fate/SN GO   作:ひとりのリク

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「ライダー……ごめんなさい……」


マトウ ゾウケン

不気味を醸す風が、横切る光によって掻き消される。

夜の町を遥か上から照らす幻想の光景。人生で二度は拝めない輝きが空を舞う。残念な事は、一つに住人は誰もその姿を見ていない。ただ普通に生きるだけでは、唯一の幻想を目にする事はこの夜だけだろう。

そして。一つは、奇跡に身体を預ける少年が人らしく涙を噛み殺しているくらいだろうか………

 

 

 

 

ライダーの宝具によって活動していたペガサスは、人気のない森林に降りた。羽をバサりと広げると、後ろで項垂れる間桐 慎二が尻から地面に落ちる。

ペガサスの表面が欠ける。幻獣はそれを気にせずに、慎二の顔を覗き込むと、ブルブルと音を上げた。笑っているようにも、悔しがっているようにも見える。慎二が何か、声をかけようとするとガラスが割れるように四散してしまった。

 

 

「うそだ………」

 

歯を食いしばる。

 

「なあ、おい」

 

声は震えていた。

 

「ライダー、お前そういう奴じゃないだろ?」

 

 

落ち着かない素振りで周囲を見渡す。

だが、当然いない。

ライダーは、死んだ。

両手が震えている。呼吸も整わない。何処かもまだ分からない場所で、膝から地面に崩れる。胸が、震えていた。

 

「……ハハ」

 

可笑しい。

渇いた笑い声。これが、ついさっきまで町の人間を溶かして魔力にしてやろうと企んでいた、非人道を選んでいる男だからだろう。

 

「僕らしい……」

 

ライダーを失った。恐らく、聖杯戦争最初の脱落。

プライドが自身を傷つける。手にした希望が消えるというのは、魔術師にはなれないという現実を見た時の感情と同じだ。取り返しのつかない後悔と、掴みようのない域への嫉妬。

どうしてか、友人の衛宮 士郎の顔が浮かんだ。

 

「肝心なとこで勝てなきゃ、僕に意味はないじゃないか」

 

つまりは、そうなのだと言う。

一歩、一歩と震える足に力を込めて歩く。少しでも気を緩めば、訳のわからない恐怖と喪失感に意識を押し潰されると理解しているからだ。

夜を歩く姿は、誰よりも疲弊しきっていた。最も、混沌とする冬木の夜を歩く物好きは、彼だけだが。

 

 

 

──────

 

────

 

──

 

 

 

意識が覚醒したのは、閉めずに開けっ放しにしていたカーテンからの眩しい光が差し込んだから。

気がつくと、布団の上に転がっている自分。部屋を見渡して呟く。

 

「帰ってたのか」

 

見慣れた小道具に家具。部屋の風景に、机の上に飾られた一枚の写真。縁に収められたそれには、少年と少女が写っている。それを見て、また悔しさが込み上げる。

悔しさが何なのかは考えない。

 

「だってもう、無意味じゃん。今更、何を振り返るっていうんだ。それに」

 

無意識のうちに帰っていたとはいえ、つくづく自分のバカさ加減には笑ってしまう。

ここに帰ったとして、それがもし聖杯戦争から脱落した身ならば…

 

 

 

 

 

 

「殺されるだけだってのにさ、ハハ。悪いなライダー」

 

 

 

 

 

 

タイミングを見計らったように、ドアを二度軽く叩く音が部屋に響いた。敢えて、返事をする。訪問者が誰かは知っている。

 

「何だ、桜か?顔も見たくない。余計な世話はやめてくれ」

「そんなもの、この老いぼれに望まれても困る」

 

酷く枯れている。低く、しかし部屋が静かなだけにじっくりと染み渡る不快な声。ドアを開けて部屋へと入ってきたのは、凡そ普通に生きただけでは成り得ない容姿をした人の皮を被る化け物、間桐 臓硯。

間桐 桜を駒として扱い、今回の聖杯戦争へマスターとして参加するのを許可した人物だ。言い方を変えるなら、まだ桜が未熟だと知っているからこそ慎二がマスターになると言い出したのを、好都合だと捉えて死地へ行かせた。

 

「……、なんだよ、あんたか」

 

知っていた。桜がここに来るなんて、今はありえない。

 

「阿々、またも情けなく負けたバカタレを見にきたが。サーヴァントを失っても生きるその執念だけは、ワシも感心するわぃ」

 

よく言うぜ、心の中で叫ぶ。

その執念でこの男は、臓硯は何百年と生きながらえている正真正銘の人外。その方法は知りたくもないが、聖杯を手に入れるという目標は人の寿命を最悪の方向へと進めている。

 

「慎二、貴様に今回を任せたのは良かったと思っとる。第五次聖杯戦争は魔窟もいいところ。あのメドューサが容易く落ちるのだ、桜じゃどのみち途中で敗退しておったろうな」

 

何か反論したい気持ちがある。この男、桜を聖杯獲得の為に使い殺そうとしているのだ。だが、悲しい。今出来ることは、せいぜい魔道書を頼って低質な魔術を扱う程度なのだから。この先短い寿命を、更に縮める事になる。

 

「次までに、桜は完璧に仕上げておかなければならん。それには、こちらも更に時間がいる。だからなぁ」

「なんだよ」

「その目が気に食わんっていう話だ」

 

息を吐くように、臓硯は魔術を使うそぶり無く、背後から現れた影を操り慎二の身体を拘束する。陽射しを浴びても消えないというのは、妙な光景だ。

感情の芯から絶望に浸るのを感じた。だが、もう無視してしまう。そうしなければ、まともに話も聞けない。この男には、最後まで牙を剥いていたい。

 

「…ぐ、そが」

「ふん、情けない。魔道書が無ければ、老いぼれにすら勝てん。いやまぁ、あったとしても無理だろうがな。これなら出来損ないがまだマシじゃわい。そういう訳で、お主はもうこの家に必要無くなった」

 

品のない笑いを聞いて、怒りが沸いてくる。

 

「だが尚も消えぬその目の抵抗心。それ程に、桜を助けたいのか?」

 

知っているからだ。冷めた鎖に繋がれる妹を、慎二が解放しようともがいているのを、嘲笑っている。

楽しんでいるんだ。何を思っているかは分からない。あまりにも長い年を生きているせいで、楽しみがないのか。聖杯を求めるだけじゃ、娯楽が足りないのか。何にせよ、魔術師もどきの舞台にすら上がっていない姿を、最高に下卑している。

 

「では、どうにかしてみせい。今ここで、わっぱ一人を殺すのは造作もない。だが、孤独の底からのし上がる実力をつけるのであれば、桜を解放してやるぞ」

「この、くそが…!死刑宣告と変わらないじゃないか。実力?笑えるね、僕がどうすれば及第点なのかくらい教えてくれよお優しい爺さん」

 

慎二の精一杯の返事に、良く聞けとばかりに声を貼った。

 

無論、聖杯だ。兎に角、聖杯の器であればよい。次に家の敷地を跨ぐ時に、聖杯を持ってくれば桜は必要無くなる。価値とは、同価値以上の物で交換するものだ。本人にとって、喉から手が出るほどに欲する物であれば、別の何かを手離すのに躊躇せん」

 

無茶苦茶な″指示″。

お前には何も期待していない、遠回りに臓硯は冷酷に告げる。馬鹿にしているのではなく、当然の事だ。魔術回路もなく、サーヴァントとの契約のあてもない。こんな状況下で、下手に外を歩けばライダーのマスターだったというだけで殺されかねない。

魔術回路がない故に、令呪が現れない慎二。しかし、ライダーを従えていた事実がある限り、マスターが死んでしまい放浪しているサーヴァントがいれば何かしらの方法で契約される恐れがある。だから、外に出るのは裸も同然。それを踏まえて言うのだから慎二すら表情は凍る。

言いたい事を終えると、ベットの上に慎二を落とす。影のようなものは、消えていた。

 

「ふん。ちと痛い目に合わせても、その目は変わらぬか」

 

部屋のドアに手を掛けて言い放つ。

 

「もし聖杯が無理だというのならサーヴァントでも連れて来てみろ!そうすりゃあ、儂の部屋に招き入れてやるぞ」

 

臓硯が部屋を出る。

 

 

「″その言葉″、忘れるなよ」

 

 

独り。

ただ荷物をまとめ始める。

その中には、悔しさも忘れてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確信があった訳じゃないんだと思っていた。

その場所が一つの可能性として真っ先に浮上しただけだったのかもしれない。

 

「ちっ、桜のやつ。余計な口挟みやがって」

 

最低限の衣服、財布、その他必需品を詰めたバック背中に呟く。

昼間の町中を歩く。

向かう先は。

 

 

『兄さん……無茶はやめて下さい。どうか、教会に……』

 

 

妖怪がすむと噂せれている自分の家を出る時、玄関で待っていた桜が熱のこもった声で言った言葉だ。涙目で言う姿を初めて見た。思わず、立ち止まりそうになった。

だが、それは違う。それだと本当に意味がなくなる。無駄になる。何故、お前はここで泣くんだと押し退けて、家を飛び出した。

 

サーヴァントを失ったマスターが最後に辿り着く場所は、聖杯戦争の監督役がいる教会だ。そこに駆け込めば聖杯戦争が終わるまで命の保証をしてくれるという。

桜の言いたい事を理解した上で、保護という目的以外で教会に足を運ぶのだ。

 

 

 

 

教会の門を通る。ここまでマスターにもサーヴァントにも出会わなかったもんだと、運を笑う。

 

「なんで門から教会までがこんなに長いんだよ。面倒で嫌だね全く」

 

教会の風景なんて楽しむ余裕はない。

早歩きで教会のドアまで行くと、静けさなど知るかと思い切り押しあける。

中はシンとしていた。だが特別、何かの儀式をしている風でもない。教会には一人しかいない。正面にいるのは。

 

「ほぅ……ライダーのマスターか。こんな昼間から此処を訪ねるとは、信仰熱心なのだな」

「はっ、胡散臭い宗教への勧誘かい?悪いけど今の僕にそんな暇はないのさ」

 

今回、第五次聖杯戦争の監督役は言峰 綺礼。

カソックの姿ではあるが、身長は190以上は確実にあるので初めて会うやつなら神父だとは信じられないだろう。

会うのは二度目だ。聖杯戦争開始前に、マスター登録とかいう面倒な手続きの為に来た以来。その時少し話したが、自分とは合わない。会話の中でこちらを見透かすようなセリフ、誘いが気に入らない。兎に角、非常事態でなければ関わりたくもない人物だ。

 

「なるほど、その様子を見るに、脱落したと見える」

「うるさい!勘違いはするなよ、僕は保護されに来たんじゃない。はぐれサーヴァントがいないかを聞きに来ただけさ」

「ここは、迷子センターではないのだがな」

「知ってるさ。こっちだってお子様扱いされるつもりはない。気の迷いで立ち寄っただけだからね、何もないならすぐに出るさ」

 

こちらをからかう風にしか見えない。

もう用はないと言い、外に出ようとした所を肩を掴まれてしまった。

 

「なっ、オイ離せよ!」

「待ちたまえ、迷子ではなく、迷える子羊というのらば神父として導かなければなるまい」

「何だそれ、つまり何が言いたい訳?簡潔に言ってくれよ」

「丁度、マスターを探しているサーヴァントがいるのだが。君がその気になれば、聖杯戦争への復活権を与えよう」

「──は?」

 

思考が止まる。

あまりにも調子が良すぎて、現実をのみこめない。理解が遅くなってしまった。

だが。

 

「くれ……!契約させてくれ!おい神父、その言葉は本当なんだろうなぁ!僕を馬鹿にするための嘘だってんなら」

 

即答した。

どんなサーヴァントでもいい。

最後にもがくチャンスをくれると言うなら、どんなヤツでも貰う。

神父はそれを聞き届けると、満悦に笑う表情を隠しもせずに、「お呼びだぞ、英雄王」と言った。

 

 

「おい、雑種。この(オレ)を、馬鹿にする為の材料とほざくか。どこを見てそう判断するのか、聞こうではないか」

「────」

 

 

綺礼の側に現れたのは、金髪の男性。

その見た目、英雄王と呼ばれた名前通りの、全てを見下す態度。赤い瞳は自分を見てはいるものの、眼中にはないと悟る。彼の独特の雰囲気が、お前の話には興味がないと告げている。

バクバクと心臓の鼓動が速くなる。なにせ、目の前の王は今まさに、自分を殺そうとしているのだから。あの興味のない者を見る目は、自分以上。癪に触った相手を断罪するか、否かの瀬戸際に立ってしまっている。

僕に、この命に価値を見出せなければ、死んで構わないと決断される。

 

「…………ア、ハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

だから、己を感情で表現する。

恥なんて捨てよう。今は、音のない教会を少しうるさくする程度にタガが外れた瞬間を祝ってほしい。

何故って。

 

「フン、中々に面白い雑種が助けを請うてきた。つまらぬ返事(YESかNO)だったら、綺礼。お前の仕事(後始末)が一つ増えるところだったなぁ」

 

笑い、誇りを捨ててでも生きなければならないのだ。

そうしなければ、ただの一般人である自分に興味なんて持ってはくれないと本能が理解した。

 

「喜べ少年。君の想いは、天へと届いた」

「フハハ。さて、雑種。疾く答えよ、その歪んだ魂の名前を。契約はその魂に刻む光栄をもって成立する」








何やかんやと話を進めるうちに、お気に入り登録は200件をこえました。地の文が滅裂としているのに、こんなにも増えて嬉しく思います。

次回からは、後半。
1/4章最後のプロローグを公開します。尚、このプロローグは次回投稿より前に作品のあらすじでも更新します。


────

憎しみは晴れる為にある

何もかもが思い通りに行く筈だった
復讐を成して悦びに酔うと疑わなかった
だがこれこそが慢心だと現実に嗤われる

妄執の蟲は嘲笑う/復讐は少女から遠ざかる

〜僕には聖杯が必要だ、正真正銘の悪足掻きさ〜
〜此処では死なない、私はこの感情を知りたい〜

十二の短針の終わり迫る森
叶えたい望みを持つ者が衝突する

────

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