサブロク協定の名を唱えると自動的にブリテン万歳に変換される。覚えとけ」
皿の上の唐揚げをひょいと口に放り込み、平らげたところでよっこいしょと声を出し立ち上がる外道丸。
「はなから期待してませんよ。あっしのような鬼を呼んだ時点で、事情は大方悪い方に突っ込んでるんでしょうから」
返事に困る。その通りだからだ。
「ほっとけ。頼みごとってのは、間桐 桜って名前の、士郎の後輩についてだ。最近までここに団欒囲みにきてたんだが、爺さんの体調が悪くなったとかで来なくなった」
「無理に首突っ込む必要ないと思うんですが」
「バカやってんなら、止めてやりたいじゃないか。お前んとこのシスコンと似通ってるかもしんねえぞ?」
外道丸が多少反応する。
「あんな重いもの見てて恥ずかしくなりやす。仕方ないですね、女を泣かせるバカなら少し遊んでやりますか」
「家の場所は聞けなかった。うちのマスターに聞くと、一緒に着いていきかねねぇし」
「それなら、明日の昼間にちょちょいとやればいいんじゃないですか?」
この鬼は、どうにかして働くのを避けたいらしい。
ところがそういう訳にもいかないんだなこれが。
慎二と桜についての話が終わった直後、士郎が言いにくそうに『セイバー、明日さイリヤから招待されちゃった」と。夕飯の時に話そうと思っていて、うっかり忘れていたようだった。
「どんだけ働きたくねーんだよ。明日はバーサーカーのマスターに、士郎がなんか招待されたとかでその暇がねえの!今夜は今夜で俺が十分に動けない。わりぃが、穂村原学園ってとこに忍び込んで間桐 桜か慎二で探して!頼むから」
穂村原学園の大まかな位置を伝えると、外道丸は目を細めた。言いたい事は分かる。
「行く前に警告を一つ。言わずとも、その身に背負うゴウについてでありんす。昼間に暴走させたせいで、銀時様の思う以上に良くない方向へと転がっていやす」
彼女の瞳が、同類を見るモノへと変わる。
「自身の力でもないのに無茶をしましたね。あと一度でも同じようなことをすれば、サーヴァントとしての核は壊れる。その後釜に何か座るかは神のみぞ知るってとこですが、間違いなく町単位で被害を出す災害に成り果てるのがオチでしょう」
成るつもりなど毛頭ない。それでも警告した意味を知っている。
「分かってる分かってる。自害すら出来なくなっちまったんだ、そこいらはもう見誤らんよ」
「けっこう。では銀時様、ご安静に」
言い終わるや、外道丸の姿は闇夜に紛れていた。
こちらに向けていた、安堵したような視線が似合わないと思いながら、セイバーは静かに居間へと戻る。
「いたセイバー、さっき冷蔵庫に入れたおかずがないんだけど知らないか?いま白状したら罪は軽いと思うんだけど」
「あっ」
そこには、にこやかな笑顔で出迎えてくれる士郎の姿があった。
セイバーの宝具を(一部説明省き)公開します。
式神召喚・悪鬼外道
ランク:A レンジ:-
種別:対人宝具/契約宝具
外道丸本人の希望により、アサシン(仮)として召喚される。
生前の坂田 銀時と契約している為、宝具として登録。セイバーより宝具除くステータスが高い。
戦闘、暗殺(正面)を得意とする鬼。銀時の召喚に応じ、その他彼が必要とした時に勝手に現界する様は、主人に仕える式神同然。
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低燃費らしい。食費は相当かかるが。そう、食費はかかる。
銀時が脱落した場合、外道丸が現界している上で、同意があればマスターは彼女と契約し聖杯戦争を続行可能。
然し、注意しなければならない。マスターとして相応しくないと判断された時、既に令呪は引き剥がされ、真っ赤な液が滴る棍棒を見ながら眠ることになる。
外道丸を召喚する宝具です。
久しぶりの更新なので、これくらいやっておこうかな!と思いました。
読み方はそのまま、「しきがみしょうかん・あっきげどう」です。暗殺(正面)と書いてますが、銀時がマスター殺しに乗り気ではないせい。
これからも、隙をみて宝具やスキルを公開していきます。
1/4章の終わりが見えてきました。ラストスパート、今年度中に完成させたいと思います。会話が多めで、読みにくくないか不安です。