fate/SN GO   作:ひとりのリク

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「死んで、たまるか!」




吼えるだけじゃ運命はてめえの隣に現れない

年季のある屋敷に住む少年にとって、この場所は思い出そのもの。

育ててくれた人達との記憶が彼方此方(あちらこちら)に散らばり、もし走馬灯を見るのなら、先ず初めにこの家が脳裏(のうり)(よぎ)る自信があった。

 

ヒーローに憧れた男と過ごした縁側(えんがわ)、彼の背中を、横顔を見て育った。今はもういない、ヒーローに憧れた男…親父の顔は、いつも疲れ果てていて、少年を見て話すときにだけ瞳に暖かい光が灯る。

少年はそのときまだ子供で、親父と呼び(した)った男の瞳の意味を深く知ろうとはしなかった。自分が存在するから親父が生きていられるんだ、と直感で理解していたからだ。あの時、少年は一人のヒーローを救っていたのかもしれない。

 

何故、その記憶を思い出したのか……。

 

一つ目に、親父と過ごした縁側(えんがわ)の記憶が、月が夜空に輝いていたから。今この瞬間、居間に差す月の光が、あの日を思い起こさせたのだと思う。

彼は優しく少年に微笑み、「僕はね、正義の味方(ヒーロー)になりたかったんだ」、と少年に向けた想い。遠い昔、少年は親父の言葉を確かに聞いていた。そして、今も覚えている。

あの言葉を、親父がどういう意味を込めたのかは知らない。なんせ、大人の考えっていうのは、とても複雑なんだ。見上げたときの親父を、俺はどう感じていたのだろう。……きっと、口から飛び出した言葉が答えなんだろうな。

 

 

 

 

────二つ目に、と言ってもこれで最後だが…

 

 

 

 

「くそっ…!」

 

こんなにも、理不尽な殺意を向けられているのに大人しく死ぬなんて有り得ない。

人が、いや、その形をした人を凌駕(りょうが)する化け物同士が戦っている場面を見てしまった。だから殺される…?だから、俺の心臓を殺す必要があるのか…?

きっと俺は、世の中で絶対に見てはいけない何かを目撃してしまったのだろう。たまたま、奇跡的に、見てしまった。今更、その事実を変えることは出来ない。変えることが出来ないから、あいつは俺を″また″殺しに現れた……?

目撃者を殺すのか。俺は、何かの規定で殺されなければいけいのか!?どんな命令にも、裏のルールに黙って従えというのか?

 

「ふざけるな!」

 

それは否定する。当然だ、何もかも訳の分からないまま死んでたまるか…!校舎で死ぬはずだった俺を、誰かが助けてくれた。誰かは分からない。そんな事を考える暇も、余裕もないのだが、抱ききれない程の感謝をしている。何故、貫かれたはずの心臓が活動し、俺という存在を動かしているのかなんてどうでもいい。

動いている。ただ、その事実があればいいんだ。

生きている。死ぬはずだった命を、救ってくれた人がいる。どういう意図があるのかなんて、後で考える事にした。今、確信を持って言えるのは一つ。

生きなければならない。誰かが俺を助けてくれたなら、二度も三度も死ぬ訳にはいかなかった。俺を助けたことに意味がなくてもいい。ただ、ここで無駄死にするのは、誰かに対しての裏切りであり、侮辱(ぶじょく)ではないだろうか。

これは意地だ。

生かしてくれるなら、生きてやる…!俺を助けた誰か以外に殺されてたまるか!

 

 

 

「大真面目だよ」

 

 

 

────二つ目に、今夜二度目の走馬灯らしきものを、見ようとしていたからだ。かつて体験した死の恐怖が、景色や臭い、痛みに至る感覚まで濃く思い出してしまっている。戦場の跡地、命潰えた焼け野原を一人歩く。とても孤独な空だったのを、俺は知っていた…

 

 

 

全身に付き(まと)う、振り払えない殺気。

胸部が破れ血塗れになった学生服を着る少年は、その声に心臓の鼓動が上がる。彼の身体は既に覚えていた。そして、死に物狂いでソレを拒絶する為に回避行動を取る。身体が勝手に動いていた。感覚なんて何処かに吹き飛んでいる。

(きびす)に全体重を乗せ、上半身をネジ切るくらいの勢いで真横に飛んだ。この場所に倒れれば、次の路が開けるかもしれないという直感に、土壇場で頼った。それが功を奏し。

 

「っく!」

 

空を切る音が、少年の耳に届く。居間の真ん中に置かれている、木製の立派なテーブルに肩がぶつかった。次に、背中から畳に転げた反動で咳が荒く込み上げてきた。

 

「ハッ!よく避けたな、ボウズ。さっきは殺し損ねちまったから、今度こそ気づかれずに逝かせてやろうって思ったんだがな」

「………余計なお世話だ。お前なんかに殺されてたまるか」

「くくっ、いいぜ。その闘争心だけは戦士のソレだ。生きたいってんなら、死に物狂いで足掻け!!」

 

遊ばれている…槍兵は今、いつでも殺せるが、それじゃあ面白くないから存分に満足するまで抵抗して暇を潰させろ、と言ったのだ。同じ人間を二度も殺す機会は、まずない。この男は、これを貴重な体験だ、なんて思っているのか。

殺意はそのまま、小動物を弄り殺す側の笑みでこちらへ矛先を向ける男。

少年は少しだけ考える時間が欲しかった。何か手は、今この場で出来る最善を選ぶ時間を。悠長に構える槍兵を横目に、今すぐ襲われては堪らないので一つ疑問を投げてみる事にした。

 

「さっきの、校舎の戦闘。人間同士が出来るとは思えない……お前、人じゃないのか?」

「あん?当然だろ、俺は過去で生きていた人間だ。今は英雄、サーヴァントとして現界してるけどな。あぁ、だからって英雄に落胆しないでくれ?誰も彼もが、俺みたいなヤロウばっかじゃねえからよ」

 

ま、そんな駄情報なんてどうでもいい。鋭い口元が邪険に笑う槍兵は、己を死人だと発言する。本当にどうでもいい情報だ。今知りたい事は、どうすれば生きれるか。どうすれば、目の前の死を打破できるか。

この脅威に立ち向かう事は出来るのか…?この疑問に集中して取り組むんだ。

 

「………ははっ」

 

自分から聞いておいてどうでもいい、とはいい加減だな。訳のわからない笑がこみ上げて来た。

疑問符なんか、この場には必要ない。立ち向かわなければならない。勝てない、ではなく。納得ができない、のだ。簡単だ。否定し続ける。否定をこの手に握りしめ、立ち上がる。

出血のし過ぎだろう、立ち眩みに襲われる。(うめ)き声が漏れる。右手には、死を否定する為に握ったポスターが一枚。中学生男子がチャンバラをするのに使いそうな、丁度良い長さに丸まった頼りない剣。

 

「トレース、オン」

 

その言葉はスイッチ。丸めたポスター用紙に、握りしめた部分から、薄く緑色に発光し、発生した回路がポスター全体に走る。頼りなかったポスターはホタルのように光を帯び、それはきっと成功した印だと悟った。

 

「構成材質、補強」

 

喜びも束の間。槍兵はソレを見て、ニンマリと笑う。

 

「おいおい、そんな紙っきれで俺とやろうってか?ははは、舐められたもんだな。じゃあ、どうするか見せて貰おうかねっ!!」

 

青い武装の男は、鋭利な殺気を笑みに変え槍を強く握る。そして、

 

「そらよっ!」

「なっ!?」

 

朱い槍を長く持つと、野球選手がフルスイングでホームランを狙うかのようなフォームで、少年の胸元目掛け振った。槍を長く持った事で居間の襖が破れる。

自宅が荒らされているが、それは後からどうにでもなる。とだけ思考の隅で考えて、今は槍兵の一振りを避ける事に集中した。

槍兵の一振りは速い。槍をバットを持つように構えた瞬間を確認するのもままならない。脳がグラグラになりそうな程の恐怖に襲われる。

 

「ァッ…!」

 

それを、怒りで打ち負かした。とにかく無様でもいい。誇りなんて捨ててしまえ、四肢を守れるのなら裸で外に逃げても構わない。

槍兵のスイングを畳に頭がぶつかるくらいの勢いで屈んで回避した。そのまま廊下に飛び退き必死に駆け出す。空振った槍兵は「へ〜」と楽しそうに呟くと、廊下に転げて行く少年を見た。

 

 

 

 

 

 

廊下を必死に進み角を右に。ガラス戸の向こうは庭。庭の左隅には、夜になれば毎日魔術の練習の為に使う、土蔵。現状を切り抜ける策は……ない。

少年の行動源は、理不尽な死への怒り。そして、怒りから派生した生への執着。助けてくれた人の行いが無駄になるから。せめて、その人のために身を呈して死ねればいい。彷彿と湧く執念にも似た想い。最早、好意に等しいかもしれない。変な勘違い…?それでも、いいはずだ。ただ、受け取ったのだ。救ってもらえたんだ。

 

″だから、その人が俺を助けてくれた事を、無駄には出来ない″

 

ガラス戸を(ひじ)で割り庭へと転げる。屋内は不意を突かれると判断し、外に出れば、逃げ場が四方にあるものと考えた。死角からの一突きで殺されては笑い者にしかならない。少年は未だ、槍兵の存在を甘く考えていたのかもしれない。

家に刃物を持った泥棒が入ってきた、軽い危機感なんかは欠片もないが。逃げるだけならと、守りに徹すればと見誤ってしまった。化け物を相手にそれは、致命的。

 

「のんびりだな!!」

「ぐぁっ!?」

 

耳元で声が聞こえた。それは、槍の男と、自分の嗚咽(おえつ)だ。ほぼ同時に耳に届く。

庭の土を踏みしめていたはずの両足は離れ、気づけば身体が宙を舞っていた。ヘソ辺りから猛烈な吐き気が込み上げてくる。身体は、扉の開けた土蔵の中へと吸い込まれていく。

プツリと、脳と身体の意識が途切れた。

 

 

 

 

────死の(ふち)に立つ幼い少年。少年はどうしても、その場から去りたかった。

大気を焦がす灼熱の街。助けを乞う呻き。体験した事のない蹂躙。世界は跡形もなく。生きている全てに憎悪が足を運ぶ。

生きたい…が、足はいう事を訊かず、ただ死が迫るのを待っていた。後ろに逃げるのがダメならばと、空に手を伸ばす。しっかりと上を向いて、自分から意志を示す。助けられなかった人達の分まで、悔いのないように生きたいんだ…。だけどもう声は出ない。目蓋(まぶた)が重くなる。視界が段々と狭まっていく。もう手を上げる事さえ無理だ、身体が死を受け入れようとしている。腕の力が切れ、地面に向かい落ちる。

「生きてる…!」

応えが帰ってきた。少年の手は、一回り大きな、冷たい手によって返事を受け取った。ありがとう、と。

 

君を救う事が出来るんだ…よかった、よかった…。

 

感謝の言葉を、涙を流しながら繰り返す。死んだ瞳に近い男が、少年が伸ばした手を掴んで涙ながらに発する言葉だった。我が子が産まれたかの様に歓喜の声を上げ、少年の命が在る事に心の底から感謝をしている。訳もわからぬまま地獄に放り出された少年の意識は、此処で一旦途絶える…

 

 

 

 

全身を殴打(おうだ)する激しい痛みで、意識が回復した。

土蔵の中に蹴り飛ばされながら、過去の″地獄″を思い出していた。頭痛と吐き気に襲われながら、必死に苦しんでいる。今も、昔も。苦しんででも逃げる行動は、誰かが自分を救ってくれたから。

少年の手を掴んだ親父。この時、少年を救った男は少年の親父となり、両者共に救われたのだ。これは決して幸運等ではない。両者が生を望み、前へ手を伸ばしたから、手を掴むことが出来た。願った者の行動が生んだ、一つの夢の形。

諦めなかったら、想いは届くのだと、昔は本気で信じた。恥ずかしいとは思はない。彼の心に在るのだ、変わらず少年には今も……。

 

「ぅ………ぁあっ」

 

血を吐きながら、自身が飛ばされた衝撃により土蔵の中の道具がそこら中に散らばっているのを見る。土蔵の扉と、二階の窓から差し込む月明かりを頼りに、腹を抑えながらも辺りを手探りで探す。何かないかと、武器はないのかと。コンクリートの上を手で叩くように物を探し、カランと何かに触れる音が耳に届いた。

指先に触れたそれを何も考えず手に持つ。棒状の何かだろうか。痛みに負けそうになる目を根性で見開き、ソレを確認しようと顔を上げた。

手が握っていたのは、埃のついた凄く古そうな木刀だった。贅沢は言っていられない。コレがこの土蔵に置いてあった物かどうか考える余裕もなく。ココにある以上、そういう事なんだと。震え()せる喉に無理を言わせ、強化の魔術を唱えようと、僅かに息を吸った。

 

その時だった。

 

「あっつ……ぁあ!?」

 

一瞬、身体全ての痛みを忘れる程の衝撃が左手に現れた。鋭い針が、手の甲を刺したかのような痛快。顔中の筋肉が不意の痛みに、驚きを隠せずにいた。

熱い、とにかく。熱した鉄板の上に置いたかのような、耐え難い痛みに襲われた。(こら)えるように、痛みが通り過ぎるのを待つために木刀を強く握りしめた。

暗い土蔵の中、仄かに差し込む黄色い月の光とは別に、少年の左手を中心に、微弱な赤い光が発生した。左手の甲を見ると、いつの間にか痛みは消えている。変わりに、

 

「なんだ、これ…」

 

色濃く刻まれた、赤い模様

思考が混乱する。手の甲に刻まれて剥がれない印。熱を感じる事はないが、なぜか少年の身体は体力がごっそりと削がれたかのような脱力感に襲われていた。

足元がグラりと揺れる。倒れかける身体を、左足を前に出して踏みとどまる。ここまでフラつくと、何が現実なのか判別がつかなくなりそうだ。

しかし、現実味のありすぎる殺気だけは、忘れるはずもない。

俯いた顔を上げる。映った光景は、

 

「ハッ!」

 

矛先を自分の心臓に突き刺そうと迫る槍兵。死ぬ事に対して凄まじく敏感な身体が、それを視野で捉えた。だが少年は、視るよりも早く、取るべき行動を開始していた。決して、勘だとか、先を読んでいたなんて、大層な理由ではなく。

両手で木刀を握り、間を空けずに朱い槍先を横に逸らすように払う。先ほどの痛みを忘れ、全身で槍の突進を逸らす。衝撃音は気分が下がる程に重く、鉛の塊を全力で振り叩いたかのようだ。

 

「ぐ、ァァア!」

「ボウズ、てめぇは…!」

 

間一髪で矛先を弾いたが衝撃に耐えられず、しっかりと握りしめたはずの両手から木刀を真上に放ってしまった。あ、と絶望に浸る声が漏れる。もう、抵抗する為の武器を取る余裕はないだろう。かといって、何か策を隠し持っている訳でもない。少年の爪は、完全に絶たれた。

少年の目の前で槍を構える化け物は、少年には終わりを告げる死神に等しい。あと一秒もあれば、心臓を貫かれて死ぬ。それを理解した少年は………

 

「………それでも、お前なんかに!」

 

芯を通す。

涙を流さず。終わりを告げられようとも、覆らない事実だとしても。崩れそうな足腰に力を入れて、最後まで枯れない怒りを力に、生きる事を諦めなかった。根拠のない言葉を並べてきたが、どれにおいても恥じる事はなく。むしろその言葉の意味を知っているかのように、前を見続けた。

槍兵の目を睨む。ギラギラに沸る怒りの中、己が最期に見る光景を焼き付けるため。目の前の理不尽を眼球に焼き付けようと顔を上げた。

槍兵の表情は、先ほどの(うら)めしく思っているソレとは変わっていた。状況が一気に、同じ土俵へ上がるような錯覚を読み取った気がした。

単純に、死が遠退(とおの)くような。

 

 

 

気づけば、絶望の冷気を振り払う銀色の光を、真横で感じた。

 

 

 

そして驚いた。

声には出なかった。

代わりに、カチコチに固まってしまっていた足の緊張が、木刀で打ち砕かれたように霧散し、尻から土蔵のコンクリートにへたり込んだ。

 

「一歩も退かないで、迎え討ったのは中々いいセンスしてるじゃねえか。格好良かったぜ」

 

突如現れた銀髪の男は、少年に嬉しそうにそう言う。

少年が身を守った時に手離してしまった木刀が、銀髪の男の頭上に落ちてきた。それを、右手を伸ばし″受け取る″。それだけなのに、初対面であるはずなのに。少年は安堵(あんど)し、そして信頼を寄せていた。

銀髪の男は、熱のこもる瞳で敵を見る。そして、木刀を。

 

「生身の人間を相手に矛を向けやがって、それでも男かコノヤロォーー!!」

「チィッ!七人目のサーヴァント!!」

 

槍兵に振り下ろした。

荒々しい。その一振りは、闇を払う銀色の光。

 

「ぐっ…!」

 

重い衝撃音と共に、槍兵は真後ろへと態勢を崩しながら吹き飛んでゆく。

嘘のようなシーン。少年の目の前であの槍兵が、簡単に押し負けた。それは、つまり。″死″を回避出来たという事。正確な状況は把握出来ないが、少年は感情には現れない喜びを感じている。

庭の奥から、槍兵が地面に叩きつけられる音が耳に届いた。

あの槍兵が立て直して、また襲い来る証拠でもある。その時が迫っている。なのに、槍兵(恐怖)に目を向ける事はない。

もっと、見るべき相手が目の前にいるからだ。

 

「よぉ、マスター?」

 

その日、少年の魂は世界の垣根(かきね)を越え、共鳴した運命を呼び寄せた。

 

 


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