fate/SN GO   作:ひとりのリク

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夜の訪問者

遠坂邸の一室で、床に座りながら体調が戻るのを待っていた。痺れたり、身体の身体機能が無くなるような事はない。アーチャーから真剣に、切に願うような淡い表情で渡された刀を持った瞬間、脳を直接叩くような衝撃を味わったと思えば、いつの間にか数分が経っているんだ。

確かに、何かを観たという実感はある。間違いない。これが体調が戻っていない原因かと聞かれると、そうじゃないと思う。これは、忘れるべくして空白になったような、不気味な確信を持っている。不安を抱くよりも、思い出す瞬間まで気長に待つべきだと脳は伝達してくる。

こうして、暖房が効いていない部屋でケロリとしていられる。これが、異常だ。体調が戻るというよりも、異常に暖かい体温のせいで全身が重たい。動けないから、やむなくそうしているだけだった。

 

「身体があったかい。部屋全体の空気って感じじゃなくて、俺の身体から熱が出てるのか…?」

 

だとすれば、まずい。この熱は、逃しちゃいけないものだ。

そうと決まれば無理にでも動かさないといけない。思い切り、両足に力を入れる。ピリッと鋭い痛みが走るが、なんとか立ち上がる。

 

…なんだ、簡単じゃないか。人間、精神を研ぎ澄ませれば身体が付いていくもんだ。少し熱さが増したけど、どうにも悪い気分じゃない。

アーチャーの荒療治が下手くそなせいだとボヤいて、すぐそこにあるドアをゆっくりと開ける。

 

「遅い」

 

ムスッと不機嫌そうな顔が目に入る。

苛立ちを隠さない一言。

 

「……うわぁ、部屋を出てすぐこれか」

「失礼なやつめ。悪いが、こちらだって暇ではない。あの程度で疲れるお前が悪いのだ。もっとハキハキしろ」

「スパルタめ……まだ、調子が出ねえんだよ」

「そんなものは言い訳にもならん。見るにお前、まだ回路のスイッチが入ったままだろう?妙に体温が上がっているような感覚はあるか?」

 

ゆっくりとドアを閉める。

それをアーチャーが言っても、驚きはしなかった。こいつが俺の身体を診たんだから、こういった症状が出るのは予想の範疇にあるのだろう。あまりにもすんなりと受け入れている自分がいるが、不思議と馴染んでいたので気にしない。

 

「あるよ。さっきまではアホみたいに熱くなって、動こうにも動けなかったんだ。これってなんなのさ」

「お前の魔術回路はかなり面倒な構造だったのでね、シンプルにしてみたのさ。その複雑さのせいで眠っている回路ばかりだった。無駄の塊、実にお前らしい。だからスイッチ一つで必要な部分に必要なだけ魔力が届くように改良しただけだ」

 

あぁそう……要するに、わざわざ俺が使いやすいように改造してくれた訳ですか。

 

「体温の上昇はその為だ。今のお前は逆に、碌に使いもしなかった場所に魔力を流し続けているんだから、回路が焼けそうになっている」

「それって、無駄な魔力を消費してるって事なのか!おい待ってくれ、どうすればオンオフが出来るんだよ!?焼き切れたらまずいだろ」

「落ち着け。そう慌てても、スイッチのオンオフは出来ないぞ。慣れるまでは意識する事が大切になる。虚妄の中でイメージしろ、己の体内にあるスイッチを、魔力を魔術回路から切り離すように」

「イメージって、簡単に言ってくれるなぁ」

「明日を生き抜く為だと思え」

「わ、分かったから離れろ…」

 

アーチャーの例えたイメージというものを俺は、既に掴みつつあった。ついさっきから、頭のどこかにスイッチのような引っかかりがあるからだ。

押せない訳ではない。ただ、下手に触っていいものなのかという不安があった。しかし、心配はなさそうなので、スイッチのオフをイメージする。

 

「ん…?」

 

すると、全身を循環する熱の勢いがグングンと遅くなっていく。

三秒も経てば、むやみやたらと熱を出すものは無くなっていた。

 

「なぁアーチャー、これでいいか?」

「なに、もう掴んだのか!いいか、その感覚を覚えろ、離すな。それがスイッチオフ状態だ。今は身体の負担が抜けきっていないだろう、休んだらオンオフに切り替える練習をしておけ」

「ぐっ…分かった」

「一先ず、上手くいったようだな。十分だ」

 

背を向け、歩き出す。

 

「最初は少しずつ接点が離れるような感覚だろうが、慣れれば問題ない。それこそ、指を動かすように無意識に切り入り出来るようになる」

 

階段を降りるアーチャーを追いかけると、最後にと言ってこう付け加えた。

 

「あぁその前に、先程の事は全て、セイバーに話すな。当然、凛にもだ。その腕の事を突っ込まれれば、治療の一環だとでも言えばいい」

 

 

──────

 

────

 

──

 

 

二人はソファでゆっくりしていた。何故か頰がこけている遠坂と、鼻をほじるセイバーが振り向く。

 

「待たせてすまない、セイバー」

「おう。アーチャーに変なことされなか……ちょ、お前!腕どうしたそれぇぇ!?」

「治してくれたんだ。俺の魔術回路を診るついでだってね」

「いやいやいやいや、士郎おめぇ人間辞めてんじゃねえの!?」

 

案の定の反応ありがとう。

ソファから飛び上がり、遠坂も駆け寄ってきた。

 

「えぇ!?衛宮くんに何したのよアンタ!まさかそんな回復宝具を隠していたなんてねぇ?詳しく聞こうじゃないの!出しなさい!」

「待て凛。私はそんな宝具など持っていない」

 

遠坂は俺の腕を見るなり、アーチャーに非常に良い笑顔を見せた。

 

「おいアーチャー、うちの士郎の身体に何しやがったんだぁ?どう見ても異常だろうが!!これが魔法か?ケアル?ホイミ?」

 

セイバーはセイバーで、アーチャーにガンを飛ばしている。

すぐに帰るつもりだったけど、アイツの戸惑う姿が面白いのでもう少しだけ居させてもらう事にしよう。

 

「お、おい衛宮 士郎!なぜ呑気にソファに座っている。この状況が分からんのか」

「分からん。タチの悪い奴らに絡まれてる男がアタフタしてて面白い」

「恩という言葉を知らないのか!自分の右腕に聞いてみろ!!」

「俺の右腕は話さないぞ」

 

頭の悪い会話をしながらも、凛とセイバーはガンを飛ばし続けていた。

 

 

───それにしても。

 

アーチャーに連れられて、部屋に入ったまではいい。そこから先の記憶が曖昧になっているのは何故だ。

混沌とした破片のみが記憶に残っている。かといって、これが何も役に立たないかと言われれば違う。小さな破片一つ一つも大事な物で、絶対に忘れてはいけない。

今の俺は、どうなっている。混乱が行き先を霞ませている。

忘れた事を思い出すだけじゃ、駄目だ。それだけは分かる。闇雲にデタラメに、そして無様を晒してでも探り当てなければいけない。ただ、後悔したくない。その一心が、俺に警鐘を鳴らす。

 

「胸が、痛いな…」

 

 

話は片付かないまま、結局帰ることになった。こう散らかっていると、なんだか落ち着かないけど。少し疲れた。

 

 

 

 

 

 

騒がしい二人が去り、家は一気に静けさを取り戻した。

リビングは近代化が進んでおり、LEDの照明のお陰で白く落ち着きのある雰囲気だ。

 

「ねぇアーチャー」

 

凛は窓から離れると、ソファに座りながらそう呼んだ。

あまり、此方としてはよろしい内容のものではなさそうだ。今日の山場を登りきったばかりの身としては、ゆっくりしたい気分であるが。

 

「どうした、凛」

 

もう少しの辛抱だ。

 

「どうして衛宮くんに肩入れしてるの?会った時から、あの小僧は気に入らん!とか言ってたクセに。どーも気になってしょーがないんだけど」

「そう見えるか?ならば気のせいだよ、凛。アレを嫌悪はするが、好きでお節介をしようとは思わない」

 

そこで話は続かないと判断したのだろう。

 

「ところで、記憶は戻った?」

「……少しだけ、な。肝心な部分は何も」

 

話題はアーチャーの正体へと変わっていた。

アーチャーは真名を忘れている。その程で、マスターの遠坂 凛に「君の下手な召喚のせいで記憶があやふやだ。とんだうっかりだな」と身もふたもない責任を彼女に被せていた。

 

「昔の自分を思い出した。名前とか、住んでた場所は分からないままだ。だがまぁ、私の事を思い出すのに必要な部分に違いはないさ」

 

真名を忘れたという事は、切り札である宝具も使えない。この状況を早く打開したい遠坂であるが、アーチャーがこの態度ではそう簡単にはいかないだろう。

 

「今夜は休むのだろう?私は見張りをしておくからゆっくりするといい」

 

そう言って、リビングを後にした。そのまま明かりのない廊下へと出て二階へと向かう。

小さな()を吐く。

そして、代わりに大きな深呼吸をする(進展を喜ぶ)

微かな喜びを感じていた。恐らく、理解される事の方が稀な達成感。誰かに話すには早すぎる、故に苦しさを伴う路の道中。独りの戦いは慣れたものだろう。

 

 

 

二階の廊下へと着くとふと、ついさっき衛宮 士郎を連れ込んだ部屋のドアが数センチ開いているのに気がついた。その意図を察すると、歩き出す。

 

 

 

「ふむ」

 

今夜は珍しく、凛は休むと言った。

ならば彼女の護衛の為に、自分は自陣からは離れられない。本音を言えば、今すぐにでも他のサーヴァントを倒しに行きたい。少しでも早く、この聖杯戦争を終わらせたい。

だが、マスター無くして今はない。マスター亡くして、聖杯は手に入らない。

 

「サーヴァントというのも、不自由なものだ」

「嘘はよくありませんね、マスターには真名を隠されるおつもりですか。女性を蔑ろに扱うのは、キャバクラでブリーフ一丁で王様ゲームをする行為より酷いですよ」

 

 

 

部屋に入って呟いた言葉に、穏やかな声で反応が返された。

 

 

紳士のような丁寧さ。相手を刺激しない声量。

 

その一言一言は安心感を与えてくれる。

 

 

久しぶりに聞いた声に、思わず口元が緩んだ。

 

 

 

「フ……驚かせないでくれ。何処に消えたのかも分からないコチラは、ハラハラしていたんだがね。訳のわからない例えをするくらいだ、どうやら余計な心配だったな」

「えぇ、少なくとも私の役目を果たすまでは、何を言われようとも木偶になる訳にはいきませんから」

 

ドアの異変に気付いてから、ここに入るまで一切の警戒を抱かなかった。窓際に立つ、後ろ姿。

 

「あぁ、その目でオレを見ないでくれ。別に嘘を吐いたとは思ってないぞ。少しばかり隠し事が多い気もするが、昔を思い出して記憶を鮮明に蘇らせているだけのこと。フ、違いないだろ?」

「長い付き合いになりますが、人はこうも変わるものですね。確かに、嘘は吐いていません」

 

それは、彼/彼女だからだろう。

不審に思う余白もないのだから。

 

「首尾の方は如何ですか?」

「……概ね、問題ない」

「その割には、イリヤスフィールを直ぐに殺さないのはどうしてでしょう?バーサーカーはやはり驚異、これだけでも理由は十分。セイバーのマスター、───が駆けつけるまで数秒はありました」

「痛いところを指摘するんだな」

「それはもう、仕方のないことです。楽しいですから。何より、理由はわかっていますよ。だからこそ、貴方には口に出してほしいと思ったんです」

「あれは悔しかったな。イリヤを殺すつもりでいたが、ふと視野の奥から迫るあの男を見てしまってね。だが、それでも構わないと思った。バカの気を引き締めるには、こうでもした方(イリヤを殺す事)が良い方向に導けるとな」

「そうですか。成る程」

「言っただろう。昔を思い出していたと。正義のヒーローを目指す男の人生を。救いたい人を救えなかった衝動から、荒れた様を」

 

それは口を閉じた。

今、言うべき事はないと判断したからだろう。

 

「だから、手が止まっちまったよ。救いたいヤツがバカな侍であれ、イリヤであれ、最初の想いを踏みにじる勇気が無かった」

 

アーチャーは今、確かに成長している。

それは安心を感じていた。ここに来た意味があったと、隠している顔の表情が暖かいものになる。

 

「あれは確かに、イリヤを救った。イリヤスフィールを殺せなかったのは、あいつのせいだからな。まぁ知る由もないだろうが、オレも少しだけ後押しされてしまった」

「……私は」

「何も言わないでくれ。ただ、気が楽になった」

「……よかったですね」

「全てじゃない。あの場で、あのひと押し。ハッキリ言おう、ズルいだろう」

「私は聞いていたわけではありません。遠くから、様子を伺っていただけです」

 

素直じゃないアーチャーの言葉が面白い。

それは、やはりいつまでも変わらない性格なのだと小さく笑った。

 

「───の元から離れる貴方の表情は、過去のどれ(データ)と比べて最も笑っていました。紛れもなく、ガラスの仮面を着けていない貴方自身です」

「やれやれ、一体どこから見ていたのやら。アーチャーの眼を欺けるとは、アサシンの気配遮断持ちか?」

「まさか。それは私のせいではありません。セイバーがバーサーカーと奮闘している最中で、貴方が誰よりも焦り、苦しんでいたからでしょう。令呪のブーストまでされるとは思ってもいなかった」

「酷い男だとは思わないかね。一人を救うために、一人を殺す。一人の未来を示すのに、自己の願いを優先する。これが、正義の味方と呼ばれた姿なのか?」

 

それは、迷わずに答えた。

 

「えぇ、酷い男だと思います」

 

そして、迷わずに答えた。

 

「けど、イリヤスフィールも救って、セイバーも救った貴方は間違いなく正義の味方ですよ」

「それは、オレじゃなくて…」

「いいえ、貴方です」

「そう、か。口が達者で困るよアンタは」

 

 

向かい合っていた姿勢を崩す。

それは、窓の外をふと見つめると、アーチャーのこれからを聞いた。

 

「次のご予定は?」

「柳洞寺の門番、アサシンの元へ行く。前回はセイバーに追い出されはしたけど、オレの目で確かめたいんだ。アレの正体を」

「そうですか。きっとそれが正しい道なのでしょう。だけど忘れないでください、貴方の側には守るべき少女がいるのですから」

 

アーチャーは答えない。別れの時が迫っていると感じ取っているからだろう。何か、引き止める手はないかと考える。

その顔がまた可笑しくて、それは笑いを溢した。

 

「ふふ、安心しましたよ。ちょっと道に迷っているなら、ナビゲートしてあげようと思って来たんですが、いらぬ世話でした」

「む、なんだよそれ。もう少し、ゆっくりしていかないのか?」

「お言葉は嬉しいですが、私はこれで失礼します。これ以上、聖杯戦争に関係のない者が舞台に上がるのはまずい。聖杯戦争の終結までは、寝ておこうと思います」

「…」

 

引き止めるのは、野暮だとアーチャーは理解する。だから、笑った。自然と笑顔になった。

 

「さようなら、───。何があろうと、私は行く末を見届けましょう」

「あぁ、ありがとう、──。必ず、どちらかを迎えにきてくれ」

 

その声だけで十分だ。戦い抜いてみせる。

 

夜風が騒めく。

 

部屋に入る夜風が心地よい。

 

 

 


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