fate/SN GO   作:ひとりのリク

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英雄王

アーチャーの背後から、異常が発生する。

それはまさしく、王と名乗るには相応しい輝き。アーチャーの一息で瞬く間に空間を歪ませ、黄金の波が広がる。

一つ、二つ、五つ、八つと、人の想像では追いつけない数々の武器が現れる。波紋から矛先を覗かせたそれら全てが、たった一人の英雄へ向けて死刑宣告を渡す。光栄と思うべきか、危険と判断するかは言うまでもない。

過多な戦力。誰がどう見ても、木刀を握りしめるセイバーでは戦力不足だとわかる。アーチャーは、それを知った上で蹂躙するのだ。

 

「この聖杯戦争では既にアーチャーのクラスがいるが。そもそも(オレ)にとって、クラスなぞどうでもいい。貴様も、そうなのだろう?」

「…」

 

セイバーが浮かべた笑みは、余裕をあらわすソレとは違う。

目の前の煌めきに対する戦闘態勢の度合い。アーチャーの展開する武器の量を見て思い浮かぶ単語は武器庫。その意味の末端を理解したからこそ、遊び心はとうに捨てている。

目の前に広がる武器全てが宝具。

生半可な守りは無いも同じ。まだ増える宝具を前にして、これを防ぐのは無謀すぎると悟った。

一触即発。互いの視線は、戦いの幕開けのみに注視される。

 

「へ〜ぇ、なら真名でも教えてくれんのか、自称アーチャーくん?」

 

言葉の切れ目、雰囲気が更に一つ上へと変わる瞬間が訪れる。

 

 

 

 

「たわけ、自惚れもこの場では受け流せぬ。つまりだ」

 

 

 

 

アーチャーが僅かに口を細めた瞬間、背後の波紋が揺らいだ。

極僅かに澄ました殺気に反応し、セイバーは踏み込み地面に跡を残した。

 

「いくぜ」

 

地を蹴った瞬間、セイバーの姿が消える。

 

視野から欠けたセイバーという存在。

 

この状況でただ一人、王の目は視ている。

 

「疾く失せよ。お前のような芋セイバーに用はない。至高の財によって跡形も無く消えろ」

 

セイバーに潜む、ただ純粋な黒色を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一歩前へ。一メートルと進まない歩みは、この中に限って、数十メートルというもどかしい距離を詰める。アーチャーの正面に、この身が辿り着く。打ちつける風はなく、点と点を結ぶには、過程の道に痕跡がまるでない。

ランサーとバーサーカー戦と同じように、絶対的主導権を握っている。

 

それが、限られた、魔力なんて面倒クセェ制限下で可能な全力。

 

「よぉ、首突っ込みにきたぜ。俺も混ぜてくれよ」

 

先程の踏み込みよりも強く、地を踏みしめる。一際圧縮される時間。己のみが一方的に攻める前触れの間。眉をひそめる。

バーサーカーを相手にした時に似た異臭(感覚)が漂っている。何かがおかしい。

 

「!」

 

己の動きを無意識に抑制した。

僅かに溜めた力を木刀に乗せる直前、アーチャーのその顔を覗く。正確には、アーチャーの意識の在り処。

アーチャーは静かに、呟く。同時に、セイバーは心地よくない空気を吸い込んだ。

 

「活きるなよ」

「ッ」

 

赤い瞳と目が合う。驚くには十分だ。

アーチャーの口元が、この身体を捉えたと笑う。

パキリと、足場が崩れるのを感じる。これは、死ぬとかどうと言った話ではない。ただ、ここには己の安全区域が微塵もないことを理解した。言葉を交えても追い抜けない声、信念をぶつけても崩れない自信を、アーチャーは持っている。

瞬間、脳内の警鐘が荒く、バーサーカーを相手にした以上の危機を知らせた。あとは脳が痺れるような警報に身を任せて、木刀を構え直す。

 

「ハッ!」

 

後ろの宝物庫から波をうつ、一つの宝剣をアーチャーは手に取る。

それは裁くもの、断罪人のような聡明さを放ちセイバーの頭部目掛けて振り下ろされる。

 

「ヂィィ…!」

 

ガギリと甲高く音を上げ、木刀の一撃に合わせてきたと知る。先制攻撃を叩き込む余裕がない。攻撃のチャンスを捨て、受けの姿勢をとったセイバーはその姿に速さを失っていた。

 

(オレ)の聖杯に群がる有象無象は散れ。最古の英雄王たる威光、貴様には見えるかセイバー」

「あぁ、眩しくて見えにくいがなぁ…!生憎とストーカーとストパーには敏感肌なんだよ俺ぁ!」

「視ているのか……それも違うか、ならば分かってしまうと言った方が近い。その真名、少し興味が湧いてきたぞ」

 

肝が冷える、そんな生易しい状況ではない。

一つ間違えば、臓器全てを一瞬で消しとばされる。冷めるのは思考だけでいい。あとは全力で火を灯すしかない。冷めて動きが止まれば、その瞬間ゲームオーバー。

 

せめぎあう中も、休むことは許されず。

左右から宝物庫が開かれると感じ取った時には一蹴りで、アーチャーから距離をおいていた。

 

「チッ、だからストレートパーマは嫌なんだよ。んだよその数の武器は!」

 

風向きが完全に変わった瞬間は、(銀魂の)坂田 金時という男に坂田 銀時の居座る場所を横取りされた時と同じ。己の過去を否定されたかのよう。居心地の悪さだけは、格別で。死ねといわんばかりに圧倒された……

いや、あの時以上の死が目の前にある。

せめてもの救いは、アーチャーの従えるモノ(武器)に容赦しなくて済むくらいか。そこら辺のおっさん相手に加減する方がきついかもしれない。

 

 

展開する武器の幾つかが煌めいて、打ち出される。

 

「ハハ、セイバー」

 

再度、踏み込む。

先程と同様に、まるで初めからアーチャーの懐へ入っていたかのように、木刀を構えた状態で今度は右側へ。

 

「バレバレだ」

 

当然のように、追いついてきた。

今度は、さらに疾い剣撃。反応がやや遅れ、後手にまわった結果こちらを上回る衝撃で吹き飛ばされる。仰け反ってしまったせいで、態勢が崩れた。アーチャーを背に、無防備を曝け出したのがきっかけとなり、視野の隅で、宝物庫が瞬く。

容赦無く蜂の巣を作ろうとする武器の中で、どうしても避けきれないモノだけに木刀を当てていく。小さな力によって逸らされた武器は、身体の皮一枚を切り四方へと通り過ぎる。

空中に舞う血が地面に落ちるよりも先に、逸らした武器の反動を利用して着地すると、即座に平行に駆け抜ける。

 

「ほぅ。その様子だと、まだいけるか。蔵の宝具は尽きぬが、こうも映えない場所で長々と浪費するのもつまらんな」

 

何か言っているようだが、生憎とキザなヤロウの声は聞こえにくい体質だ。武器が地面に着地するたびに巻き起こる爆発音で、ろくに聞こえやしねえ。

 

アーチャーの宝具は、真正面から対応できない。装填された武器一つ一つが、必殺に近い。

アイツが、俺の行動を読めている限り、長期戦は不可能。カラクリが分かんねぇ以上、短期決戦へと思考を切り替えるしかない。

 

 

「ちょこまかとするのはいいが、動きを止めればそれまでだろう。オイ、もっと下がっていろ。(オレ)はお前の安全まで視てはやらんぞ」

 

 

奥で静かに戦闘を見守っていた慎二は、アーチャーに何かを言われて更に距離を置いてる。

何を考えているのかは分からない。人間が巻き込まれてタダでは済まされない事を、あいつはしようというのか。どうであれ、避けていてもこちらが消耗するだけだ。

 

踏み込んだ場所に宝物庫から放たれた剣が現れる。これを木刀で地面に突き立てるように払うと、右から蒼白帯びた二メートル超えの槍が射出される。まだだ、左からはジグザグを描いた剣が迫っている。アーチャーの背後から、逃げ道を塞ぐように光の粒子を纏った斧、ただ苦しませる事だけを求める断ち切りにくいモノが後を追う。

 

「こんのぉぉ!!」

 

ここで後ろに下がれば、アーチャーに僅かながら有利な状況になる。あの宝物庫の底が見えない。在庫切れは見込めない以上、接近戦あるのみ。幸いにも、いくら武器を飛ばしてこようが。一瞬だけ、前へと突き進む足を出せば、否応無しに己の攻撃圏内だ。

音を無視し、この身体は迫る武器をすり抜けるようにアーチャーの目の前へと着地する。背後では、地面に突き立つ無数の刃が意味なく消えていく。

 

いつ踏み込んでも、この感じは慣れない。どんな間合いからも詰め寄り、この時は最も死に近くなる。引き換えに、勝利へと着実に近づいてもいた。

見上げると、こちらを見下ろす赤い目。止められるかもしれない。

 

「フッ…!」

「ぐっ…!」

 

それでも、構わずに向かう。

アーチャーの剣を落とそうと、左手で深く木刀を叩き込む。

その太刀は届かない。アーチャーの一振りで相殺される。それは読めていた、そこから素早く切り返し、ガラ空きになった脇腹へと木刀を滑らすように走らせ────

 

「動かねえ?!」

 

───ることはできなかった。

 

左手首に絡んで離さない冷たい一本の鎖が、宝物庫の中から伸びている。

 

───足りない。

 

その時、やることは限られていた。右手が残っている。ならば、こちらの手で武器を取り出せばいい。

 

───あと数センチ。

 

「悪足掻きか?だが遅い」

 

右半身が強く引っ張られる。右手首に一本、タスキをかけたかのように首から左腹部にかけて一本。

それでも止まる理由にはならない。まだ両足が残っている。

 

───そう、こんな距離。

 

「ようやく捉えたぞ。あと一歩、届かなかったな」

 

両足にも当然のように鎖が一本ずつ。こちらが動かそうとした時には既に、先手を打たれてしまった。四肢は動かない。

自由を奪われるっていうのは、やっぱつまらねぇと呟く。

 

───。

 

 

 

 

 

 

 

 

ごう

 

 

 

 

昼間でも容赦無く照らす黄金の輝きが閉じていく。勝敗が決したと知るには、十分な幕引き。豪華な演武の締めの作業を残して、勝者は余韻に波紋をうつ。

 

「ほぅ。鎖に繋ぎ止められてなお、(オレ)に挑むのか。まるで狂犬だ。そのうちに何を隠している、その様子だとマスターにすら話してないな」

 

敗者の手から木刀が落ちる。

宙に鎖で繋がれた男は、笑っている。その表情は、まだ敗者ではないと言っている。そこが、彼は解せなかった。

 

「話したくないならそれでいい。この英雄王を前に、最後まで屈しないその表情も一つの答えだ」

 

彼は手に持つ宝剣を上に上げる。

いかなる理由であれ、もうセイバーに時間をかける必要はない。このまま天の鎖に繋がれたところで、何も変わらない。セイバーを近くで見た時に湧いた、普通とは離れた違和感を知ることはできない。

 

「……そういやよ。なぁアーチャー、アンタさ、俺の知ってるヤツに似てるわ」

 

目元を伏せてセイバーが呟いたタイミングは、宝剣を振り下ろす直前だった。

 

「金髪ストパーで、いけすかねえヤロウで、金の羽振りが良いときた。ありゃ手強かったぜ。ただ、アレの悪いところがよぉ」

「ッ!」

 

 

 

 

 

 

歪んだ何かを感じた

 

 

 

 

 

 

セイバーが言い終わる前に、その首を落とす為に宝剣を横一線に動かす。そうしろと、咄嗟に身体が動いていた。

 

 

 

 

 

 

それは身を滅ぼすモノ

 

 

 

 

 

 

「″金色(テメェ)″がてっぺんと思ってるとこだ」

 

ニヤリと、敗者は笑った。

 

宝剣がセイバーの首を断つことはなかった。

突如、セイバーの身体の中から這い出てきた禍々しいナニカが、宝剣から身を守るように盾となっている。

身体のどこからか溢れる、呪い/怨念/執念/業。それは瞬く間にセイバーの身体から浮き上がると、いとも容易く全身の鎖を粉々に砕く。

地面の砂が舞い上がり、視覚の壁となる。

 

「こ、いつ…!」

 

肌という肌に張り巡る黒い呪いは、読み解けない。あれは身に受けた者にしか理解できないし、この男だからこそ抑え込んでいられるものだ。

決して、触れようなどとは思わない。

 

英雄王は、一歩その身を退く。

無尽に駆け回る呪いをかろうじて交わした刹那。砂埃舞う向こう側に影が浮かんだ。

 

 

「捉えたぜ、これでもう一歩ォォォ!!」

「お、のれっ!」

 

 

木刀を握り眼前にまで迫るセイバーと目が合い、そして。

 

「どゅぅぅうりゃぁぁあ!!!」

 

渾身の突きが英雄王の腹部に繰り出される。後退していた彼には避ける暇もなく、真後ろへと吹き飛んだ。地面の上を数回バウンドし、慎二が隠れているであろう林の方に姿が消える。

金色の壁が、消えた。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……っくぁ、こりゃしんどいわ。ちょっと使うだけで体力抜け落ちやがる」

 

セイバーから浮き上がっていた″ソレ″も消えると、木刀を杖代わりに地面に突き立てる。

まだアーチャーがくるなら、令呪のバックアップが必要かもしれない。そう考えて三十秒が経過して何もないことから、逃げたか気絶したか。あるいは敗退したか。

 

「んな手応えじゃ、ねぇ。懐刀でも持ってやがったかもなぁ」

 

全身に禍々しいナニカの痕はない。もう、抑えた。制御は問題ない。逆に、それが疑問でもあるが。

それだけを確認して、気怠い両足を動かしてその場から立ち去った。

 

このことは、まだ話す時じゃない。

この身体は、厄災を振り撒く悪。

 

最後まで、士郎の隣に立って笑っている為に。

 

 

 

 


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