今までの自分ならあり得ないくらい、心は落ち着いていた。麻痺しているのかもしれない。
それもこれも、後がないからだ。絶望的な淵に立ったせいで、呆気なく終わることの恐ろしさを理解している。
今日はダメだった。そう、今日はもう、″聖杯を手に入れるチャンス″はないだろう。
「ハハ、衛宮が纏わりついてちゃ近寄れない。どうせ、セイバーのやつもいるんだろうし、見つかる前に撤退さ」
昼間だというのに、人気はおろか点々と建っている一軒家からは喧騒も活気も感じられない。
商店街から出た坂を上り、柳洞寺にも穂村原学園にも行かない通りを進む。そこから暫く行くと十字路が見えてくるので、そこを右に。下り坂を歩いて数分の場所。田畑が多く近くにはコンビニエンスすらない。
自販機が一台あるが、どういうわけか全て売り切れ。夜になれば街灯はつくが、薄暗くて気分が悪い。管理されていないというか、放棄されているようにしか見えない。
およそ自分とは無縁だと思っていた、ミニ田舎。なのに、これすらも贅沢だと思えるようになっている。本当にどうかしている。
「そりゃあ、死ねば全て台無しだからね」
隠そうとしていない笑いが、乾いた水気のない声として漏れた。周りが聞いたら多分、元気がないな、とかそんな声を掛けてくるかもしれない。衛宮くらいになれば、軽く冗談を交えてくるだろう。
最も、情けのない笑いを聞いている人間は周りにはいない。そう思いながら何気なく後ろを見ると。
「どうしたよ少年、んなシケた面して散歩か?」
「なんだ……ヒッ!セイ、バー……」
顔から血の気がひいていく。衛宮のサーヴァント、セイバーだ。
僕を尾け回していたのか、ニヤリと笑っている。
多分、遠くからアイツを見ていた僕に気づいてたんだろう。ハハ…そりゃ、″聖杯″が独りになる瞬間を待ってりゃ、こんなのにも捕まるわ。
「ん〜、よく分かんねえが、悩み事なら話せば解決するかもしんねえぜ?」
やる気なさそうに、頭を掻きながらぼやく。
悩み事…そんな、簡単なものじゃない。こいつに、僕の何が解決出来るというのか。ふざけるにも程がある。
「なんだ、からかってるの?そんなこと言って、聞く気ないくせにさぁ……おい、ここで戦うつもり?」
「あ〜、まぁ敵同士じゃ話合うのも無理っつーもんかぁ。つってもよ〜?見渡した感じ、人なんていないけど。なんなら呼んでいいぜ〜、エロいコスチュームのねーちゃん」
それは、ライダーのことだとすぐにわかる。
どうやらコイツらは、まだライダーが死んだのを知らないらしい。
もう、あいつはいない。最後にカッコつけるなんて、アイツらしさのカケラもない。
けど僕は、笑える立場にはいない。魔術回路がないせいで、助力すらできずに足を引っ張った。なんでか後悔した。だから、死ねない。お前が僕を生かしたんなら、せめて。言葉は選ばないと、どうなるかわかったものじゃない。
ライダーに呪われでもしたら大ごとだからな。ハハ。
相手はサーヴァントだ、マスターになっていたとはいえ、ライダーを失ったと分かれば殺しにくる。今、新しいサーヴァントは居城で金塊ジェンガでもしている頃だ。
呼んだところで、あいつは僕を必要としていない。見放されるのがオチ。
「……………生憎と、真正面からじゃ勝てないからね。こっちは慎重に手札を出さなきゃならないんだよ」
「慎重に、ねぇ。ま、戦わねぇで済むんなら、それがいい。別に、あのコスチューム間近で見たいとかじゃねーから!」
明らかに目が泳いだ。そこには同意できるから、突っ込まないでおこう。
「で、あんまやる気なさそうだけどさおたく。分かんないね、衛宮の腕に穴を開けたお返しでもしたいのか?」
どうにかして、逃げなければならない。
「それは俺がすることじゃねえ。士郎がキチンと釣りも残さずに返すだろうから期待してろ」
「そーかよ。衛宮のサーヴァントなだけはあるね。一々律儀なんだからさ、そんな馬鹿正直にやってられないね僕は」
それができれば、どれだけ楽だろう。考えない訳ではない。
もし、魔術回路があれば。その一点だけで、卑屈な道を忘れられるなら是非とも欲しい。
ソレさえあれば、聖杯戦争に参加するのは間逃れないまでも、願いはもっと誇らしいモノを持っていたかもしれない。
「取り敢えず聞きてえのは、学校に仕掛けやがった物騒なモンを解除する気は、あるか?」
「物騒な…ね」
その言葉で、理解した。
セイバーは、僕を殺す気はない。ライダーの仕掛けていた呪刻をどうにかしたくて、僕と話したいのだろう。
「…」
返事次第じゃ、気を変えるかもしれない。
どう、返事をしたらいい。
「おいおい、無言は通らねえぜ。遠坂の嬢ちゃんに聞いた話じゃあれ、結界の中の人間を魔力に変えるとんでもねぇモンなんだろ。
なにお前、友達いねえの?普通、いたら学校に仕掛けねえだろう〜。あ、けど居ないにしても、妹さんいんじゃねーか」
…
妹という言葉に、言葉を考えていた思考が止まる。
衛宮のやつ…余計なことを。
「テメェ、聖杯の為なら家族すら犠牲にするタチか?」
…本当に、あいつは余計な事をベラベラと。
逃げる為に、後ろへしか向いていなかった意識は、前へ。僕が、一番汚されたくない場所を守る為…。
「おい……僕が、桜を……どうするって……!」
「…!」
セイバーの言い方は、癪に触るには十分すぎた。
落ち着きのない口は、呆気ない。頭が怒りで攻撃的に、自暴的に侵される。
「こっちはアイツのせいで…死ぬ間際まで立たされてるんだぞ…」
言葉を選ぶ努力が、消えた気がする。僕は、駆け引きや交渉の類は向いていないと痛感する。
「お前はいいよな、ハハハハ。魔術回路持ちの衛宮がマスターなんだから。持ってない僕なんかより、よっぽど優秀だよ。その分さぁ、抱える悩み事がきっと贅沢なんだろうねぇぇ!!」
怒りで前がよく見えない。セイバーの表情も、どうでもいい。
落ち着いていた心は、セイバーの勘違いなセリフだけでバキリとヒビが走る。ここで、恐怖を忘れかけてしまう。
「もう僕自身はどうでもいいのさ。くだらないコンプレクスに悩むのも飽き飽きしたよ。桜なんてもう、魔術師としての芽なんか摘んでやる」
目の前の男には、どう見えるのだろうか。
きっと、ロクでもない人間って風に見えるんだろうけど。
セイバーの視線が、細く、人を見る眼になる。
そんな事したって、何もできないと心の中で笑った。
「聖杯戦争で生き抜いて、クソみてえな鎖引き千切ってやるんだ。それが可能になったんだ」
「おまえ、そりゃどういう意味だ」
その質問に、僕はこう答える。
「なんたって、僕のサーヴァントは!」
最強なんだ、と最後まで言うことはできなかった。
「落ち着け、
低い、おおらかな声が喉の動きを止める。
空気を吸い込んでいるのに、実感が全くない。
なだめるようで、本質は全く違う。死に敏感なせいだろうか。このまま、以前のように笑い飛ばす邪険さがあれば…未来の自分がどうなっているか、今なら容易く想像できてしまいそうだ。
「アー…チャー…」
黒を基調とした、ライダースーツ姿。
赤い目に、金髪のストレート。
僕の目は。感覚は。アーチャーの声を認識しただけで、震える。
「なに、アーチャーだと?」
僕の後ろに立つサーヴァント、アーチャーのクラスだと聞いたセイバーは目を大きくする。
「わざわざ…出迎えに、来たのかよ、お前」
「そうだ。貧相な居城とはいえ、帰ってくる者が一人もいなくなるのは些か静寂すぎるが。
アーチャーは一歩近づく。
「…」
「慎二、まだ状況が分かっていないか。……そうでもないだろう。一人、己を振り返る時間はあったはずだが。なぜ、下を向いている。価値の無い木偶なぞ、側におく温情すらかけん。
己の闇から目をそらすのはそこまでにしておけ。出来ぬなら、考えて発言しろ」
「…クソ、一々面倒なんだよ」
ここから後戻りができなくなった。
弁解の余地も、抗うこともできない。不可能だ。
「おい聞けセイバァァァ!死ぬ前に一つ、勘違いしてるみたいだから訂正させてもらうよ」
心の底から、後腐れのないように声を張る。
死なない為に、言葉を選ぶときがきた。なんて早いんだと思うけど、アーチャーをサーヴァントとして連れ回せるなら、ライダーに呪われたりはしない。
「学校に仕掛けていた呪刻だけど、あれはただのダミーだから。発動させる気はなかったけど、ダミーってバレるのが嫌だから本物と変わりない程度のを仕掛けてはいたけどねぇ!
まぁお陰で時間は稼げたし。僕は、アーチャーを見つけれた」
膝が小さく震える。
本当にこれでいいのか、自分で分からないせいだろうか。だけど、間違えてもライダーを馬鹿にするような意味はない。
「桜を犠牲にするような口ぶりはやめてくれよ。笑えねえんだよ……桜が今、どういう状況なのか衛宮ですら知らないくせに。あのノロマのせいで僕は、ここに立ってるんだからな。
ハッ、聖杯を手に入れるまでは腹の虫が収まらなくて死ぬに死ねないのさ」
伏せ気味に、セイバーを見る。
何も話さないから、考えなんて読み取れない。構わない、僕は同情が欲しいんじゃない。ただ、聖杯という奇跡を手にすればいい。ライダーがくれたチャンスは、これ以上ない程の奇跡へと繋がっていた。あとは、もう一押しするところまできている。
「こいつが新しい僕のサーヴァントさ。聖杯を手に入れられるんなら、王にこのクソみたいな身を捧げるなんて安いもんだ」
前回の聖杯戦争の生き残りにして、最古の王。
それがこいつ。僕が掴めた、最後のチャンス。
アーチャーは、僕にこれ以上負ければ命をとると言っている。
僕は奮い立つ。上等だよ、こっちだってもう後がないんだ。
「おい、結局ライダーはどうしたんだ。それに、俺の知ってるアーチャーより金きらりんじゃねえか」
「あぁ?さぁね、あんなバカ…………願いを手にするなら、より強い命を求めるだけだ。これが、僕の答えさ。今見てるのって、つまりそーゆうこと。やりたい事の為なら、捨てる覚悟くらいしてる」
ここまでだ。
言いたい事は終わった。
後は…
「そうかい、まぁオタクがアーチャーかどうかはこの際どうでもいいや」
セイバーはゆっくりと腰にさしている木刀を抜く。
「売られたケンカは、次の日に持ちさねえのが、ストレス溜めねえ方法なんでね。まるで見逃す気がねぇのは分かってるぜ。そんな殺気を吹っかけてくるんだ、負けて泣いても知らねーかんな!」
木刀をこちらに向けて、次にアーチャーを指す。
「ア、アーチャー!」
「フハハハハハハ、勢いのある啖呵、四捨五入して赤点だ。しかし褒めてやろう。その強欲さはお前の生きる糧、生命線だ。最低限、それは忘れるなよ」
アーチャーが前に出る。今から、本気の殺し合いが始まる。巻き込まれるわけにはいかないので、急いで距離をとる。
「さて、ここからは王の時間だ。我が財に見惚れ、至高の光に溺れるがいい。
しばし肩慣らしといこう、目を離すことは許さん。自分で行く道だ、胸を張れ」
頷く。既に、声を出していいような雰囲気ではない。
ここから先は、人の手にはおえない戦いが始まる。僅かな静寂の中、王の背中というものに熱中していた。
【お知らせ】
十月終わり頃に国家試験があります。その為、来週の投稿を最後に、暫く投稿できなくなります。
投稿は十一月初旬を予定しています。
この件については来週までに、活動報告にて発表しますのでご確認ください。
暫く投稿できないお詫びとして、聖杯戦争最初の夜「IF 運命の夜」のフローチャートを公開します。楽しんでもらえたら幸いです。
お詫びのオマケ
fateSN GO IF運命の夜 フローチャート
【】現在未公開
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プロローグ、騎士王と銀色の侍
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【人を凌駕した者達】
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衛宮邸、死を掻い潜れ
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セイバー召喚
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一撃必殺、朱の槍→令呪使用、即死判定回避(※1)
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セイバーを見守る、ランサー撤退
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挨拶、そして来襲する弓兵
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来訪者は優等生
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現状整理
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新都の教会へ
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【士郎サイド、教会の神父】(原作とほぼ同様)
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セイバーサイド、アーチャーの言葉
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帰路
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イリヤスフィールと大英雄
↓↪︎アーチャー、遠坂 凛を戦線離脱させる
セイバーVSバーサーカー
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イリヤ狂化発動
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アーチャー到着、士郎と会話
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士郎、アーチャーを追う
↓
イリヤ令呪使用、セイバー戦況悪化
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アーチャー、イリヤを捉える(※2)
↓(ここから分岐)
(※1)を選択
【ランサーの宝具を令呪使用によって即死判定回避した場合】
セイバー弱体化に伴い、※2の時点で会話の余地なくイリヤスフィールが殺される
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【IF 運命の夜終了 後悔を残して】
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【1/4章 山門へ行けば人斬りの羽織り】(強制ルート)
(※1)を選択しなかった場合
士郎阻止、アーチャーを説得
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待ち望んだ戦地
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煌めく聖剣
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IF 運命の夜終了 士郎の変化
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1/4章突入(途中でルート選択)
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一応、イリヤがリタイアするルートも考えていました。しかし、そうすると失敗する確信があったのでやめました。妹ポジション大事です。