あぁ、もうグズ!どけよ、お前が聖杯戦争のマスターになったところで初日で殺されるだけさ!
あの陰気くせえ爺さんだって納得させた、これ以上の理由なんてないんだよ。ハハ、ハハハハハハ!
暗い底。
灯るのは階段の側に置かれた、魔術を用いた淡い光が点々とあるだけ。
何処かも知れない場所で、ライダーは召喚に応じ現界した。異様な雰囲気は風景だけでなく、この場にいる二人の人間からも感じられる。一人は女。裸にタオル一枚という、なんともさもしいものだ。紫色の髪は腰あたりまで真っ直ぐに伸び、とても美しいと思える。だが、独特の暗い空間が相まってだろう。彼女の瞳には、恐怖と葛藤が見られる。何を意味するのかは、聞けない雰囲気だ。
もう一人は男。魔道書を左手に声高に笑っている。クセのある蒼い髪と、土色が印象の服装を着ている。こちらの瞳は、落ち着いていた。絶えず笑うテンションとは裏腹で、慎重さを感じる。
男は女へ退けと言って、ズイズイと向かっていく。
「おい桜、お前はもう休んでいいぞ。
よぉ、お前は僕のサーヴァントだ。女か、まぁ頼りなさそうだけどさ、仲良くしようぜ。
僕の為に聖杯を手に入れてくれよ」
初対面の言葉として、選ばないであろう小汚く感じる何かを敢えて言っている。それこそが、間桐 慎二。第五次聖杯戦争のライダーを使役するマスター。
ライダーは最初に言う言葉を選ぶにあたって、悩んだ。マスターに対して返事を返すのが普通だ。マスターに従うサーヴァントとして、当然だろう。しかし、この男の背後には、疲弊した女がいる。
違う、憐れだから声をかけようかと悩むのではない。何か、引っかかる縁を感じたから、話をしたいと思ったのだ。
まるで、いや。わざと女の前に立つマスターへの返事と指摘を置いて、言葉を出す。
「サクラ……貴女が、本来のマスターですね?」
「……!……何の、こと」
淀んだ空気のような返事だが、言葉を交わした。
そして、確信する。
「おい、僕がマスターだって言っているだろう!アイツはもう関係ないんだよ、僕を無視するんじゃない!!」
サクラこそ、本当のマスターであると。そして、この男は…
「何故です?」
「ふん、僕が間桐家の。そこの妹より上にいるからだ」
サクラの変わりとなる、身代わりではないだろうかと感じ取っていた。
(この男は、何故言葉を選ばないのだろう)
召喚されて数分で浮かんだ疑問である。
「───ダー、おい!」
「……すみません、少し傷が痛んで」
ゴーストタウン、そう言われても頷ける街の風景が奥まで伸びる住宅街の中を間桐 慎二は歩いている。建っている家からは明かりが漏れているが、決して外に出ようという意思は見受けられない。僅かな明かりすら、今の夜を照らす事は避けたいように見えた。
彼のサーヴァントであるライダーは霊体化し、彼の後ろを守護霊のように付いていく。霊体化とは、簡単に言えば透明になること。任意で姿を見せる事もできる。
「つーかさぁ、まさか衛宮といい勝負がやっとのサーヴァントだなんて、想像すらしてなかったよ。サーヴァントってのは、魔術師なんか簡単に殺せるんじゃなかったのか!!??」
慎二の口数は減らない。
ライダーの身体を労わるどころか、嫌味で傷口を刺激するようなことばかりを言う。これは普段から変わらない。失敗したら罵り、成功すれば褒める。結果を見て表情を変える、どうしようもない人間だ。
「はぁ」
そして、機嫌を悪くする要因が一つ増えた。
「あいつが魔術師だった事も驚きさ。…んだよ、よりによってお前に負けたのかよ僕は」
穂村原学園の敷地内にある雑木林での戦闘の事だ。
あの時、衛宮 士郎には確かに魔術回路があった。セイバーを使役していたのが何よりの証拠。慎二が、魔術回路を持たない特異なマスターが何を思ったのかは想像に容易い。
「だからさライダー、もう
「……もう、必要はないと?」
意外な選択。
マスター、慎二は魔術師としても、人間としても出来ていない。元々、魔術回路のないマスターに魔術師としてどうこう言うのは見当違いだとしても、節度のなさは一級品だろう。
育った環境を知れば多少、理解は示す。魔術師の家系産まれで、本来あるべき魔術回路が無いという屈辱が拭いきれない幼さを際立たせていた。一族は既に衰退の一途を辿っていたのが、慎二で遂に無くなってしまったせいだ。
その事実を知ったのは中学校の中頃。頭は良く、学年ではトップレベル。なまじ天才肌なだけに、魔術師としての才能が皆無だと知った日から、何かが歪んでいった。
「あぁ。毎日毎日、遠坂のやつが呪刻を破壊しやがるからな。十分役に立ったさ。学校に仕掛けたのを
だから、相手を騙したり、欺いたりする頭を持っているのかもしれない。
慎二とライダーは、聖杯戦争が始まる前から既に準備を始めていた。
ライダーの能力を活用し、最大限のパフォーマンスで挑める体勢を整える。その一つが、魔術回路のない間桐 慎二の弱点を補うことにあった。魔力供給だ。
慎二はライダーに魔力供給をする術を殆ど持っていない。ライダー自身の吸血行為によって、一般人から魔力を吸い集める事で場を繋いでいた。
そこに都合良く、ライダーの能力を知って思考を巡らせる。
魔法陣を設置し、7〜10日程度の日数を経て発動可能な宝具。
簡単に言えば魔法陣内にいる人から魔力を吸い上げる結界宝具で、本格的に始動する7〜10日までは周囲の魔力を集める程度だ。これが真に力を発揮すると、中にいる人は溶けて発動者に魔力として吸収される。
「遠坂にならバレると思って、敢えて学校の方には余力くらいしか割いてなかったけど。もうその役割は果たせた。今、その余力すら惜しい、だからいいんだよ」
遠坂 凛が休日や夜中、穂村原学園に寄っていたのはこの魔法陣を見つけて破壊する為。彼女は、魔法陣に触れただけでこの脅威を悟っていた優秀な魔術師らしい。
ライダーは懸念していた。セイバーとアーチャー、そしてマスターである士郎に自身が負けて逃げてきた事に怒り、穂村原学園に以前から仕掛けて準備段階にある結界を、強制的に発動させてしまうのではないかと。この可能性は十分にある、いや、あった。
冷静さを欠けていると、如何に不合理な事でもやりかねないのが慎二だから。
「では、町の方に準備してあるモノを…」
「そうさ、次だよ次!何かと遠坂が絡んできそうな場所から離して設置しておいた、ブラッドフォート・アンドロメダをあと三時間で発動するぞ」
まだ7日目。あと1日は寝かせて置きたかったのだが、今の状態ではそうもいかないだろう。
ライダーは快く頷く。
「生き残る為なら姑息さが必要さ。悔しいけど、認めないとね。弱いからこそ、臆病に声を傾けるんだ。ハハ、ハハハ」
慎二はそう言って、騙された遠坂を笑う。
「騒ぎを嗅ぎつけて来た頃はもう手遅れさ。一人ずつ、独りずつ。僕たちの壇上で叩き潰してやる」
……ただ、聖杯を手に入れる。
あらゆる願いを叶える願望機は、感情が僅かに壊れている人間でさえ変えてしまうのだ。
……聖杯戦争が変えたのは心だろう。
▼
あれから一時間、街灯の下に設置してあるベンチに座る慎二。
「ハハハ、こんな夜に外を出歩くバカが数人いて助かるね。どうぞ襲ってくださいってアピールしてるようなもんなのにさ!」
殆ど人通りのない町でも、数人はいるものだ。不良の類いばかりだが、ライダーはそれらで少ない魔力を回復していた。
魔力はいくらあってもいい。今夜、
「スーツか、さしずめブラック企業から帰ってきたヘトヘトのサラリーマンってとこかね」
この夜に、外を歩く不用心がまた一人。暗いので全身しか見えない。当然、これもターゲットである。
側を歩く足音が止まる。
街灯で顔が見えた。
「間桐 慎二だな。何をしている」
此方をただ見つめ、声を掛けてきたのは。
「うげぇ、葛木…」
葛木 宗一郎。
穂村原学園の教師。担当科目は社会科と倫理。
間桐 慎二が最も嫌う人種の一人。口を開けば脳ミソがカチコチになってしまいそうな、クソ真面目発言しかしない。冗談も通じない。こちらの笑いにも簡素に簡潔に対応する。なのに、この男の周りから生徒はいなくならない。寧ろ、月日を追うごとに彼を尊敬する生徒は増えている。
恐ろしく感情の読み取れない人物で、誰からも理解されなくて当たり前。だと思っていた自分の価値観が、最近になって崩れてきた事に苛立ちを隠せない。
だから丁度いいと考える。こんな世の中だ、聖杯戦争中なんだ。こういう教師が一人減った所で、ほんの少しの話題にしかならない。何より、葛木への関心がないに等しい。つまり、気にくわない。
そして、自分には彼を殺す理由があり、武器がある。これが決定打となった。
「あぁ?不良生徒を探してサービス残業中かな?ハハ、それなら僕が代わりにやってあげたぜ。まぁいいや、ライダー、そいつは始末しちゃってよ」
「私は帰宅途中だ。お前は口が悪いな、それに挙動も。……始末と、軽々しく命令するものではない」
▼
向き合う二人の間にライダーが、実体化する。
「…シンジ、下がって」
「おい、サクッと殺っちゃえばいいだろ。何躊躇ってんだよ」
短剣を握り、周囲に警戒するライダー。
そして、突然目の前に人の形をしているサーヴァントが現れたのに、眉一つ動かさない葛木。
ライダーの警戒心は、既に殺す方向で固まっている。
「……おかしい。あなたからは魔術師の気配を感じない。何か探知する術を持っている風でもない。何故、どうやって私を見た?」
「ぁ…、確かに。おいお前ェ、どーゆう意味だ説明しろ!」
「…」
手に持つ鞄を傍らに置くと、一歩近づく葛木。
何も感じない違和感に、ライダーは更に敵意を剥き出す。側にいる慎二の顔が強張る。漸く、事態の異常を知った。
「指導の必要があると思っていたが、聖杯戦争に間桐が参加していたとは驚きだ」
これが、答えとなった。
そう呟く葛木に、ライダーは飛びかかる。同時に、右手の短剣を首を貫く為に投げる。衛宮 士郎のように身体能力が高ければ、飛びかかっただけでは避けられると忌避したからだ。
「サーヴァントがいないのが運の尽きです!」
だが、この薄暗い場所だ。士郎という少年ですら、この攻撃は避けられない。だから、ずっと棒立ちのまま警戒もしない葛木が避けるイメージが湧かない。それでも念を入れたのは、ほぼ勘に等しかった。
加えて、士郎を殺そうとした時とは決定的に違うのは、サーヴァントがいない事。サーヴァントの助けが無ければ、あの場で士郎を殺せていた。
「ふむ」
中国拳法のような構えを取る葛木。
まさか、と思う。葛木の態度は、一人で自衛するだけの術はあると語るのだ。その手元に、引き寄せられるよう。
「…!」
葛木の姿がブレる。暗闇の中を走る短剣を、しっかりと視認した上で事もなさそうに避けた。短剣は奥の建物の壁を抉り突き刺さる。
ライダーは次の行動に移る。小細工なしの正面、素手による攻撃。セイバーの一振りを掴んだ素手の力は、人間がどうこう出来るモノでは決してないのだ。
綺麗な腕で繰り出すのは、化け物のような恐怖を刷り込む打撃。わざわざ短剣を使う必要はないと、手段を変える。
横一直線に跳んだライダーは、葛木の胸へ目掛け放った。
「……甘い」
打撃が当たった訳でもなく、葛木が視野から消える。乾いた声が聞こえたかと思えば、次の瞬間にその気配の位置を知る。
「ぐっ!?」
右側から、ライダーの腹部へと重い一撃が撃ち込まれた。自身を怪物だと嗤うライダーが、堪らずに呻き声を上げる。
終わりではない。振り向く隙もなく、確実に身体機能を奪う猛毒の如き攻撃を浴びる。そして、一際身震いする何かが来ると理解した生存本能が働いた。一寸先、首がへし折られる未来。
「この、…人間は…!」
動く両手。
首へと伸びる腕を掴もうと試みたが、見事にかわされてしまう。仕方なくもう片方で腕を払い、葛木の肩を蹴って距離を置く。
「ほぅ、見た目からは想像も出来ない動きだ。やはりサーヴァントか」
ライダーは接近戦を経て更に驚愕した。葛木という男は、その身体に魔術的強化を施していない。本当の身体能力のみで、サーヴァントを殺す事が可能。
「は、はぁ!?ちょ、何なのこいつ!?ライダー手加減とかしてんじゃないだろうねぇ!?」
だからといって、ライダーを軽々と仕留めれる訳ではない。彼女は本調子ではなく、ダメージが癒えていない。致命とはならないものの、戦闘に支障をきたす程度だから笑えない。
如何に人間相手であろうと、ここまでの強さなら殺される。
「…」
「シンジ、もっと離れて」
「ひっ」
そう言うや、ライダーは自身の目を隠すバイザーを外した。
彼女の目は、魔眼と呼ばれるモノ。普段は
彼女の魔眼は、魔力を対象に当てる(視る)事で石化させる反則級。目を合わせなくとも、一方的に視られれば石化。
人間ならば、
「…!?」
いくら身体能力がサーヴァントを殺せる域にある、化け物でさえ。
「死んでください」
無条件で石化させる。
葛木は、ライダーの魔眼の意味を知らない。だが、近づけば、視られれば死ぬ事を理解した次の瞬間、建物と建物との間へと跳びのいた。全力で駆け抜け、不意を突く。そう思案していると予想したライダーは、予め逃げられる事への対策をしていた。
「これ、は」
ジャラジャラと暴れる鎖の音と共に、建物の陰から道路へと戻ってくる葛木。鎖に右腕と左足がとられ、身動きがかなり制限されている。
「私の鎖は、蜘蛛の巣よりもタチが悪いですよ」
その距離10m。一歩詰める毎に、葛木の反応が鈍くなる。
あと一歩で、石化は完全に完了する。葛木の表情は苦悶の色が見える。だが、やはり最初に見た無色と変わらない。気味の悪さを感じながら、トドメの一歩を踏んだ。
パキリ、渇いた音を立てて葛木の身体は物言わぬ石と化した。この男が誰のマスターから知らないが、これで一騎目の脱落も決定した。
外した
「終わりました、シンジ。これでこの男のサーヴァントも」
「消えてないわよ、ライダーさん?」
振り向けば、マスターの口を黒くしなやかな手袋で塞ぐ、魔女がいた。慎二は涙目で、魔女相手に抵抗をしているが無駄に終わっている。
「なっ、シンジ!」
自分の認識が甘かった事を叩きつけられる。この場所は、人がいない。ならば、マスターが一人で歩いていたのを考えれば、サーヴァントが潜んでいておかしくはなかった…
それでも、マスターを殺せばいいというのが間違いだ。
今動けば、確実にシンジは死ぬ。だからと言って、モタモタする暇はない。容姿から見てキャスターだろう、ならば何をされてもおかしくはない。
「…」
「状況が分かったみたいね。貴女の態度次第では、ここでは殺さないわ」
嘘だ。
話を聞けば、乗ればシンジは傀儡同然になる。ライダーは、魔女の話を遮るように、短剣を持ち上げると。
「動くな、ライダー」
「ハグァッ!?」
ぞわりと背中が凍る感覚。喉を締め付ける衝撃に襲われた。
背後から、石化させた筈の葛木がライダーの首を片手で持ち上げたのだ。
視界が霞む。脳が酸素を求めるが、まともに呼吸が出来ない。どういう訳か、こちらの身体の自由がなくなっている。まるで、喉元を毒蛇に噛まれたかのように、麻痺しているようだ。立場が、逆転してしまった。
向こう、慎二を捉えた魔女は、ニヤリと笑う。それだけで、慎二の顔は青冷めていく。
「ライダァ……ライダァァ!!」
「フフ、魔術回路もないのに頑張ってお可愛いこと。けど残念」
魔女はシンジの顔に手をかざす。
「貴方のライダーは、私が大切に使ってあげる。だから、最後に英雄を使役した事を光栄に思いなさい。ライダーの姿を見て、ゆっくり休むといいわ」
「あ、ああぁぁ………そんな、ライダー、ライダー?ぁぁ…」
ガチガチと震えるシンジを楽しそうに、おもちゃで遊ぶ子供のように笑う魔女は。シンジの視線を誘導するように、私を見た。
すると、どうだ。一瞬にして、
「何をしているの、ライダー!」
葛木の視界から隠すように、首に刺した短剣を見て声を張り上げた。
それに反応して、葛木が行動しようとしたが、遅い。
「…!?」
「
「いけない、マスター!!!!!」
首から溢れる血が、たちまちに魔法陣を描き眩しく光る。
瞬く間に生まれる強力な魔力の集合。
ギリシャ神話曰く、メドューサの首から溢れた血からは、天を駆けるペガサスをうんだ。
魔法陣から現れたのは、幻想の白い馬。背中に純白の羽を生やした、ペガサス。現れるや、その身は電光石火の如く。ライダーは痺れが残るままペガサスの手綱を握り、キャスターへ向け突進する。
キャスターも動きが早い。即座に慎二から離れると、煙のようにその身を消した。
慎二の身体を抱き上げ、自分の前へと乗せて手綱を握らせる。
「これで、もう大丈夫です」
「…た、助かった…」
ライダーは、慎二の顔を見て笑う。
あの生意気な少年が、目からボロボロと涙を流しているのが、どうしようもなくおかしかった。こうして慎二の素を見るのは、もしかすると初めてなのかもしれない。とても勿体無い。
「お、おい!笑うな!」
「ふふ。そうですね、シンジ」
そこで、ライダーの中の″余力″が切れた。
「ぐ……」
「は…?」
うめき声を聞いて、慎二が振り向くと。
「あ、あぁ…ライダアアアアアア!!!」
ライダーの姿はどこにもなかった。
天へと駆ける白馬。
魔力ある限り、主人の最後の願いを運ぶ。
▼
「これで残りは五騎か」
ペガサスから落ちてしまった自分を、魔女が魔法陣を展開して受け止める。
「えぇ、そうなります。……しかしライダーにも、利用価値があります。フフフ」
途絶えそうな意識の中、呼吸もままならない状態。気絶しろと言わんばかりの体調で意識を繋ぎとめているのは、相手がキャスターだからだった。
あと少しで、魔力が底をつき消えるというのに、本当に運が悪い。
「ライダー、まだ霊気が壊れていないのが運の尽きよ。私がキャスターだからこそ、その身をカラクリ人形のように改造してあげる」
もう、外の声を聞く力は残っていない。
脳裏に、シンジの顔が浮かぶ。
粗暴なマスター。才能に恵まれないマスター。彼は、短い付き合いの中で、穏やかに自分を語った事がある。
その中で、たった一人の妹の事を案じていた。
臆病で間抜けな奴だと彼は笑う。反面、これ以上辛い思いをする必要はないとも呟くと、「おかしいだろ?こんな事言うくせ、乱暴するんだぜ。もう僕自身、何が何だか分かんないよ…」目元を伏せながら自嘲した姿はとても疲れている。
魔術の才能がある事を羨んでいた。「きっと、僕が聖杯戦争に参加するよりかはいいだろう。なんせ、そもそも僕には魔術回路なんて無いんだからな!」そう嘆いて笑う姿が悲しい。
「だけど、僕が兄だったのが運の尽きさ。なんせ偉いからね。うちの爺さんは、桜を使い果たすつもりだ。それって、あまりに酷じゃない?そもそも、桜がいなくなると間桐の血は途絶える。だからこそ、僕がマスターになれた」
意外だった。
そこは、サクラを憎まないのか?とつい聞いてしまった。地雷だろうかと思いながらも、聞かなければならない気がしたから。
「憎い?そんなの当たり前だ。だから僕は、こうして聖杯戦争に参加してやろうって思ったのさ。あいつに優勝されたら悔しいだろう?」
やはり、捻くれていた。
だけど、優しくそれは曲がってくれていた。
「さ…………くッ、ラ…………」
サクラ、巻き込まれなくて本当によかった。
フフ、シンジ。とても勇敢な男ですよ。
あなたはとても、優しい人だ。
あらゆる願いを叶える願望機は、感情が僅かに壊れている人間でさえ変えてしまう。何も悪い方向だけではないらしい。
時には、勇気と優しさを浮き彫りにさせてくれる代物でもあったようだ。
あなたは最後まで足掻くでしょう。とても諦めの悪い人だと知っています。そんなマスターに相応しくある為に、私も、せめて傷だけでゴギリ・・・
決定的な破壊が響いた。無慈悲な悲鳴。ライダーからだ。
項垂れる両脚から力なく消えてゆく。淡い紫色の粒子が夜空へと舞い上がる。
首を壊してしまっては、いかにキャスターといえど再利用は不可能だ。
「そ、宗一郎様……?」
「油断はするなキャスター。日本のことわざに、窮鼠猫を噛むというものがある。勝利を確信した時程に相手を舐めてはいかん」
淡々と述べる。宗一郎の声には一切の抑揚がない。
サーヴァントを仕留めたという異常事態は、彼にとってさしたる日常の変化とならない。
「何より、コレを駒にすると痛い目を見るぞ」
その目は人の形であるサーヴァントを殺した事に、人心の情のカケラも関心を示さない。
ただ家路の邪魔になる足元のゴミを退かしたまで。それ以上も、以下もない。宗一郎は感じたのだ、ライダーが大人しく傘下に入るようなサーヴァントではないと。
「はい、失礼しました。…戻りましょう、マスター」
「ライダーのマスター、間桐 慎二はどうする。お前の判断に任せよう」
「あの子は、まだ利用価値があります。後の処理については、私に任せてくださいマスター」
「そうか。……明日は会議がある、帰りは遅くなるだろう」
代わり映えのない日常の会話。
当たり前に澄まされた、蛇の牙の一端。
ライダーのクラス、真名をメドューサ。
三日目の夜、葛木 宗一郎によって致命傷の後、脱落。