fate/SN GO   作:ひとりのリク

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商店街の魔窟

彼に背を向けて走っている理由は、分からなかった。

こんなに、周りの風景を気にもせずただ走る事は初めてで戸惑っていた。

 

たまたま、気分に任せて、彼のいる町に来た。会うつもりはなく。会うとは思いもしなかった。昼間、学び舎と呼ばれる場所に通っていると知っているから。

その考えは外れた。交差点の向こうから歩いてくる彼と、隣にいるセイバーを見て思わず物陰から覗いていた。彼がサーヴァントに、私を襲うように命令しないと解っていたけど、隠れてしまう。今にして思えば、サーヴァントがいる時点で途中で気づかれるのは目に見えていたはずなのに。

案の定セイバーに見つかり、彼が私に気づいたのを見て坂道を下りた。あのままだと、私が彼と話をしたいような感じになってしまう。違う、私はそんな事をしたいんじゃない……きっと。……そう、ふらりと立ち寄ったに過ぎないのだ。

 

 

坂道を駆け下りて商店街に着いた。後ろからは彼が追いかけてくる。仕方なく、慌てて商店街に入る。意外と人が多い。けど身体は小さいので、スイスイと合間を縫って距離を取る。これなら、彼を撒ける。そう確信した時、曲がり角から出てきた人影にぶつかってしまった。

周囲の人が何か言っているのも、理解が遅れる。そんなのを聞いている暇はなくなった。

 

「きゃっ!?いったぁい…」

「お元気なのはいい事だが、前方には気をつけろイリヤスフィール」

「……!」

 

その男の声は、心地悪いものだ。尻をついたせいも合わさってだろう。注意の声には、今の状況への興味しか含まれていない。

初めて聞いたのは、教会で。マスターだという事を伝えにいった先で出迎えてきたのが、この男だった。

私は何も知らない。カソック姿の彼を見たのは教会が初めて…だから、会った瞬間の寒気ささえ、夜のせいだと思ったくらいだ。そう意識を逸らそうとする中で、気に食わないと半ば強引に判断してしまう。

あれ以来、会っていないから忘れかけていたが。ゾワリと毛が逆立つ居心地の悪さを思い出した。

差し出された手は無視して、立ち上がる。

 

「キレイ……」

「ん?どうした、出会い頭にぶつかったのは気にしていない。そう怖がるな」

「あら、私を挑発してるのかしら。見た目で判断していたら、後が怖いんだから」

「ふむ、同意だ」

 

 

言峰 綺礼。冬木の教会の神父にして、第五次聖杯戦争の監督役。黒いキャソックの上から、濃い紫色のコートを羽織っている。首からは胸あたりまで伸びる、煌びやかな十字架がなんとも神父らしさを漂わせているからそうなのだろう。

大柄な容姿に似合い、表情の薄暗さは威圧感を与える。

 

口元は笑っている。目も笑っている。

だから気味が悪い。この男は、″こういう人間″ではない筈だからだ。

 

 

「ところでイリヤスフィール、何から逃げていた?」

 

当然のように質問がきた。はしゃいでいた、遊んでいたという、見た目から想像出来る一般的な問いを飛ばすこの無遠慮さ。

私が一人でそんな事をする筈もないが。

当然、答える必要はない。

 

「…貴方には関係ないわ」

「困っている仔羊を見てしまっては、職業柄放っておけなさそうでね。フ、話だけでもどうかな?」

 

キレイはあくまでも、話を聞きたいらしい。

本当にそう思っている可能性もあるだろう。癪に触るような口調でもない辺り。しかし、それでも話す意味がない。この男が、私の心を理解出来ないと決めつけている。

 

「悪いけど、急いでるから」

 

だから立ち止まる必要はない。

キレイには破片程度の興味も抱いてはいけない。彼は、私が今どんな境遇にあるのか分からないだろうし、だからこうして暇つぶしとして言ってるのだろう。このまま、静かにこの場を去ってしまおう。

 

「日本のことわざ、古来より伝わる教えの一つに、急がば回れ、という言葉がある。君が今駆け出せば、もしかすると事態は悪い方に転ぶかもしれんぞ」

 

無意識のうちに足が止まっていた。

 

「…何を」

「年長者としての助言だ。その年で生き急いでいるように見えたからな、どうだね。当たっているかな?」

 

キレイは僅かに笑う。やや見開かれた目は真剣で、異論を挟む余地はない。

心は前に行けと言う。忠告であり、一番安全な選択だからだ。

なのに、行けない。当たっているから……なのか?……違う。今、私の足を止めているのは、もっと別にある気がする。少し考えて、頷ける答えを出した。同じく、物凄く息苦しくなってしまう。

この男は、私の何かを見透かしている。

きっと、私では知る事ができない答えの一つを持っている。普段ならあり得ないのに、この場から離れるのも忘れて口を開いた。

 

……、なにが言いたいの、それは

 

驚くくらい、小さかった。

きっと自信がないせい。私は、自分を見失いかけている。

裏を取られてもいないのに、この有様。悔しくて、呆然と立ち尽くしていた所に、追いつかれてしまった。

 

「イリヤ!」

「お兄ちゃん…」

 

軽く息を切らしながら、キレイといる私を見て一瞬、驚いたようだ。しかし直ぐに、私の顔を見て間に割り込んでくれた。

……その大きな背中は、輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

異質な空気。近寄りがたい空間の真ん中に飛び込んだ。

どう見ても迷子にしか見えない異国の子供が、教会の神父に不気味でそれはもう悪い微笑みを向けられている。近くに交番があれば、近所の気の利く人が駆け込んでいても頷けるだろう。

 

「よぉ、アンタがここに来るなんて意外だったよ。買い物か?」

「いいや、違う。買い出しであれば、私はエコバッグを持参している。ビニールの擦れる音というのがどうも気に入らなくてな、エコバッグさえあれば快適な買い物が楽しめる。が、それ以外で商店街には、帰りに教会へ続く坂道を登る事を考えても苦にならない程、立ち寄る価値が私にはあるという事だ」

「へぇ。それは主夫みたいで良い心がけじゃないか。それで、イリヤとどう関係あるんだ?側からみてもおかしいぞ、神父さん」

 

薄目で言峰に、説明を要求する。教会からここまでは相当な距離があるというのに、本当に何をしているのか。

特に思うものがあるのか、嫌な顔せずに答えた。

 

「そこの道角から出たところ、イリヤスフィールとぶつかってしまって、何故か警戒されているのは私という。そんなにおっかないのかね?」

「礼儀や身振りに指摘することはないわ。これは感情の問題よ」

「ふむ……」

 

イリヤはイリヤで、俺の一歩後ろから直球でモノを言う。

これが冷たい側面という風には見えない。思っていたけど、イリヤは笑っている時も怯えている時も、何かが欠けている気がする。

 

「……」

「イリヤスフィール。今は真昼間、オマケに、そこの少年は何か積もるものがあると見える。ここは一つ、私のご馳走でランチでも如何だろう?」

「な、なんでアンタに…!」

 

 

イリヤの事を考えていると、この男、なんか言いだした。

 

 

「何か行き詰まっているなら、他人を交えて会話をするのも悪くはないと思うが」

「おい、勝手に」

 

いや待ってくれ、今何時なんだ。

丁度、隣が時計屋さんだった。なになに、11時半…。

自分の知らないうちに、こんなに時間が過ぎていたらしい。

 

「イリヤ…?」

 

それにしてもだ。イリヤが言峰の誘いに乗るとは思えない。

なのに、黙ったまま俯いている。数秒経ち、顔を上げたイリヤは答えた。

 

「…分かったわ。けど、粗末なものを出したら容赦しないから」

「えっ…………ん、なら俺も行く。アンタが何するか分かったもんじゃないからな、別にいいだろ?」

 

予想外のイリヤの返事に戸惑ったが、それを止めようとは思わなかった。誘われているのはイリヤなのに、そのイリヤが俺を誘ってくれているように見えたせいだろうか。

それとも、単純にイリヤとの食事をしてみたいと思う自分がいたのかもしれない。

 

「フ、構わん。たまには肩を並べて食事をするのも悪くはない。ここの料理はどれも絶品だと保証しよう」

「へぇ、それでどこにあるんだよ、その店は」

 

辺りを見回しても、料理店は丁度すぐ横にある、中華料理店「泰山」くらいなものだ。なぜか意味深に顔に影をつけながら、言峰はその泰山のドアへと伸ばし開けた。

止める時間はない。余りにも速くて、移動する瞬間さえ見えなかった。

 

「らっしゃいネ〜!お客さん何名さまっ?サンメイか?」

「どうも、店主。三人だ、適当に座っていいかな?」

「おっけぃヨ、座って座って」

 

なんとも疑いたいなまった日本語が店の中から響く。

 

「っちょ、えぇぇ〜!!??」

 

悲鳴混じりの驚きしかでない。いや、全力で入りたくない。

だが後ろのイリヤは違うようで。

 

「どうしたの、入ろう」

「…」

 

なんともまぁ、ノリノリだ。

ここまでされては、覚悟を決めるしかない。渋々店の中に入り、テーブルに座する言峰の反対側にイリヤと並ぶ。

 

「肩を並べて食べるんじゃなかったのか?」

「そうするつもりだったが、少し気が変わったまでだ」

 

変なやつだと思いながらも、言峰が差し出してきたメニュー表を受けとる。こういうのは気にしない方が楽だ。

 

「さてお二人は何を頼む?ここのオススメは麻婆豆腐だ。取り敢えず、麻婆豆腐を三人前でいいかね」

「麻婆豆腐……?それおいしいの?」

「よかぁない!アンタ一体、どういう神経してるんだよ!ここの麻婆豆腐はおいしいとは聞くがそれ以前に、超‼︎激辛で有名すぎるエキサイティン料理じゃないか。俺もだけど、イリヤに食べさせようとするな!」

「むぅ………お兄ちゃん、私を子供扱いしてるでしょ。辛い料理なのね。こう見えても、辛い食べ物は嫌いじゃないんだから。ペペロンチーノは好きだし」

 

その考え、甘い!ペペロンチーノなんて、ここの麻婆豆腐含めた『辛』という文字のついた名前の料理に比べたら甘く感じる。ここは中華料理は勿論だが、店主の気まぐれでワカメスープにすら辛みを投入するのだ。それも、並ならぬ辛さで。

加えて。あぁ恐ろしい……ここのエセチャイナっぽい店主、その激辛料理のお残しを絶対に許さないときた。

 

噂では……

 

 

 

 

※これより下はイメージです。実際の聖杯戦争とは何も関わりはありません。

 

 

激辛料理を残してお代を置いて逃げ出したとある平凡な若者(ワカメ)を追いかけて捕え。

 

「こ、こんなのもう食えるかよ!おい金は置いとくからな!」

 

ガラガラ

 

「グォラァァァ!」

 

「ひ、ひぃぃ〜!!追いかけてきたァァァァ!!」

 

「お客サン、お残しはダメ!!!!!!」

 

「ギャァァァァァ!ライダー、助けて!ライダーァァァ!」

 

連れ帰るや人間を拘束する程の大きさもある漏斗台に縛り付け、口に漏斗を咥えさせて残りを流し込むんだとか……

 

「離せよ!ヒッ……たたた、食べられないって言ってんの!別にいいだろ!金は払ったんだからさぁ!」

 

「違う違う、お残しは中華料理に対する侮辱ヨ??ヒャッハー」

 

「シンジ、とてもおいしいですよ。この麻婆豆……は怪物の私ですらたじろぐ程度には強烈ですが。ハフ……このエビチリは、小さくて可愛い。む、この天津飯はまた不思議な……フム」

 

「連れの美人さんはわかってるネ。さ、諦めて完食するよろし」

 

「ライダー後で覚えとむごっ!?アバババババババ!!!」

 

「ふぅ、ご馳走様です。この麻婆豆腐、何か良からぬ者を浄化させる効果がありそうですね。こう、年齢的に耐えられないショック療法的な意味の辛さがある気がします。慎二のお爺さんに一つ、お土産として持っていってあげますか」

 

※ここまではイメージです。実際の聖杯戦争とは何も関わりはありません。

 

 

 

 

「ぁゎゎゎ……」

「だからな、舐めちゃダメなんだ。誇張なしにぶっちぎりでヤバい店なんだよ、ここは」

 

ようやく、ヤバいという意味が伝わったようだ。イリヤの顔がやや薄暗くなっている。言峰は嫌がらせでここに来たのかと思ったけど、店主とは顔見知りのようだし。……いや、あの麻婆豆腐を食べにきているとは限らないか。

 

「ヘィ、お待ちどう!」

「ヘィ……?」

 

ドン!と3つ大きくも繊細な音が目の前で起きた。かと思えば次に、鼻の中に侵入してくる辛い匂い。

辛いの真髄。頂点に立つ辛味。あまりにも常軌を逸脱したソレは、最早辛いという味覚さえ麻痺させてしまうような、甘い誘惑を漂わせている。

 

言峰、イリヤ、そして俺の前には…噂の麻婆豆腐が出現していた。

 

「あっれぇぇぇ!?どうして頼んでもないのに麻婆豆腐出てきたんだァァァァ!!」

「以前、店主にこう言っておいたのだ。私が連れ同伴で来たら麻婆豆腐を人数分用意してくれとな」

「なにそのサービス!じゃあなんでメニュー選ばせたりしたんだよ!」

「会話を弾ませてやろうという気遣いだ。神父として、一種の導き方だと思ってくれれば結構」

「いやアンタが導こうとしてる場所、とんでもない地獄なんだけど!?嘘だね。そんなこと微塵も思ってないだろ言峰!!」

 

隣に座っているイリヤも、料理にあるまじきグツグツと音を立てる麻婆豆腐に戦慄していた。俺もだ、これは普通の人間が食べていいものじゃないのは分かる。これは人を殺せる、いや、国が動くレベルなんじゃないだろうか……!

こいつ、本当に食べられるのか?

 

「はふ、はむ……ん、どうした。遠慮するな、私の奢りだ」

「…」

「…」

 

こいつ、食べている。

うまそうに、煮えたぎるコロナのような麻婆豆腐を……!

 

「わ、私だって、た、食べれる、もん」

「イリヤ、無理はよせ!」

 

小刻みに震える右手で、レンゲを持ち麻婆豆腐をひとすくい。

瞳の中で何やら渦を巻き混乱を表現しながら、これはおいしいんだと暗示をかけているようにも見える。一種の催眠術だろうか、しかし。

 

「っ…ッっッぅ〜〜〜〜!!!」

 

ほんのわずか、一口にも満たない量の麻婆豆腐を口に入れただけで、その努力は塵と化した。

 

「うわぁあイリヤァァァ!水、水飲め!」

 

まるで命の危機に直面したような表情。プルプルと震えながら、両手でちびりちびりと水を飲んでいる。

だから怪しい人について行っちゃダメだと…いや、こいつ聖杯戦争の監督役だけど。

さて、目の前の趣味悪い悪魔にはもう怒ったぞ。このままギブアップして、言峰に麻婆豆腐を食べてもらうのは簡単だ。しかし。

 

「イリヤ、好き嫌いはあるか?」

「……ひ、きゃらひの(からいの)……」

 

あ、トラウマになったな多分。

 

「すみません店主さん、この天津飯って、小盛りにできますか?」

「アリャ、娘さんにはキツかったネ麻婆豆腐は。オッケよ、特別に小盛りで作ったゲル」

「ありがとうございます」

 

こほん。しかし、それだとイリヤは恥をかくのではないか。

粗末なものは食べないと言っていた。麻婆豆腐を見て、怒って帰ってしまうかもしれないのに、まだ席を立とうとしない。この子にだって、プライドがあるんだ。それがここから立ち去る選択を消しているとすれば、俺が一手うつしかない。

天津飯のお代は俺が出せばいい。

イリヤの前の麻婆豆腐を、自分の前に置く。泰山麻婆豆腐が二つ目の前にあるだけなのに、この迫力。もしかすると、ランサーに匹敵するのではなかろうか!

 

「さて、と」

 

イリヤとは二人で話したい事もある。

食事の後に、少しでも時間を作りたい。家に訪ねてきた時から、心がモヤモヤしているんだ。恩着せがましいかもしれないけど、悪いがここは無理やりこじ開けてやる!

 

「ほぅ……」

「なんだよ、出されたものは食べるぞ。けどイリヤには早すぎる、別にいいだろ?この麻婆豆腐を渡される方が、アンタにとっては嫌だろ」

 

言峰はニヤリと笑うと、麻婆豆腐を一口。

それに負けじと、こちらは麻婆豆腐を二口。口の中に入れた瞬間、辛さが爆発する。多分、誰かが見ていなければもう心が折れていたかもしれない。これは、味覚との勝負じゃない。精神が折れるか、否か。この際、味覚は麻痺するくらいが丁度いい。そう、そこまでいけば、麻婆豆腐の奥底に隠された旨味を引き出せるはずだ。何も辛いだけじゃないのは知っている。

ここで折れれば、せっかく引き継いだイリヤの麻婆豆腐の意味がない。イリヤを刺激せず、かつ話す時間を作るなら完食しかない。そんな直感が働いている。

 

「は、はふ……っ、はぁ、ぁ、ふぅっ!」

 

不安そうに見てくるイリヤは、運ばれてきた天津飯を食べて気に入ったようだ。

その安心した表情を見て元気が湧いてきた。

 

「良いものが見れそうだ」

 

 

 

凡そ十五分後、俺は二皿の麻婆豆腐を綺麗にしていた。

代わりに、口の中の感覚が麻痺していたのは言うまでもない。

 

 

 

──────

 

────

 

──

 

 

 

二皿を平らげた俺の食いっぷりを見て、喜んでいた店主にまた来てネ〜と言われ、愛想笑いを返して店を出た。

因みに、天津飯代は綺礼が出してくれた。

 

「見事、と言っておこう。たまには人と食事をするのも悪くはない」

「ひゅ……もぅ、一緒にひゃぶぇてやりゅ¥○☆……」

「ハハハ、とても聞き取りにくいな」

 

この野郎。いつか教会に続く坂道から転がしてやる。

 

「衛宮 士郎、そこまで意地になった理由は何か知りたいが、大方予想はつく。おっと、私は仕事が残っているので失礼する。また食べたくなれば、昼頃に来るといい。いくらでも麻婆豆腐を頼んでやる」

 

善意と本音100%の誘いを言って、最後に憎たらしい笑いを残し教会へと歩いて行った。……あいつ、これから何時間も歩いて帰るつもりだろうか。

後に残った俺は、ヒリヒリする口を押さえながら後ろに立つイリヤの方へ向く。

 

「……別に、無理して食べなくてよかったのに。お兄ちゃん、もしかしてバカ?」

 

なんか心に刺さった。

ここで精神折りにくるなんて。

 

「あはは……ごほっ、げほっ」

「ちょっと、もう。何言ってるか分かんない〜」

 

くそ、喉まで血がでそうなくらい痛い。

イリヤは呆れていた。

こっちは喋ろうにも、うまく喉が使えない。

 

この微妙な空気に飽きたのか。イリヤは手を後ろで組んで、一歩下がる。その動作だけで、もう行ってしまうのだと分かってしまう。それでも引き止めなければ。

イリヤは放っておけない。理由はそれだけかもしれないし、考えればまだ出てこないこともない。こんな子供が、バーサーカーを連れて聖杯戦争に参加する時点で異常だ。

かと思えば、急に家に訪ねてくる。話していても、無邪気な子供だ。夜の姿とのギャップに戸惑いを隠せない。

冷酷さを持ち、普通の少女としての面を持っている。そう思っていたけど、微妙に当てはまらない。納得できない。いや、なんだろう。

 

 

「今日はもう無理だけど、その、今日のお礼……?ん〜、なんか違うかもしれないけど、とにかく。ランチをご馳走する、いや、させて。そこでお話ししましょう」

 

イリヤは後ろを向くと、早口でそれを言った。

 

「その為に準備しなくちゃいけないの。そうね、明日のお昼前に郊外の森の前に来て。セイバーも一緒で構わない。むしろ、そうじゃないとフェアじゃないもの。あぁけど残念、次に勝手に来ようとしても分からないように、森に仕掛けはしてあるんだから!」

 

郊外の森っていうのは、冬木市の…?うん、あそこ以外思いつかない。

突然の招待状(口約束)に戸惑っていると、郊外の森という大雑把な事だけ言ってイリヤは駆け出していた。

 

「えっ……」

 

走り去る彼女を追えなかった。

 

 

ここで追うのは間違っている。そんな当たり前のことは、さすがの俺にもわかる。

イリヤの背中を見送りながら、思い出していたのは家に訪ねてきた時のことだった。セイバーとバーサーカーが戦った次の日でも御構い無しに来たときは参ったな。あの時、居間で話しているイリヤは興味深そうに聞いていた。

 

まるで、世間を知らないかのような……

 

「道を間違える前に、止めたい」

 

イリヤとの約束は明日、はぐれてしまったセイバーを見つけてこのことを伝えよう。

 

 

 


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